表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールドクラッキング  作者: 光喜
第1章 レクシャムの森編
12/31

第11話 夢の終わり、夢の始まり

 ああ、またか。

 あたしは目覚めがスキになれない。

 次こそ。次に目が覚めた時こそ悪夢は終わってる。

 そう願っては裏切られて来たから。

 だからだろう。安堵より先に違和感を覚えたのは。


「…………何も……ない?」


 身体を起こす。楽に出来た。

 妙だ。

 身体が軋まない。

 胸元を開けて視線を落とせば、ぺたんこな胸が飛び込んで来る。思わずため息を……って、落ち込んでる場合か、あたし。大事なのは傷が一つもないという事だ。

 

「……え? どういうコトだ? あたしはボロボロだったハズ」


 人族に捕まったのは覚えている。だが、そこからの記憶が曖昧だ。

 寝ても覚めても悪夢ばかり。どこまでが現実でどこからが夢なのか。


「……全部夢、だったのか?」


 髪の毛に変な感じがあった。触れると赤いモノが落ちた。血が固まったものだ。

 あたしの血だろう。たぶん。

 

「うが~~~! なんなんだコレはッ! どーなってるんだッ!」


 頭がパンクしそうだ。

 悪夢が現実にあったのならこの状況は不可解過ぎる。

 捕まっていた部屋ではない。窓の景色から察するに一階だ。周囲には誰もおらず逃げてくださいと言わんばかりだ。自由を奪っていた鎖も外されている。

 混乱を助長させるのは傷がキレイに消えている事だ。回復薬も万能ではない。傷の一つや二つ古傷として残る。なのに……昔作った古傷も含め、一切合財消えていた。

 なんかブキミだけど……良かったかもな。

 アイツだって肌がキレイな方がイイだろうし。


「――――んん?」


 アイツ?

 誰だ?


「…………思い出せない」


 いや、少し違うか。思い出すのが……怖い?

 

「やめたっ。考えてもムダだ、ムダ」


 立ち上がり、拳を握り締める。

 考えるより行動した方が早い。あたしの場合。

 廊下に出ると、隣の部屋の惨状が目に入った。

 ……はあ? なにがあった? メチャメチャだぞ。

 床の残骸が転がっている。見れば天井が抜けていた。

 屋敷は静まり返っていた。あたしを監禁していた男達がいない。


 ――イシュ。


 幾つかの部屋を通り過ぎた時、そう呼びかけられた気がした。

 恐る恐る部屋を覗きこむと――寝息を立てる少年を発見した。

 彼を見つけた時、安堵が身を包んだ。


「……無事だったんだな」

 ん? 無事?

 て、コトは……あたしは……彼を知って……?

 ……ダメだ……思い出せない。一番肝心な事が。この少年は――


「……誰だ?」


 くそう。思い出したいのに。なんで……少年が見れない? うぅ、ダメだ。やっぱり直視出来ない。心臓がバクバクうるさいし。なんだ、コレ。ホントになんなんだ、コレ。

 つい、と目を逸らすとナイフが目に入った。二本ある。一本に惹かれた。

 すごい。奇麗だ。


「ナイフは手にしない方がいいですよ。マスターの【危機感知】に触れるといけませんから。ま~、今の様子を見てる限りじゃ平気だと思いますけどねえ。念のため」

「――――ッ!」


 振り返ると妖精がいた。

 一人だ。珍しい。

 妖精は弱い種族だ。だから群れる。


「オマエ……アイツらの仲間かっ?」

「あ~、記憶が混乱してるようですね。ま、無理もないと思いますが。三途の川に片足突っ込んでましたし? 貴方、三日寝てました。なかなか熱が引かなくて。貴方の言うアイツらはマスターが片付けました。無意識では分かっているみたいですが」

「ますたあ?」


 寝ている少年の事だろう。それが彼の名前なのか。

 妖精はにやっ、と意地悪く笑う。


「アリス。それがマスターの名前です」

「…………アリス」


 アリス、アリス、と心の中で復唱する。

 なぜだか心が温かくなる。


「合格です!」


 妖精がパンパン、と拍手し――あわわ、と血相を変えた。妖精はアリスのところへ飛んで行く。アリスの寝息を確認して「……ふぅ」と息を吐いた。


「合格ってなんのことだ?」

「いいですか、私が一番で、貴方は二番です。ふっふっふ。一度、お局ポジやってみたかったんですよ。イシュ! 貴方の掃除は杜撰過ぎます! 御覧なさい、こんなにも埃が残って! といいながら、窓をつい~~と……ああ。窓、なかったですね、ココ。フフフ、隙間風が身に染みるとはこのことですねぇ」


 妖精はガックリと肩を落としていた。

 ああ。分かった。さてはコイツ――バカだな。

 

「まあいいです、私はユニです」

「……イシュだ」

「貴方をハーレムに加えてあげます、ということです」

「……ハーレム? あたしを売る気か」

「ああ。ハーレムといっても、マスターのハーレムです。そう言っても?」

「は……はあ? お、お前、何言ってるんだ? あ、あたしはこんなヤツ趣味じゃないぞ」

「ツンデレ、イタダキました!」


 と、妖精――ユニは叫ぶと、ふざけた様子を収めた。

 あたしはたじろいでしまう。ユニのテンションの落差が激しいから? それもあるかも知れないが、母性を感じさせる苦笑を浮かべ、ユニがあたしを見ていたからだ。


「貴方の気持ちは分かったので。とりあえずナイフ下しましょう」

「…………え?」


 言われてはじめて気づいた。

 いつの間にかナイフを手にし、アリスを守る格好で立っていた。

 二刀を構え、臨戦態勢だ。

 気恥ずかしさからついナイフを回してしまう。

 くるくると回し……暫くしてあれ、と思った。

 今まで一度も成功出来なかった事を、ごく自然にやっているのだから。

 洗礼を受けていないからだろう。あたしは異常に物覚えが悪い(・・・・・・・・・)。何年も【短剣1】で足踏みして来た。だから、ただの手慰みかも知れないが、奇跡のような光景だった。

 だが、そんな奇跡でさえ今は些事に思える。

 様々な種族で忌み子の伝承がある。忌み子は身体の一部が欠損している。事故や病気で失うのは問題ない。あくまで誕生の際に欠損しているかどうかだ。

 忌み子を決定付ける箇所は種族で違う。

 人族は片目の欠損で。

 妖精は片羽の欠損で。

 そしてエルフは――片腕の欠損だ。


「そう言えば実験で幾つかクラックしたと言ってましたね。その様子だと【短剣4】と【二刀流1(・・・・)】ですか」


 あたしはナイフを回していた。両手で。

 そう、ない筈の――左手も使って。


「はああァァ!? 腕がッ、腕があるーーーーーーーぅ!!!」


 屋敷に絶叫が木霊した。

 ナイフを取り落とす。転がったナイフを受け止める手があった。アリスだ。


「…………おはよう、ユニ」


 アリスが目をこすりながら言う。


「おはようございます、マスター」

 

 あたしに対する態度と全然違うな、と思いながらユニを見ていた。

 アリスはあたしに気付くと、おや、という顔をした。

 何か言わなきゃ、と思った。だが、一体何を言えば? 彼を思い出せていないのに。

 

「おはよう、イシュ。君が無事でよかった」


 アリスはニッコリと笑った。

 その瞬間、記憶が弾けた。


 ――心配しないでいいよ。君を悲しませたりしない。

 

 そうだ。思い出した。あの時のアリスも優しい瞳で――あたしを気に掛けてくれていた。

 当時の感情が蘇ってくる。

 嬉しかった。

 鮮烈な喜びはアリスの活躍と相まって、何か別のキモチに形を変えた。それが何なのか。あたしは分からない。今なら手を伸ばせば届く。だが、正体を知る機会はお預けだ。

 だって、アリスが余りにも鮮やかに笑うから。

 は、はは。無事で……よかった?

 コイツはッ! 人の気持ちも知らないで!

 分かった。アリスの事を思い出せなかったのは――怖かったからだ。

 あたしのために無茶をして、殺されてしまったかもと――


「おまえはバカかッ! 逃げろって言ったぞ! あたしは、あたしなんて! 助ける価値はなかったッ。隻腕のエルフ――忌み子! 見れば分かっただろ! 生きていたって災いをもたらすだけ! あのままっ、あのまま……死ねば……良かったんだッ。なんで……あたしなんかのためにッ。ムチャするなよッ!」


 不意に真っ暗になった。抱き締められていた。アリスに。

 温かい。

 鼻の奥がツン、とした。


「泣いていい」


 その瞬間、何かが決壊した。

 そこから先はよく覚えていない。わんわん泣いて、色々言ったと思う。アリスの相槌が印象に残っている。「そう」とか「うん」とか、短い相槌だった。安直な慰めは一切言わなかった。だからこそ、安心して甘えられたのかも知れない。

 数十分は経ったか。

 ようやく理性が戻って来た。

 アリスの手があたしの頭を優しく撫でていた。


「落ち着いた?」

「……ありがとう。助けてくれて」


 照れくさくてアリスの顔が見れない。いや、照れてなくても……同じか。


「どう致しまして」

 

 アリスが離れて行った。


「あっ」


 あたしの手が中途半端に伸びる。女々しいぞ、と拳を握って誤魔化す。

 涙を拭いながら言う。


「なあ、アリス。借りは返す。どうしたらいい?」

「何も」

「マスター、それはそれで気を使うかと」

「そうはいってもね。イシュを助けたのは僕の我侭だし。御礼は言って貰えたし、それで十分なんだけど…………本当に助けてもらったのは、僕の方かも知れないしさ……」


 アリスは最後、自嘲気味だった。小声で聞き取れなかったが。


「何か。ないか? あたしが出来る事ならなんでもいいぞ」

「それなら笑って。女の子は笑顔が似合う」


 カァ、と頬が赤くなるのを感じる。

 本気で言ってる風なのが……恥ずかしさに拍車をかける。

 

「それだけで……いいのかっ。わ、笑うのがイヤ、なワケじゃなくてな……欲がない。そう、もっと欲張ってくれていいんだ。なんでもっ、なんでもいいんだぞ」

「それなら付け加えようかな」

「な、なな……なんだっ」

「笑って。その笑顔を。僕に見せて」


 ……腰が……砕けた。ズルイだろう、その笑顔。

 呆けているあたしの前にユニがやって来た。

 肩を叩かれた。気持ちは分かる。そう言いたげだ。

 分かり合えた気がした。気がしただけだったが。

 あふ、とアリスが欠伸をした途端、


「はふぅ。睡魔と闘うあどけない表情も素敵です、マスター。よだれが垂れていれば、言う事なしでした! 八十点!」


 と、ユニは飛んで行ってしまった。


「……僕の無力を許して欲しい。腐りゆく相棒を助けられない。ん? そう言えばあの叫び何だったの?」

「たいした事じゃないんですけどね」

「そんな気はするけど。で?」


 ユニが振り返り、にやっ、と笑った。イヤな予感がした。


「このイシュが! 取り乱しまして! 腕が生えたぐらいで!」

「ハァ!? おい待て、バカ! 騒ぐに決まってる! 腕だぞ! 生えるか! というか、生えたのか!? 腕ッ!」

「チッチッチッ。腕が生えたぐれぇで甘ぇんですよ。頭生えてきてから驚いてください」

「バカいうな! 頭なかったら死ぬ! 死んでるからなっ!」

「残ぁ念でした~。生きてましたよ!」

「ウソをつくなっ! な? アリスも言ってくれ」

「あ~~。ごめん。それ、本当なんだ。首だけで生きてた」


 ……ウソだろう。いや、本当なのか。

 この二人は一体どんな修羅場をくぐって来たのか……

 って、そこはどうでもいい!


「なんで腕が生えたんだっ」

「ああ、それはクラックって言って――」


 アリスの言葉をユニが止める。キリッ、とした顔でユニが言う。


「ダメです、マスター。イシュの反応は愉快です。情報を小出しにして遊びましょう」

「ふむ。建前は?」

「クラックはマスターの切り札です。易々と他人に明かすべきではありません。ハッ。本音と建前が……逆っ!? 良く分かりましたね、マスター! 逆になってるの!」

「分かるよ。でも、そうだね。おいおい、かな」


 アリスが申し訳なさそうに微笑む。


「腕は僕のスキルで治した。詳細は言えない。許してくれるかな」


 思わずユニを見てしまう。するとアリスは苦笑し、あたしの耳元で囁いた。


「ごめんね。僕は構わないんだけどさ。ユニを無碍にも出来ないから」


 僕の事を思っての進言だから、と。

 あたしはぶんぶん、と首を縦に振る。うう、近い。近いぞ。


「イシュはこれからどうしたい?」


 これからか。

 考えた事も無かった。

 だが、答えは決まっている。

 

「聖域に帰らないと。シンラが心配してる。あたしのキョウダイだ」

「分かった。送って行くよ」

「いいのか? 二人は? 何か目的があるんじゃないのか?」


 アリスは微笑むと、あたしの頭をぽんぽん、と叩いた。


「ここでお別れも味気ないしね」

「…………」


 別れ。

 そうだ。

 いなくなる。アリスは。いつか。


「お手をどうぞ。姫様」


 何を思ったのだろう。アリスはおどけて腰を折った。そして手を差し出して来た。

 その手を取ろうとして……えっ? 取れない。


「逆だよ」

「あ」


 左手のない生活が当たり前だった。自然と右手が出てしまうのだ。

 おずおずと左手を差し出す。途中でギュッと握られた。ドキッとした。

 

「消えたりしないよ。左手は」


 左手?

 左手がどうか……ああ、左手!

 ……あ~。気まずい。アリスとの別れを恐れ、ぼうっとしていた時。確かに手を凝視していたような気がする。気を使ってくれたアリスには悪いが……しょげたら視線が下がっていたというダケで……

 ん?

 思えばそれも妙な話だ。

 あたしを悩ませて来た左腕――忌み子の証。

 それがどうでもいいことのように思えるのだから。


「行こう。とりあえず、ご飯にしよう」


 アリスの言葉に合わせ、きゅぅと鳴った。あたしの腹が。顔を赤くするあたしにアリスが苦笑する。ユニが騒がしく周囲を旋回する。アリスに叱られ、ユニは悄然となった。いい気味だと思っていると、ユニはあたしを見下ろして来た。アリスの頭上から。小柄なユニだから出来る事だ。ずるい。表情に出ていたのか、ユニは勝ち誇った顔だった。

 はははは。なんだ、楽しい。

 あたしはまだ夢の中にいる。

 でも、この幸せな夢は。

 覚めて欲しくないと思うんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ