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第1話 水浴び

 川に足を差し入れ――「ひゃぅ」と変な声が出た。

 ……うへぇ、冷たい。

 あたしは肩越しに振り返る。

 今駆けつけたられたら……と、ドキドキしたが……木立が風で揺れるばかり。

 ……そうだよな。アリスはシンシだ。来るはずがなかった。

 心配してくれなかったのかな――そんな気持ちが顔を出す。


「……バカだなー、あたし」


 これでよかったのだ。

 あたしは……裸だし。

 見られたら……悲鳴を上げると思う。

 でも……はずかしいダケで……イヤでは……


「う~~~! なんか、暑くなってきた! 水浴びするからなっ!」


 宣言して川に飛び込む。火照った身体を川の水が冷やす。

 

「…………ッ!」


 歯を食いしばって声を抑える。

 膝立ちになり、水を身体に掛ける。何度か繰り返すと……冷たさに慣れてきた。

 んしょ、んしょ、と身体の隅々まで丹念に洗う。

 特に髪は入念に。奇麗な髪だね、と褒めて貰ったのだ。

 髪を一房手に取る。

 うん、色が戻って来たな。

 にへら、と笑う。


「髪型。どーしよ」


 今は髪を下している。髪留めを失くしたからだ。いつもはツインテールだった。


「……家に帰れば髪留めあるし。アリスに聞いてみようかな……んぅっ。あっ」


 妙な声が漏れてしまう。弄んでいた髪が胸の先を……こすったのだ。

 うん、なくはない……よな。胸。自分で言ってて悲しくなるけどさ。


「おかしいよな。なんでシンラだけ。双子のはずなのに」


 胸を手で押し上げると……少しだけ谷間が出来た。濡れた髪の毛が谷間に流れる。

 口元が綻んだ――その時だ。

 聞こえた。

 羽音が。

 まさか魔物?

 川のほとりのナイフに目をやり――自由気儘に飛びまわる妖精を目撃した。

 ユニは慈愛の眼差しをあたしに向けていて……もーこの時点でなんとなーく想像はついたものの……問わずにはいられなかった。


「………………みたのか?」

「イシュ、安心して下さい。マスターは胸の大きさで差別したりはしません!」


 ユニはどん、と胸を張る。

 これが答えだ――と言わんばかりに。

 ユニの膨らみは……あー、同じぐらいか。ないも同じだなーと他人事なので思う。思ってしまった。あれ、それってあたしにも言える事じゃ……と、落ち込みかけるが……いや? ユニがいいって言っているのだからいいのか、良かった、良かった。安心でき……る、ハズないだろっ。あんなトコ見られて! なんだ、頭がぐるぐるしてる!


「う~~~あ~~~!」


 あたしは思わず川に飛び込む。

 ううぅ、全部シンラのせいだ。

 水浴びに行くというのである。


 ――殿方は大きな胸が好きなんですよ。

 

 ふぅん、大きいとメンドウだと思うけどな――とその時は気にも留めなかった。なのに……今になって……気にかかる。だから、ついつい……あんな事をしてしまって……

 息が続かなくなり、水面へ浮上すると……まだ羽音が聞こえていた。

 ん?

 おかしいと思った。

 妖精は羽音を立てない。

 羽はあるし、羽ばたく事だって出来る。

 だが、羽とは関係なく浮かんでいるらしい。


「…………ナニやってるんだ、ユニ」


 半眼であたしは問う。


「警邏中です。ぶ~ん、ぶ~ん」

「……あ~。【気配探知】……か。声出す必要ないだろ」

「言うなれば紳士淑女のたしなみです。念じれば発動出来るとはいえ、それではいかにも味気ない。やはり技名は叫んでこそナンボだと思うんです」

「アリスは叫ぶな、って言ってたぞ。バレるからって。《旋風烈牙》教えてくれた時」

「チチチ。まだまだ甘いですね、イシュ。マスターの事が分かっていません。マスターのは口だけです、口だけ。厨二病が抜けきっていませんからね。スイッチが入ればバンバン技名叫んでますよ。貴方を助けた時だってそうだったでしょう」

「…………そう……言えば。そうだったかも、な……」

「叫ぶ事で僅かながら威力も上がります。マジな話でシャウト効果と呼ばれています」

「……だったら、叫んだ方がいいのか?」

「マスターは苦い顔をするでしょう。ですが、心の底では喜んでくれるはずです」

「……ふ~ん。そぉか。喜ぶのか」


 なら、今度から技を使う時は叫ぶようにしよう。

 ところで――


「……ウロウロされると落ち着かないんだが」

「マスターからの命令です。何かあったら守るように、と。ヘッ。大事にされてますなァ」


 胸が締め付けられたように痛くなる。

 嬉しいような。

 切ないような。

 この気持ちの正体に薄々察しがついていた。

 だが、素直に認めたくなかった。少なくとも……ユニの前では。

 だから、代わりにこう言っていた。


「……ユニだって……大事にされてる……だろ」

「私を大事にするのは自己愛の延長ですよ。ああ、勘違いしないでくださいね。それが嫌だとは言ってませんから。むしろ誇るべきことだと思っています」

「……は?」

「私はマスターの心の欠片でもありますから」


 誇らしげにユニは胸に手を当てる。

 ユニはたまに大人びた表情を見せる。


「……おまえ、分かるように言う気ないだろ」

「愛らしいユニちゃんには秘密が多いのです。その秘密はマスターのものでもあります。おいそれと私の口からは言えませんね。マスターに聞けば教えてもらえると思いますけど」

「後で聞いてみる」

「頭、爆発しないといいですね」

「……そーゆーアレなのか?」

「アレです。ああ、目に浮かびます。『えっ。ユニはアリスが生んだのか? アリスは……女だったのか?』。困惑するイシュ。関心は既に秘密には無かった! 何故ならばアリスが女かも知れない、その事実に心を奪われていたから! ああ、ああ! もし……アリスが女だというのなら……あたしのこの気持ちは……一体どうすればいいんだ――!」

「……そのうち……聞く」

「困るマスターもおいしい、と出ました。なるべく早めにお願いします」

 

 キリッとした顔でユニが言う。

 ユニは……アリスが絡むと人が変わる。なんというか……すごく勿体ない。

 真面目にしていれば美少女なのにな。

 エルフは美人というカンジだが、ユニ場合は可愛らしいのだ。


「おまえさァ。アリスといる時とカンジ違うよな。少し」

「それを言うなら貴方だってそうでしょう。よく見られたいと気を張らないとでも?」

「そーだケドさ。あれ……そういうコト……なのか?」

「待ちなさい、イシュ。自己完結する前に私に話しなさい。先輩面するチャンスです」

「…………なんかさー、イチイチ残念なんだよな、ユニって。バカっぽいって言うか」

「むむっ。聞き捨てなりませんね。マスターが手ずから組み上げた私がバカだと? 言っておきますが私は頭がいいですよ。ただただ思考回路が残念なだけでッ!」

「あー。それは、分かる」


 ユニが先程から口にしているのはアリスの秘密だろう。断片的過ぎて理解は出来ないが。秘密は言えないといったばかりなのにユニは堂々としたものである。

 バレたらバレたでいい、と思っているのだろうか。

 あたしを仲間だと思ってくれているから?

 ……そう、だったら……嬉しいが。


「こーゆー賑やかなの、初めてなんだよ。あたしはずっとシンラと二人で。小さい頃は大人もいたハズなんだけどな。よく覚えてなくて。だからさ、アリスがいるだろ。ユニもいて。あたしもそこに……入って……ん~~。は~~。ダメだ……うまく言えないや」

「いえ、分かりましたよ」


 ユニが柔らかく微笑んでいた。

 あたしは気恥しくなって顔を背ける。

 

「ところでまだ水浴び続けるんですか? 風邪引きませんか。ハッ! わざと風邪を引いてマスターに看病して貰う作戦ッ!? くぅぅ! なんておいしいシチュ! ダメ! ダメですよ! その作戦はまず私が使いますからっ! 後輩のアイデアは先輩のモノ! はい、復唱して! イシュのモノは私のモノ! 私のモノは……くっ。マスターの……モノでした……」

「……もー、上がるよ」


 手ぬぐいで身体を拭き、服を着る。汚れに眉をひそめるが……替えがないのだ。


「ふむぅ。大分奇麗になりましたね。マスターも喜びますよ」

「そ、そうか」


 と、不意に気付く。

 サッと血の気が引いた。

 

「……な、なあ。あたし……捕まってるとき、さ。酷かった……よな。ボロボロで。起きた時にはケガ治ってたから忘れてた……ケド。アリス……何か、言ってたか?」

「……………………気になりますか」


 なんだこの間は、と思いながら首を縦に振る。


「知らない方がいいと言っても?」

「…………」


 あたしの顔面は蒼白になっていただろう。決して水を浴び過ぎたせいではない。

 ユニは苦笑するといった。


「言い方が悪かったですね。分かりました。教えましょう。あれはイシュが昏々と眠っていた時のことです。古今東西、眠り姫を起こすのは王子様のキスと相場が決まっています。ここはぶちゅー、と行きましょう、マスター! と私は囃し立てていました」

「なっ。し、したのか、キス」

「マスターは紳士ですから。イシュの気持ちがどーたら言ってました」

「…………なんだ」

「まー、その過程でこんな話になったワケです。【再生】で奇麗な顔に戻りましたね。マスターも嬉しいんじゃないですか、と。そうしたら――」


 アリスに窘められたのだという。

 奇麗に戻ったという事は、今までは違ったという事だ、と。

 そしてアリスは人族について語り出し――ん? 人族?


「あれ? あたしの……話だよな?」

「掃き溜めに鶴みたいな話なので、そこから語る必要があるんです。ま、繋がります。すぐに」


 アリスは人族の――《ダリオ》の醜さを嘆いた。

 彼らは腐っていた。その癖、輝きを妬む。自らを高める事を放棄し、輝きを汚泥に引きずり込む事で安寧を得ようとしていた。確かにイシュは正視に堪えない程打ちのめされていた。しかし、泥に塗れていたからこそ僕には一際美しく輝いて見えた――と。


「…………なー、ユニ。あたしがバカだからか。よくわかんないんだけど。それ褒めてないよな?」

「マスター的には最大級の賛辞です。女の子的にはプチ侮辱だと思います。すっぴんでも奇麗だよ、というのとはワケが違いますからね」

「……知らなきゃよかったなー」

「……ええ……空気を読まない事に定評のある私でも……これは……ちょっと……………………」

「アリスってさぁ。なんかズレてるよな」

「否定できませんねぇ」


 深々と頷いた後、同時に噴き出した。

 あたしはユニとアリスの元へ向う。

 他愛のない話をしながら。

 それはそう――友人みたいに。

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