第5話 シンラ2
二人の少女が頭上で言い争っている。
双子というだけあって瓜二つだ。
しかし、表情一つで違って見えるんだなあ、と僕は現実逃避していた。
僕は床に倒れていた。傍にカップが転がっている。中身は水出し紅茶だった。
…………ただし、痺れ薬入りの。
「シンラっ! アリスになに飲ませたんだっ」
「ただの痺れ薬ですよ。命に別条はありません」
「ウソだったら怒るぞ!」
「イシュの恩人を殺したりはしません……私だって」
「ボソってつけ足すな! 怖いだろ!」
「イシュに言いたいコトがあるので少しの間黙って貰っただけです」
「いいたいコトぉ? あるならいえばいいだろ。なんでアリスに……こんな……」
「彼に口を開いてもらっては困りますから」
「なんだよ。早く言え」
「貴方、騙されてます」
イシュが深々とため息を吐く。
「……シンラ。アリスに謝れ」
「イヤですよ。私悪くありませんもの」
「オマエなぁ!」
「だからぁ。貴方は騙されているんです」
「騙されてないっ」
「騙されてる人はみんなそういうんですよ」
「あたしは違うっ」
「はいはい、それもです。もー、知ってるでしょ、私のギフト。彼が【詐術5】を持っているのは確認済みなんです。それもレベル5。あの甘い顔で……一体何人の女の人を泣かせてきたのか」
シンラが指先を甘噛みしていた。
大人びた少女だが、そういう仕草は年相応だ。
「……シンラ、お前もそう思うのか」
「……認める気になりましたか」
「おまえさぁ。アリスの顔好みだろ」
「……イシュこそ。貴方の好み、違ったと思ったケド」
「…………好みは……変わるだろ」
「へぇ。ピュムも食べられないおこちゃまのくせに」
「……今は……だ、ダイスキだ」
「ほぅほぅ。それは腕によりをかけて……って。ああ、もぉ。彼が【詐術】持ってるってコト!」
「アリスはもう【詐術】は使わない。約束してくれた」
「ハァ……イシュぅ。貴方、悪い男に引っ掛かりそうだな……って思ってましたケド。物の見事に引っ掛かってるじゃないですか。知ってて一緒にいるとは思いませんでしたよ。悪い男はみんなそういうんです。もうやめる。おまえだけだ」
「アリスのはほんとうだ!」
「持っていること自体が問題なんです。彼が悪い男だという証明ですから」
「あぁ! そーゆうコトかっ。違う。アリスは【詐術】は持ってないぞ」
「も~。なんですかァ。話が矛盾してます」
「クラックしたから。【詐術】を付与したんだ」
「【詐術】を……スキルを付与ぉ? 貴方ねぇ。そこに転がってる方が――」
シンラが僕を一瞥し、あら、と口元を押さえた。
すぐにイシュが割って入って来たため、仕草の意味するところは分からなかった。
(マスター、平気ですか?)
ユニが僕の額の上にやって来た。
【心話】は密着状態だとMP消費が抑えられるが……抱き付く必要があるのか問い質したい。
(……はは。二度目だから。慣れたものだよ)
(元気ないですねー)
(……少しね、落ち込んだ。僕って進歩ないなあ)
(何の問題もありません! 動けないマスターも素敵です!)
(励まそうか、そこは……情報はあった。気付けたのに。なんで疑いもせずに飲むかな、僕は)
【詐術5】はリリースしておくべきだった。
【鑑定】されたら誤解を招くと想像できた筈である。
イシュに咎められた際にリリースしておけば良かったのだろうが、リリース出来るような場面ではなかった。【クラック】はMPを消費するため、一度クラックしたら理由がなくてはまずリリースしない。このため【詐術5】をリリースするのを忘れていた。
(仕方がないですよ。こんなバッドエンド、そうそう気付けません)
(終わらすなよ、勝手に)
(マスター、基本的に疑り深いクセに身内にはノーガードですから。大方、イシュと同じ顔にほっこり来て、ガードが下がっていたんですよ)
……そうかも知れないなあ。
イシュとシンラは本当によく似ている。
違いは髪の色、長さ、後は……胸の大きさ……だけ。
イシュの銀髪は腰までかかる長さ。シンラの金髪は襟首までの長さ。胸の大きさは……シンラに軍配が上がる。大人びた印象を裏切らない、立派なものを持っている。イシュと同い年だと思うと、成長早いんだなあ、としか思わないが。
ああ、後は目付きか。
イシュは挑むような、シンラは微笑むような。
うん?
改めて考えて見ると結構違うな。
それなのに……初対面に思えなかったのは……あー、そうか。イシュから散々シンラの事を聞かされていたから……
考え事をしていると、ユニに額をぺしぺし叩かれた。
いつになく真剣な顔だ。
なので……ああ、またどーでもいい事だな、と思った。
(マスター、大変な事に気付いてしまいました! 思っていた以上に私の責任は重いようです。ハーレムを運営する私の手腕が問われます!)
(へー。その心は?)
(もしマスターが殺される日が来るとしたら、それは戦いで命を落とすのではなく、痴情のもつれで後ろからブスッとやられるに違いないんですッ!)
(ああ、なるほどね……って。納得しかけた僕が嫌だよ。ハーレムを築くつもりはありません)
(分かっています。今は、ですよね。有栖・光源氏・要様!)
(育ててないから! イシュ!)
(へへっ。語るに落ちましたなァ。だぁれもイシュの事だとは言っておりませんよ! 最近、イシュばっか構い過ぎじゃね、なんて言ってませんよ!)
(…………言ってるよね。それ)
(しっかし、シンラはふてぇヤロウです。いきなり一服盛るなんてやり過ぎですよっ)
(そうかな? 僕はむしろ好感度上がったけどね)
喧嘩の様子からイシュを心配しての行動だと分かる。
妹を守るためなら手段を選ばない潔さは称賛に値する。
(フラグ、立ちますか? ルート分岐の前にはセーブを忘れずに! あ、ユニルートはトゥルーエンド扱いなので、イシュとシンラを落としてから来て下さい!)
(そう。じゃあ一生ないね)
(ユニルートがアンロックされました、マスター!)
(それ、なんてクソゲー? フラグ管理が雑過ぎる)
(私の好感度はマックス……とゆーか、振りきれていますんでっ! マスターからの告白でトゥルーエンド突入ですっ! いつでも! どこでも! どんと来いッ!)
(はいはい、伝説の樹があったらね。そこで)
(ところでこんなことしてていいんですかね。マスターからすればチョイチョイとどーとでもなる状況だとは思いますが、フツーだったら危機的な状況ですよねぇ、これ)
(……お前がいうかなあ、お前が)
イシュとシンラの言い争いはまだ続いていた。
妙なベクトルに曲がっている気がするが。
「――あたしが捕まってるトコにアリスが現れてさ。こー、ズバッ! って! すごかったんだ、アリスのナイフは。首を飛ばすんだからな。ナイフで、なんだからな! ほんとうに……かっこうよくて……あたしに……へへ…………とか、言ってくれて……さ……」
「よだれ垂れてますよ、イシュ」
「ウソだろっ」
「ええ、嘘です。でも、イシュだって嘘ついてるじゃないですか。あの方の獲物は大剣ですよ」
「やっぱりキョウダイだな。言ってること同じだぞ」
「何がですか」
「あたしを助けてくれた時はナイフで。今は大剣なんだ」
「はいはい、そういう話を信じさせられているんですね。【詐術】で。おかしいと思ったんですよ。イシュの話は荒唐無稽。でも、新しかった。全部彼から吹き込まれたものだとしたら納得出来――」
ふと、シンラが妙な顔をした。
ああ……僕が【UC:短剣4】を持っていた事を思い出したのかな。
複数の武器スキルを上げる物好きは滅多にいない。武器を振るった時間がスキルレベルに直結するからである。メイン、サブと使い分けているのなら話は別だが――
「うぅ~~~! だったらなあ! この腕は!? 【詐術】で生えるのかよ!」
シンラがハッとしていた。物思いはイシュの叫びで破られたようである。
「……それは……ムリです、ケド。腕はどうやって?」
「借りたんだ。クラックで。【再生】を」
「【再生】?」
「腕とか生えるスキルなんだってさ」
「……《欠損》の状態異常を治すスキル、ということですか」
「あー。シンラがそー思うならそーなんじゃないか」
「聞いた事もありませんが」
「レアだっていってたからなー」
「ユニークではないんですね。強力なスキルに思えますが」
ユニークスキルは唯一無二のものである。
だが、同時には存在しないというだけで、過去に遡れば同じスキルの保持者はいる。ギフトとして現れる事が多いらしいが、ある時ユニークスキルに目覚める事もあるらしい。
そう言う意味で言えば【教祖】のギフトを持った赤子がどこかで生まれているかも知れない。エンバッハが死んだから。
ユニークスキルは強力だが、強力だからユニークスキル……というわけではない。
ユニークスキルに匹敵するコモンスキルだってある。
例えばイシュが習得した【コンセントレーション】。
今は副作用が強く癖があるが、レベルが上がればそれも軽減される。
パッシブスキルなのでカウンターに限定されるが、使いこなせれば敵はイシュに触れる事すら叶わなくなるだろう。とはいえ、現状のイシュではステータスが低すぎるので、スキルレベルが上がったとしても宝の持ち腐れだが。
「ユニークじゃないのはな。吸血鬼はみんな首が生えるから、らしいぞ」
「…………………………………………はァ?」
シンラがどういうこと、と僕を見ていた。
……責められても困るんだけどな。
説明を混同しているのはイシュの方だ。
僕は【再生】がレアなのは吸血鬼が得やすいスキルだからなのかも知れない、といっただけである。吸血鬼は四肢がちぎれてもすぐに再生するイメージがあったからだ。
あくまで雑談の範疇だし、嘘を吹き込んだつもりは……ああ、そうだった。ウチにはユニがいた。
ユニを一瞥すると、親指を立てられた。
……本当に……ロクな事を……
「……はあ。分かりました。【再生】というスキルがある。そこまでは譲歩してあげましょう。ですが、スキルを貸し出し出来るというのは信じられません。もし成し得るのだとしたら旅神マテルを超える偉業ですよ。彼が神を超えてるとでも?」
「そうだ」
「あら、失礼。質問の仕方を間違えました。彼は神でしょうから。貴方にとっては」
「うが~~~~! お~ま~え~は――」
イシュがキレかけた時だった。
「者共ォォォ! 静まれぇぇぇぇっい!」
飛び出してきたユニにシンラが目を丸くする。
「妖精っ。どこからっ!」
「……ユニはずっといたぞ。アリスの頭の上に。ああ……おまえ、カオしか見てないから」
イシュが呆れたようにいった。
ユニがゴホン、と咳払いしてから言う。
「マスターのお言葉をお伝えいたします。拝聴するよーに! そこの色違いの2Pキャラ! 目ん玉ひんむいてステータス見ていやがれぇ! クラックはある。それを実証して見せる!」
……前口上長いのに大事な部分はあっさりだな……
ま、いいけどさ。
シンラの目が見開かれた。
僕のステータスから【詐術5】が消え、【麻痺耐性3】が現れた事を確認したのだろう。
【偽装】ではない証拠に立ちあがってみせる。
僕は小さな椅子に座り……微笑みながらテーブルを叩く。
「さて、お茶をもう一杯貰えるかな? MP回復効果があると嬉しいんだけど?」
【鑑定】人や物を鑑定するアクティブスキル。レベルが上がる事で閲覧可能な情報が増える。レベル1では名前を確認出来るだけであり、実用性が高まるのはスキルの閲覧が可能となるレベル3から。レベル5になると【ウィンドウ】と同等の情報が閲覧出来る。対象とのレベル差で消費MPが決まる仕様も【ウィンドウ】と同様。正確には【ウィンドウ】が【鑑定5】の機能を内包している、といった方が正しいか。【鑑定】に出来るのはステータスの閲覧だけで、取得可能なスキルを見る事は出来ないのだから。様々な場面で重宝される汎用性の高いスキルである。




