第7話 偵察
僕は額の汗を拭い、スコップを地面に刺す。
「お疲れ様です、ご主人様」
シンラがカップを差し出して来た。ありがとう、と礼をいって口をつける。
僕の足元には埋め立てられた穴がある。
《黒尽くめ》の墓だ。
聖域の解放を請け負って、まず行った事が墓掘りだった。
「もう一つの死体は良かったのですか?」
《下っ端》の死体はそのままにしてある。
「そこは賭けだね」
「賭け、ですか?」
「《黒尽くめ》が君達の家で張っていたのは《ダリオ》も知っている。帰って来ないとなればいずれ様子を見にくるだろう。その時、家中に残る戦闘の痕跡を見てどう思うか」
「敵がいると思います」
「二人共姿を消していたらそう思うだろうね」
「……死体を一つ残すことで何か誤解が生まれると?」
「そう」
《黒尽くめ》はエルフの血が見たくて聖域の襲撃に参加した。しかし、彼自身の強さはゴロツキに毛が生えた程度のもので、早々に重症を負って戦線から離脱させられた。
彼が回復薬で復活した時には戦闘は終わっていた。
欲求不満の彼は誰でもいいから血を見たかった。
しかし、エルフは捕虜であり、手をかけるワケにはいかない。
そんな折、まだ捕まっていないエルフがいる事を知る。
それがシンラだった。
《下っ端》を連れていたのは、シンラの顔を確認するため。
シンラ以外のエルフが来たなら逃げ出すつもりだったらしい。
聖域陥落の際、逃げ出したエルフもいたため、それを懸念していたようである。一応、逃げたエルフの処分は済んだと《ダリオ》の参謀から発表があったそうだが。
「……筋書きが見えました。私が現れない事に業を煮やした《黒尽くめ》は《下っ端》を惨殺し、姿を消す。彼の強さを知っている方々は、魔物にでも殺されたのだろうと納得する」
「お見事」
僕の顔に笑みが浮かぶ。
こういう知的な会話は楽しい。
イシュは物事を深く考えないし。
ユニは……考えられるのに……考えないんだよなあ。
いや、僕がそう言う風に教育した、という事もあるんだろうけどさ。世界征服も可能な人工知能を自儘に振舞わせたら何が起きるか分からない。ユニは情報収集のみ。意思決定は僕がする――という地球での慣習が染みついているのだ。
……恐らくは。
「実際、《下っ端》に止めを刺したのは《黒尽くめ》だ」
切り傷を与えたのはイシュだが、それだって――
「あら。怖いお方だったんですね。嬲る趣味もお持ちだったようですし?」
「聞こえのいい趣味ではないからねぇ。たぶん、人には隠していたんだろう」
「だから、賭け、ですか」
「後はこの墓が見つからない事を祈るばかりだね」
「ここは隠れ家に近いですから。ここが見つかるようなら、ということですね」
「話が早くて助かるよ。じゃあ、次の行動も分かる? 【クラック】の仕様教えたよね」
《黒尽くめ》の死体を隠したのは敵対者がいる事を知られないため。
これはすぐさま聖域の解放に打って出ない事を示す。
では、何をするかといえば偵察だ。
情報収集を兼ねて【ウィンドウ】でクラック可能なスキルを増やす。
《ダリオ》の有象無象なら何人でも【ウィンドウ】で観測出来そうだが、エルフもとなると一度の偵察で確認出来る人数は、十人から二十人といったところだ。
流石に全員を観測する気はないが、一通りは確認しておきたい。
一日では無理だ。
では、何をするべきか。
偵察で発見される可能性を減らす。
答えが出たのだろう。シンラが微笑んだ。
「ご主人様に紹介したい方がいます。聖域でも腕利きの狩人。【忍び足】と【穏形】を持っている方ですわ」
【穏形】――気配を消すスキルだ。
物凄く影の薄い人になると思えばいい。
スキルにも効果がある。例えば【気配探知】だ。
【穏形】を見破るには同レベル以上のスキルが必要となる。
「嘘吐きも紹介して欲しいな」
「……【偽装】持ちですね。ええ、紹介致しますわ」
「本当に話が早くて助かるよ」
僕はシンラの頭を撫でる。
シンラは戸惑いながらも嬉しそうに受け入れた。
***
自然との調和を謳うのは伊達じゃないな。
それが聖域を見た第一印象だった。
苔と蔦が混然一体となり家々を覆っていたのである。一見すると廃屋だが蔦は窓と扉を奇麗に避けていた。蔦が住人に配慮をしている――そんな風に見えた。
一事が万事この調子なのだ。
美しい村だ。
状況が許すなら心ゆくまで堪能したいと思う。
だからこそ、
(……不快だな)
我が物顔でのさばる《ダリオ》を見ていると怒りが湧いて来る。
世界遺産を土足で踏み荒らすバカを見ている気分というか。
ああ、勘違いしないで欲しい。エルフに同情はしていないから。だって、イシュを虐げていた連中だし。シンラも再三警告したという。ハッキリ言えば自業自得だ。
イシュがいなければ魔法で皆殺しもいいかな、と思っていたかも知れない。
魔法の欠点は乱戦に向かない事だ。詠唱の時間もあるし、仲間だって巻き込んでしまう。魔法の名手でもあるエルフが、《ダリオ》に後れを取った一因だろう。
全滅させていいのなら僕とユニで魔法を放つのも一つの手だ。
高レベルのスキルを保持するエルフの集落は僕にとって宝の山に等しい。
【魔法】と付くスキルを片っ端からクラックしていけば、適した魔法の一つや二つ見つかるだろう。
活躍する場面はなかったが、僕のINTとMPは非常に高い。
ユニだって魔法に限れば僕に匹敵する。
僕達のINTとMPはレベル20のエルフと同等か、もしくはそれ以上らしい。
僕のステータスが【偽装】ではないと知った時のシンラの呆然とした顔が忘れられない。
(もう少し近づけそうだね。シンラ、案内してくれる?)
(いやですわ、ご主人様。私は貴方の奴隷。命令して下されば如何様にも)
僕とシンラは聖域と森の境に身を潜めていた。
聖域を定義するなら結界に守られた場所、という事になるのだろう。だから、正確に言えば今僕達がいる場所も聖域といえる。しかし、エルフが聖域というと村を指すらしい。大昔はそうではなかったというから、シンラ達の家を聖域に含めるのが嫌なのだろう。
いやはや狭量だ。
エルフの好感度は地に落ちた……と思ったがまだまだ下がるようだ。
(イシュを連れてこなくてよかったな)
(イシュは考えなしですから。飛び出して行ったかも知れません)
近くの家から人族の男とエルフの女性が出て来たのだが……男はペットを散歩させるかのように女の首に繋がったリードを引っ張っていたのだ。
後ろ髪が引かれるのか。エルフは何度も家を振り返っていた。
(今頃、イシュは素ぶりかな?)
(……どうでしょうか。魔物を探しているかも知れません。まだ)
(ん? まだ?)
(イシュは基本的には素直なんですが……助言を聞き入れないというか……一度、実感するまで助言を思い出さない、といいますか……)
(あー。そうかも知れない。流石は双子だね。よく分かってる)
イシュとユニは別行動を取っていた。
イシュたっての希望で、特訓のためである。
魔物と戦って【大器晩成】の効果を実感したいのだろう。玩具を買って貰った子供のように目を輝かせていた。
ユニは護衛を兼ねた【気配探知】のソナー役だ。
シンラが言うには空振りに終わるだろう、ということだったが。
人除けの結界で森には行けず、魔物は聖域には入って来れない。稀に魔物が迷い込む事もあるようだが、恐らく《ダリオ》が狩りつくしているだろう、との事。
聖域には栄養豊富な果実がある為、食事には困らないそうだが、外から来た《ダリオ》は肉も食べたくなるだろう。
結界を物ともせず現れた魔物もいたそうだが……今ではパタリと姿を消しているそうだ。
だから、魔物が見つからなければ素振りをするように言ってある。
ああ、言ったのはシンラだ。
実は筋トレでもステータスは上がるらしい。考えて見れば当たり前の話だが。しかし、筋トレだけではいずれ成長に限界が来る。その限界を突破させるのがレベルだそうだ。
筋トレの効果は微々たるもの。
しかし、今のイシュなら筋トレでも多少の効果は出るだろう。
イシュのステータスはレベル11とは思えない程に低い。伸び代は腐るほどあるのだ。【大器晩成】の効果が想像通りの代物なら、多少ステータスに改善が見られる……はず。
……効果があるといいなあ。
イシュの手前泰然と構えていたが……【大器晩成】の効果は推測に推測を重ねただけ。推測は見当違い……という可能性だってある。まず無いとは思うが……
……あ~。ダメだな。偵察放り出して戻りたくなって来た。
こんな事なら聖域への道中で【大器晩成】カンストさせておくべきだったか。実はレベル10の時点でカンストさせる事は出来た。いや……それを言っても仕方がないな。あの段階では【大器晩成】の最大レベルが5とは分からなかったんだし。
イシュのレベル10時点でのステータスは、
+――――――――――――――――――――――――――+
《スキルポイント》73
【UNI:大器晩成2:32/50】
+――――――――――――――――――――――――――+
スキルポイントを全て注ぎ込んでもジャスト105だ。
レアとユニークのスキルは最大レベルが分からない。
そこで僕は最大レベルを見極める為にある方法を使った。
かなり力技だ。
まず潤沢なスキルポイントを用意する。
レベルを上げたいスキルにスキルポイントを振る。
スキルポイントが振れなくなったら、熟練度から最大レベルを算出する。
最後に操作をキャンセルする――という流れである。
【大器晩成】にスキルポイントを振り、105以上振れないことが確認出来たから、最大レベルが5だと判明したのである。それが分かったのはレベル11だった。
なんにせよ、イシュのレベルが11以上にならなかったのは運が良かった。
なるべくレベルを上げてから【大器晩成】をカンストさせた方が得、という僕の考えは間違いだったかも知れないから。
レベルアップの際、得られるスキルポイントは僕が15、ユニが13。この数字は一定だ。今のところ。
対してイシュは7。低い。圧倒的に。
しかし、こんなものなのかな、と納得していた。
【洗礼】を受けるのは一般的なのだろう。スキルポイントが丸々残っていたのはイシュが初めてだったから。比較対象として僕とユニのステータスは当てにならないし。
レベルアップで【大器晩成】に入る熟練度は3.6。イシュが貰えるスキルポイントの半分である。ボーナスと考えればかなり美味しい……と思っていたのだが……
シンラのスキルポイントを見た時は焦った。レベルアップ毎にスキルポイントを12得ているようなのだ。
7と12。双子でここまで差が出るだろうか。こうなってくると【大器晩成】の成長阻害がスキルポイントにもかかっていたと考えるのが自然だ。
(お? 念には念を入れた甲斐が……あった……かなあ……)
(どうかなさいましたか、ご主人様)
(今通って行った人族の男。【聞き耳3】を持ってた。普通に話をしていたら気付かれていたかも。シンラにユニの【以心伝心3】をクラックした甲斐があったね)
(……いえ。お言葉を返すようですが……平気だったと思いますケド)
(……だよねぇ。彼、大声で喋ってたもんねぇ。でも、【以心伝心】は役に立った。そういうことにしておこう。ユニから【以心伝心】奪っておいて、役に立たなかったとか言ったらユニへそ曲げそうだし。そうなると面倒だ。僕が)
(……口裏を合わせるのは結構ですが……甘やかし過ぎがいけないんじゃ……)
実はクラック可能な【以心伝心】は二つある。
僕の【以心伝心】と、ユニの【以心伝心】だ。
シンラにユニの【以心伝心】をクラックした途端、ユニが血相を変えて騒ぎ出したのである。【以心伝心】はあくまでペアで運用するものらしく、ユニの【以心伝心】が効果を失ったのだ。どうも近くに存在する者同士で【以心伝心】が有効になるらしい。
マスターの存在を感じ取れなくなるというのは、アイデンティティを揺るがす大惨事ですとユニはご立腹だった。偵察が終わり次第、【以心伝心】を速やかにリリースする事――と約束させられた。
僕からすれば他人の位置を把握出来る事の方が奇妙なのだが……ユニは違ったのだろう。
彼女は地球にいた頃から常に僕の位置を把握していた。
家の中では監視カメラで。外に出ればスマホに潜んで。
……あれ? 僕のプライバシーって……
(しかし、君は冷静だね)
【心話】は名前の通り心と心で会話をしている感覚だ。【心話】を使うと嫌でもシンラの心情が感じ取れてしまう。酷い仕打ちを受ける同族を見ても、シンラの心は揺れていなかった。
(先程の女性ですか? 引っ張られて行った)
(彼女だけじゃないけどね)
(そうですね、あの女性で言えば。彼女は聖域の《仕立て屋》でした。私達の服を仕立てたのも彼女です)
(多かれ少なかれ確執があるって事か。彼女の場合は?)
(イシュの採寸を拒否しました)
(ははあ。汚らわしいって?)
(イシュに触れると呪われるそうですよ)
(その理屈でいくと僕はとっくに呪われてる)
毎晩手を握って寝ていたのだから。
聖域へ出発した当初、イシュは眠るとうなされていた。漏れ聞こえる声からイシュが受けて来た仕打ちが分かった。寝言を呟かれるたびエルフへの好感度が下がって行った。イシュの気が晴れればと寝る時に手を握るようにした。それが功を奏したのか、最近ではうなされる事も無くなった。
寝る時に邪魔だろうし。
そろそろ手を離してもいいだろう――
「おかぁさん! おかぁさん!」
物思いは甲高い声で破られた。
何だと目をやれば、人族の男に抱えられ、泣きじゃくるエルフの幼女がいた。《仕立て屋》が出て来た家からである。ああ、彼女が《仕立て屋》に対する人質なのかな。
おや、と思った。
初めてシンラの気持ちが乱れたからだ。
(誰?)
(……イシュの友達になれるかも知れない子です)
(…………へぇ)
イシュの友達に、ね。
シンラの優先順位が透けて見える。
だからこそ、シンラの願いは奇異に映るわけだが。
まあ今は問うまい。
(それなら彼女は助けてあげたいね)
(……そう……です、ね)
何か妙な事言ったかな? シンラが恐れおののく様な顔で僕を見ていた。
(しかし、続々と出てくるな。仕事でもなさそうだし)
方々の家々から次々と人が出てくる。
どこかを目指しているらしい。
さて、どうしたものか。
偵察の目的はスキルの観測がメインだった。シンラの言う凄腕の狩人が見つかればよし。そうでなければエルフを片っ端から【ウィンドウ】で見て行くつもりだった。有用なスキルをニ、三観測出来ればいいや、程度の様子見のつもりだったのだが……
この……《ダリオ》のだらけぶりはどうだろう。
侵入者はないと高をくくっている。歩哨の一人も立っていないのだ。
いやいや、お前らも侵入者だろうに……
程度が低いなあ、と思ってしまうが……彼らは軍ではないし、こんなものなのか。
そうだな。目的を切り換えるか。
スキルの観測から情報収集へ。
(少し追ってみよう)
(……分かりました)
村へ潜入するとなると緊張するのだろう。シンラの足取りがたどたどしいものになった。
ステータスではイシュを上回っているのだが。
やはりステータスは一つの目安でしかないな、と思っていると何を勘違いしたのか「万が一の際には私をおいて逃げてください」と悲壮な顔で言われた。
単に足手まといはおいていってくれ、というだけではないだろう。
聖域が陥落して十日か。シンラが放置されて来たのは敵ではないと思われていたからだろう。だから、警戒しなければならないのはシンラに協力者が出来たと知られる事だ。
シンラを置いていけば、なんだ逃げてたエルフがノコノコと顔出しやがったぜ――と《ダリオ》は納得するだろう。
(ご主人様)
ユニの【気配探知2】をクラックして、周辺に誰もいない事を確認していた時だ。
シンラに声をかけられた。
(彼らの目的地が分かりました。村の中心にある広場です。この大人数が集まれるのも広場しかありません。あそこをご覧ください。木々の背が高いのが分かりますか。分かり辛いですが、あそこは丘になっています。隠れながら様子を窺うには格好の場所かと)
(土地勘のある君を連れて来て良かったよ)
シンラの案内で一旦森へ戻る。大回りして丘へ移動する。
地面に身体を伏せて眼下を俯瞰する。
「……へぇ。これは壮観だな」
思わず声が漏れた。
広場には三、四百人はいるだろうか。そうすると聖域のほぼ全員だ。何度も繰り返してきた事なのか。まごつくことなく着席していた。大きな円の形になっている。
エルフ、人族、獣人、吸血鬼……所謂、ファンタジーの種族が一堂に会している。
同じ獣人にしても耳の形が違っていて……あぁ、ユニが転生の時いってた耳の形云々ってコレか。選び放題というほど種類はないけど。犬耳と猫耳の二種類だけ。微妙な差異はあるようだが……野郎の獣耳はどうでもいいしなあ。
《ダリオ》は当然の如く男しかいない。
(……何が始まるのでしょう)
(ロクでもないことだろうね)
(……外れようのない予言ですね、ご主人様)
盛り上がっているのは《ダリオ》ばかり。エルフは悄然と俯いているものが多かった。
円の中心に男が現れた。
彼が何かを言うと《ダリオ》が囃し立てていた。
司会か。
見晴らしはいいが……声が聞こえないな。
【聞き耳3】をクラックしておくか。
あれ? 変わらない。ああ、アクティブスキルか。
念じる事でスキルが発動し、遠く離れた声を耳が拾う。
「ハッハァ! 今日もやって来たぜ、ヤロウども! ショウタイムだッ!」
……クラックする必要なかったかなー。




