第11話 ソル2
一歩。二歩。踏み込む。更に一歩。仕掛けて来ない。
攻撃範囲を探りつつ、ソルとの距離を詰める。
納刀状態にあっても油断は出来ない。なにせ、ソルは居合を持っているのだ。
「…………」
「…………」
刀を持つ手に力が入る。攻撃出来る距離に入った。
裏を返せばソルの攻撃範囲でもある。僕とソルの刀は見た感じ長さに大差はない。
ふむ。後の先を取れると? 大した自信だな。それが本物か確かめ――
「――ッ!」
まずい!
バックステップ。
首にむず痒い痛みがあった。かわしきれなかったのか。
ソルの手にはいつの間にか抜き放たれた刀があった。
「……いやはや、驚いた」
目で追う事も出来なかった。
容易に懐まで入れてくれたはずだ。誘い込まれていたというワケか。
居合を披露した以上、次は易々と踏み込ませてくれないだろう。
ソルの持つ【居合5】も【両手剣8】も、単体なら恐れる事はない。だが、組み合わさった時……下手なアーツよりも恐ろしい、神速の抜刀術と化す。
……アーツじゃないからクールタイムはないだろうな。連発出来ると思った方がいい。と、なると、先手を取られるのは確定か。思った以上に厄介なスキルだな。
と、ソルの刀に目が吸い込まれる。
月光を鍛えたかのような銀色の刀身。
美しい。
思わず見惚れていると、ソルは苦笑いを浮かべて言った。
「余裕よな」
「……美しいものには目がないものでね」
「十日夜。龍王が鍛えし五龍押印が一刀。五龍押印の中で最も地味な刀ではある。だが、わしが愛用している刀でもある。納刀すれば刀が修復されるが故に」
……マジックアイテムだったのか。
言われてみればファンタジーな世界だ。能力が付加された武具があってもおかしくない。マジックアイテムを見た事が無かったからその可能性を失念していた。
これからは人間だけじゃなく。
武器も【鑑定】する必要がありそうだ。
しかも、耐久力を回復させるとは。刀使いにとっては得難い至宝だろう。
「どうせならそっちの刀を貸して欲しかったよ」
「ほう。鴉切赤松はお気に召さんか。それも美しい刀だと思うが」
「否定はしない。でも、好みじゃない。どこか禍々しい」
「禍々しいか。まさしくその刀の本質を言い表しておる。鴉切赤松もまた五龍押印が一刀。血を吸う程に切れ味が増す、忌わしくも頼もしい刀よ」
「ん? 教えてくれてよかったの?」
「知ったところで斬る事が出来ねば意味はない。わしに勝てば二刀ともお主のものだ。教えておいて損はなかろうよ」
ソルは腰を落とし、刀を鞘に納める。足を肩幅に開き、再び居合の構えだ。
「やれやれ。見込まれたものだね。僕から行くしかない、か」
【鑑定】すれば分かるとはいえ、ソルは手札を明かし過ぎだ。
果し合いだと言ったのはソルの方だろうに。
「居合を見てもなお前に出るか。アリス、お主もまた武人よな」
「そんな大層な存在じゃない。貴方が知らないだけで汚い手だって使う」
ソルを初戦の相手に選んだのだって、彼が最も手強そうだったから、一対一という状況で消そうとしただけ。あわよくば【居合】を譲渡して貰えればなお良し、と。
武人から最も遠いのが僕だと思う。
「ただ、貴方には真っ向から挑みたいと思っただけさ」
「それだから武人というのよ」
ソルが呵呵大笑する。
心地よい緊張感が僕の身体を包む。集中力が研ぎ澄まされて行く。額に浮いた汗が目に入った。片目がソルの鞘走りの初動を捉える。居合をスウェイでかわすと、一気に距離を詰めるべく地面を踏みこむ。狙いとしては間違っていなかった筈である。
しかし、何かが警鐘を鳴らした。
【危機感知】ではない。ソルの殺気に当てられ、【危機感知】は既に麻痺している。
思い切り飛び退る僕の眼前を銀光が走った。
「おっと」
たたらを踏む。
態勢を整える僅かな間に、ソルは刀を鞘に納めていた。
「……早いな。納刀が。しかも、静かだ」
【居合】は納刀状態からの一撃にボーナスを得るスキルである。
納刀にスキルの補正はかかっていないハズなのだ。
一体、どれだけの修練を重ねれば、音を立てずに納刀出来るというのか。
「【居合】を知る者は誰しも考える。刀を納めるまでに距離を詰めれば、とな。だが、それを許した事はない」
「……ノーダメージで、ってのは虫のいい話だったか」
ここは敵地の真っただ中なのだ。
ソルに勝てたとしても満身創痍では先がない。
時間をかければ突破口も開けるが……だらだら長引かせては《ダリオ》が飽きる。刺激を与え続けなければ、観客が一斉に敵と化してもおかしくはない。
僕は刀を中段に構える。
首を狙わせない為だ。
ソルは【首刈り】を持っている。首への攻撃力を増すスキルだ。また、一定のダメージを与えると問答無用で首を飛ばす即死スキルという側面もある。HPの半分以上を一撃で削らなければならない為、この戦いで即死を恐れる必要はないが。
「そう、そうするのが最善よな。肉を斬らせて骨を断つしかない。だが、先達として一言言わせて貰おう。痛みを堪えて振るった刀がわしに届くと思うな」
「御高説どうも。でも、約束したろ。刀の可能性を見せるって。これから見せるのがその一端だ」
僕はソル目掛け、突っ込む。
ソルが居合を放つ。刀が僕の腹部を薙ぐ。
一撃入れたというのに、ソルの笑みが曇った。
何も起こらなかったからだろう。
いやいや、落胆するにはまだ早い、ソル。
刀の可能性を見せるのはこれからだ。
上段に振りかぶり、一撃をソルに放つ。ソルは受け流そうとし――驚愕に目を見開いた。負傷したとは思えない、強力な斬撃だったからだ。ソルは自ら飛び、衝撃を殺した。
「刀使いはアーツを使わない。それは思い込みだ、ソル!」
【両手剣4】――《ジ・フォートレス》。
受けたダメージを遅延させるアーツだ。ダメージは一定時間おいて僕の身に現れる。つまり、今の僕は無傷だと言う事だ。
【両手剣】のアーツとしてデザインされている為、力任せの一撃になってしまうのが欠点か。だが、距離を詰めたいだけなら、これ程相応しいアーツはない。
「貴様ァァ! 何が刀の可能性だ! 刀は武人の魂ぞ! 疎かに扱う愚か者が!」
「頭に血が上るのも分かるけどね。目が節穴じゃないっていうんなら、よく見た方がいいんじゃないかなッ!」
飛退こうとするソルに僕は追いすがる。
一撃貰ってまで引き寄せた流れを簡単に渡しはしない。
まずは体術で。かわしきれないとなると、ソルは刀で攻撃を受け流そうとする。刀を慮った刀使いの戦い方だ。時折、ソルからの反撃があるが、居合程の速度では無い。僕は耐久度の事など知った事ではないと、真っ向から刀を弾き飛ばす。その度にソルの刀――十日夜に刃毀れが増えて行く。
ソルの顔がこれ以上ない程に茹で上がった時だった。
僕の攻撃の手が止まった。その隙を逃さず、ソルが距離を取った。
遅延していたダメージが襲いかかって来たのだ。
……来る、と分かってても痛いな。しかも、結構深手じゃない、これ? ご丁寧に《出血》も付いてるみたいだし。
「ご主人様!」
シンラが悲鳴を上げ、駆け寄って来た。
流れる血を必死に手で押さえようとする。
…………そんな乱暴に傷口を……地味に痛いんだけどな。
「そう慌てない。まだやれるさ」
シンラは顔を上げ、キッと僕を睨む。
「いえ、ご不興を買う事を承知で申し上げます。お逃げください。ご主人様だけならこの場から逃げる事も出来る筈です。命を賭ける事の重みを知らず浅墓なお願いをしてしまった愚かな女の頼みをお聞き入れください」
「果し合いを汚す権利は君には無い、シンラ」
「御不快でしたらどうぞ私を斬り捨ててください。私は。身も心もご主人様に捧げておりますから。これは……私が……言ってはならない事だと思いますが……偽る事のない本心です」
シンラが真っ直ぐに僕を見詰めていた。
折れたのは……僕の方だった。
「君の気持ちは分かった。でも、引かない。確実に勝てる戦いから逃げる必要はない」
「でも――」
「勝算がある。言ったはずだ。説得力無いかも知れないけど。僕だって慣れるまでにこんな時間がかかるとは思って無かったし」
シンラをそっと押すと、渋々ながら離れてくれた。次に危険だと思ったら、割って入ると釘を刺されたが。まだまだ信用されてないみたいだな、と苦笑する。
仕方がないか。
ダメージを与えたのは十日夜にだけ。ソルには届かなかったのだから。
ソルはといえば。
刀を納める事も忘れ、呆然と立ち尽くしていた。
「ソル。刀。修復させないでいいの?」
「…………おう、そうであった」
ソルは夢を見ているような面持ちで刀を鞘に納めた。
「……して。それは……どんな……からくりだ?」
ソルは鴉切赤松を指さした。
ボロボロの十日夜と違い……刃毀れ一つない刀を。
「【鈍ら】。スキルだよ」
「……【鈍ら】だと? 信じられん。切れ味を落とし、手加減する為の……スキルだと……そう聞いた」
「そういう用途で使われる事が多いだけ。武器の属性を斬撃から打撃へと変えるのが【鈍ら】の本質。そして貴方も知っての通り打撃属性の武器は耐久度が減り辛い。アクティブスキルだから打ち合う際と――アーツを使う時だけ発動させればいい。刀の利点を損なうことなく、大剣としても扱える」
ソルはぽかん、とした後、大声で笑った。
「……ふっ、ふはっ、はははっ! これは良い冥土の土産を貰ったわ!」
「お気に召して貰えたようでなにより」
「だが、果し合いはまた別よ。勝算があると吠えたな? 来い、わしを超えて行け」
「誤解されたくないから先に行っておく。決して手を抜いていたワケじゃない」
ソルは薄く笑うと、鞘の位置を直した。
余りにもこれ見よがしで……それで……気付いた。
……なんとも情けない気持ちになる。アドバイスを貰ったと気付いたのだ。
スキルを【クラック】出来ても、まだまだ実戦不足という事か。
教訓を心に刻み、ソルに駆け出す。
迎撃の居合が迸る。キン、と硬質な音がした。はじき返したのだ。
「良くぞ見切った!」
「いい師に巡り合えたからかな!」
居合は強力なスキルだが弱点もある。
居合の根幹を成す鞘こそが弱点だ。
極端な話、居合を防ぎたいなら、鞘を壊してしまえばいい。
また、鞘は発射台であるから、鞘を見れば居合の角度が分かる。
相変わらず剣閃を目で追う事は出来ないが……角度とタイミングが分かれば合わせられない事もない。
ソルは僕に【居合】を譲渡すると決め、居合を扱う上での心構えを教えてくれているのだ。
僕とソルは自然に笑みを浮かべていた。
言葉は無かった。
だが、ソルの刀は何よりも雄弁だった。
これをどうかわす?
どう反撃に転じる?
さあ、教えてくれ。
わしが到達出来無かった高みを――
ソルは子供のようにはしゃぎ、持てる技術の全てで僕を殺そうとする。
だが、一太刀たりとも僕に届くことは無かった。
対して僕の刀は着実にソルを追い詰めて行く。
「馬鹿な! なんで先生について行ける! はぁぁぁ? おかしいだろう!」
司会が驚愕の声を上げる。
僕の優勢が信じられないのだろう。僕のステータスを知っているだけに。
暫くして司会が叫ぶ。
「――そうか! 【偽装】かッ! やられたッ!」
当たり。
でも、根本的なトコは思い違いをしているのだろう。実際の数値よりステータスを低く【偽装】していたと。司会が想像できないのも無理はないが。
シンラにも常識外れ、と呆れられたし。
「いいですか、ご主人様。ステータス上昇系のスキルは重複しないのが常識です。ステータス上昇系スキルは、武器スキル毎に一つしかないからです。【ショウタイム】は【片手斧】系スキル。【決闘】は【片手剣】系スキル。それを【両手剣】使いが持っている。それが如何に異常な事か分かりますか? ああ、もう。まだまだご主人様への認識が甘かったみたいですね。イシュの気持ちが少し分かりました。ご主人様だから、で全部片付けたくなります。武器の枠に囚われないスキルの組み合わせの妙。それこそが【クラック】の神髄なのかも知れません――」
僕がソルを圧倒出来るのは当たり前だ。
何しろ僕のステータスはソルを上回っている。
【ショウタイム4】と【決闘3】の効果である。
実に七割のステータス上昇。
……上昇したステータスに慣れるのに時間がかかったが。
ステータス上昇系スキルがコモンである事を考えれば、ステータスは上昇しても五割で頭打ちのはずなのだ。シンラが言わんとする事は非常に理解出来た。
しかし、ユニの言葉を借りれば。
常識? なにそれ、美味しいの? である。
「見事だ、アリス」
ソルは無数の傷を負っていた。流石は【両手剣8】だろう。防戦一方でも致命傷は避けていた。
だが、遂に致命傷となる一撃が刻み込まれる。
ソルは満足げに迫りくる鴉切赤松を見ていた。十日夜を弾き、態勢も崩した。避ける事が出来ないだけ。だが、僕の目にはソルが刃を受け入れようとしているように見えた。
血煙り。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
全身血塗れになったソルは、十日夜を支えにして立っていた。辛うじて。
果し合いは終わった。
血を吸い足りない鴉切赤松だけが、不服そうに禍々しく輝いていた。
「…………アリス、手を」
さし出された手を握り返す。
ゴツゴツした手だった。対して僕は奇麗な手だ。
ソルは一瞬、怪訝そうにしたが、ふっと笑い飛ばした。
「武の頂を目指し、鍛えし幾星霜。道半ばに命を散らす。なれど徒花に非ず。種は継がれ、いつかは届く。願わくば次代で芽吹く事を。先達から後続へ祝福を贈らん」
ソルの全身から発せされた輝きが、繋いだ手を通じて僕に流れ込んでくる。
【C:居合5】を得た事を直観的に悟った。
「……ウッ、グッ……カッ……カハァ……」
ソルが膝を折り、吐血していた。
ものの数秒で一気に老け込んでいた。立ち上がる事すら出来そうにない。
「……意思で……病を抑えていたのか」
「…………生き恥を晒していただけよ。斬れ」
ソルは尊敬出来る人物だ。
斬りたくはない。
実際に刃を交え、その思いは強くなった。
だが、それは……恩を仇で返す事だ。
武人が病で殺されるのは我慢ならないだろう。
「分かってはいたさ。この結末しかないって。僕には貴方の生き様を汚せない」
「感謝する。刀、技と共に。魂もまたおぬしの力になるだろう。病に侵され衰えようとも、人族最高峰と謳われたレベルは変わっておらん」
「受け取った刃。誰に届ければいい?」
僕がソルにしてやれるのはそれぐらいだ。
言葉が足りないかな、と思ったが、正確に伝わったらしい。
「……血煙竜ヤーズヴァル。かの竜を斬るのが夢だった」
「竜? 欲がないね」
「……く、くくく。若さとは眩いものよな。幾度となく討伐隊が差し向けられ、そのことごとくを返り討ちにしてきた……生きる災厄ぞ」
「必要とあらば――」
刀を納める。
ソルを送るのはこのスキルこそが相応しい。
僕の意気を汲み取ったか、ソルは嬉しそうにほほ笑んだ。
「――神にだって届かせて見せるさ」
+――――――――――――――――――――――――――+
《名前》アリス
《種族》人
《状態》出血2
《スキルポイント》0→105
《ステータス》
LV:13→20
HP:180→71/236
MP:231→146/288
STR:34→40
INT:56→76
VIT:37→41
MND:44→62
DEX:60→73
AGI:41→53
《スキル》【UNI:クラック7:175/230】、【UNI:ウィンドウ:0/0】、【R:カリスマ2:30/50】、【C:以心伝心3:62/75】、【C:危機感知2:36/50】、【C:片手剣2:32/50】、【CR:両手剣7:0/0】、【CR:ショウタイム4:0/0】、【CR:決闘3:0/0】、【CR:鈍ら5:0/0】、【CR:偽装5:0/0】、【C:居合5:105/105】
+――――――――――――――――――――――――――+
【魂】ソウルは強者に惹かれる性質を持つ。生命が終わり拡散が始まったソウルが、自らを殺した相手と同化せんとするのはこのため。故にソウルはただ生物を殺しただけでは得る事は出来ず、相手から認められる事が肝要となる。




