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ワールドクラッキング  作者: 光喜
第1章 レクシャムの森編
13/31

第12話 エピローグ

 あたしはアリスが分からない。

 自分で助けておきながら突き放すようなマネをして。いや、突き放すなんて生易しいモンじゃない。突き落とす、だ。底の見えない谷に。


「ムリだ! ムリに決まってる!」

「大丈夫。僕も二週間前同じこと思った。でも、出来たから。ステータス低いのは確かだけどさ。スキル構成はあの時より上だから落ち着いて対処すれば平気」


 ああ、これは……何を言ってもダメな時のアリスだ。微笑むだけで取り合ってくれない。物腰が柔らかいので勘違いしがちだが、アリスはメチャクチャ頑固なのである。


「ユニ! お前から言ってくれ!」

「マスターの発言は神の言葉であらされます。出来るというのなら出来るのです。不安に思う事はありません。粛々とお言葉に従えばいいのです」

「おまえゼッタイふざけてるだろ!」

「ふざけてますが何か? 先達からの愛の鞭ですよ。ハッ、この程度でガタガタ騒ぐんじゃねぇですよ。マスターはもっと酷いですから! 悪気も無く強敵を煽りますから! バカだって分かりますよ! レベルが三倍ある相手を怒らせたらどうなるか!」


 一般的にレベルが10違えば勝負にならない。

 ユニの言い方だと……あったのだろう。差が10以上。

 ユニの憤りも分かる。強敵を煽るアリス。簡単に想像出来るし。でも、だからってあたしに八つ当たりするか? しかもこの場面で。

 アリスだけじゃない。

 ユニも大概だ。


「う、ううぅぅ。死んだら怨むぞっ!」

「危なくなったら助太刀するよ」


 アリスが大剣を掲げて示す。


「おまえ、【短剣】使いだろ!」

「先日まではそうかもね」

「今日は違う、みたいに言うなッ! コロコロ変えられてたまるかッ! あたしが【短剣1】でどれだけ苦労したと思ってるッ!」

「ほら、そろそろ来そうだよ。前見て」

「見たくないんだよぉぉぉ! 分かれよぅ!」


 ふふ、あはは。すまない、シンラ。

 あたし、生きて帰れそうにないや。

 ウォーベアがあたしを睨みつけていた。牙からだらだらよだれが垂れている。

 ははは。爪であたしを料理して、頂きますって言うんだな。

 ウォーベアの爪は鋭く、重い。

 食らえば肉は割かれ、骨は折れる。

 あたしはナイフを二本渡されている。

 そう、二本だ。両手に持たされた。意味が分からない。

 鋭い爪に対し、ナイフは如何にも頼りない。

 悪夢の日々が終わり、三日が経っていた。

 衰弱していた身体を治すのに時間がかかったのだ。その間、食べて、喋って、寝て。訓練は一切していない。なのにいきなりウォーベアと戦え、である。


「自慢じゃないケドな! あたしは弱いんだからな!」

「本当に自慢じゃないですねー」

「ウォーベアと戦える実力があったら人族に捕まるかッ!」

「ん? ウォーベアより連中の方が強かったと思うよ?」

「そうかも知れないけどさァ! そういう事じゃないだろォ!」

「くぅ! やりますね、イシュ!」

「なんだ、なんなんだッ。今度はッ!」

「この状況で冷静にツッコめるとは。立派なツッコミに成長出来ますよ」

「ボケと突っ込みをユニが兼任してたからねぇ」

「マスターのツッコミは淡白ですからねー。これからはビシバシボケられるってモンですよ! 拾われないボケほど悲しいものはありませんから!」

「ボケてんのはおまえらの頭だッ! 見て分かんないのか、食われそうなのがッ!」

「う~ん。もしかしてさ。無茶ぶりだった?」

「分かってくれたか、アリス! 何度もそう言って――」

「違いますよ、マスター。私には分かります。こんな相手朝飯前、とカケたんですよ」

「……凄いな、イシュ」

「おまえらなんかキライだぁぁぁぁ!」


 あ、死んだな。

 ウォーベアが腕を振り下ろしていた。

 

「へえ、上手い」

「マスターよりも上手いかも知れません」

「センスの違いかもね。出来る事は一緒の筈なんだよ。スキルレベルは一緒だから」

「しかし、マスター。いきなりウォーベアとは。鬼畜ですね。一撃食らったら瀕死ですよ」

「【再生】クラックしたし、回復薬だってあるし……平気かなあ、と。一応、一番戦い易い相手を選んだつもりなんだけどね。【短剣】は武器の攻撃力も高が知れてるから、レベル低いうちは出血で削り殺す戦い方になる。ウォーベアは身体が大きいからいい的だし、攻撃だって大振りでよけ易い。時間は掛かるけど一番安全だと思う」

「理屈と感情は別ですよ」

「反対してくれたらよかったのに」

「だって、出来るんですよね」

「出来るよ」

「なら反対する必要性が見出せません」

「だよね」


 二人はなにのんびり話しているのか。

 助太刀してくれるというのはウソだったのか。

 ……って、おかしくないか?

 なんであたし……生きてるんだ?


「うわああぁぁ! なんだこれぇぇぇ!」


 いつの間にかウォーベアが血塗れになっていた。

 攻撃も最初と比べると見る影もない。腕の軌道が知覚出来る。避けるには一歩、横へ動けばいい。何故かそれが分かった。

 出来た!


「グオオオオオオ!」


 ウォーベアが悲鳴を上げた。

 あたしのナイフがウォーベアの手首を切った。激しい出血。【短剣】は非力なあたしでも急所に当てれば出血させられる。

 痛みに悶えるウォーベア。

 そこへ右、


 ――え?


 左と、


 ――ええ?


 ナイフを繰り出す。

 あたしが。

 身体が勝手に動く。

 あ。また、出血。

 事態が飲み込めず、戸惑っていると……ウォーベアが倒れた。

 

「お疲れ。危なげない勝利だったね」

「…………勝った……のか、あたしが?」

「僕は手助けしてない。イシュが、一人で、勝ったんだ」


 勝った? ウォーベアに?

 はは、ははは、夢を見てるみたいだ。


「やったぁ~~~~~!」


 思わずアリスに抱き付いていた。アリスは一瞬戸惑った様子を見せたが、あたしの頭を撫でくれた。くすぐったい。でも、悪い気はしなかった。

 あたしが今まで狩って来たのは大人しい魔物だけ。

 それがウォーベアを倒した!

 シンラは驚くだろうな、とにやにやしていると、


「じ~~~~~」


 半眼のユニが目の前にいた。

 

「な、なんだよ」

「こういう時は素直なんですね」

「バッ、バカッ! 違うからなっ。い、言っただろ! こんなヤツ、あたしの趣味じゃない!」


 アリスを突き飛ばす。アリスはたたらを踏み、困ったように頭をかいた。

 あっ、と思った。しかし、ユニがあたしを見ていた。うぅ、なんだ。なんなんだっ。

 腹立たしいやら、気恥しいやら、気持ちがグチャグチャだ。

 ユニがこれ見よがしにため息を吐いていた。

 ぐぬぬぬ。ムカつくぞ。


「ユニ、何か来る」

「フォレストウルフが五です」

「イシュには厳しいか。僕がやる。二人は下がってて」

「あ、あたしも手伝う!」


 ウォーベアを倒せたのだ。あたしだって戦力になる。一人で五体を相手は危険だ。

 しかし、気持ちとは裏腹に身体がぐらついた。無我夢中だったから気付かなかったが……命のかかった戦闘で疲弊したのだろう。でも……でも!

 アリスはあたしの顔をまじまじと見ると、ふっとほほ笑む。


「分かった。危なくなったら助けて」

「わ、分かった」


 あたしはナイフを二本構える。

 逆手だ。

 奇妙な感覚だった。【二刀流】の経験はない。当たり前だ。隻腕だったのだから。なのに自然と分かるのだ。どう構えたらいいのか。ウォーベアとの戦いの時も……いや、一番最初にこの感覚があったのは、アリスを守ろうとユニにナイフを向けた時か。

 そうか、あの時。あの時すでに。


「じゃあ行って来る」


 アリスが駆け出す。

 散歩に行くみたいな気軽さで。

 アリスが大剣を振り下ろす。早い。残像しか捉えられない。

 フォレストウルフも同じだったようだ。気付くと一体が潰されていた。

 

「……すごい」


 アリスが腰を落とす。「おお!」と声を上げ大剣を横薙ぎにする。

 範囲内にいた三体が弾け飛ぶ。

 あたしは加勢する事も忘れ、戦いに魅入っていた。

 大剣を振り切った態勢だ。それを隙と取ったのか。最後になったフォレストウルフが飛びかかる。アリスは大剣を動かさなかった。フォレストウルフを蹴り上げた。

 そして宙に浮いたフォレストウルフを一刀両断した。

 胴体が真っ二つになっていた。

 大剣に切れ味はほとんどない。

 ならば、断ち切ったのはアリスの技量だ。


「…………カッコイイ」

 

 知らず息を止め、見守っていた。

 

「なっ、なんだ? アリス。怪我したのか?」


 アリスが渋面だった。

 あたしが駆け寄ると、アリスは柔らかく笑った。


「大剣が重たくて。思ったように動けなかった」

「そうか? よく動けてたと思うぞ」

「そこは流石に【両手剣6】って事かな。慣れるまで暫く時間がかかりそうだよ。それでも使いこなせないだろうけど。僕が扱うには重た過ぎる」

「元々脳筋が使ってた武器ですからねぇ」

「要求STR50とかじゃない、これ」

「は? ご、五十!? き、聞き間違いか?」


 STR50――エルフでは到達出来ない領域だ。

 人族でも……30か、40か。いや、知らないけどな。人族の事なんて。とにかく高いレベルが必要だ。少なくともレベル10そこそこで扱えるような武器ではない。

 使いこなせないと言ってはいるが。

 十分、使えていると思う。

 アリスは凄い。凄い……が。


「なあ、なんでなんだ? そんな重い武器を使って。軽い武器を使えばいいだろ」


 【両手剣6】は熟練者のそれ。なのに重すぎる武器。

 アリスがユニを見た。ユニが鷹揚に頷く。


「この間、説明が出来なかったけど。クラック。覚えてる?」


 あたしは頷く。

 アリスの秘密だ。忘れるハズない。


「【クラック】はスキルを付与する事が出来る」

「………………いいのか、教えてくれて」


 あたしの問いにユニが答える。


「まー、元々イシュが裏切るとは思っていませんでした。合格、って言ったのはそういう意味でもあります。この間教えても良かったんですけどね。ただ、刺激を与え過ぎると、イシュの心臓が止まっちゃいそうでしたから」

「…………」

「冗談ですよ?」

「……うるさい! 分かってるよ! あのなあ……おまえ達といると……ハア。常識ってなんだろう、って思ってたんだよ。わるいか」

「マスター不在で築かれた常識でしょう? 忘れていいと思いますよ」

「僕らは地球でも常識があったとは言い難いけどね」

「……チキュウ。アリスの故郷か」

「故郷と言えばそう。正確には別の世界」

「…………別の……世界」


 あ~~。また、凄い言葉が飛び出てきたな。


「僕たちはグロウフェントじゃない別の世界から――」


 あたしは酷いカオをしていたのだろう。アリスは苦笑して話を元に戻した。


「イシュに付与したのは【短剣4】と【二刀流1】。イシュに使ってた武器を譲ったから。僕は【両手剣6】をクラックしたってワケ」

「完全にマスターの趣味ですけどね。ナイフ探せば二本ぐらい見つかりましたよ。だからまた厨二病がウズいたに違いないんです。ふおおぅ、デッカイ剣かっけぇって!」

「……慇懃無礼とはお前の為にある言葉だよ、ユニ」

「否定はしないんですね」

「……まあね」


 ようやく納得がいった。ウォーベアを倒せたのは。アリスがクラックしたから。


「なんだ。あたしが強くなったんじゃないんだな」

「ははは、耳が痛いな。落ち込む必要はないと思うけどね。ウォーベアを倒したのは間違いなくイシュだ。ある人……ある神? に言わせると、武器スキルは武器そのものだから。どんな名剣を持っていたって勇気がなかったら戦えないよ」


 アリスは苦笑しながらあたしの頭を撫でる。

 ……うん、神って言ってたのは聞かなかった事にしよう。


「あ。ごめん。迷惑だったよね」


 下げられたアリスの手を、名残惜しく見詰め……ない!

 ふぅ。危ない。自制しろ。


「でも、アリスはすごいな。いや、すごいって思ってたぞ。でも、もっとすごいって思った。うぅ、バカみたいだ。すごいばっかりで。でも、アリスはすごい!」

「ありがとう」

「スキルが付与出来るなんて旅神マテルみたいだ」

「旅神? 正確には貸与かな。貸し出すって事。だから、凄いのは僕じゃない」

「…………へ?」

「スキルを使いこなせたイシュが凄いんだよ」


 と、ほほ笑むアリス。胸がドキドキして……って流されるな!

 目頭をもむ。おかしいぞ。伝わってない。


「スキルを! 付与だぞ!」

「そうだね」

「そうですね」

「すごいよな!」

「チートなスキルだとは思う」

「チートなのはスキルであって僕じゃない。そう言いたいんですね、分かります」

「…………え?」

「あれば便利だな、とは思う。でも、なかったらなかったで」

「なんとかするんでしょうね、マスターなら」

「………………え、えぇ?」

「だから、やっぱり凄いのはイシュだよ」

「頑張ったのは認めていますから」


 え、なんだ、これ。

 二人して。寄ってたかって。駄々をこねる子供を諭すみたいに。あたしなのか? おかしいのは。二人と話していると、分からなくなって来る。いや、違う。絶対に違う。

 さり気無くあたしを持ち上げるのがイラッと来る。

 特にユニ。

 親指を立てて、「言ってやったぜ!」という顔して!

 あたしは唖然と二人を見る。

 常識がない、ない、と思っていたが……そういうレベルを超えている。

 スキルを付与?

 バカげてる。

 そう、バカげた事なのだ。

 普通、【短剣4】の習得だって数年はかかる。

 アリスは【両手剣6】を付与したというし。

 【両手剣6】があるから【短剣4】は要らないや、と。

 こう、お下がりの武器を譲る感覚で。

 あたしに【短剣4】と【二刀流1】を?

 いやいやいや!

 どうしよう。

 説得できる気がしない。

 ん? どうもしなくても……いいのか?

 アリスの様子を伺う。腕を組んで宙を見つめている。真剣な顔だ。エルフは総じて美形だが、アリスの顔立ちも負けていない。怜悧な印象を受けるエルフよりも、アリスの柔和な顔のほうが、あたしは好み……なっ、なんでもないっ。

 

「イシュ、レベル二つ上がってるね。僕が倒したフォレストウルフの経験値――ソウルも入ったのかな? それにしても上りが早い気がするけど」

「…………」

「イシュ?」

「……あ。うん。レベルな。上がった。キイテル」


 倒した魔物のソウルは強者に惹かれる――と言われている。戦闘で貢献した順にソウルが分配される。その場にいるだけでも多少のソウルは貰える。

 これまで確実に勝てる魔物しか倒して来なかった。

 格上に挑まないとソウルは大して貰えない。

 とはいえ、だ。

 一つレベルを上げるのに何年もかかったのだ。

 それがたったの一日……というより、ほんの………………数分間?


「気になってたことがあるんだけどいいかな? イシュ、なんでスキルポイント使ってないの?」

「……スキルポイント?」


 シンラが何か言っていた気がするが……思い出せない。


「スキルを覚える時に使うものなんだけど」

「…………あたしのスキルが少ないって言いたいのか」


 思わずアリスを睨む。そこは……アリスでも。いや、アリスだから触れて欲しくない。


「気分を害したなら謝る。僕もユニも常識知らずなところがあって。決して意地悪で言ってるわけじゃないんだ。勿論、無知に胡坐をかくつもりはないよ」

「……………………ああ。常識な。ないな。知ってる」

「スキルの事だけど。手助けが出来るかも知れない」

「……はは~~ん。分かったぞ。出来るんだろ。【洗礼】が。もう驚かないぞ」

「【洗礼】?」

「分かりません。レアスキルだと思います。【洗礼】するとどうなりますか?」


 予想が外れたか。

 そうだよな。幾らアリスでも。

 あたしが【洗礼】の説明をしていると、アリスは何やら虚空を見つめていた。

 ステータスを見ているのか? シンラもたまにああなる。


「……見えた。スキルポイント自動振り分けってフラグがある。あると知らなかったら気付けなかったな、これは」

「ははあ、【洗礼】ってスキルでフラグのオンオフが出来る訳ですか」

「才能次第でスキルは取得出来る。それが意に沿わないものであっても。そういうものだと飲み込んできたけど、仕組みはたぶんこれだな。思っていた以上に無駄の多い仕組みだ。吸血鬼がさ、【水魔法】持ってた。魔法一発撃ったら魔力切れなのに。残念な才能があったんだろうね」

「イシュが【洗礼】を受けていなかったのは不幸中の幸いかも知れませんね」

「本当はそんな事いったらいけないんだろうけど。おかげでイシュのスキルポイントは丸々残ってる」

 

 ……二人は何を言ってるんだ?

 戸惑っていると、アリスが「ごめん、分からないよね」と、頭を撫でてくれた。


「端的に言うとイシュはスキルを覚えられる。なんでもって言うわけにはいかないけどね。今あるスキルのレベルを上げることだって出来る。【短剣】ならギリギリ3まで上げられる、かな?」


 …………ふ、ふぅん。そうか。凄いな。

 流石はアリスだ。なんでもアリだ!

 アリスの言う事が本当か、なんてもう疑いもしない。

 ああ、本当だな、ユニ。お前の言っていたとおりだ。

 アリスが出来るというのなら出来るのだ。

 ……出来るんだろうなあ。出来ちゃうんだろうなあ。

 うん、ムリ。

 驚かないって言ったけど!

 【洗礼】の更に上を行くとか!

 …………もう驚き疲れたよ。


「イシュはどれ覚えたい?」

 

 アリスがスキルを挙げ、ユニが補足する。


 【UC:短剣】

 【UC:弓】

 【C:二刀流】

 【C:連撃】

 1、連続攻撃にボーナスを得る。

 【C:直感】

 1、直感が鋭くなる。


「…………ん? もう一つある……これは……へぇ。だから、イシュのステータスは」


 アリスは色々言ってくれたが。

 心はもう決まっていた。


「アリス。【短剣】を――」

「は~~~い、そこのお嬢さん。こっち来ましょうか」


 ユニが手招きしていた。

 こそこそと内緒話をする。

 

「単刀直入に聞きます。マスターと一緒に来る気はありますか。姉に無事を知らせて。その後、どうします? 村八分の扱いを受けていたんですよね。村に残りたいですか?」

「な、なんだよ、いきなり」

「マスターと一緒に来る気なら【短剣】を上げるのは無駄です。クラックした方が早いですから。マスターは分かっていても何も言いません。私達の意思で決めるべきだと思っているからです」


 ……アリスと一緒に行く?

 想像すると胸が熱くなる。


「決まりですね。【短剣】以外を」

「いいのか、ユニは。アリスと二人のほうが……」

「先輩をナメないでください。包容力に溢れているんですよ。ほら、胸に飛び込んで来てもいいんですよ! わんわん泣いてくれたっていいんです!」

「……潰すぞ」

「まあ真面目な話。人は多い方がいいです。マスターの身を守るには。足手纏いになるかも、と考えているなら杞憂です。マスターにはクラックがあります。気概さえあれば技量は不要ですよ。出来ればイシュには前衛を任せたいところです。【短剣】の才能もあるようですし」


 前衛か。

 アリスの話だとあたしは【弓】も習得出来る。だが、あたしの取柄は【短剣】だけだった。それが拠り所だったと言っていい。だから、さっきも【短剣】を選ぼうとした。

 【短剣】と相性がいいのは……【二刀流】か。あの時のアリスは本当にカッコ良かった。

 

「でも、クラックに制限があるってよく分かりましたね」

「制限?」

「同時にクラック出来る数に限りがある事です。分かっていたから【短剣】を選ぼうとしたんじゃ?」

「知らない。でも、アリスはスキルを貸すって言ってた。借りたものは返す。それだけだ」


 ユニが優しく笑った。

 ……なぜだろう。この笑み。苦手だ。


「いいのか。一緒に行くなら。アリスに相談しなくて」

「イシュの決断ならマスターは口を挟みません。だからこそ、慎重に選ばないといけないんですけどね」

「アリス、【二刀流】を――」


 と、アリスが手で制した。顔が険しくなっていた。

 以心伝心でユニが【気配探知】を行う。

 

「敵です。フォレストウルフが――」


 ユニはあたしを見ると、試すように言った。


「イシュ。出来ますね?」


 あたしはナイフに力を込める。


「任せろ」


 これがあたしの初陣だ。

 アリスの、パーティーとしての。

 格好悪いところは見せられない。

 生まれて初めて魔物が現れるのを心待ちにしていた。


***


 ――【カリスマ2】発動。条件に合致した包括スキルを派生させます。

 ――【導き手】が派生しました。味方のソウル取得率・スキル習熟率を上昇させます。この効果は自身のレベル以下の味方に発揮され、レベル差が大きい程効果が高まります。

 ――【魅了】が派生しました。他者の心を惹き付け――アリスの意思により、発動が抑制されました。以後、【魅了】は派生しません。


***


 聖域の異変が加速している――アリスはそう表現した。

 レクシャムの森は迷いの森と化していた。ある意味では聖域らしさに拍車がかかった、と言えるのかも知れない。元々、聖域とはそういうものだからだ。

 エルフのあたしも一緒くた、というのが以前と違うが。

 ユニの【方向感覚2】を持ってしても、同じ場所を何度も通らされた。

 ただ、あたしは思うのだ。

 森はあたしの気持ちを汲んだのかも知れない、と。

 あたしは悪い子だ。こんな日がもっと続けば。そう思ってしまったから。

 シンラには悪いが充実した日々だった。

 レベルだって11まで上がった。

 最後の方にはレベルを上げるため、あたしのほうから魔物を倒しに行った。

 本来、レベルはそう簡単に上がるものではない。

 なのに「明日もレベル上がるかな」とか言っていたのだから、あたしもだいぶ毒されてきたという事だろう。だって、常識のない二人に囲まれているのだ。タチが悪いのは二人共自信満々だという事だ。そういうものかな、と流されてしまうのも仕方がない、よな。

 ちなみにレベルの上昇が早いのはアリスのスキルの恩恵らしい。

 スキルポイントは丸々残ったままだ。

 というのも、新しいスキルをあたしが取得したからだ。恐らくそれにスキルポイントを使うつもりなのだろう。何故、すぐにやってくれないのか、分からなかったが。

 ユニークスキルだという。

 英雄とか。一部の限られた人間が持つ、最上級のスキルである。

 ステータスを見れるアリスが言っていたのだから間違いない。しかし、未だにスキルの効果を実感出来ない。あたしは興奮してアリスに詰め寄ったが、秘密と笑うだけで教えてくれなかった。見えてないだけでずっと持っていたスキルだ、と言っていた。

 なぞなぞか。

 やめてくれ。

 そういうのは弱いんだ。

 でも、いい。

 シンラに会えば分かる。

 【鑑定5】を持っているのだ。シンラのギフトである。


+――――――――――――――――――――――――――+

《名前》イシュ

《種族》エルフ

《状態》正常

《スキルポイント》17→80

《ステータス》

 LV:2→11

 HP:32→47/47

 MP:19→31/31

 STR:5→8

 INT:5→9

 VIT:6→10

 MND:8→13

 DEX:11→16

 AGI:10→16

《スキル》【CR:再生4:0/0】、【CR:二刀流1:0/0】、【CR:短剣4:0/0】【UNI:大器晩成2:36/50】

+――――――――――――――――――――――――――+


***


 ――【大器晩成】。


 このスキルを持つ者は、著しく成長が阻害される。ただし、スキルのカンストでマイナスはプラスへ転じ、飛躍的な成長が望めるようになる。

 イシュのステータスが異常に低く、【短剣】が1だったのはコレが原因だ。

 ステータスに表示はされずとも、【大器晩成0】としてずっとあった。レベルが上がれば【大器晩成1】として表に出てくるので、気付く機会もあっただろう。

 アリスはほぼ正確に【大器晩成】の効果を把握していた。ほぼ、と付くのは【ウィンドウ】で確認出来るのは取得可能なスキル名だけで、スキルの詳細を知りたければ【スキル知識】に頼るしかなく、その【スキル知識】にしてもレベル3ではユニークスキルの情報にアクセス出来ないからである。スキル名とイシュの成長を観察する事で概要を掴んだのだ。

 史上、【大器晩成】をカンストさせた者はいない。

 熟練度は自身のレベルが上がる毎に入る仕組みで、レベル30でカンストするようになっている。多少、スキルポイントの恩恵を受けても20代の後半である。

 つまり、一般人に毛が生えた程度のステータスで、一流に足を踏みこめた者のみ、【大器晩成】をカンストさせる事が出来るのだ。

 前人未到なのもむべなるかな。

 普通の手段ではカンストはまず不可能だ。

 だが、彼女の傍らにはアリスがいる。

 アリスの【ウィンドウ】は他者のスキルも取得可能だ。

 【大器晩成】はレベル5でカンストする。レベル5に必要な熟練度は105。


 ――【UNI:大器晩成2:36/50】


 イシュの保有するスキルポイントは80。

 もういつでもカンスト出来る状態である。アリスが二の足を踏んでいるのは、レベルが上がるほど【大器晩成】に熟練度が入るからだ。【カリスマ】の効果も相まって、イシュのレベルはすぐ上がる。スキルポイントを少しでも節約する為、レベルを上げてからカンストさせるのが今後の為にもいい――アリスはそう考えていた。

 あたしは物覚えが悪い。

 そう卑下する少女はもういない。

 アリスと共に行くと決めたからだ。

 少女が羽化する日は近い。

第1章 レクシャムの森編 -了-

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