第12話 エピローグ
あたしはアリスが分からない。
自分で助けておきながら突き放すようなマネをして。いや、突き放すなんて生易しいモンじゃない。突き落とす、だ。底の見えない谷に。
「ムリだ! ムリに決まってる!」
「大丈夫。僕も二週間前同じこと思った。でも、出来たから。ステータス低いのは確かだけどさ。スキル構成はあの時より上だから落ち着いて対処すれば平気」
ああ、これは……何を言ってもダメな時のアリスだ。微笑むだけで取り合ってくれない。物腰が柔らかいので勘違いしがちだが、アリスはメチャクチャ頑固なのである。
「ユニ! お前から言ってくれ!」
「マスターの発言は神の言葉であらされます。出来るというのなら出来るのです。不安に思う事はありません。粛々とお言葉に従えばいいのです」
「おまえゼッタイふざけてるだろ!」
「ふざけてますが何か? 先達からの愛の鞭ですよ。ハッ、この程度でガタガタ騒ぐんじゃねぇですよ。マスターはもっと酷いですから! 悪気も無く強敵を煽りますから! バカだって分かりますよ! レベルが三倍ある相手を怒らせたらどうなるか!」
一般的にレベルが10違えば勝負にならない。
ユニの言い方だと……あったのだろう。差が10以上。
ユニの憤りも分かる。強敵を煽るアリス。簡単に想像出来るし。でも、だからってあたしに八つ当たりするか? しかもこの場面で。
アリスだけじゃない。
ユニも大概だ。
「う、ううぅぅ。死んだら怨むぞっ!」
「危なくなったら助太刀するよ」
アリスが大剣を掲げて示す。
「おまえ、【短剣】使いだろ!」
「先日まではそうかもね」
「今日は違う、みたいに言うなッ! コロコロ変えられてたまるかッ! あたしが【短剣1】でどれだけ苦労したと思ってるッ!」
「ほら、そろそろ来そうだよ。前見て」
「見たくないんだよぉぉぉ! 分かれよぅ!」
ふふ、あはは。すまない、シンラ。
あたし、生きて帰れそうにないや。
ウォーベアがあたしを睨みつけていた。牙からだらだらよだれが垂れている。
ははは。爪であたしを料理して、頂きますって言うんだな。
ウォーベアの爪は鋭く、重い。
食らえば肉は割かれ、骨は折れる。
あたしはナイフを二本渡されている。
そう、二本だ。両手に持たされた。意味が分からない。
鋭い爪に対し、ナイフは如何にも頼りない。
悪夢の日々が終わり、三日が経っていた。
衰弱していた身体を治すのに時間がかかったのだ。その間、食べて、喋って、寝て。訓練は一切していない。なのにいきなりウォーベアと戦え、である。
「自慢じゃないケドな! あたしは弱いんだからな!」
「本当に自慢じゃないですねー」
「ウォーベアと戦える実力があったら人族に捕まるかッ!」
「ん? ウォーベアより連中の方が強かったと思うよ?」
「そうかも知れないけどさァ! そういう事じゃないだろォ!」
「くぅ! やりますね、イシュ!」
「なんだ、なんなんだッ。今度はッ!」
「この状況で冷静にツッコめるとは。立派なツッコミに成長出来ますよ」
「ボケと突っ込みをユニが兼任してたからねぇ」
「マスターのツッコミは淡白ですからねー。これからはビシバシボケられるってモンですよ! 拾われないボケほど悲しいものはありませんから!」
「ボケてんのはおまえらの頭だッ! 見て分かんないのか、食われそうなのがッ!」
「う~ん。もしかしてさ。無茶ぶりだった?」
「分かってくれたか、アリス! 何度もそう言って――」
「違いますよ、マスター。私には分かります。こんな相手朝飯前、とカケたんですよ」
「……凄いな、イシュ」
「おまえらなんかキライだぁぁぁぁ!」
あ、死んだな。
ウォーベアが腕を振り下ろしていた。
「へえ、上手い」
「マスターよりも上手いかも知れません」
「センスの違いかもね。出来る事は一緒の筈なんだよ。スキルレベルは一緒だから」
「しかし、マスター。いきなりウォーベアとは。鬼畜ですね。一撃食らったら瀕死ですよ」
「【再生】クラックしたし、回復薬だってあるし……平気かなあ、と。一応、一番戦い易い相手を選んだつもりなんだけどね。【短剣】は武器の攻撃力も高が知れてるから、レベル低いうちは出血で削り殺す戦い方になる。ウォーベアは身体が大きいからいい的だし、攻撃だって大振りでよけ易い。時間は掛かるけど一番安全だと思う」
「理屈と感情は別ですよ」
「反対してくれたらよかったのに」
「だって、出来るんですよね」
「出来るよ」
「なら反対する必要性が見出せません」
「だよね」
二人はなにのんびり話しているのか。
助太刀してくれるというのはウソだったのか。
……って、おかしくないか?
なんであたし……生きてるんだ?
「うわああぁぁ! なんだこれぇぇぇ!」
いつの間にかウォーベアが血塗れになっていた。
攻撃も最初と比べると見る影もない。腕の軌道が知覚出来る。避けるには一歩、横へ動けばいい。何故かそれが分かった。
出来た!
「グオオオオオオ!」
ウォーベアが悲鳴を上げた。
あたしのナイフがウォーベアの手首を切った。激しい出血。【短剣】は非力なあたしでも急所に当てれば出血させられる。
痛みに悶えるウォーベア。
そこへ右、
――え?
左と、
――ええ?
ナイフを繰り出す。
あたしが。
身体が勝手に動く。
あ。また、出血。
事態が飲み込めず、戸惑っていると……ウォーベアが倒れた。
「お疲れ。危なげない勝利だったね」
「…………勝った……のか、あたしが?」
「僕は手助けしてない。イシュが、一人で、勝ったんだ」
勝った? ウォーベアに?
はは、ははは、夢を見てるみたいだ。
「やったぁ~~~~~!」
思わずアリスに抱き付いていた。アリスは一瞬戸惑った様子を見せたが、あたしの頭を撫でくれた。くすぐったい。でも、悪い気はしなかった。
あたしが今まで狩って来たのは大人しい魔物だけ。
それがウォーベアを倒した!
シンラは驚くだろうな、とにやにやしていると、
「じ~~~~~」
半眼のユニが目の前にいた。
「な、なんだよ」
「こういう時は素直なんですね」
「バッ、バカッ! 違うからなっ。い、言っただろ! こんなヤツ、あたしの趣味じゃない!」
アリスを突き飛ばす。アリスはたたらを踏み、困ったように頭をかいた。
あっ、と思った。しかし、ユニがあたしを見ていた。うぅ、なんだ。なんなんだっ。
腹立たしいやら、気恥しいやら、気持ちがグチャグチャだ。
ユニがこれ見よがしにため息を吐いていた。
ぐぬぬぬ。ムカつくぞ。
「ユニ、何か来る」
「フォレストウルフが五です」
「イシュには厳しいか。僕がやる。二人は下がってて」
「あ、あたしも手伝う!」
ウォーベアを倒せたのだ。あたしだって戦力になる。一人で五体を相手は危険だ。
しかし、気持ちとは裏腹に身体がぐらついた。無我夢中だったから気付かなかったが……命のかかった戦闘で疲弊したのだろう。でも……でも!
アリスはあたしの顔をまじまじと見ると、ふっとほほ笑む。
「分かった。危なくなったら助けて」
「わ、分かった」
あたしはナイフを二本構える。
逆手だ。
奇妙な感覚だった。【二刀流】の経験はない。当たり前だ。隻腕だったのだから。なのに自然と分かるのだ。どう構えたらいいのか。ウォーベアとの戦いの時も……いや、一番最初にこの感覚があったのは、アリスを守ろうとユニにナイフを向けた時か。
そうか、あの時。あの時すでに。
「じゃあ行って来る」
アリスが駆け出す。
散歩に行くみたいな気軽さで。
アリスが大剣を振り下ろす。早い。残像しか捉えられない。
フォレストウルフも同じだったようだ。気付くと一体が潰されていた。
「……すごい」
アリスが腰を落とす。「おお!」と声を上げ大剣を横薙ぎにする。
範囲内にいた三体が弾け飛ぶ。
あたしは加勢する事も忘れ、戦いに魅入っていた。
大剣を振り切った態勢だ。それを隙と取ったのか。最後になったフォレストウルフが飛びかかる。アリスは大剣を動かさなかった。フォレストウルフを蹴り上げた。
そして宙に浮いたフォレストウルフを一刀両断した。
胴体が真っ二つになっていた。
大剣に切れ味はほとんどない。
ならば、断ち切ったのはアリスの技量だ。
「…………カッコイイ」
知らず息を止め、見守っていた。
「なっ、なんだ? アリス。怪我したのか?」
アリスが渋面だった。
あたしが駆け寄ると、アリスは柔らかく笑った。
「大剣が重たくて。思ったように動けなかった」
「そうか? よく動けてたと思うぞ」
「そこは流石に【両手剣6】って事かな。慣れるまで暫く時間がかかりそうだよ。それでも使いこなせないだろうけど。僕が扱うには重た過ぎる」
「元々脳筋が使ってた武器ですからねぇ」
「要求STR50とかじゃない、これ」
「は? ご、五十!? き、聞き間違いか?」
STR50――エルフでは到達出来ない領域だ。
人族でも……30か、40か。いや、知らないけどな。人族の事なんて。とにかく高いレベルが必要だ。少なくともレベル10そこそこで扱えるような武器ではない。
使いこなせないと言ってはいるが。
十分、使えていると思う。
アリスは凄い。凄い……が。
「なあ、なんでなんだ? そんな重い武器を使って。軽い武器を使えばいいだろ」
【両手剣6】は熟練者のそれ。なのに重すぎる武器。
アリスがユニを見た。ユニが鷹揚に頷く。
「この間、説明が出来なかったけど。クラック。覚えてる?」
あたしは頷く。
アリスの秘密だ。忘れるハズない。
「【クラック】はスキルを付与する事が出来る」
「………………いいのか、教えてくれて」
あたしの問いにユニが答える。
「まー、元々イシュが裏切るとは思っていませんでした。合格、って言ったのはそういう意味でもあります。この間教えても良かったんですけどね。ただ、刺激を与え過ぎると、イシュの心臓が止まっちゃいそうでしたから」
「…………」
「冗談ですよ?」
「……うるさい! 分かってるよ! あのなあ……おまえ達といると……ハア。常識ってなんだろう、って思ってたんだよ。わるいか」
「マスター不在で築かれた常識でしょう? 忘れていいと思いますよ」
「僕らは地球でも常識があったとは言い難いけどね」
「……チキュウ。アリスの故郷か」
「故郷と言えばそう。正確には別の世界」
「…………別の……世界」
あ~~。また、凄い言葉が飛び出てきたな。
「僕たちはグロウフェントじゃない別の世界から――」
あたしは酷いカオをしていたのだろう。アリスは苦笑して話を元に戻した。
「イシュに付与したのは【短剣4】と【二刀流1】。イシュに使ってた武器を譲ったから。僕は【両手剣6】をクラックしたってワケ」
「完全にマスターの趣味ですけどね。ナイフ探せば二本ぐらい見つかりましたよ。だからまた厨二病がウズいたに違いないんです。ふおおぅ、デッカイ剣かっけぇって!」
「……慇懃無礼とはお前の為にある言葉だよ、ユニ」
「否定はしないんですね」
「……まあね」
ようやく納得がいった。ウォーベアを倒せたのは。アリスがクラックしたから。
「なんだ。あたしが強くなったんじゃないんだな」
「ははは、耳が痛いな。落ち込む必要はないと思うけどね。ウォーベアを倒したのは間違いなくイシュだ。ある人……ある神? に言わせると、武器スキルは武器そのものだから。どんな名剣を持っていたって勇気がなかったら戦えないよ」
アリスは苦笑しながらあたしの頭を撫でる。
……うん、神って言ってたのは聞かなかった事にしよう。
「あ。ごめん。迷惑だったよね」
下げられたアリスの手を、名残惜しく見詰め……ない!
ふぅ。危ない。自制しろ。
「でも、アリスはすごいな。いや、すごいって思ってたぞ。でも、もっとすごいって思った。うぅ、バカみたいだ。すごいばっかりで。でも、アリスはすごい!」
「ありがとう」
「スキルが付与出来るなんて旅神マテルみたいだ」
「旅神? 正確には貸与かな。貸し出すって事。だから、凄いのは僕じゃない」
「…………へ?」
「スキルを使いこなせたイシュが凄いんだよ」
と、ほほ笑むアリス。胸がドキドキして……って流されるな!
目頭をもむ。おかしいぞ。伝わってない。
「スキルを! 付与だぞ!」
「そうだね」
「そうですね」
「すごいよな!」
「チートなスキルだとは思う」
「チートなのはスキルであって僕じゃない。そう言いたいんですね、分かります」
「…………え?」
「あれば便利だな、とは思う。でも、なかったらなかったで」
「なんとかするんでしょうね、マスターなら」
「………………え、えぇ?」
「だから、やっぱり凄いのはイシュだよ」
「頑張ったのは認めていますから」
え、なんだ、これ。
二人して。寄ってたかって。駄々をこねる子供を諭すみたいに。あたしなのか? おかしいのは。二人と話していると、分からなくなって来る。いや、違う。絶対に違う。
さり気無くあたしを持ち上げるのがイラッと来る。
特にユニ。
親指を立てて、「言ってやったぜ!」という顔して!
あたしは唖然と二人を見る。
常識がない、ない、と思っていたが……そういうレベルを超えている。
スキルを付与?
バカげてる。
そう、バカげた事なのだ。
普通、【短剣4】の習得だって数年はかかる。
アリスは【両手剣6】を付与したというし。
【両手剣6】があるから【短剣4】は要らないや、と。
こう、お下がりの武器を譲る感覚で。
あたしに【短剣4】と【二刀流1】を?
いやいやいや!
どうしよう。
説得できる気がしない。
ん? どうもしなくても……いいのか?
アリスの様子を伺う。腕を組んで宙を見つめている。真剣な顔だ。エルフは総じて美形だが、アリスの顔立ちも負けていない。怜悧な印象を受けるエルフよりも、アリスの柔和な顔のほうが、あたしは好み……なっ、なんでもないっ。
「イシュ、レベル二つ上がってるね。僕が倒したフォレストウルフの経験値――ソウルも入ったのかな? それにしても上りが早い気がするけど」
「…………」
「イシュ?」
「……あ。うん。レベルな。上がった。キイテル」
倒した魔物のソウルは強者に惹かれる――と言われている。戦闘で貢献した順にソウルが分配される。その場にいるだけでも多少のソウルは貰える。
これまで確実に勝てる魔物しか倒して来なかった。
格上に挑まないとソウルは大して貰えない。
とはいえ、だ。
一つレベルを上げるのに何年もかかったのだ。
それがたったの一日……というより、ほんの………………数分間?
「気になってたことがあるんだけどいいかな? イシュ、なんでスキルポイント使ってないの?」
「……スキルポイント?」
シンラが何か言っていた気がするが……思い出せない。
「スキルを覚える時に使うものなんだけど」
「…………あたしのスキルが少ないって言いたいのか」
思わずアリスを睨む。そこは……アリスでも。いや、アリスだから触れて欲しくない。
「気分を害したなら謝る。僕もユニも常識知らずなところがあって。決して意地悪で言ってるわけじゃないんだ。勿論、無知に胡坐をかくつもりはないよ」
「……………………ああ。常識な。ないな。知ってる」
「スキルの事だけど。手助けが出来るかも知れない」
「……はは~~ん。分かったぞ。出来るんだろ。【洗礼】が。もう驚かないぞ」
「【洗礼】?」
「分かりません。レアスキルだと思います。【洗礼】するとどうなりますか?」
予想が外れたか。
そうだよな。幾らアリスでも。
あたしが【洗礼】の説明をしていると、アリスは何やら虚空を見つめていた。
ステータスを見ているのか? シンラもたまにああなる。
「……見えた。スキルポイント自動振り分けってフラグがある。あると知らなかったら気付けなかったな、これは」
「ははあ、【洗礼】ってスキルでフラグのオンオフが出来る訳ですか」
「才能次第でスキルは取得出来る。それが意に沿わないものであっても。そういうものだと飲み込んできたけど、仕組みはたぶんこれだな。思っていた以上に無駄の多い仕組みだ。吸血鬼がさ、【水魔法】持ってた。魔法一発撃ったら魔力切れなのに。残念な才能があったんだろうね」
「イシュが【洗礼】を受けていなかったのは不幸中の幸いかも知れませんね」
「本当はそんな事いったらいけないんだろうけど。おかげでイシュのスキルポイントは丸々残ってる」
……二人は何を言ってるんだ?
戸惑っていると、アリスが「ごめん、分からないよね」と、頭を撫でてくれた。
「端的に言うとイシュはスキルを覚えられる。なんでもって言うわけにはいかないけどね。今あるスキルのレベルを上げることだって出来る。【短剣】ならギリギリ3まで上げられる、かな?」
…………ふ、ふぅん。そうか。凄いな。
流石はアリスだ。なんでもアリだ!
アリスの言う事が本当か、なんてもう疑いもしない。
ああ、本当だな、ユニ。お前の言っていたとおりだ。
アリスが出来るというのなら出来るのだ。
……出来るんだろうなあ。出来ちゃうんだろうなあ。
うん、ムリ。
驚かないって言ったけど!
【洗礼】の更に上を行くとか!
…………もう驚き疲れたよ。
「イシュはどれ覚えたい?」
アリスがスキルを挙げ、ユニが補足する。
【UC:短剣】
【UC:弓】
【C:二刀流】
【C:連撃】
1、連続攻撃にボーナスを得る。
【C:直感】
1、直感が鋭くなる。
「…………ん? もう一つある……これは……へぇ。だから、イシュのステータスは」
アリスは色々言ってくれたが。
心はもう決まっていた。
「アリス。【短剣】を――」
「は~~~い、そこのお嬢さん。こっち来ましょうか」
ユニが手招きしていた。
こそこそと内緒話をする。
「単刀直入に聞きます。マスターと一緒に来る気はありますか。姉に無事を知らせて。その後、どうします? 村八分の扱いを受けていたんですよね。村に残りたいですか?」
「な、なんだよ、いきなり」
「マスターと一緒に来る気なら【短剣】を上げるのは無駄です。クラックした方が早いですから。マスターは分かっていても何も言いません。私達の意思で決めるべきだと思っているからです」
……アリスと一緒に行く?
想像すると胸が熱くなる。
「決まりですね。【短剣】以外を」
「いいのか、ユニは。アリスと二人のほうが……」
「先輩をナメないでください。包容力に溢れているんですよ。ほら、胸に飛び込んで来てもいいんですよ! わんわん泣いてくれたっていいんです!」
「……潰すぞ」
「まあ真面目な話。人は多い方がいいです。マスターの身を守るには。足手纏いになるかも、と考えているなら杞憂です。マスターにはクラックがあります。気概さえあれば技量は不要ですよ。出来ればイシュには前衛を任せたいところです。【短剣】の才能もあるようですし」
前衛か。
アリスの話だとあたしは【弓】も習得出来る。だが、あたしの取柄は【短剣】だけだった。それが拠り所だったと言っていい。だから、さっきも【短剣】を選ぼうとした。
【短剣】と相性がいいのは……【二刀流】か。あの時のアリスは本当にカッコ良かった。
「でも、クラックに制限があるってよく分かりましたね」
「制限?」
「同時にクラック出来る数に限りがある事です。分かっていたから【短剣】を選ぼうとしたんじゃ?」
「知らない。でも、アリスはスキルを貸すって言ってた。借りたものは返す。それだけだ」
ユニが優しく笑った。
……なぜだろう。この笑み。苦手だ。
「いいのか。一緒に行くなら。アリスに相談しなくて」
「イシュの決断ならマスターは口を挟みません。だからこそ、慎重に選ばないといけないんですけどね」
「アリス、【二刀流】を――」
と、アリスが手で制した。顔が険しくなっていた。
以心伝心でユニが【気配探知】を行う。
「敵です。フォレストウルフが――」
ユニはあたしを見ると、試すように言った。
「イシュ。出来ますね?」
あたしはナイフに力を込める。
「任せろ」
これがあたしの初陣だ。
アリスの、パーティーとしての。
格好悪いところは見せられない。
生まれて初めて魔物が現れるのを心待ちにしていた。
***
――【カリスマ2】発動。条件に合致した包括スキルを派生させます。
――【導き手】が派生しました。味方のソウル取得率・スキル習熟率を上昇させます。この効果は自身のレベル以下の味方に発揮され、レベル差が大きい程効果が高まります。
――【魅了】が派生しました。他者の心を惹き付け――アリスの意思により、発動が抑制されました。以後、【魅了】は派生しません。
***
聖域の異変が加速している――アリスはそう表現した。
レクシャムの森は迷いの森と化していた。ある意味では聖域らしさに拍車がかかった、と言えるのかも知れない。元々、聖域とはそういうものだからだ。
エルフのあたしも一緒くた、というのが以前と違うが。
ユニの【方向感覚2】を持ってしても、同じ場所を何度も通らされた。
ただ、あたしは思うのだ。
森はあたしの気持ちを汲んだのかも知れない、と。
あたしは悪い子だ。こんな日がもっと続けば。そう思ってしまったから。
シンラには悪いが充実した日々だった。
レベルだって11まで上がった。
最後の方にはレベルを上げるため、あたしのほうから魔物を倒しに行った。
本来、レベルはそう簡単に上がるものではない。
なのに「明日もレベル上がるかな」とか言っていたのだから、あたしもだいぶ毒されてきたという事だろう。だって、常識のない二人に囲まれているのだ。タチが悪いのは二人共自信満々だという事だ。そういうものかな、と流されてしまうのも仕方がない、よな。
ちなみにレベルの上昇が早いのはアリスのスキルの恩恵らしい。
スキルポイントは丸々残ったままだ。
というのも、新しいスキルをあたしが取得したからだ。恐らくそれにスキルポイントを使うつもりなのだろう。何故、すぐにやってくれないのか、分からなかったが。
ユニークスキルだという。
英雄とか。一部の限られた人間が持つ、最上級のスキルである。
ステータスを見れるアリスが言っていたのだから間違いない。しかし、未だにスキルの効果を実感出来ない。あたしは興奮してアリスに詰め寄ったが、秘密と笑うだけで教えてくれなかった。見えてないだけでずっと持っていたスキルだ、と言っていた。
なぞなぞか。
やめてくれ。
そういうのは弱いんだ。
でも、いい。
シンラに会えば分かる。
【鑑定5】を持っているのだ。シンラのギフトである。
+――――――――――――――――――――――――――+
《名前》イシュ
《種族》エルフ
《状態》正常
《スキルポイント》17→80
《ステータス》
LV:2→11
HP:32→47/47
MP:19→31/31
STR:5→8
INT:5→9
VIT:6→10
MND:8→13
DEX:11→16
AGI:10→16
《スキル》【CR:再生4:0/0】、【CR:二刀流1:0/0】、【CR:短剣4:0/0】【UNI:大器晩成2:36/50】
+――――――――――――――――――――――――――+
***
――【大器晩成】。
このスキルを持つ者は、著しく成長が阻害される。ただし、スキルのカンストでマイナスはプラスへ転じ、飛躍的な成長が望めるようになる。
イシュのステータスが異常に低く、【短剣】が1だったのはコレが原因だ。
ステータスに表示はされずとも、【大器晩成0】としてずっとあった。レベルが上がれば【大器晩成1】として表に出てくるので、気付く機会もあっただろう。
アリスはほぼ正確に【大器晩成】の効果を把握していた。ほぼ、と付くのは【ウィンドウ】で確認出来るのは取得可能なスキル名だけで、スキルの詳細を知りたければ【スキル知識】に頼るしかなく、その【スキル知識】にしてもレベル3ではユニークスキルの情報にアクセス出来ないからである。スキル名とイシュの成長を観察する事で概要を掴んだのだ。
史上、【大器晩成】をカンストさせた者はいない。
熟練度は自身のレベルが上がる毎に入る仕組みで、レベル30でカンストするようになっている。多少、スキルポイントの恩恵を受けても20代の後半である。
つまり、一般人に毛が生えた程度のステータスで、一流に足を踏みこめた者のみ、【大器晩成】をカンストさせる事が出来るのだ。
前人未到なのもむべなるかな。
普通の手段ではカンストはまず不可能だ。
だが、彼女の傍らにはアリスがいる。
アリスの【ウィンドウ】は他者のスキルも取得可能だ。
【大器晩成】はレベル5でカンストする。レベル5に必要な熟練度は105。
――【UNI:大器晩成2:36/50】
イシュの保有するスキルポイントは80。
もういつでもカンスト出来る状態である。アリスが二の足を踏んでいるのは、レベルが上がるほど【大器晩成】に熟練度が入るからだ。【カリスマ】の効果も相まって、イシュのレベルはすぐ上がる。スキルポイントを少しでも節約する為、レベルを上げてからカンストさせるのが今後の為にもいい――アリスはそう考えていた。
あたしは物覚えが悪い。
そう卑下する少女はもういない。
アリスと共に行くと決めたからだ。
少女が羽化する日は近い。
第1章 レクシャムの森編 -了-




