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第2話 忌み子

 あたしは聖域の大通りを歩いていた。

 七歳の誕生祝いを買うためだ。

 人通りは少ない。あたしの姿を見ると……路地に消えてしまうから。

 イヤなモノを見た――そんな眼差しを目にするたび……なんだか胸のあたりがもやもやした。

 前から青年二人が歩いて来た。


「――――ッ」


 悲鳴を上げそうになった。

 人族が想像するエルフを体現したような青年。顔立ちは美しく、仕草一つ気品がある。

 牙剣のカアサ。

 三賢人の一人だ。

 長老と……三賢人は特にあたしを嫌っている。

 カアサは私を見るなり、大仰に天を仰いだ。


「嗚呼、なんと言う事ですか。麗しい朝が台無しですよ。止まりなさい、忌み子」


 ……ツイてないのはあたしの方だ。まだ無視された方がマシだった。

 ……言う事を聞くのはシャクだ。だが、止まらないと……

 足を止め、無言でカアサを睨む。

 カアサは私の身体を眺めると、気品のある顔立ちを歪めた。


「貧相な身体をしていますね。見すぼらしい。同じエルフとは思えません。ああ、物乞いに来たのですか。よろしい。恵んであげましょう。これも三賢人の務め。ですから、これを持って早く出て行きなさい。貴方は存在するだけで周囲を不快な思いにさせているのですから」


 フォレストウルフが投げ出された。カアサが仕留めて来た獲物なのだろう。

 聖域には多くの果実が自生する。カファナの恵みと呼ばれる果実だ。

 食事に困る事はないが……肉は滅多に食べられない。

 あたしとシンラは狩りが下手だから。

 御馳走である。

 でも……


「…………ッ」


 無視して通り過ぎると後頭部に痛みが走った。

 手を当てれば……血が出ていた。石を……当てられたのか。

 ……でも……よかったな。髪で隠れる位置で。シンラに見つかると心配されるから……


「忌み子が無視していいと思っているんですか。私が恵んであげると言っているのですよ。ありがたく受け取るのが筋ではありませんか」


 カアサが怒気もあらわに近づいて来る。

 ……怖い。


「おい、止せ」


 カアサを止めたのは、脇にいた青年だった。


「なぜ止めるんですか」

「忌み子に触れたら呪われるっていうぜ」

「ですが、誰かが忌み子に立場を教えてあげないといけません」

「いいだろう。俺達じゃなくても。なあ、頼むからさ」

「……しかし。私は三賢人として無知なる者を導く――」

「三賢人は聖域の守護だろ。こーゆうのは長老の役目。なっ、早く行こうぜ」

「……分かりました。忌み子。人の気持ちを考えなさい。私が言いたいのはそれだけです」


 立ち去る二人をあたしは唖然と見送る。

 …………は? おまえが? おまえが言うのか、それを。だったら、おまえはあたしの気持ちを考えた事があるのか?

 ……生まれつき……片腕が無いってダケで……なんでここまで……

 

「うぅ。ぐすっ」


 ダメだ。

 泣くな。

 泣いたら……負けだ。

 胸を張って歩き出す。誰も見ていないが。でも、見ている。そう、あたしが。

 だから、胸を張れ。

 わるいことをしてないのだから。

 目的の店に着いた。

 店主は女のエルフだ。

 彼女は服を仕立てていた。【C:裁縫5】を持っているのだ。


「……あ、あのっ。服が欲しい……んだ……」


 声をかけると店主は顔を上げ……チッと舌打ちをした。


「お前の服か」

「……そ、そうだ」

「なんだってシンラも……昨日言やァいいだろうが。あァ、長老のお達しだからな。仕立ててはやるが。気に食わないからって文句言うなよ。あたしのせいで聖域滅ぼされたらたまらない。シンラに伝えておけ。二人分の代金はお前が持ってくるように」

「……あたしの身体……測らなくていいのか?」

「ハッ。お前に触れろというのか? シンラと一緒だろうが。シンラの採寸なら昨日やってる。分かったならさっさと出てけ。お前が店にいるところを見られたくない」


 店を出ようとすると、「イシュちゃん」と舌足らずな声がかけられた。

 振り返ると幼女がいた。

 フェム――最年少のエルフだ。

 エルフは滅多に子供が出来ない為、あたしたちの下がフェムになる。


「ねー。ほろぼすってなぁに?」

「……わるいこと、かな」

「イシュちゃんはせーいきほろぼすの?」

「……しないさ。あたしはわるい子じゃないからな」

「フェム! 忌み子と話すな!」

「……おかぁさん」

「いいんだ、フェム。行きな」

「……ぅん。じゃあね、イシュちゃん」


 ……帰りも罵声を浴びせられた気がしたが……よく覚えていない。

 家に帰り……シンラがあたしの顔を見て……悔しげに歯嚙みした。それをぼんやり眺めながら、ああ、失敗したな、と思った。シンラに心配かけるつもりはなかったのに。


「……やはり、私が二着頼むべきでしたね」

「……いーんだ。あたしが行きたいっていったんだから」


 成長して服が小さくなってきた。

 七歳の誕生祝いを兼ねて服を買おうといったのはシンラだ。

 しかし、別々に行くと行ったのはあたしだ。

 シンラに頼ってばかりではダメだと思ったから。

 ……でも……マチガイだったのかな? あたしは仲良くしたいと思っているけど。それはあたしが勝手に思ってるだけで。あたしが行ったら……メイワクをかけるだけ……なのかな?

 

「……なあ。忌み子ってなんなんだ? なんでこんなに……キラわれなきゃ……」


 シンラは長い息を吐くと言った。


「忌み子の手によって消えた聖域が幾つもあるそうです」

「……それは……聞いたことある。でも……あるのか? 聖域ってたくさん」

「マテルによれば。元々、忌み子が災いをもたらす、というのはマテルが言った事らしいですから。聖域なんて大仰な言い方ですが、外の世界には沢山あるそうですよ。旅神の名の通り、世界中を巡っていたんでしょうね。人族の聖域、鱗人の聖域、妖精の聖域、獣人の聖域。エルフの聖域だって探せば他にも……いえ、今はもうないかも知れませんね。エルフの忌み子は片腕がない、と言い伝えられているぐらいですから」

「……じゃあさ。マテルのせいなのか。あたしがこんな目に合うのは」

「さて、どうでしょう。忌み子と呼ばれる方が聖域を滅ぼしたのは事実でしょうし。マテルが憎いですか?」

「……腹は立つぞ。でも、憎くはない。見たワケじゃないからな。忌み子はイジめろってマテルが言ったの」

「イシュは外の世界に行くのもいいかも知れませんね」

「……なんだよ。あたしが邪魔になったのか」

「あのねぇ。たった一人の家族を邪魔に思う筈がないじゃないですか。どーも聖域に住まう種族は独特の価値観を築いているようです。外のエルフならイシュを受け入れてくれるかも知れないと思ったんです。難しいですけどね。イシュ、よわっちいですから? すぐさま人族に捕まって奴隷にされてしまうでしょう。でも、遠い、遠い場所では……人族とエルフが手を取り合って暮らす国もあるそうですよ……いずれは……」

「シンラをおいてはいかないぞ」

「そう言うと思ってましたけどね」

「…………でも、さ。よくわかんないよな。あたしに何が出来るっていうんだよ」


 あたしは【洗礼】も受けられそうにない。

 スキルも無しに何が出来るというのか。

 三賢人が出張るまでもない。

 あたしが勝てるのはフェムくらいのものだろう。フェムももうちょい成長されると危うい。

 ああ、よく分からない噂があったか。

 いつからか。あたしに触れると呪われる、といわれるようになった。

 【呪い】は恐ろしい状態異常である。ステータスを低下させるのだ。それも【病気】とは違い永続的にである。

 解呪するのも難しいらしく……ロコツに避けられるようになった。

 まー、キズつくけどさ。絡まれにくくなったし、それはいいんだけど。

 あたし、呪いの力なんてないんだよな。


「彼らは災いという言葉に踊らされているだけですよ。後は力が無くてもやりようはあるということでしょう」

「そうなのか」

「ええ、その気になればイシュにだって出来ますよ。森に火を放ってもいいですし、食事に毒を混ぜても――ああ、人族を聖域に手引きしてもいいですね。スキルがあれば【扇動】で不和を煽る、【詐術】或いは【魅了】で三賢人を誑かす、あたりですか。【雨乞い】で川を氾濫させるのも手かも知れません。残念ながらこの聖域では無理ですけど」

「…………なー。ホントはおまえが忌み子だろ」

「あら。いつかイシュが聖域を滅ぼしたいと思った時、手助けしてあげようと算段を練っていただけですよ」


 ――聖域を滅ぼしてしまえ。

 

 そんな気持ちになる事もある。

 だけど――


「あたしはしないぞ、そんなコト。家、無くなったら困るだろ。みんな」

「……そうですね。本当にそうです。当たり前の事が分からない人が多くて困りますね」


 シンラがあたしを抱き締めて来た。ぎゅぅっと。

 あたしもシンラの背中に手を回す。片腕では上手く抱きしめられない。

 でも……おかしいんだ。ないハズの左腕が……何かに繋がっている。

 ああ、そうか。

 コレ、夢か――


***


「…………」


 目が覚めた。

 目覚めは悪く無かった。

 ああ、そんな事もあったよなあ――と思うだけ。

 ケッコウ悩んでたハズなのにな。

 過去と夢。

 夢と現実。

 それを繋いだ温もりに目を落とす。

 アリスの手。あたしの左手に繋がっている。

 ふっと笑みが漏れる。

 バカだよな。

 アリスもさ。

 あたしはもー気にして無いのに。

 でも……もしかしたらアリスが正しい……のか? こうして悪夢を見ちゃったワケだし。まー、もうこの悪夢を見る事はないと思うけどな。

 アリスの手を胸に抱き、再び毛布にくるまる。


「んぅ? ユニぃ?」


 なっ!?

 寝ぼけたアリスが……あたしを引き寄せた!

 ……うわ、近い。近いぞ……アリスの胸、大きいや。やっぱ男のヒトなんだな。ユニはいつもこんなうらやま……な、なんでもないっ……とゆーか、鎮まれったら、あたしの心臓! あ、アリス起こしちゃうだろ。そしたら……この時間が……

 などとドキドキしていたら……気付いたら朝になっていた。

 酷い目のクマが出来ていたらしい。

 寝るときの手の繋ぎ方に変化があった。

 握手するようなものから、指を絡み合わせるものへ。

 寝不足?

 ああ、酷くなったさ。

 なあ、フェム。

 いつかの言葉はウソだったかも。

 だってさ、あたし、わるいんだ。

 アリスの誤解、解きたくない。

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