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ワールドクラッキング  作者: 光喜
第2章 聖域編
30/31

第15話 エルフ2

「さあ、人族の手から聖域を――誇りを取り戻しましょう」


 カァサは朗らかに言うが反応は鈍かった。エルフは戸惑ったように顔を見合わせている。譲り合うように目配せを交わし、やがて意を決して一人のエルフが言った。


「……先に同胞の弔いを済ませるべきでは?」

「……ああ、人族は捕らえておけばいい。背後を吐かせないといけないのだし」


 それらしい理由を上げているが、「考える時間が欲しい」というのがエルフの本音だろう。ジャイルズの死は彼らの価値観を揺らした。是非を決められる程覚悟が定まっていないのだ。

 議論は堂々巡りを繰り返し、カァサの瞳に剣呑な色が宿る。

 危険信号である。

 口を挟もうとした瞬間、シンラに腕を引っ張られた。


「待ってください、ご主人様。もう少し様子を見るべきです」


 思い詰めたシンラの表情に僕は苦笑する。


「僕を案じてくれるのは嬉しい。でも、それがジャイルズの望みかな?」

「…………ご主人様は優しすぎます」

「そうでもないさ。エルフが殺されても心は痛まない」

「本心ですか」

「あ、フェムは別だよ」

「では、義理がたいんですね」


 謎々のような会話。イシュが首を傾げる。


「なー、アリス。どういうイミだ?」

「優しいのはシンラだってことかなあ」


 はぐらかすとイシュは益々困惑したようだった。


「……ユニ、分かるか?」

「シンラ、認めてあげましょう。貴女の覚悟、受け取りました」


 シンラに目線を合わせ、ユニが凛々しい顔で言う。

 絵になる光景だった。普段が残念過ぎるのでアレだが……ユニは美少女なのである。


「……ちぇ。なんだよ。あたしだけか。分かんないの」


 イシュが不貞腐れるが僕達は微笑むだけで教える事はしなかった。

 分からないのであればその方がいい。

 今、エルフは種族が持つ歪みと直面している。

 カァサは正しい。エルフとしては。

 エルフの鑑――いや、鏡なのだ。鏡は醜悪さを映す。嬉々として人族を殺す姿を。日和った同胞を淡々と手に掛ける姿を。果たしてそれは誇れる姿なのか。

 カァサだから。自分は平気。そう言いきれない。

 良くも悪くも鏡には一点の曇りもないのだ。

 だが、価値観を改めるには至らない。

 ジャイルズは僕の――人族の肩を持っていたからだ。行き過ぎかも知れないが処罰される理由はあった。カァサは三賢人の役目を全うしただけに過ぎないのではないのか。

 だから、シンラは選んだ。

 エルフを犠牲にする事を。

 狂った刃は容易く同胞を手に掛ける事を教える為に。

 カァサの醜悪さが浮き彫りになるほど、僕への風当たりは弱くなるだろうから。

 出来た奴隷だ。いじらしい。

 だからこそ、放っておけないのだが。

 

「ユニ」

「ふわぃ! マスターのお呼びとあればどこへでも参ります! 火の中水の中ポケットの中!」

「最後。お前の願望だから」


 ふよふよ近寄って来たユニのステータスを見る。

 《ダリオ》を大勢倒し、レベルが15に上がっていた。習得可能なスキルが増えている。魔法を使ったのが大きいのだろう。潜伏中は目立つ可能性がある為、魔法は控えさせていたのだ。


「【詠唱破棄5】を取ったよ」

「おお、ついにですか。ユニ無双開幕ですね! ユニファンネル、行けます!」

「それはまたの機会にね。ガス欠にならないと帰って来なそうなファンネルいらないし」


 ユニは珍しいスキルを持っていなかったのでスキルポイントが大量に余っていた。 

 基本方針としてスキルポイントでスキルを取得するのはユニークかコモンである。

 ユニークの理由は簡単。【クラック】不可だから。

 コモンの場合はカンストにかかるスキルポイントと【クラック】の仕様が関係している。

 コモンをカンストさせるにはスキルポイントが105必要。アンコモンはMPが足りなかった為、正確な数字は分からないが……300近く必要なのは間違いない。

 その差、三倍である。

 また、【クラック】出来る数には限りがあり、コモンでもアンコモンでも等しく枠を使う。ならば最大レベルの高いアンコモンをクラックした方が得である。

 

「シンラを頼むよ」

「了解致しました!」


 ビシッとユニは敬礼し、シンラの頭の上に陣取る。

 むむ、トリートメントが足りませんね、という気の抜けた台詞を聞き流しつつ、カァサへと近付く。僕の姿を認めるとカァサの目が据わった。


「一言いいたい。お前さ、醜いよ。《ダリオ》の方が可愛く見える」

「聞きましたか? これが人族ですよ」

「無自覚な悪はタチが悪い。《ダリオ》は悪である事を自覚してた」

「善悪など主観で変わります。人族からすれば私は悪でしょう」

「人族ね。そう思うなら周りを見てみれば?」

「どうしたんですか? 人族の言葉に惑わされた……なんて言いませんよね?」


 カァサに視線を向けられたエルフが身体を強張らせる。僕が間に割って入るとホッとした空気が背後から流れて来た。


「退きなさい」

「ジャイルズはこれ以上血が流れる事を望んでいなかった」

「やれやれ。人族らしい発想ですね。困ればすぐ暴力に訴える。話し合うだけですよ」

「へぇ、これがお前の言う話し合いか」


 カァサのナイフを刀で押し返す。いきなり斬りかかられたのだ。

 牙のようなナイフだった。二つ名の牙剣の由来はこれか。


「嗚呼、これだから人族は度し難い。言葉が通じる事と会話出来る事は別です。そんな単純な事すら理解出来ていない。人族に合わせて語ってあげていると言うのに」

「死ね、と言われてる気がするな」


 このやり取りをしている間にも硬質な音が何度も響いている。


「分かったのなら早く死になさい」

「暴力で解決するのは人族の悪癖じゃなかったのか」

「無論、忸怩たる思いはあります。ですが、手を汚すのも三賢人の務め」

「ああ言えばこう言う。話にならないな」


 《ヘヴィスラッシュ》でカァサを吹き飛ばす。


「……貴様、何を笑っている」

「説得が失敗して悲しいな、って思ってさ」


 自分の物言いの滑稽さに苦笑が漏れる。

 案外、ジャイルズを気に入っていたらしい。

 カァサのステータスを【ウィンドウ】で見る。

 

+――――――――――――――――――――――――――+

《名前》カァサ

《種族》エルフ

《状態》呪い4

《スキルポイント》0

《ステータス》

 LV:35

 HP:187/280

 MP:105/210

 STR:18(30)

 INT:43(71)

 VIT:25(41)

 MND:58(97)

 DEX:72(120)

 AGI:61(102)

《スキル》【UC:短剣10:320/320】、【C:連戦5:105/105】、【C:窮鼠5:105/105】、【C:武運5:105/105】、【C:狂化1:11/25】

+――――――――――――――――――――――――――+


 へぇ、【呪い】は……4か。

 かなり弱体化している。

 カァサがこの調子なら残りの三賢人も同じだろう。

 三賢人が揃ってソルに敗北するはずだ。

 VITが低すぎる。ここのところ脳筋ばかり見て来たせいでそう思えるだけかも知れないが。

 これなら真っ向勝負で勝てるか。

 むしろ、勝ち過ぎる事でエルフの危機感を煽る事の方が怖い。エルフを敵に回せば多勢に無勢だ。苦しい戦いが待っているだろう。


「カァサ様、剣をお納めください」


 シンラが言った。横目で僕を睨んでいた。

 ……説得する気が無かったのがバレたか。


「嗚呼、巫女! 無事でしたか。心配しましたよ」

「私は無事です。努めも果します。ですから、ご主人様と争うのは止め――」


 不意にカァサから表情が消える。が、次の瞬間には喜色を浮かべた。


「嗚呼、巫女! 無事でしたか。心配しましたよ」

「…………え。あの……カァサ……様?」

「三賢人の名に賭けて。無事に聖樹まで送り届けて見せましょう」

「…………」


 ……これでハッキリしたな。

 まあ、【狂化1】があった時点で薄々察していたが。他のスキルは軒並みカンストしているのに、【狂化】だけは1なのだから。つい最近取得したと考えるのが自然である。

 カァサは狂っている。

 聞き流したのならまだしも。

 シンラの台詞を忘れた(・・・)上でやり直していた。

 エルフと会話が成立しているように見えたが幻想でしかなかったらしい。最終的には実力行使に出るつもりだったから反論を許していたに過ぎないのだろう。

 どうもシンラは重要人物らしい。迂闊に殺すわけにもいかず。かといって提言を受け入れるわけにもいかず。結果、シンラの台詞を忘れた、という事か。

 しかし、囚われの身になっていたのは他のエルフも一緒だ。

 カァサだけが狂気に侵されているのは腑に落ちない。

 作為的な感じがする。

 カァサは狂ったのではなく……狂わされたのではないか。


「……シンラが……巫女?」

「……巫女って何の事だ?」


 エルフが疑問を囁きあっていた。

 聖樹の巫女という加護が関係しているのだと思うが……そうか、知っているのは限られた人だけか。この様子だと巫女が何か知っているのは長老と三賢人だけだろう。

 

「シンラ、下がってくれ」

「いや、下がるのはアリスだ」


 そう言って前に出たのはイシュだった。


「あたしがやる。カァサを黙らせればいいんだろ」

「イシュ! 駄目よ! 危険過ぎる。遺恨は残るでしょうが、ここはご主人様に任せて――」

「ったく。難しいコトバ使うなよ。《ダリオ》は倒したんだからさ。こっからはカゾクゲンカ。簡単なコトだろ」

「……家族喧嘩?」

「…………なんだよ。あたしが……エルフを家族だって……思っちゃいけないのかよ」


 多くのエルフがイシュから目を逸らす。イシュが陽動に一役買っていたのは彼らも見ている。散々虐げていた少女に助けられ、あまつさえ家族だと言われ、何も思わずにいられる程腐ってはいなかったようだ。


「いえ、まー、いいコトだと思いますケド。それは。ええと……分かってます? 彼、結構マズい心理状況で。手加減とか。してくれないと思いますよ。ああ、イシュはバカだから直接的に言った方がいいですか。死にますよ?」

「……死なねーよ!」

「イシュ!」


 僕はイシュを突き飛ばし、刀を抜く。カァサが斬りかかって来たのである。


「退けぇぇぇぇぇ!」

「チッ。【狂化】が発動してるッ」


 奇襲が失敗したのを悟ると、カァサは舌打ちして離れた。

 カァサは俯き、肩を震わせていた。隠しきれない怒気があった。


「……白々しい。何が家族ですか、ドゥイ!」


 唾を飛ばしカァサが叫ぶ。

 カァサの変貌にエルフが息を呑む。


「……ドゥイ? 誰だ?」

「《ダリオ》の参謀だよ。人族の忌み子でもある」


 イシュの疑問に僕が答える。


「くだらない芝居は止しなさい、ドゥイ! 自分で言った事を忘れましたか!」

「お前、ナニ言ってるんだ? ドゥイなんて会った事ないけど」


 ふぅぅ、とカァサが息を吐き出す。


「……あくまで白を切るつもりですか。いいでしょう。皆にも貴方の事を知ってもらいますか。そこにいるドゥイは――イシュは邪神の使徒です。身体の欠損がその証。邪神の使徒は一にして全。ドゥイはイシュであり、イシュはドゥイである。使徒の使命は聖域を滅ぼす事。聖域を滅ぼせと言う邪神の声を聞いた事があるでしょう」

「は? ないけど」


 あっさりイシュが否定する。

 あー、とシンラが顔を引き攣らせながら言う。


「ねぇ、イシュ。あの事じゃないの? ほら、聖域を滅ぼしてしまえ、って気分になることがあるって」

「あー、あれか。最近、ならないな。アリスに手を繋いで寝て貰ってるからだな!」

「…………」


 エルフの顔色がコロコロ変わるのが見ていて面白い。物凄く深刻な話をしているはずなのに、イシュが口を開いた途端、あれ、大したことないんじゃない、と思えてくるからだ。

 しかし、カァサにとっては肯定された事が大事であったらしい。

 都合のいい耳だ。


「そうら見た事ですか。だから、聖域を滅ぼそうと人族を手引きしたのでしょう。認めなさい」

「お前、あたしよりバカなのか? アリスは邪神に会ったことあるか?」

「邪神は無いね」

「そっか。でも、邪神っていうぐらいだし悪いヤツなんだろ。そんなヤツに言われて、家族を殺すとかさー。本気で思ってるならバカだろ。というか、ホント誰だよドゥイって」


 あ、カァサの額に青筋が。

 イシュにバカだと言われるのは屈辱だろう。

 さて、イシュがカァサと戦うと言うのなら。小細工をしておくか。

 

「…………あのう、ご主人様? いま、聞き捨てならない言葉を聞いた気が……」


 やはり気付いたか。邪神は、っていったし。なら、他は? となるだろう。

 シンラに合わせて小声で言う。


「アーティリアとカファナに会った事あるよ」

「……嘘……では……ないん……ですよねぇ……ふふふ、ご主人様ですもんね。それ、最上位の二柱ですよ」

「隠してたわけじゃないんだよ。シンラ、【信仰心】のスキル持ってたでしょ。カファナがクズだって知ったらスキルが伸び辛くなるかなあ、って思ってさ」

「クズですか」

「クズだね」

「そうですか」

「なんかごめんね」


 いえいえ、いいんです、あはは、うふふ、とシンラが笑う。

 イシュでさえ神と会った事があると言った時、聞かなかった事にしていた。良識派のシンラには刺激が強かったらしい。だが、シンラには現実に帰ってきて貰わないといけない。

 カァサの話で分からない事……というか、確認したい事がある。


「邪神の使徒が聖域を狙う理由は?」

「…………それは。はぁ、もう隠しだては出来ませんか。聖域には邪神の欠片が封じられているからです。聖域の異変は全て邪神の欠片が引き起こした事だと思います」

「なッ!?」

「じゃ、邪神!?」

「聖域に、だと!?」


 エルフが血相を変えていた。

 ……話の流れからすると然程意外ではないと思うのだが。

 三賢人や長老が事態を把握しながらも情報を開示しなかった理由が分かる。

 エルフ達は世界が終ったかのような顔をしていたからだ。

 まだ、邪神が復活したわけでもないんだけどな。


「封印が綻んでいる?」


 シンラが頷く。

 なるほど。失われた伝承(リヴ・アトゥスレッダ)の抜けている部分が分かった。


『むかしむかしのお話です。

 世界は滅びかけていました。

 邪神インヴァーシェが暴れていたからです。

 邪神を討滅ぼしたのは女神カファナでした。

 女神は言いました。

 傷つき疲れた森の民よ。

 凍えぬよう、棲家を用意してやろう。

 飢えぬよう、果実を植えてやろう。

 怯えぬよう、加護を与えてやろう。

 隣人は憤りました。

 翌日隣人の姿はありませんでした。

 男も当然だと思いました。

 これが聖域のはじまりです』

 

 聖域に邪神の欠片を封じる、という部分が抜けているのだ。

 豪邸を建てた。メシは用意する。セキュリティも付けよう。ただ、地雷が埋まっているけどね、と言われれば……それは激昂して当然である。怒って出て行ったという隣人が吸血鬼といった少数種族なのだろう。自分達で出て行ったクセに逆恨みしているようだが。

 世界は滅びかけていたとある。

 エルフに選択権の余地は無かったのだろう。

 しかし、生活が安定してくれば再び考えざるを得なくなる。

 地雷の埋まった聖域で暮らすのか、それとも聖域を捨てて出て行くのか。

 誰だって地雷原の上で生活したいとは思わない。

 巫女が邪神を封じる役目を担っているのだろう。聖域から出て行くという事は即ち邪神の復活を意味する。役目を捨てる事も出来なかったエルフは邪神の存在を隠す事にした。併せて邪神を連想させる巫女の存在を隠してしまったものだから、伝承が上手くいかなくなり邪神の封印が解けかかっている――といったところか。

 忌み子が邪神の使徒というのは嘘ではないだろう。

 邪神の使徒になる素質があると言うべきか。

 イシュを見ていると要は心の持ちようだと思う。

 生まれ付き欠損のある子供を忌み子というらしいが、もしかすると後天的な欠損でも構わないのかも知れない。幼い子供の方が邪神の言葉に耳を傾けやすいというだけで。

 マテルが忌み子は危険だと吹聴しなければ……いや、マテルは正確な知識を伝えていたのだろう。長い年月で忌み子は危険だ、という結論だけが独り歩きするようになってしまっただけで。マテルは案外、「忌み子は邪神の囁きを聞く。だから、愛情を持って育ててあげなさい」とでも言っていたのかも知れない。なんとなくだが……それが真実な気がする。

 似たスキルを持つからだろうか。

 マテルに妙なシンパシーを感じる。

 などと考えているとシンラに身体を揺さぶられた。


「ご主人様! ご主人様! ご主人様ァ! イシュを止めてください!」


 がくんがくんと揺れる視界で、シンラの指差す方向を見てみれば、イシュとカァサが臨戦態勢に入っていた。


「……僕としては……イシュの意思を……尊重したい。カァサはエルフの歪みを……体現した人物だ。彼を倒して初めてイシュは……忌み子だった自分と……決別できるんだと思う……揺らすの止めて」

「そ・れ・はっ! 勝てればの話です! ご主人様! ご主人様ならカァサに勝てますよね? 楽勝ですよね! もう仕方がないですからバッサリいっちゃってください!」


 ……う~ん。勝てない、かなあ?

 イシュは腕をクロスさせ、逆手で二刀を構えていた。

 二刀を。

 だが、カァサは何も言わない。

 外野のエルフがイシュの腕がある事に驚いていたが、その声すらカァサの耳には入っていないようだ。

 カァサの大義名分はイシュが忌み子である事だ。

 だから、イシュの片腕はある筈がない。

 故に。目に映っていても見えていない。

 つけ入る隙になる。

 それにイシュのあの構え……驕ってはいないようだ。

 勝てる要素はある。だが、説明している間に戦いは始まってしまう。

 共にいた時間が長すぎたせいでシンラは先入観でイシュを見ている。庇護対象として見ている。

 カァサを止められると思ったからこそ、イシュはあの場所に立っているはずなのだ。


「この程度の逆境、僕は何度も乗り越えて来たよ」

「それはご主人様だからです!」

「そう。ならイシュにも出来るよ」


 だってさ、と僕は続ける。


「僕はイシュに勝てる気がしない」

「…………ふえっ?」


 意外な一言だったのか。シンラの声が裏返った。シンラが幼く見え、可愛い。

 イシュは才能の片鱗を僕に見せて来た。

 

 ――初見でウォーベアを見事に倒したコト。


 ナイフの扱いは洗練されており、実際のスキルレベルよりも上に見えた。【短剣】使いとしてのセンスは明らかに僕より上だった。

 

 ――【コンセントレーション】に目覚めたコト。


 【コンセントレーション】は取得可能なスキル一覧に無かった。土壇場で一気にスキルレベルを1まで上げた事になる。

 末恐ろしい才能だが……まだ想像可能な範疇だ。

 世界を探せば似た様な話を一つや二つは見付ける事が出来るだろう。

 しかし、一つの事実を加えると、途端に唯一無二の偉業となる。


 ――当時、イシュは【大器晩成】はカンストしていなかった。


 つまり、成長を阻害されながらも、あれだけの才能見せていたという事である。

 そして、イシュを縛る枷はもう無い。

 物覚えが悪いと嘆いていた少女は羽化を果たした。

 どこまで飛翔するのか翼を持たない身では想像も出来ない。

 だから、僕はシンラに告げる。


「さあ、伝説の幕開けだ」

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