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ワールドクラッキング  作者: 光喜
第2章 聖域編
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第9話 月下の誘い

「待たせたかな?」


 指定された場所に辿り着くと少女が背を向けて立っていた。

 僕が声を掛けると少女は振り返り、イシュと瓜二つの顔を妖艶に微笑ませた。


「ご足労頂きありがとうございます、ご主人様」

「こんな夜更けに何の用?」


 隠れ家から離れた場所である。

 一人で来るようにとのお達しだ。

 もしシンラから提案されなければ、僕から言おうと思っていた。


「報酬を受け取って頂きたいと思いまして」

「報酬?」

「私ですわ」


 ぱさ、と音がした。

 白い裸身が月光を浴びて輝く。シンラが服を脱ぎ捨てていた。一筋の汗が胸の谷間を流れる。蠱惑的な笑みが口元に浮かんでいる。美しい身体を隠さず晒していた。

 

「そう来たか」


 予想の斜め上の展開である。

 てっきり隠し事を打ち明けられるのだとばかり。

 大剣を地面に突き刺す。


「まじまじ見られると恥ずかしいですわ」

「目を逸らしたほうがいいならそうするけど」

「いえ、この身体はご主人様のもの。お好きにご覧になってください」


 疾しい気持ちがないといえば嘘になる。だが、目を離せない理由は少し違う。美しいものには目がない、というそれだけ。男としてどうなのかな、と思わないでもないけど。

 でも、十一歳だし。僕はロリコンじゃない。


「目で味わって頂くのも結構ですけれども。もっとオススメの味わい方がありますよ、ご主人様」

 

 シンラがしなだれかかって来た。豊かな膨らみが押し当てられる。

 僕のシャツが捲り上げられた。たおやかな手が入って来る。確かめるように。弄ぶように。手が這いあがって来る。胸にむず痒い快感が走った。ぴちゃぴちゃ、と水音がする。シンラが僕の胸に顔を埋めていた。赤い舌がつぅ、と僕の胸を舐め上げる。

 上目遣いの瞳と目があった。微かにシンラが息を呑む。

 ……やれやれ。これで手を出したら僕は鬼畜だな。

 シンラの口を掌で押さえると――舐められた。

 ……困った子だなあ。


「さ、ご主人様。無粋なものは置いてください」


 シンラが大剣に手をかける。僕の指を一本一本解き解していく。


「それともそれで私を打擲される気で――」


 大剣がぐらり、と傾く。えっ、とシンラが声を上げた。シンラを押し潰さんと大剣が倒れ込む。シンラの細い首を大剣が折る――その直前、僕は爪先で大剣を支えた。


「…………」

「…………」


 シンラは身体を起こそうとするが、大剣を押し返す事が出来ない。


「美人局をするには経験が足りなかったね。それとも痛くされるのが趣味?」

「…………不快、でしたか?」

「まさか。うまいもんだなあ、って感心したよ」


 妙なスキル持っていないよな、と勘繰る程度には。


「……では、なぜ?」

「逆に僕が聞きたい。奴隷が差し出がましい。思わなかったのか? 主人が望んでいないのに」


 厳かに告げるとシンラの目が泳いだ。


「……ご主人様にご奉仕するのは奴隷の役目ですわ」

「本音を言おうか」

「……今、ご主人様に逃げられては困ります」

「……逃げる気なら最初から引き受けてないよ」


 僕はため息を吐くと、大剣をシンラの上から退かす。

 シンラに服を渡すが呆然としていて着ようとしない。心なしか顔色が悪い。

 ああ、無意識に【威圧】を使っていたかも知れない。

 【カリスマ】の派生【威圧】はコントロールが難しいんだよな。

 固まっているシンラに服を着せる。人形遊びをしてる気分だった。

 切り株に腰を下ろし、シンラを膝に乗せる。

 シンラの身体がびくっと強張った。

 はあ。そんな初心な反応を見せるから手を出せないんだけどなあ。

 無理をしているのが見え見えだった。

 義務感から身体を差し出して来た女を抱くのはね。

 

「少し話をしようか。僕も言葉が足りなかった。聞きたい事あるんじゃない?」


 一度引き受けた以上完遂するのは当然だ。

 とはいえ、それが自明のものだと思うのは僕だけ。

 シンラには何度か偵察に付き合わせた。敵の強大さを目の当たりにしている。

 聖域解放を明日に控え、僕が怖気ずくかも――そう考えたのも無理はない。

 

「……なぜ、ご主人様は……私を助けてくださるんですか。イシュの姉だからですか」

「助けて欲しいと言われたから?」

「疑問形ですか」

「いや、納得出来ないだろうなあ、って思って」

「ご主人様の得るものが少なすぎます」

「君という奴隷を手に入れたけど」


 正直、奴隷なんて要らない。

 自分の事は自分で出来るし。

 奴隷を求めたのはシンラの覚悟をみるため。

 それとシンラの罪悪感を減らすため。

 好意に甘えられる少女には見えなかった。何しろ他人に命を賭けさせるのである。無報酬でもいいなどといったら、シンラは罪悪感で潰れてしまうと思った。

 だから、命には命を要求したのだ。

 だが、釣り合っていると思っていたのは僕だけだったらしい。


「…………ご主人様は女性に興味がないんですか?」

「…………は? なんでそうなる」

「だってご主人様は私に手を出してくれませんし」


 拗ねたようにシンラが言う。

 ……あれ? 手を出して欲しかったの? よく分からないな、女の子の気持ちは。

 ただ、奴隷に対する認識が異なっている事は分かった。エルフの奴隷がどういう仕打ちを受けるか知っているため、何もされない事が逆に不安を煽ったらしい。

 でも、シンラは頼めば何でもやってくれるし。

 何も言わなくたって世話を焼いてくれる。

 ……十分満足している……というか、少々鬱陶しい。

 ……うん、奴隷らしい扱いってなんだろうな。

 

「……青い果実が熟すのを待ってるんだよ」

「……本当ですか? ユニはオトコノコの導入を推進すべきか、と悩んでいました」

「……ユニぃ。僕に男色の気はないよ。女の子だって普通に好きだし」

「でも、ハーレムに否定的なんですよね?」

「僕が否定的なのはしがらみが増えること、かな――」


 ユニは僕が身内に甘いというが……それは少し違うのではないかと思う。

 確かに身内が傷つけられたら相手が誰であろうと容赦しない。

 だが、それは決して清廉さの発露ではない。

 独占欲だ。

 自分のモノを傷付けられるのが我慢ならないだけ。

 ユニはおろか最近ではイシュまでも自分のモノと看做すようになっている。

 自由意思を尊重するような事をいいながら、僕から離れて行くような事があれば、どんな手を使ってでも繋ぎ留めようとするだろう。

 そんな自分の浅ましさがたまらなく嫌いで――どうしようもなく愛おしい。

 シンラが肩越しに振り替える。微笑んでいた。

 

「ご主人様の事が少し理解出来ました。恐れていらっしゃるんですね、ご自身を」

「人はみな獣さ。でも、理性で繋ぎとめているから他人と触れ合う事が出来る」

「…………意外です。ご主人様は他人にどう思われようとも構わないかと……」

「……あのねぇ。僕だって好いた人には好かれたいよ」


 好感を持てる人が極端に少ないだけで。

 その分、好感を持った相手には深い情を抱く。

 好いた相手が増えるのはしがらみが増える事に他ならない。


「でも、少し傷つきましたわ。身も心もご主人様に捧げたつもりですのに。まだ、私のコトを自分のモノだと思ってくださっていなかったんですね」

「逃げだすなら今だよ」

「ふふっ。女心を分かっていないご主人様にひとつ教えて差し上げます。女はいつだって殿方に縛られたいと思っているんですよ?」

「はいはい。参考意見として聞いておくよ」

「むぅ。イシュだって同じこといいます」

「イシュは言わないと思うけどね」

「……ユニも言っていましたが……ご主人様は本当に女心が分からないんですね。でも、いいと思いますわ。その為に私達は互いを埋め合うカタチに生まれて来たのですから」

「…………」


 ……この子はどうして一々挑発的な物言いをするかな。


「ご主人様はイシュをどう思っていますか?」

「好きだけど」

「それは異性として?」

「人としてだね」

「イシュの気持ちに応える気はありますか?」

「ああ、嬉しい事に僕を好いてくれてるみたいだね。でも、今はどうこうしようとは思わないかな。だって、イシュが僕を好いてくれているのは彼女を助けたからだし。舞いあがった気持ちがどこに着地するかまだ分からない。友情なのかも知れないし、恋なのかも知れない」

「…………」

「シンラ?」

「……………………………………ご主人様。初恋はまだ、ですか?」

「……分かる?」

「……ええ。もぉ非常に分かりやすいです」

 

 ある日、頼んだ覚えのない品物が届いた。犯人はユニだった。ネット通販である。

 中を開けて見れば少女漫画の山。

 ユニに促され読んでみたところ……まるで共感出来なかった。

 マスターの初恋はまだのようですね、と上から目線で言うユニにイラついた記憶がある。


「どうして急にイシュのことを?」

「イシュには幸せになって欲しいからです」

「僕もそう思うけど」

「イシュはご主人様に恋をしています」

「そうなのかな」

「…………ああもう。いいですか、ご主人様。恋は感情は理屈ではありません」

「そういうね」

「ですから、ご主人様の推測は見当違いの代物です。恋を理屈で割り切ろうという考え自体が無粋です。と、ここまで言ってもご主人様は納得されないんでしょうねぇ……」

「……なんか、ごめん」


 仮に恋だとしよう。でも、イシュはまだ子供だ。この年頃の熱はすぐ覚める。


「いーです、もー。いずれ。ご主人様が納得出来たら。イシュを愛してくださいますか?」

「その時まだイシュが僕を好いてくれているのなら?」

「……それで結構です。聖域解放が成ればイシュの立場が見直されるかも知れません。もしイシュの気持ちに応える気がないのなら、聖域に残った方がイシュの幸せかもと思ったんです。イシュが聖域に残りたいといったらご主人様は反対されます?」

「応援するよ」

「先程といっている事が矛盾してますケド?」

「それが人だろ」

「…………そう、ですね。矛盾を抱えるのが……人。もう、決めた事なのに……」


 シンラがうわ言のように呟く。

 ……なんだ? 様子がおかしい。

 今の問いも妙だ。

 シンラは聖域解放が成るか半信半疑のハズ。確信があるのなら色仕掛けをする必要もなかった。なのに……聖域解放が成った後の事に思いを馳せている。

 まるでその場に自分が居合わせる事が出来ない――とでもいうように。

 シンラは振り返ると僕の腰に手を回し、耳元で囁く。


「ご主人様。お情けを頂けませんか」

「…………」


 僕は愕然としていた。

 自分の馬鹿さ加減に。

 シンラがここまで思い詰めている事に気付けなかった。打ち明けてくれるまで待とうと思ったのが間違いだった。まず洗いざらい隠し事を吐かせるべきだった。

 なまじ大人びているから。

 大人と同じ扱いをしていた。

 

「……ダメだ」

「……はしたない女だと、軽蔑されましたか?」

「……違う」

 

 震えるシンラを抱き締める。震えを止めるように強く。

 シンラのステータスを表示する。


+――――――――――――――――――――――――――+

《名前》シンラ

《種族》エルフ

《状態》正常

《加護》聖樹の巫女

《スキルポイント》58

《ステータス》

 LV:5

 HP:51/51

 MP:55/55

 STR:9

 INT:24

 VIT:12

 MND:22

 DEX:16

 AGI:13

《スキル》【C:鑑定5:105/105】、【UC:弓2:30/50】、【C:信仰心3:66/75】

+――――――――――――――――――――――――――+


 ――《加護》聖樹の巫女。


 見た事のない項目である。

 多分、コレだろう。シンラを悩ませているのは。

 疑念はあった。最初から。偵察を経て確信へ変わった。

 虐げられし少女が確執を捨て、同胞の為に立ちあがる。

 美談だろう。

 でも……柄じゃないんだよ、シンラの。

 似合うのはイシュだろう。

 実際、イシュは「は? なんで助けるかって? だって、困ってるんだろ。あたしさ、いつも困ってたから。気持ちはよく分かるんだー」と笑っていた。

 それを聞いてシンラが密かに涙していたのを知っている。

 決して冷酷な少女ではないのだが。

 偵察に同行すれば人族にいびられるエルフを見る事になる。しかし、シンラが同情を示したのはフェムのような若いエルフにだけで、大人のエルフに対しては冷ややかな目を送っていた。大方、同情出来なくなるようなロクでもない事をされて来たのだろう。

 若いエルフは救いたいと思っているのだろうが……イシュを危険に巻き込んでは本末転倒だ。

 つまり、聖域解放は囚われのエルフの為ではない。

 聖域の異変が起きているところに。

 聖樹の巫女が聖域の解放を願う。

 ここに何らかの因果があるのだろう。

 ……生を捨てて挑まなければならないような。


「君たちは本当によく似てる。誰よりも救いを願っているのに、そのくせ救われる事を諦めている。イシュは聖域へ案内しろと《ダリオ》に強要されていた。だけど、死を目前にしてもなおそれは出来ないと啖呵を切っていたよ」

「…………ここで……イシュを……引き合いに出しますか。酷い方ですね、ご主人様は」

「そうだね。本当にそうだ」


 僕は自嘲気味に言う。

 イシュに出来た事がなぜお前に出来ないと突き放したのだ。それが一番シンラに堪えると知りながら。

 ここでシンラに優しくするのは簡単だ。だが、それだけはしてはいけない。

 薬も過ぎれば毒となるように。

 僕という(よすが)がシンラを弱くさせた。

 僕と出会った時は自分の足で立っていたはずなのだ。

 シンラは僕に依存しかかっている。心身共に奴隷となる瀬戸際と言えた。


「でも、僕は君が立ち直ると信じている。聖域の解放は君の願いなのか、って聞いたのを覚えてる?」

「…………はい」

「動揺したんだろうね。君の心に綻びが生まれた。そこで僕は見た。イシュにも劣らない輝きを。固く閉ざされた蕾が花開く時、さぞかし美しい花を咲かせるんだろうと思った。僕はそれを見てみたいと思ったんだ」


 暫くしてシンラが嗚咽を漏らした。

 泣きやむまで彼女の背中を撫で続けた。

 月だけが僕達を見ていた。

【C:信仰心】

敬虔なる祈りがスキルへと変じたもの、と言われるパッシブスキル。自身が使用する神聖魔法にボーナスを得る。神聖魔法を持たない者にとっては役立たずなスキルであるが、祈りによって熟練度が上がるため、聖職者には一種のステータスとして通用する。

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