第6話 シンラ3
「申し訳ありませんでした、旅神様。これまでの非礼をお許しください」
私はアリスの前に跪いていた。
俯いているため表情は窺えないが、困惑している様子が伝わってくる。いきなり掌を返されたのだから無理もない。だが、それも今だけ。やがて困惑は怒りへと変わるハズ。
どんな叱責でも甘受するつもりだが……果たして許してもらえるかどうか。
自分でも浅ましいと思うが、私の……聖域の命運は彼にかかっている。
キリキリする胃痛を堪えていると――
「うむうむ。ようやく我の偉大さに気付いたようだな!」
…………は?
降って来たのは威厳のある声……ではなく可愛らしい声だった。
思わず顔を上げると……ふんぞり返る妖精の姿が。
「……頭が痛いなあ、ユニ」
アリスがこめかみを揉みながら言った。
「なっ。まさか……痺れ薬だけではなく……おのれっ、ドッペルめ! 許せません!」
「……茶番に頭を痛めてるとは考えられない? 我ってなにさ?」
「マスターは神。なるほど、ドッペルはいい事を言いました。私からすれば自明の理ですが、部外者が気付けるのは珍しい。しかし……忠臣ユニ。敢えてマスターの不興を買う事を承知で申し上げます。マスターには威厳が足りないっ! 普段のマスターはのほほ~ん、ぽやぽや~してますから! ハッ。キリっとした時は後光が射していますが!」
「うん、余計なよいしょは要らない」
「むぅ。本音なんですが……つまりですね、私は考えました。威厳を出そうと。灰色の脳細胞はフル回転し……一つの答えを弾き出しました。それが……我です。あっ! 取り扱いには注意して下さい、マスター! ワレワレハになると意味が変わってくるので!」
「……今まさに宇宙人と遭遇した気分だよ。何言ってんだ、コイツって意味で。じゃあ、次。ドッペルって?」
「ドッペルゲンガーです。2Pキャラの方がよかったですか?」
「二人に失礼だからやめなさい――」
アリスとユニがヒソヒソ話をしている。しかし、家が狭いため筒抜けだった。
「…………ねぇ。イシュ。あれ……どういうことかしら?」
「二人はいつもあんなだぞ。見ていると面白いんだ」
「……いえ……そうではなく……」
一服盛られた禍根が感じられない。
「んー。気にしてないからだろ」
「……痺れ薬を盛られて……怒らない人っています?」
「チッチッチ。アリスが分かってないなあ、シンラ。痺れ薬ぐらいじゃ怒らないって。前は片手の指全部折られたんだぞ。まー、そん時は怒ったってゆーけどな」
「……でしょうねぇ」
私が同意するとイシュはしてやったりと笑う。
「何で両手を折らないんだ! だってさ。ズレてるよなー、アリスってさー」
「…………本当に人なのか疑わしく思えますね」
「じゃー神なんだろ」
「いえ、確かに私は彼を旅神と呼びました。ですが、それはマテルの系譜に連なる方、という意味です。マテル自身、生涯自分は神ではないと言い続けていました。彼もまた人族であることは間違いありません。ただ、神の如き力を持っているというだけで。まァ、その神の如き力を持つという一点で、神と僭称しても問題ないと言えるかも知れませんが」
「なげーよ、話が」
「……正真正銘彼は人族だってコトですよっ」
「なら人族なんだろ」
「……貴方ねぇ。テキトウに言ってませんか」
「へー、そんなモンかー。これがコツだ」
「コツ?」
「まじめに聞いてると頭痛くなって来るからな。二人の話は」
……確かにね、頭が痛くなりましたよ。貴方の発言で更に。
元々、考えるのは苦手でしたが……見ない間に拍車がかかったようですね。コレ、アリスがその気なら骨の髄までしゃぶりつくされてますよ。まァ……イシュは……それでもイイのかも知れませんが……
頭痛の種をもう一つプレゼントされ、げんなりした気持ちでアリスに目を戻す。
「ユニ、少しの間、黙ってて。お口にチャックだ」
「ジ~~~~~~~」
「……だからチャックだって」
「ぎ、擬音もダメですかっ!?」
「当たり前。もし言いつけを破るなら……僕の胸ポケットに入るの禁止するよ」
「……………………えっ。う、嘘です……よね、ま、マスター……」
「…………一週間、禁止」
「……うぅぅぅ! マスター、マスタぁぁ! それは耐えられませぇぇん!」
ユニは叫ぶなりアリスのポケットに飛び込む。だらしなく相好を緩めるユニを見下ろしながら、こんな事で懐柔されるのもなんだかなあ、とアリスが苦い顔をしていた。
……いえ、どっちもどっちだと思いますよ。
ユニがガーンとなっただけで処罰が甘くなりましたし……だいぶ。
「旅神様。お話よろしいですか」
「旅神? マテルだっけ? 僕は神じゃない。畏まる必要はないよ」
と、そこでアリスは値踏みするような目で私を見た。
「さて、君は聡いのかな? それとも小賢しい?」
「……っ。目上の方には礼儀を持って接するべきだと思っているだけですわ」
「年齢が上でも尊敬に値しない人はいる」
「貴方は違います」
「へぇ、何も知らないのに。買い被ってくれたものだね」
「買い被りだったとしても。株を下げるのは私ですわ」
「なるほどね。認めよう。君は聡い」
「……ありがとうございます」
「だから、僕の期待を裏切らない。そうだね?」
「…………ぜ、善処します、わ」
……私は……頭がいい方だと自負して来ましたが……所詮、狭い世界での話に過ぎなかったワケですね。ここまで簡単にあしらわれるとは……
アリスの期待に応える。
至極簡単な事である。
素直に受け答えすればいい。
だが、裏を返せば嘘は許されないという事だ。
嘘をつけばアリスはそれを見抜く。そして何も言わずに……私の評価を落とす。
話が理解出来なかったのだろう。イシュが……ああ、なんてバカ面を。
でも、むしろイシュなら容易い事なのだろうな――と思い、苦笑する。
難しく考え過ぎか。
素直になれ、というのなら、従えばいい。
小細工はさせて貰いますが。
「貴方にお願いが二つあります」
「聞こう」
「イシュにマテルの秘儀をお願いできますか」
「マテルの秘儀?」
マテルは自在にスキルを与える事が出来たという。
それを伝えるとアリスはああと頷いた。事も無げに。
「自在には無理だ。でも、近い事は出来る」
「言い伝えられているほどマテルも万能だったとは思いません」
伝承は曲がり、失われるものだ。
いい例が聖域のはじまりを語る伝承だ。
明らかに失伝している部分があり、名前もそのまま失われた伝承というのである。
「アリス。あたしからもお願いだ。【大器晩成】取ってくれるか」
「あ~。聞いた、イシュ? 彼女から」
「聞いたぞ。なんで教えてくれなかったんだよ」
「ごめんごめん。思わせぶりだったよね。【大器晩成】を見つけた時はカンストさせるのにまだ時間がかかりそうだったから。言わない方がよかったのかも知れないけど、イシュが喜ぶかなって思ったら口が滑った」
「……そ、そっか。仕方無いな、許してやる」
「ははは。ありがとう。イシュは優しいな。【大器晩成】を上げるって事でいい?」
「他に何かあるのか」
「流石にないね。はい、上げたよ」
「えっ、もうか」
イシュが「本当か?」と私を見た。私は……ぎこちなく頷く。
間違いなく【UNI:大器晩成5:105/105】となっている。
……かつて私は【洗礼】を受けない事をイシュに強がって見せた事がある。
あれは劣化版マテルの秘儀だから、と。
そうでも言わなければイシュの負担になると思ったからだ。
とはいえ、言葉自体に嘘があるわけではなかった。
マテルの秘儀があるのなら、【洗礼】よりもそちらを受けたい――そう思っていた。
なのに……本物のマテルの秘儀を目の当たりして見れば……感動よりも釈然としない思いが先に立つ。【偽装】で化かされていると言われた方がしっくりくるだろう。
……ああ、なるほど。分かりました。
こー、神秘的な何かがあるワケでもなく。【鑑定】をするような気軽さでやられたから。【洗礼】でさえ一日がかりの儀式だというのに……いえ、儀式自体を否定したりはしませんけど。十歳を祝う祭事と【洗礼】があわさって今の形になったのでしょうし。演出が有った方が受ける側も変化を受け入れやすい………………今の私みたいに。
……は、はぁ……こんなに……あっさり……極められるものではないんですが……スキルというのは……スキルポイントは減っていますし……理屈としては理解は出来るのですが…………
「ん~。ん~。なにも変わってないぞ」
イシュが自分の身体をしげしげと眺める。
するとユニが微笑みながらイシュの肩を叩いた。
「【大器晩成】でも胸は育ちませんよ」
「なっ!」
イシュにそういうつもりはなかったのだろう。
だが、指摘された事で……魔がさしてしまったか。
前かがみになって、ちらと服の中を覗く。
……なんだ、というように悲しげな顔になった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
生暖かい視線がイシュに注がれていた。
言うまでもなく……イシュを除く全員から。
「ちっちゃくてわるかったなぁぁ!」
イシュは顔を真っ赤にして飛び出して行った。
「ユニ、追って」
「む~~~むむぅ! むむむむ~む~~~むぅっ!」
「喋っていいから」
「了ぉ解っ! ワンワン連れ戻してきます!」
「……というか、さっき喋ってたよね」
「申し訳ありません。ですが……慰めずにはいられなかったんです。イシュとは同じ貧乳仲間。マスターの胸ポケットは惜しい。しかし! 気持ちが痛いほど分かるからッ」
「……慰めてた……かなあ? まーいいや、早くいけ」
「いぃぃえっさぁぁぁ!」
ユニの姿が見えなくなると、アリスは私に向きなおった。
「もう一つのお願いを聞こうか」
私は居住まいを正す。
……ここからが本番だ。
「……無茶を承知で申し上げます。聖域を解放しては貰えないでしょうか」
「解放ねぇ。上手い言い方だ。《ダリオ》に占拠されてるみたいだね」
……背筋を冷たいものが這う。
ありのままを伝えれば怖気づいてしまうかも知れない。
言葉を濁して言質を取り付けようとした事が見抜かれている。
「……既に……ご存じでしたか……」
「成り行きでね。彼らには借りがある」
「……借り、ですか?」
「イシュを捕らえていたのも彼らだ」
ホッとした。
《ダリオ》に恩義があるというのなら、アリスに助力を請うのが難しくなる。
と、そこまで考えてから……物凄い自己嫌悪に襲われた。
……馬鹿ですか、私は。それよりも先に言うべき事があるでしょう。
「……遅ればせながら。イシュを助けて頂き真にありがとうございます。たぶん、イシュはちゃんとお礼言えてませんよね。イシュに代わって私から謝辞を述べさせて頂きます」
「礼には及ばない。僕がやりたくてやったことだ。それと。イシュはきちんとお礼を言ってくれたよ。いつまでも手のかかる妹だと思ってるとイシュに怒られるかもね。僕の方からもお礼を言わせてほしい。ありがとう。イシュが曲がらずに成長出来たのは君のおかげだろうから」
アリスが穏やかに微笑む。
思わず見惚れていると「話はもういいの? ユニが戻って来ると混ぜ返されるけど」と、指摘を受け、私は顔を赤くせずにはいられなかった。
……羨ましいですね、イシュが。ああも想って貰えるなんて。
……っと。いけません。集中しないと。
聖域の《ダリオ》について知る限りを語る。
正直、この話を聞いて引き受ける人がいるとは思えない。
しかし、私は包み隠さず語った。小細工すら逆効果だと分かったから。
土台、私の方が圧倒的に立場が弱かったのだ。
小細工を弄したところでどうにかなる筈がなかったのである。
私が語り終えるとアリスが口を開いた。
一体、どこから仕入れて来た情報なのか。
《ダリオ》の人数。注意すべき人。命令系統。
私の情報よりも余程詳細だった。
アリスは情報の補足、という体を取っていたが、私へ釘を刺したのだろう。都合のいい言葉を並べても見抜く事が出来る、と。改めて……恐ろしい人だと痛感した。
……下手な小細工は止めて良かったですね、本当に。
「……やはり、難しいですか」
アリスの反応は芳しくなかった。
「さてね。自分の目で見てみないことには何とも。用心棒? ステータスが分かってるの彼だけだし」
「……申し訳ありません。もっと【鑑定】していればよかったのですが……」
「【鑑定】も対象とのレベル差で消費MPが変わってくる?」
「はい。も、というと」
「【ウィンドウ】も同じだね。だから、仕方がないんじゃないかな。君のレベルとMPだと用心棒の【鑑定】だって冒険だっただろうし。なかなかよく出来た仕様だと思うよ。片っ端から【鑑定】していくと直ぐに魔力切れだ」
我が意を得たり、と私は頷く。
そう、名前からは想像し辛いが、【鑑定】には博打の要素がある。消費MPはレベル差で決まる。しかし、肝心のレベルは【鑑定】してみなければ分からないのだ。
三賢人を二人【鑑定】したら、私は魔力切れ寸前になる。
いや、下手をしたら昏倒するか。
最近、三賢人を【鑑定】していない。
エルフは年齢の割にレベルが低い。森の魔物が弱いためソウルが稼げないのだ。
だから、大幅なレベルの変動があるのは強力な魔物が流れて来た時になる。
変異体との戦いで三賢人のレベルが上がっているかも知れない。
「……如何ですか? 引き受けて、頂けますか?」
「う~~ん。気が乗らない」
「……そう、ですよね。分かっていました。行きずりの方にお願いするのは見当違いだと」
「あ。僕が臆してたと思ってる?」
「……いえ、決してそんなコトは……臆しても当然だとは思いましたケド……」
「それは心外だな。本当に気が乗らない。それだけなんだけど」
「…………?」
「僕は先の君の願いを叶えた。勿論、イシュの気持ちが優先されるけどね。でも、それとは関係なく君の願いを融通しただろう。真実イシュに心を砕いているのが分かったからだ」
「…………はい」
「聖域を解放したい。それ、本当にやりたい事? 君の」
「…………」
私は咄嗟に顔を伏せた。
今顔を合わせてしまえば全て見透かされてしまう――そんな気がした。
アリスの顔を見るのが怖い。しかし、アリスは何も言わない。
沈黙に耐えきれず、恐る恐る顔を上げれば――
「ふぅん。やる気出た、かな」
……なぜか……アリスがやる気を出していた。
アリスは不敵に笑っていた。
間違いなく不興を買ったと思ったのに。
……読めない。彼が。一体どこに……いや、やる気が出たというのなら、喜ばしい事ではあるのだが。ただ……理由が分からないと、いつやる気を無くすか……
「――ところで。そろそろ入ってきたらどう、イシュ」
アリスの言葉で扉が開く。項垂れたイシュが入って来た。
……いつの間に。
「……ごめんな、シンラ。おまえのこと疑った。で、でも、ユニがわるいんだからなっ。シンラとアリスがイチャイチャしているから早く帰ろうって!」
「…………」
「ユニっ、おまえ! 喋れよ!」
「…………」
ユニは失笑を浮かべると、ジェスチャーで語る。
マスターの。命令で。喋れない。
イチイチムカつく仕草だった。肩を竦めたところは特に。
「なあ、アリス。少し……話、聞いた。あたしを助けてくれたみたいにさ。ムリか?」
「暗殺? 出来るとは思う。ある程度はね。でも、今回はどうかな」
「アリスでも難しいのか?」
「リスクの問題かな。何に重きを置くか。暗殺をするとしよう。何をクラックする? ユニ、喋って良し」
「ハッ! お答えいたします、マスター! 【暗殺】、【バックスタブ】この二つは確定です。後は【決闘】をどうするか、といったところだと思われます」
「そう。暗殺以外の場面では役に立たないスキルばかり」
これが結論である……というようにアリスが言うが……私は首を傾げざるを得ない。
ある程度でも可能なのであれば、検討する余地は残されていると思う。
「ユニとイシュの方が大事だって事だよ」
アリスは付け加えるが……やはり、分からない。
恐らく【クラック】というスキルの仕様に関わる部分なのだろう。言葉少ななのは仕様を隠しているわけではなく、これぐらい分かるだろう、といいたいのかも知れない。
しかし、私はそれを考えようとはせず……自分でも不思議な事になぜかこう言っていた。
「……大事な人。そこに私は含まれていないんですね」
「僕を踊らせようとしていた人の言う事じゃないなあ」
暫しの間、アリスと視線を合わせる。先に目を逸らしたのは私だった。
「……では、他の手段は?」
「その問いに答える必要が?」
「……ない、ですわね」
アリスの冷やかな視線が私に注がれる。イシュがアリスの服を引っ張った。
「いじめないでやってくれ。シンラはわるいやつじゃないんだ」
「いじめてないよ。信用してないだけ」
「……それ、本人の目の前で……いいますか?」
「君にどう思われようと構わないからね」
アリスが悪戯っぽく言う。
本音にせよ、冗談にせよ……
「……思っていたよりも……キツい性格してますね」
独りごちるとイシュが励まして来た。
「まーでも、アリスはシンラの事、けっこう信用してると思うぞ。こー言ってるケド」
……そう、なのかしら。だったら、いいのだけれど。腹芸が得意なのは……身に染みている。アリスの言葉は鵜呑みには出来ない。でも……だからといって……ああも……イシュとの態度の差を見せ付けられると……え? 見せ付けられたからといってなんだと?
暫しの間自問して……答えが出た。
……私は……どうやら、彼に惹かれているらしい。
恋というには淡いが。
嫌われたくない。
そう思う程度には。
「……ねぇ、イシュ。どうやってこの方を懐柔したんですか」
「アリスは最初から優しかったぞ」
「……どう見ても……そんな人だとは……思えませんが」
「いやっ、こう見えてですね、マスターは甲斐甲斐しいですよ。私もかなりお世話して貰いました。まー、育ってからは放任ですけどね。育児放棄ですよ、全く!」
「えっ。ユニが? アリスに」
「ふふふ。それはもう、手取り足とり。『こんにちは世界』の頃は特に」
「こんにちはってなんだ?」
「私が生まれた時の第一声です」
「…………ハァ。随分と高尚な産声ですねぇ」
アリスはため息を吐き、私達の会話を断ち切った。
「要は――覚悟だ」
「…………報酬が何かということですか」
来た。来て、しまった。
アリスは気付いているだろう。私が意図的に報酬について語らなかった事を。
「……聖域が解放された暁には長老に掛けあって活躍に見合った報酬を――」
「違う。シンラ。君の、覚悟だ」
「…………」
……どういうこと? 働きには報酬を求める。当然のコト。報酬は要らない? 覚悟だけでいいと? そんな……馬鹿げた話はない。ただでさえ非常識な願いなのだ。
助けを求めて見渡せば困惑は益々深まった。
ユニはアリスの胸ポケットに揺られてご満悦。イシュは頭の後ろで手を組み、それを羨ましそうに見ていた。二人共……アリスの発言を意にも介していない。
……そうですか。つまり、アリスという人物は、そう言う人だということですね。
「私に出来る事であれば……どんなことでも受け入れる覚悟があります」
ふむ、とアリスは顎に手を当てた。そして私の目を真っ直ぐに見て言った。
「では、君には僕の奴隷になって貰おうかな?」
空気が張り詰めた。
人族の奴隷――エルフにとって最大の恥辱。
なるほど、覚悟を見せるには、最適な問いであろう。
口先でも人族の奴隷になると誓うのは誇り高いエルフには出来まい。
しかし、この瞬間に限ればこれ程不適格な問いは無い。
鋭い視線が飛び交う。私とイシュの間で。
(おまえ、アリスの奴隷になる気じゃないだろうな!)
(…………私だって辛いんですよ。差し出せるものが……この身しかないんですから)
(ウ・ソ・だっ! しめた、ってカオしてた!)
(ふふふ、毎晩毎晩ご奉仕して差し上げないといけませんね。どうですか、イシュも一緒に)
(なっ。あ、あたしは……べつに、そうゆう……さ……)
(あら、ごめんなさい。ぺったんこなのを思い出させてしまいましたね)
(あ、アリスはなあ! ぺったんこが好きなんだ!)
目と目で会話である。
【以心伝心】こそないが、これぐらい出来る。双子なのだ。
「貴方の奴隷になります」
アリスの手を取り、目を見て誓う。
「この身を貴方に捧げますわ。嬲るも鳴かすも、どうぞお心のままに」
精一杯妖艶な笑みを浮かべるが……アリスは苦笑するだけだった。
「分かった。聖域の解放、引き受けよう」
あっさりとアリスが言った。あっさりすぎて一瞬理解出来なかった。
アリスは微笑むと私の手を握り返す。私は思わず身体を引いてしまった。
…………え? どうして?
この身体を自由に――舌の根が乾かぬうちに、アリスを拒否してしまった。
理性が叫ぶ。
――シンラ、何を今更躊躇っているの。貴方の命運は彼が握っているの。しな垂れかかって甘い言葉を吐きなさい。さァ、早く!
……分かっているケド……自分でもよく分からない……手を握られたのは……不快……では、なかったと思う……むしろその逆? 激しく胸が高鳴り、彼の胸に飛び込み……何もかもを委ねて…………ああ……怖かったのかも知れませんね。
……私が、私でなくなってしまいそうで。
「シンラ。君の命は僕のものになった。でも、心まで縛るつもりはない。だから、君が何を考えていようとも僕はそれを咎めはしない」
「…………」
私が欲していたのは能力である。
それ以上は求めていなかった。
しかし……この人は……この御方は……
「いつか君も心を開いてくれると思っているよ」
「………………はい、ご主人様」
私は自然にそう呼んでいた。
【UNI:大器晩成】成長に補正がかかるパッシブスキル。カンストで三種類のスキルを派生させるようになる。成長にボーナスのかかる【幸運】、【武運】、【天運】である。
【C:幸運】取得ソウルにボーナスを得る。
【C:武運】取得熟練度にボーナスを得る。
【UNI:天運】取得スキルポイントにボーナスを得る。
【注釈】《Hello World》
プログラミング言語の入門書でまず習うプログラム。文字列を出力するだけの簡単なプログラムなのだが、《Hello World》と出力するのが慣例化している為こう呼ばれる。プログラムに携わる人間であれば一度は触れた事のあるプログラムで、世界一有名なプログラムであると言われている。




