第13話 ダリオ2
焦げくさい臭いが鼻を付く。熱気を孕んだ風が髪を揺らす。
雲霞の如く押し寄せていた敵は姿を消し、僅かばかりの《ダリオ》が遠巻きに怯えた目で僕を見ていた。転移直後の不調を衝かれる事を懸念していたが、《ダリオ》は戦うという選択肢を忘れ去っているようである。《ゲート》を消しただけで悲鳴が上がった。
「まだ、やる気かい?」
【威圧】してやれば《ダリオ》は蜘蛛の子を散らす様に去って行く。尻尾巻いて逃げる、という表現がピッタリな……あ、獣人の尻尾。ホントに巻かれてる。
剣戟の音が響く。
イシュがヒューゴを攻め立てていた。ショックで放心しているヒューゴはいい的だった。無意識に攻撃を捌いているのは流石だが……リーダーとしては失格である。
司会は《ダリオ》の残党を率いて脱出を図っている。
どっちがリーダーなんだか。
僕の姿を認めるとヒューゴの瞳に意思が戻った。
「お? おう! 戻って来たか! うおお、なんだァ!? ええい、ウザってぇ!」
「ぐッ」
わずか一合でイシュが吹き飛ばされる。転がるイシュは僕の足に当たり、止まった。
「無茶して。あの様子だったら放っておいても平気だったのに」
「だってさあ、スキだらけなんだぞ。もったいないじゃん」
「……はァ。ま、小言はいいか。熟練度も伸びてるみたいだし」
「ホントウか?」
「安心するにはまだ早い。無謀な戦いを挑んだコト。シンラに報告するから」
「…………げぇ」
「イシュはユニの代わりになれない。でも、ユニだってイシュの代わりにはなれないんだ。無事でよかった」
イシュの頭をくしゃくしゃと撫でる。うぅ、と唸り、イシュが項垂れる。
「ぐるぅぅぅ。てめぇだけは許さねぇぞ」
「捻りのないセリフだけどいいの? それがお前の遺言で」
ヒューゴの顔が真っ赤に染まる。
イシュが呆れ顔で言う。
「……なー。これ以上怒らせてどうするんだ」
「ユニがさ。言うんだよね。僕は自然にしてた方が上手く挑発出来るって。でも、それってさ、見境なく喧嘩売る失礼な人みたいでしょ。だから、兆発の練習」
「あ~。あたし、思うんだけどな。この会話が一番挑発になってる」
「…………え」
「ユニが正しいと思うぞ。アリスは本音が一番イタい」
「…………」
嘘だろう、とヒューゴを見れば……イシュの言葉が正しいと認めざるを得なかった。
……今後は言動に気をつけよう。
と、来たか。
十日夜に手をかける。
居合を放つが……かわされた。
「早いな」
脳筋だと思ったが。
案外、足を上手く使う。
「やり辛い」
さては、ソルと戦う事を想定していたな。居合を封じるように間断なく攻めて来る。ソルなら居合も連発出来たのだろうが、僕は目視しないと刀を納める事が出来ない。
それに……もう一つ。
「イシュ。持ってて」
【ヘヴィスラッシュ】でヒューゴを押し返し、鴉切赤松をイシュに放る。
動きやすくなった。
腰に二刀も差しているのは邪魔で仕方がなかった。
「其は万物の老いなり。而して平等にあらず――」
「ふはははは、隙ありだァ! 《スウィング》! 《アックスホーン》! 《アセンドフォール》! 《グラヴィティストライク》!」
やはりそう来たか。
MNDの低い獣人族にとって魔法使いは天敵だ。詠唱が始まったら仕掛けてくると思っていた。詠唱中は集中を魔法に割かれるため、どうしても動きが鈍くなるのだ。
だが、ヒューゴが有利かというと一概にそうも言えない。
魔法が発動すれば途端に形勢は逆転する。
確実に魔法を潰さなければならない――そのプレッシャーがヒューゴの心を縛る。
【片手斧】の強みは自在にアーツを繋げられる事だ。ただでさえ身体の芯が痺れる一撃が強化されるのである。一度、後手に回ったが最後、コンボを食らう事が確定する。
しかし、それは無限に派生可能なコンボが先読みを許さないからで。
アドバンテージを放棄すれば、コンボもアーツの連打になり下がる。
入れ込み過ぎたな、ヒューゴ。
そのコンボは一度、ジャイルズ戦で見ている。
「――我が敵に時の戒めを、《スロウ》」
ぐん、とヒューゴの動きが遅くなる。
対象のAGIを落とす、【時空魔法2】――《スロウ》である。
ヒューゴが戸惑っている隙に刀を納める。
「隙が……なんだって?」
「チィ。いい気になるんじゃねぇぞ! レジスト出来なかったのは俺だからだ!」
「……いや、胸張っていうことかなあ」
まあね。
ヒューゴなら確実にかかると思ったから《スロウ》をかけたワケだが。
上手くはいったが戦闘中の詠唱はやはり危険を伴う。MNDの高いエルフが相手ならかけようと思わなかっただろう。
「それにお前は勘違いしてる」
鯉口を切る。
「【クラック】――セット、シンラ。【扇動3】リリース――」
牽制の居合を放つ。
ヒューゴは刀を避けようともしない。顔を顰めただけ。勢いを落とさず突っ込んでくる。堅牢な肉体はアーツに頼らず《ジ・フォートレス》と同じ芸当を可能とする。
自分の弱みと強みをよく知っている。
だが、《スロウ》で鈍った足では僕を捕まえられない。
【決闘3】の効果もありAGIは僕の方が高いのだ。
「――セット、アリス。【偽装5】リリース。【火魔法1】、【詠唱破棄1】ロード」
ヒューゴがバッと飛退く。
「…………」
何も起こらない。
ヒューゴが怪訝そうな顔になった。
「……今のはナンだ」
「お前を倒すためのおまじないかな」
苦い顔で僕は言う。
ヒューゴを倒すための準備。《ゲート》の先でやる予定だった。
イシュが残った事で……ついつい忘れていたのだ。
ユニが犠牲になるのは耐えられる。イシュが犠牲になるのは……断じて許せなかった。
ユニよりもイシュが大事だと言っているわけではない。ユニは僕の分身のようなもの。僕が立てた計画で、自分が命を落とすのであれば、仕方がないと諦めが付く――という意味である。
【以心伝心】が僕とユニの関係を表している。
心を通わせられる程度には二人は同じものなのだと。
だが、カンストしていないのは、やはり別人である証拠なのだと。
「来ないのかい? なら、僕からいくよッ」
ヒューゴの懐に飛び込み、左手をかざす。
「《ファイアアロー》」
「なッ」
刀を警戒していたのだろう。炎の矢はヒューゴに命中する。
詠唱が無かったのは【詠唱破棄】の効果だ。なお、詠唱破棄出来るのはスキルレベルの魔法まで。上位スキルに【無詠唱】があるらしいが、残念ながらエルフは持っていなかった。
「いィィィ、痛てぇッ! 刀使いの魔法が、なんでだッ!」
「だから、勘違い。僕は魔法使いだ」
ヒューゴの目が驚愕で見開かれる。
多少盛ったが嘘ではない。僕が一番高いステータスはINTなのだから。他に近接戦闘をこなせる人材がいないから、僕がその役目を担っていただけで。INTもMPも元三賢人のジャイルズに匹敵するといえば、どれだけ素質を無駄遣いしていたかが分かる。
「《ファイアアロー》、《ファイアアロー》、《ファイアアロー》、《ファイアアロー》」
山程炎の矢を叩き込んだ後には、虫の息となったヒューゴが残された。
「ちょっ、お、おい、待て。は、話し合おうぜ、なっ? え、エルフ、捕まえてんだよな。俺とアンタの手柄にして。半々……いや、俺の取り分は三分の一でいい。そんだけ手土産ありゃ、アンタを《ダリオ》の幹部にしてやれる。俺が口を聞いてやる。な、悪い話じゃねぇだろ」
僕はため息を吐く。
「お前、美しくないよ」
銀閃が走った。
呆気ない幕切れ。
だが、僕が全力を出せばこうなる事は目に見えていた。ソルとの果し合いだって魔法を使えばもっと簡単に勝てた。そうしなかったのはソルという人物への敬意だ。
それにまだ終ったわけではない。
「…………」
立ち上る炎を見る。
あの下で《ダリオ》の残党とエルフの戦いが繰り広げられているはずだ。
結果は言うまでもない。
じきに聖域を蝕んでいた悪は潰える。
しかし、それは新たなる戦いの幕開けに他ならない。
僕の聖域解放は――ここからが本番だ。




