第2話 チュートリアル
「…………んっ」
眩しさで目が覚めた。
身体を起こす。顔が仄かに温かい。視線を上げると、木漏れ日が差し込んで来ていた。
「…………はい? ここ、どこだ? 森……だよな……」
家にいたはずが、なぜ森にいるのか。
眉間に皺を寄せて考えていると、段々と思い出して来た。
アーティリアの誘いに乗り、異世界へ転移して来たのだった。
僕の格好はサーバールームにいた時のまま。ああ、靴を履いているのが違いかな。
しかし、本当に異世界なのか?
太陽が二つあるでもなし。
ドラゴンが飛んでいるでもない。
異世界である! と声高に叫ぶものがないのだ。
……いや、考えるのはよそう。
フラグを立てる気ですか! とユニに怒られそうだ。
「そう言えば……ユニは?」
騒がしい相棒の姿が無い。
アーティリアの話ではユニも一緒に――
(彼女の転移には時間がかかります)
唐突に響いた声に僕は目を剥いた。周囲を見渡しても誰の姿もない。
(すみません。驚かせてしまいましたね。【心話】スキルでアリスに直接話し掛けています。テレパシーみたいなものだと思って頂ければ。アリスもいずれ使う機会があるかとは思いますが、今は口に出して喋って貰えればこちらで汲み取ります)
「……アーティリアか」
ホッと胸を撫で下ろすと、焦りが気恥ずかしさに変わった。
苦笑しながら言う。
「確かに驚いたけどね。いいんじゃないかな、異世界らしくて。グロウフェント来たって実感無かったから」
(様々な物語が乱立する世界に居たんですものね。アリスの想像を超える事はできませんでしたか)
……ん? 何だろう。ズレた返事。
でも、今はそれよりも、
「ユニは?」
(天界で勉強して貰っています。アリスはグロウフェントの知識が足りてませんから。それを補うのは相棒の役目だと息巻いています。彼女の解析が終わるまで時間を潰しているだけですが)
「解析?」
(ユニには肉体がありませんでした。転生して貰う必要がありますが、肉体に魂を流し込んでおしまい、とはいかないのです。ああ、アリスにはこう言った方が分かりやすいかも知れません。異なるOSに移植するには変換が必要だと)
「非常に分かりやすかった。アーティリア、地球に詳しいよね」
「貴方を探す過程である程度は」
「そう」
天涯孤独だと思っていた。
寂しいと思った事はなかったが……気にかけてくれた人がいたのは嬉しい。
だから、なのだろうか。
アーティリアからは母性のようなものを感じる。
ファーストコンタクトが胸だった……からではないと思う。
(……ユニから伝言があります。『私はどんな種族がいいですか、マスター。あ、すいません。間違えました。どんな耳でハァハァしたいですか、マスター。今なら猫耳も犬耳もつけ放題ですよ!』――との事です)
録音機能でもあるのか。ユニの声とテンションが再現されていた。
……ウザい。
「……好きにしろって伝えて貰っていいかな」
(分かりました。そうすると合流まで少し時間が掛かるかも知れません)
「うん? ユニの転機だしね。時間がかかるのは構わない。でも、なんで?」
(まだ解析の途中ですが、ユニの魂は妖精族に近いようです。妖精族から離れた種族になるほど変換に時間がかかります。ユニはアリスと同じ人族に転生したいようなので。勿論、アリスが望むなら耳で種族を選ぶつもりだったようですけどね)
「……あ~も~。真面目に選べよな~。後悔しても知らないぞ」
人生をノリで決めようというのか、あのバカは。
だが、ユニはどの種族を選んでも……楽しそうに生きるのだろう。
僕が口だしするのも野暮か。
(では、チュートリアルと行きましょう)
「……チュートリアルっていうと途端にゲームっぽくなるね」
(そう考えた方が混乱は少ないかも知れませんね。【ウィンドウ】と念じて見てください)
【ウィンドウ】?。
あ。なんか、出た。
+――――――――――――――――――――――――――+
《名前》アリス
《種族》人
《状態》正常
《スキルポイント》10
《ステータス》
LV:1
HP:70/70
MP:71/72
STR:13
INT:21
VIT:17
MND:17
DEX:23
AGI:18
《スキル》【UNI:クラック1:10/25】、【UNI:ウィンドウ:0/0】、【R:カリスマ1:10/25】、【C:以心伝心3:50/75】
+――――――――――――――――――――――――――+
名前……アリスって。
それは名字であって……名前はどこに消えた?
アリスって呼ばれて否定しなかったから勘違いされたかな。
「……STR低いなあ」
(他のステータスと比べたらそう見えるかも知れませんね)
「平均よりは上ってこと?」
(大体、1.5倍から2倍のステータスですよ)
「おお、凄い」
(でも、過信したらダメですよ。あくまでLV1と比較しての話ですから。ステータスで上回っていたとしても、スキル構成によっては敗れる場合だってあります)
母親のような物言いに、苦笑してしまう。
「はいはい、分かってます」
(……これは実感してもらうまで、分からないとは思いますが。貴方のステータスは何も弄っていませんが……一つだけ。言葉を通じるようにしておきました)
「助かるよ。武器は?」
(ナイフをお渡ししてあります)
探すと腰にナイフがあった。
試しに【ウィンドウ】と念じてみると、ステータスが表示された。
+――――――――――――――――――――――――――+
《名前》ナイフ+5
《攻撃力》7
《耐久度》100/100
+――――――――――――――――――――――――――+
「……なんだ。本当にただのナイフか」
ガッカリだ。
神様から賜った武器にしてはショボい。
+5ついてるのが神様の意地か。
(強い武器を与えたら無茶しそうですから)
「……そんな事はないと思うけど」
確かに魔物との戦いを追体験をした後だ。好戦的になっているのは否めない。
(貴方は武器スキルを一つも取得していません。【片手剣】や【槍】ですね。まずは武器スキルの取得を目指してください。武器スキルを取得するまで実戦は控えた方がいいでしょう。武器スキルは武器そのものだ、という人もいます。ステータスが高くても武器が貧弱では勝てるものも勝てません。まずは武器スキルを磨け、という意味ですね)
「……はぁ。分かったよ。無茶はしない」
(結構です。スキルに表示されるのは、レアリティ、スキル名、熟練度になります。レアリティはコモン、アンコモン、レア、ユニークの四区分。スキル名に付いている数字はスキルのレベルを示し――)
「スキルの詳細は出ないの?」
(出ません。把握には【スキル知識】のスキルが必要です)
取扱説明書が無いのか。
そういう時は使って見るに限る。
【ウィンドウ】は念じれば出た。【クラック】も同じではないか。
――クラック可能なスキルがありません。
一応出来たが……使えないのか。
スキルを使う条件がありそうだ。
(満足しましたか? アリス)
からかうような声音だった。
「……ごめん。話の途中で。つい……ね」
(ふふ。気持ちは分かります。では、続けますね。【ウィンドウ】はもう分かったと思いますので、アリスがアリスたる所以、【クラック】の説明に入ります。ユニーク以外のスキルはユニから聞いて下さい。【クラック】を見てください)
+――――――――――――――――――――――――――+
《スキル》【UNI:クラック1:10/25】
+――――――――――――――――――――――――――+
「スキルを取得するには一定の熟練度が必要です。ですので、スキルレベルは1ですが、既に熟練度が10溜まっています。右の数字がレベルアップに必要な熟練度です。次のレベルまでに必要な熟練度は、どのスキルでも変わりません。熟練度はスキルを使い続けると上がっていきますが、スキルポイントを振ることでも上げることができます)
「スキルポイント……ああ、これか。10溜まってる」
(試しに振って見ますか)
「いや、レベル2にならないよね。意味あるの?」
(スキルはレベルで効果が変わります。振ったスキルポイントは熟練度に変換されますから無駄にはなりませんが、今振る価値があるかというと疑問ですね。もしどうしてもスキルポイントを試してみたいというのであれば――)
「新しいスキルを取得する」
(その通り)
「駄目だね。取得出来るスキルがないって表示される」
(貴方が成長すれば自然と取得出来るスキルも増えていくはずですよ。最も貴方が新しいスキルを取得する機会はないと思いますが。暫くは)
「そうか、スキルを【クラック】出来るのか」
(…………よく、分かりましたね)
「消去法だよ」
新しいスキルを取得する機会がない。
つまり、スキルポイントは既存のスキルに注ぎ込まれるという事だ。
怪しいのはユニークスキルだが、【ウィンドウ】は熟練度が無い。レベルが無いのだろう。
残るのは【クラック】だ。
(【クラック】は対象にスキルを付与するスキルです)
「永続的に?」
(解除しない限りは)
「……それはそれは。チートだね」
(【クラック】はスキルポイントの代わりに、MPを消費してスキルを得ます。【クラック】出来るスキルの数はスキルレベルとイコールで――)
1、スキルレベルの数だけ、【クラック】出来る。【クラック】したスキルを解放する事で、また別のスキルを【クラック】可能。勿論、解放したスキルを【クラック】し直す事も出来る。
2、【クラック】出来るのは、観測したスキル、レベルに限られる。観測とは【ウィンドウ】で確認する事を言う。
3、【クラック】はMPを消費する。消費するMPはスキルを取得する為に必要な熟練度。この操作は必ず一度で行わなければならない。複数回に分けてMPを支払う事は出来ない。
4、ユニークスキルは【クラック】出来ない。
簡単に言えば一度見たスキルを自分のものに出来るという事だ。
かなりチートなスキルだ。
スキルレベルの数だけ、と制限はあるにせよ。
今日は世界一の剣豪、明日は一騎当千の魔法使い――なんて常識外れを可能とするポテンシャルを秘めているのだ。
ユニがいたなら「チートで無双! テンプレ、キタコレ!」とか言ってはしゃいでいるトコだ。
ただ……思い出しても見て欲しい。
【クラック】を使った時のメッセージを。
――クラック可能なスキルがありません。
そう、このスキルは――
(ふふ、早速スキルを持っていそうな人を探していますね、アリス)
スキルを観測して初めて真価を発揮する。
見まわして見ても人っ子一人いなくては。
(残念ながらアリスの眼鏡に適う人はいなかったようですが)
今なら【片手剣1】のほうが有意義。
宝の持ち腐れだ……ん? いやいや、待って。
確かに僕は今人を探した。見つからない事を承知で。
だが、アーティリアの言い方は――
「アーティリア! 僕の心を読んでいるのか!?」
(ええ。事後承諾になってしまったのは謝ります)
僕は立ち上がり、ナイフを構える。
「違う! 必要なら幾らでも読んでくれ! アーティリア……僕が今、どこにいると思ってる?」
(……王都では?)
「木、木、木、木! 見えるのは木ばかり。これが王都か!? 違うよな! 森だ!」
(…………そんな、筈は。森? 一体、何故)
「ああ、ああ! 道理で噛み合わないはずだ!」
思い返せば幾つか齟齬があった。しかし、アーティリアを信頼して気にも留めなかった。
というか、普通は思わない。
神様が手違いを起こしてるなんて。
この森も……チュートリアルを行うに相応しい、人気のない場所を選んだのだと思っていた。
……そうか、出るのか、魔物。
(アリス! 分かりました! カファナの仕業です。もうすぐ妨害で【心話】も繋がらなくなります。覚えていてください、アリス。ソウルの代わりにスキルを与えるよう言ったのはカファナです。彼女に貴方を害する気はありません。建前上は。つまりこれは試練であり――)
そこで【心話】が切れた。
「…………アーティリア?」
呼びかけは空に虚しく吸い込まれた。
ナイフを手に佇む僕の前には欝蒼と茂る森が広がっている。
長閑な森だと思って眺めていたが。
無数の魔物が闊歩する物騒な森に見えた。
心持ち一つでここまで印象が変わるのか。
やれやれ。
平和ボケし過ぎだ。
僕が憧れた剣と魔法の世界を思い出せ。
一瞬の油断が生死を分ける世界だったハズだ。
感覚が次第に研ぎ澄まされて行くのを感じる。
「……チュートリアルでゲームオーバーの危機か……」
頼みの綱のスキルは役に立たないものばかり。
【クラック】は使えず、【ウィンドウ】はお察し。【以心伝心】と【カリスマ】は、名前からして戦闘系のスキルではない。
実に絶望的な状況である。
だから。
自然と唇の端が持ち上がった。
「面白くなってきた」