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ワールドクラッキング  作者: 光喜
第1章 レクシャムの森編
11/31

第10話 囚われの少女6

「……ハッ、ハッ……ハァッ…………ハァ…………」


 腰に手を当て浅く呼吸する。

 血の匂いが酷い。

 血溜りが出来ていた。

 三人の男が事切れている。

 大小、無数の傷による出血死である。

 いや、スリップダメージで削り殺したというべきか。

 明らかに致死量を超えた出血なのだ。

 グロウフェントでは地球の常識が通用しない一例だ。

 窓から身を乗り出して、新鮮な空気を吸い込む。

 すると頭の上に何かが乗った。


「お疲れ様です、マスター。怪我はありませんか?」


 ユニだ。


「一発だけいいのを。後は掠り傷が幾つか。大事ないよ」

「むふぅ。流石です、マスター! 完封ですね!」

「食らってるから」

「何を仰います。数的不利を物ともせず、我を貫き通しての勝利! その程度のキズ、勘定には入りません! 舐めときゃ治り……ッ! 私が舐めてもいいですよ、マスター!」

「止めろ、腐女子。傷口が腐る。我を貫いたって何?」

「憎きクズ共を切り刻みたい。その気持ちは私も分かります」

「…………」


 ……一度ユニと語り合う必要があるな。僕のイメージがどうなってるのか。

 切り刻んだのは戦術上の都合だ。

 出血させやすい【短剣】の特性を生かし、暗闇で混乱する男達にヒットアンドアウェイを行ったのである。結果だけ見れば圧勝だが、僕と男達に大きな差は無かった。取れる手段が他には無かっただけ。なのに、殺人鬼のように言われるのは。

 確かに苦しめてやりたい気持ちが無かったとは言わないが――


「――――ッ」


 背後で音がした。【危機感知】が警報を鳴らす。

 僕は素早く振り返り――目を瞠った。構えたナイフの切っ先が下がる。

 思いも寄らぬ光景がそこにはあった。


「――――屑が! 屑がァァァァッ! 人族如きがよくも私をォォォ!」


 首のない胴体が立っていた。罵倒するのは手に持った生首。

 かの不死の騎士を彷彿とさせる姿だ。

 不意討ちで首を落としたリーダーである。

 ひとしきり怒鳴った後、生首が頭部に乗せられた。

 唖然とする僕らの前で、見る見る傷が塞がって行く。

 

「……デュラハンかと思ったら違いましたね」

「……まあ首飛ばしたの僕だし」

「あ! 重いから胴体に乗っけてたのかも!」

「それ、アイデンティティの崩壊だよね」

「ナイスなツッコミ! 案外余裕ですね、マスター」

「……余裕というか……もう何に驚いたらいいのやら……」


 元生首は僕をぎろり、と睨む。死体を拾い上げると、首に噛みついた。


「おや! 血を啜りだしました。ふむぅ、吸血鬼に変身ですか」

「ユニ。それ、当たり」


+――――――――――――――――――――――――――+

《名前》セリオ

《種族》吸血鬼

《状態》正常

《スキルポイント》2

《ステータス》

 LV:22

 HP:81/350

 MP:2/20

 STR:57

 INT:9

 VIT:50

 MND:6

 DEX:30

 AGI:44

《スキル》【UNI:吸血3:55/75】、【R:再生4:78/105】、【C:偽装3:58/75】、【UC:両手剣6:137/175】、【C:狂化2:29/50】、【C:夜目3:50/75】、【UC:水魔法1:12/25】

+――――――――――――――――――――――――――+


 種族が吸血鬼だ。

 前回確認した時は人だったのだが……というか、スキルもステータスも前回とまるで違う。

 スキルに【偽装】がある。多分コレの効果だろう。

 吸血鬼のHPとMPが徐々に回復している。血で回復するとはまさに吸血鬼だ。吸血鬼は干からびた死体を放り投げると、次の死体を手に取った。【吸血】の回復力は大した事ないが……死体がまだ三体残っている。全部吸われたら完全回復されてしまいそうだ。

 看過出来ないが……どうしたモノか。

 

(ユニ。吸血鬼の注意を引きたい。どうしたらいいと思う?)

(そうですね、なんだかぷりぷりしてますし、あの人無視して話してればいいんじゃないですか。構ってちゃんに見えますからそれだけでイラッて来ると思いますよ)

(……それしかないか。さて、うまく挑発出来るか)

(挑発ですか? マスターの場合不要だと思いますが。いつも通りでいいです、いつも通りで)


 マスターの場合? 妙な言い回しだな。


「ユニ。【再生】スキルって分かる?」

「……はぁ~。この大根役者! もっと自然に! もっとナチュラルに! それ、レアかユニークのスキルですよね。分かりませんて。いきなり大暴投もいいトコですよ、マスター」

「……う、ごめん。レアだった」


 自然に、ナチュラルに。

 って、同じ意味だよ。


「く、首がくっついたのは【再生】の効果かな?」


 ……どもった。ユニの視線が……痛い。

 わざわざ頭の上から下りて来ないでも……

 いつも通りっていうけどさ、意識すると分からなくなるんだよ。


「【再生】というくらいですからねー。首チョンパで生きてるのが分かりませんが」

「状態異常なんじゃない? 頭部欠損、とか。普通は死ぬと思うけどね。出血で」

「先程見た時は出血が止まっていました。こちらは種族特性かも知れませんが」

「吸血鬼が出血多量で死ぬなんて間抜けな話はないか」


 しかし、改めてステータスを見て思う。

 STRとVITがバカみたいに高く。

 INTとMNDはアホみたいに低い。

 この人――脳筋だ。

 STRとVITは僕の倍近い。

 【両手剣6】がある。6といえば熟練者。達人一歩手前だ。

 近接戦闘を挑むのは無謀だな。

 お。吸血鬼が全快した。


「……何故、黙って見ていた?」


 吸血鬼が僕を睨んでいた。骸骨みたいな顔なので、目がぎょろぎょろしている。かなり怖い。

 ユニがあわわと身体を震わせた。


「ハッ!? 言われてみれば! す、すみません、マスター……つい、うっかり見守ってしまいました。変身途中は攻撃したらいけないと刷り込まれていたようですっ!」

「お前、毎週録画してたもんね」

「マスターも変身したくなったら言ってください。私、正真正銘妖精になりましたから!」

「え、そっち? てか、ならないよ、魔法少女」


 と、吸血鬼そっちのけで会話していると、


「私を無視するんじゃないッ! 人族が舐めた真似をッ!」


 キレられた。


「違う違う。舐めてない」


 ここが分水嶺だ。

 返答次第で展開が変わる。

 とはいえ、僕が挑発しようとしても胡散臭くなるだけ。

 素直な気持ちを告げる。


「興味があっただけ」

「そッ、それがァ! 舐めてるというんだァァァッ!」

「そうかな? 僕がグロウフェントへ来たのは好奇心を満たすため。喋る生首なんて珍しいイキモノもったいなくて攻撃出来ないでしょ。勿論、命は惜しいし程々にしたいとは思っているよ」

「いひっ、いひひひひ。きっ、決めたぞ。一本一本、指を落とし、足を落とし。目を抉り、鼻を削ぎ。ひひ、泣き叫んでも許さん。な、なな嬲り殺しにしてやる!」


 吸血鬼は「ひひひ」と狂ったように笑いだす。冷静沈着な印象があったが……こちらが本性なのか? 吃音気味なのが不気味さに拍車をかける。左右別々に動く眼球が僕を睨め回す。

 狙い通りだが……釈然としない。


「……ねえ、ユニ。僕、挑発した?」

「ナチュラルに人の神経逆撫で出来るの、才能だと思いますよ、マスター!」

「…………へぇ」


 吸血鬼に語った言葉は嘘偽りのない本音ではあるが、流石に僕だって空気ぐらい読む。自分の命だけならまだしも、他人の命がかかっている状況で好奇心を満たそうとは思わない。

 吸血鬼は机の側に陣取っている。

 張り詰めていたものが切れたのだろう。机に潜り込むようにしてイシュが気を失っていた。

 吸血鬼を攻撃出来なかった理由がコレだ。

 今は怒りでイシュの存在が頭から消えている。

 だが、窮地に立たされれば、吸血鬼もイシュの存在を思い出すかも知れない。

 そうすれば、人質に取られるか、道連れにされるか。

 どちらにせよ、誰かが犠牲になるのは避けられない。

 もしイシュと会話していなければ。

 自分の身を犠牲にして吸血鬼を倒せばいい――などと短絡的に考えていたかも知れない。

 だが、


 ――君を悲しませたりしない。


 そう、誓った。

 他人が犠牲になる位なら自分は助からないでいい。

 イシュはそういう優しい子だ。

 犠牲は出せない。

 全員が助かる方法はただ一つ。

 僕がひたすらヘイトを集め、その上で吸血鬼を倒す。

 それしかない。

 

「死ね。ああ、駄目だ、しし死ぬな。でも、しッ、死ねっ、死ねっ」

「頭平気? 前後逆についてたりしない?」


 返答は斬撃だった。


「……マスター……これ以上ヘイトを稼がないでも……」

「違う! 狙ってない!」

「尚更始末に負えませんよ!」


 吸血鬼の大剣をバックステップでかわす。宙に取り残されたユニを掴んで頭の上に乗せる。二度、三度と大振りな攻撃をかわすと、どん、と背中に何かが当たった。


「マスター、壁です!」

「分かってる!」


 吸血鬼が攻撃方法を変えた。斬撃から刺突へと。

 ぞんざいな突きだが、威力は察せられる。容易く壁に穴が空いているのだから。


「ひっ、ひひ、ぶ、無様に逃げ回れ。簡単に死ねると思うな」

「お生憎様っ。死ぬ時は畳の上って決めててねッ」

「マスター、この世界には畳はないかと!」

「なら! 死なないっ、んじゃない、かなッ!」


 あ! しまった!

 隅に誘導された。

 追い詰められ――


「――――え?」


 突きが――消えた。

 直感に従い、しゃがみ込む。


 ――ドンッ!


 頭上からパラパラと木片が落ちて来る。


「まっ、まままマスター! 今の! 今のォ! 私を狙ってました!」

「ああもう激情に呑まれても芯の部分は冷静かッ。やり辛いったらないな!」


 吸血鬼の弱点は低すぎるMND――つまり魔法だ。

 魔法が得意な妖精族から仕留めに来ると思った。

 だから、辛うじて避ける事が出来た。

 突きが消えたカラクリは緩急だ。わざと遅い突きで目を慣らし、一気に本命を取りに来た。ユニの防御力は高が知れている。大剣を食らえば一撃死もあり得る。

 

「た、頼むから。避けてくれ、よ」


 吸血鬼の狂気に満ちた瞳が僕を見下ろしていた。

 けたたましい斬撃が放たれる。壁を砕きながら大剣が僕に迫る。

 ナイフで受け止め――られず、吹き飛ぶ。

 くっ。

 ユニが。

 身体を強引に回し、自ら壁にぶつかる。


「ガッ」


 強かに背中を打ち、呼吸が一瞬止まる。

 だが、止まったのが、ユニでなければいい。


「《ファイアアロー》!」


 ユニから放たれた炎の矢はあっさりと大剣で防がれた。

 牽制だ。

 構わない。

 壁に空いた穴から、隣の部屋へ逃げ込む。

 穴を暫く警戒していたが……すぐに追って来る様子はない。


「やはり魔法は警戒されてるか」

「詠唱するとバレバレですからね」

「工夫しないと当たってくれそうにないな」

「範囲魔法が使えれば良かったんですが……」

「ないものねだりしても仕方がない。あの様子だと範囲魔法の詠唱聞いた途端、潰しにかかってくるだろうし」


 魔法による不意打ちは難しい。詠唱をする必要があるからだ。小声での詠唱は極端に威力が落ちる。《ファイアアロー》を食らった男が、ピンピンしていたのはこの為だ。


「僕の攻撃がどれだけ通じるか」


 ステータスを見る限りでは望みは薄そうだが。

 ……ネックはイシュだな。

 回復薬を飲ませ、自力で逃げて貰うのが一番だが……そんな余裕はないだろう。

 と、なると……一戦交えるのは避けられないか。

 姿をくらますには絶好の機会だが……手当たり次第探されたら、イシュが見つかってしまう。

 やれやれ、前途は多難だ。

 ん?

 妙な胸騒ぎを覚え、壁から距離を取る。

 次の瞬間、壁が爆散した。

 手が壁の淵を掴む。俯いた頭が出て来た。ガリガリ、と削る音が響く。大剣が床を擦っているのだ。全身が室内へと入ると、吸血鬼は背筋を伸ばした。

 吸血鬼は室内を睥睨し、僕を見付け――目を瞠った。


「おや、逃げていませんでしたか」


 狂気が消えている。


「また……少し見ない間に随分落ち着いたな」

「見苦しいところを見せてしまいましたね。スキルが暴走していまして。【狂化】。知っていますか? 知性が著しく減退する代わりに、絶大な力を手に入れるスキルです。安心して下さい。スキルは解除しました。あれではただの醜い獣ですから」

「獣ねぇ」

「何か言いたい事でも?」

「いや、言われてみればそんなスキルもあったって思い出した(・・・・・)だけ」

「思い出した、ですか」

「ああ、そうそう。逃げなかったのは勝つ気だから」

「ははは、笑わせてくれますね。下等種族如きが! 遊んであげているんです。犬だって遊びと本気の差ぐらい分かりますよッ」


 吸血鬼は大剣を振り被ると、一気に距離を詰めて来た。

 なっ。

 早い。

 逆手に持ったナイフを交差させ――


「……ぐっ」


 ――受け止めた。

 が、押し込まれた。膝立ちになった。

 再び振り下ろされる大剣。それを思い切り横から引っ叩く。軌道をズラす。更に叩いた反動を使って身体を転がす。僕の真横に剣が深々と突き刺さった。

 

「ふっ!」


 吸血鬼の足をナイフで切り裂く。

 が、吸血鬼は構わず、大剣を横薙ぎにする。床に亀裂が走る。木片が宙を舞う。僕は前に出てかわす。すれ違いざま一撃をお見舞いし――僕は顔をしかめた。


「それが全力ですか? まるで効きませんね」

「…………」


 僕に【ウィンドウ】が無ければやせ我慢を、と思えたかも知れない。

 だが、ステータス画面は無情にも吸血鬼の言葉を肯定していた。

 HPが減っていない。いや、減っていない筈はないが、端数過ぎて正確な数字が分からない。

 逆に僕はダメージを受けていた。

 ガードを成功させてダメージを受けたのだ。一発でもモロに食らったら終わりだ。骨折は免れないだろうから。

 対してこちらは急所に当てて始めてまともなダメージが入る。

 理不尽だ。

 レベル差は三倍近くあるのだし、当然の結果なのかも知れないが。


「これがステータスの差か」


 吸血鬼のステータス画面を閉じる。

 どうせ見ていても無駄だ。


「どうも貴方は【鑑定】が使えるらしい。なら、分かるでしょう? 逆立ちしても勝てない事が」

「【狂化】すると前後の記憶飛ぶのかな? お前は身に染みて知ってる筈だろう? ステータスが全てじゃないって。そう、首を斬られたお前なら」

「貴様ッ!」


 暴風のような大剣を二本のナイフで捌く。受け止めればダメージは必至。受け流す。壁や床に暴虐の痕跡が増えていく。

 

「どうしました? 威勢がいいのは口だけですか!?」

「マスター、魔法で反撃します。許可を!」

「ダメだ! 耐えろ!」


 当初の宣言通り僕を嬲り殺す気なのだろう。

 僕の身体には無数の裂傷が出来ていた。状態は《出血》になっていることだろう。


「ほら、打ってきて構いませんよ?」


 これ見よがしに隙を見せる吸血鬼。

 罠だ。

 その手には乗らない。

 吸血鬼はつまらなそうに大剣を振るう。

 と、大剣をかわした瞬間だ。ふっ、と身体が宙に浮いた。浮遊は一瞬。目を見開いて吸血鬼を見る。吸血鬼にも予想外だったらしく、戸惑いの色があった。

 屋敷は元々、痛んでいた。

 そこへ吸血鬼の馬鹿力で大剣を振るえばどうなるか。

 その結果が部屋の震動だった。


「部屋がッ」

「崩れるッ」


 答えに辿り着いたのは同時。

 

「ぐゥッ」


 まず吸血鬼の足元が抜けた。落下していく吸血鬼と目が合う。着地するなり吸血鬼は大剣を頭上に振るった。一緒に落ちて行った木片が粉々に粉砕される。

 吸血鬼が舌打ちした。

 ぞっとする。

 一歩間違えばあの木片は僕の末路だった。

 だが、安堵している暇もない。

 連鎖的に床の崩落が始まっている。

 吸血鬼は唇の端を釣り上げ、僕が落ちてくるのを待っている。

 ……マズいな。空中じゃかわせない。

 

「――――ッ」


 足元が崩れた。

 床を踏み切る。空気を踏むような、頼りない感触。

 ……くっ、窓まで……届かないッ!


「ユニッ! ごめん、邪魔ッ!」

「マスターぁぁぁぁ!」


 ユニを思い切り窓の外へ投げる。激しく動くとユニは邪魔になる。

 吸血鬼が大剣を振りかぶっていた。

 ダメだ。

 間に合わない。


「ユニ、やれ!」


 吸血鬼の注意が逸れる。

 ブラフだ。

 すぐに詠唱が出来るか。

 左手のナイフを壁に突き立てる。壁を軽く蹴り、身体を浮かす。ナイフを支柱にして身体を引き上げる。

 ドンッ、と衝撃が走る。

 直前まで僕がいた場所に、大剣が振り下ろされていた。

 ギリギリだった。

 吸血鬼は振り切った体勢のまま僕を睨みつけていた。悔しそうだ。ユニに気を取られなければ直撃させる事が出来ていた。

 ナイフを足場にして、二階の窓枠を掴む。

 ふぅ。

 一先ず窮地は脱したか。


「降りて来なさい。私を見下ろすなッ」

「そこのナイフ取ってくれる?」


 足場にしたナイフが壁に突き刺さったままだ。


「降りてくれば取らせてあげますよ」

「ならいいや」


 大物ぶるのが好きみたいだし。

 取ってくれるかと思ったのだが。

 神様製のナイフはあるので戦闘継続に問題はない。

 二刀ないと落ち着かないというだけだ。


「場所を変えよう。ついて来い」

「ついて来い? 貴様に選択権などないッ!」


 吸血鬼は大剣で壁を破壊し出した。

 こけし落としかよ。

 っと、ぼやぼやしてらんない。

 窓枠に足をかけ屋根を掴む。数秒で屋根へ上がる事が出来た。以前と比べると随分容易くなった。STRが倍近くになったからだろう。

 屋根を思い切り踏み鳴らす。


「…………」

 

 少し移動して、もう一度。

 嫌がらせしているだけに見えるが、次の展開への仕込みである。

 屋根の先端から木を目掛けて跳躍。

 よくよく木登りと縁があるな、と思いながら木を下りる。

 

「お~~い。こっちだ、こっち!」


 屋敷から出てきた吸血鬼に手を振る。

 吸血鬼は怪訝そうな顔で僕を見ていた。

 僕はほくそ笑む。

 そう、その表情が見たかった。

 良かった。

 思い出してくれたか。


「マスター!」


 屋敷の玄関にユニがいた。

 飛んできそうなユニを手で制する。


「僕はこれから彼と鬼ごっこして来る。その間にイシュを連れて逃げろ」

「でも……っ!」

「行け」

「……ッ」

「命令だ」


 ユニは何かを振り切るように勢いよく踵を返す。そして屋敷へと消えて行った。

 

「イシュ? ああ、貴方もしかしてあのエルフを助けに?」


 合点が行った、と吸血鬼が頷く。


「そうだといったら?」

「まずエルフを血祭りに上げるのもいいかも知れませんね」

「どうぞ、お好きに」


 吸血鬼が眉根を寄せた。予想外だったのだろう。

 僕は笑って自分の首に触れる。


「疼くんじゃない?」


 吸血鬼がギリッと歯嚙みする。


「誰かッ! 誰かいないのかッ!」


 吸血鬼が叫ぶ。だが、反応は無い。

 

「ああ、言ってなかったっけ? 仲間には先にいって貰ったよ」

「仲間ではありませんよ。あんな使えない屑共は」

「で? どうする? 鬼ごっこ。始めていい?」

「……チッ、こざかしい!」


 鬼ごっこが始まった。

 僕が再三行ってきた嫌がらせのような行為は、ここで吸血鬼の選択肢を無くさせる為であった。暗殺ならお前を殺す事が出来る――と折に思い出させて来たのだ。

 屋根を鳴らす事で忍び寄る恐怖を。

 首を示す事で切り落とされた痛みを。

 僕の姿を見失う事は即ち死を意味している。

 吸血鬼は鬼ごっこに乗るしかないのだ。

 

「なあ、お前は何でエルフを憎むんだ?」


 走りながら僕は吸血鬼に問う。


「ハッ。人族らしい奢った物言いですね。だから、私達は人族が嫌いなのですよ」

「お前も見下してるみたいだし、お相子だと思うけどな。で?」

「神に贔屓されているからですよ」

「贔屓?」

「聖域を与えた事です。かつて森には多くの種族が住んでいました。聖域は認められた種族しか立ち入る事が出来ません。住み家を奪われた少数種族の末路は酷いものでした。ここから先は人族の貴方の方がよくご存じでしょう?」

「知らないけどね。ま、想像はつくよ」


 人族が数の暴力で少数種族を虐げたのだろう。


「何故、エルフに聖域が与えられたか分かりますか?」

「さあ」


 どうせ、何を言っても答えは決まっているんだろうな、と胡乱な返事を返す。

 案の定、吸血鬼はしたり顔で語った。


「下等な種族だからですよ。保護してやらねば、と思ったのでしょう。神々はお優しいですから」

「それっていつの話?」

「神話の時代の話です」


 神話の時代ねぇ、と言葉を舌の上で転がす。


「――《ダリオ》。知っていますか? 有数の盗賊ギルドです。少数種族によって作られました。構成員の大半は人族ですが。使い捨てにするには、掃いて捨てる程いる人族が丁度いいのですよ。彼らは知らないでしょうが、幹部になれるのは選ばれた種族だけです。聖域の異変を聞きつけた時、幹部達は歓喜していましたよ。私もですが。聖域の恩恵を貪っていた下等種族に目に物を見せてやる機会が巡って来たのですから!」


 右から左に聞き流していたが……限度がある。


「我が祖の言葉は真実だったと痛感しましたよ。エルフ。他者の庇護を得ないと何もできない無様な生き物。あんなモノの為に祖先は辛酸をなめさせられたのだと思うと腸が煮え繰り返ります。祖は言っていましたよ、神々を容姿で誑かしたのだと。正しく! だから、丹念に丹念に、二度と神を誑かせないよう――」

「もういい、黙れ。他人の言葉で囀るな」


 僕は足を止めた。

 振り返ると、呆けた顔の吸血鬼がいた。


「復讐は当然の権利だと思う。ただ、それは当事者に限っての話でさ。お前――美しくない」


 吸血鬼は空っぽなのだ。

 他人の怨念が詰まっているだけ。

 だから、吸血鬼の言葉は薄っぺらい。


「図に乗るな、下等種族が。知った様な口を利くな。貴様に何が分かる」

「何が分かるかって? これ以上話をしていたらお前に興味が持てなくなる事、かな? だから、敵と思えるうちに戦いを再開しようと思ってね」


 吸血鬼は困惑を強めたようだった。

 今まで逃げ惑っていたのに、いきなり強気に出ているのだ。


「お前、僕を舐め過ぎだよ。隠し玉の一つぐらいあるさ」

「――――ッ」

「【クラック】――セット、アリス。【咆哮2】リリース。【火魔法1】ロード」

「火魔法……だと!? おい! 貴様ッ! 何をした!?」

 

 吸血鬼が血相を変える。

 僕が何をしたか分からずとも、【火魔法】というスキル名は分かったはずだ。


「お前を殺す準備だよ。【火魔法1】を使えるようにした」

「……使える、ように? 馬鹿なッ。馬鹿なッ! 出来る筈がないッ!」

「そうかい。なら試そう」


 左手を吸血鬼に向ける。


「炎よ集え。紅き閃光となりて――」


 僕は大声で呪文を唱える。

 一歩、前に出ると、吸血鬼が下がる。本当なのか。ハッタリなのか。全霊をかけて、見抜かんとしている。万が一の事も想定して、避けられるよう腰を落としている。

 やはりあてられそうにない。

 

「――我が敵を射ぬけ、《ファイアアロー》」

 

 左手から炎の矢が射出される。

 おお、と感動するのも一瞬の事、直ぐに吸血鬼目掛けて駆け出す。


「狙いが甘いぞ、俄か魔法使いがッ」


 吸血鬼が勝ち誇る。

 僕の《ファイアアロー》を避け、

 

「ぐ、おおおおおおおおおおおォォォォ!!!」


 ユニの(・・・)《ファイアアロー》に当たった。

 意味が分からない。驚愕に歪んだ吸血鬼の顔が語っていた。彼からすれば《ファイアアロー》を避けた! とほくそ笑んだ所に背後から衝撃だ。僕が俄か魔法使いなのは否定しない。だが、狙いは決して甘くなかった。思った場所に正確に飛んでくれた。

 だから、吸血鬼の逃げ道を誘導出来た。

 後は止めを刺すだけだ。

 

「紅蓮の業火に抱かれて眠れ」

 

 吸血鬼の目が見開かれる。瞳に僕のナイフが映り、瞬く間に巨大になる。吸血鬼が罪の重さに耐えかね、自ら頭を差し出したように見えた。背中に受けた《ファイアアロー》が、彼を断頭台へ押し進めたのだ。罪を購わせるべくナイフが月光を浴びて輝く。

 僕と吸血鬼が交差する。

 どさ、と背後で音がした。

 吸血鬼が膝をついていた。

 いや、首のない胴体が。

 

「《ファイアランス》!」


 可愛らしい声とは裏腹の、巨大な炎の槍が胴体に刺さる。胸に刺さった炎の槍。血は出てこない。蒸発させられている。暫くして胴体が燃え出した。

 

「マスターァァァァァ!」

「うぷっ」


 何かが顔面にぶつかった。

 言わずもがな、ユニである。

 酷くご立腹の様子だった。


「二度と・あんな・命令は・しないで・ください!」

「逃げろって言った事?」

「死ぬ時は一緒です、マスター」

「ちゃんとあの後【心話】で説明したろ?」

「『屋敷で待ってて』。それだけですけど? どれだけ心配したか分かりますか? 分からないんですよね? だから、投げっぱなしでいられるんですよね?」


 いつになくユニが粘着質だ。それだけ心配したのだろう。


「……悪かったよ。でも、あの時はあれが精いっぱいだった」

「反省してないですね」

「まぁね。悪い事をしたとは思ってる。心配かけさせた事に対しては。ただ、同じ場面があればやっぱり同じことをする。そしてユニは言いつけを守ってくれると信じて動く」

「……ズルい言い方です」

「お前を生かすも殺すも僕だ、ユニ。僕と一緒に来るって言う事はそう言う事だ。傲慢だと思うかい?」


 僕はユニと見つめ合う。

 ユニが口を開こうとした時だ。

 別の場所から声が聞こえて来た。


「あそこから声がします。あれは……しぶといですね」

「ん? あ、ああ……しぶといねぇ」


 喋っているのは――生首だった。

 大分、離れた場所まで飛んでいた。【再生】で接合したとはいえ、完全な治癒ではなかったのだろう。


「……馬鹿な。あれは……屋敷? 何故、戻って来ている?」


 生首――吸血鬼は屋敷を見て呆然としていた。


「なに。円を描いて戻ってきただけさ」


 僕は吸血鬼の質問に答える。

 

「冥土の土産に教えてあげるよ。僕を追い掛けてきた時点でお前の負けは決まってた。闇雲に逃げ回っているように見えたかい? 目的地はあった。ここだ。全ては屋敷から離れたと誤認させ、お前の頭からユニの存在を消すため」


 イシュを連れて逃げろ、と命令したのもその一環だ。

 仮に僕が意図を持って逃走していると看破されたとしても、時間を稼ぎたいのだろうと吸血鬼に自己完結させる狙いがあった。まさか二手に分かれた筈のユニと合流を図っているとは夢にも思うまい。

 【以心伝心】でユニの方向が把握出来たから出来た芸当だ。


「さて、伏兵は用意出来た。だが、このままじゃ当てられない。詠唱があるからね。そこで僕の《ファイアアロー》だ。あえて大声で詠唱すれば――」

「私の詠唱は聞こえないってぇ寸法なのだっ!」


 魔法使いがMP回復薬を大量に持っていたら、早めに決着させる事も可能だっただろう。

 僕とユニが交互に【火魔法】を撃っていれば良かった。

 だが、【クラック】はMPの消費が大きい。

 戦況に応じてスキル構成を変えるのは難しい。

 とはいえ、MPの消費はイニシャルコストだけ。ラニングコストはかからないのだから、贅沢言うなという話だと思うが。


「ひ、ひひひ。ば、馬鹿な。相談する暇はな、なかった。屑ッ、屑ッ、屑がァァァァ。ダリ、ダダ《ダリオ》は貴様を決して許さんぞォォォ!」

「ふぅん。いいよ。必要ならそいつらも殺すから。情報ありがとう」

「はっ、ひひっ……?」

「最後の最後まで他人任せか。一貫しているといえるのかな。ユニ、燃やして」

「はい、マスター」


 吸血鬼の首に火が付いた。

 もうHPが無いからか。勢いよく燃え上がる。自身を焼く炎をその目で、肉の焦げる匂いをその鼻で捉えている筈だが、吸血鬼は狂ったように笑うだけだ。


「ひひっ、ひひひひいひ。い、痛くない。屑がッ。ゆゆゆ夢だ。ああ、良かった。屑にッ。わわ私が、こ、んな……ひひっ……ひひひひひひひ!」


 僕はしゃがみ込んで、目を見ながら話す。


「お前、言ってたよな。【狂化】してる時の自分はただの獣だって。それは違う。あると知っていたのに【狂化】のスキルを僕は思い出せなかった。あれもまたお前の一面だから……と、思っていたけど違ったみたいだな。あの時も今も――お前、【狂化】してないな。都合の悪い現実から目を背けるなよ。見せ掛けの狂気に逃げ込むな」


 吸血鬼が僕を見ていた。

 瞳が恐怖に濁っていた。


「おめでとう。それが現実だ」


 吸血鬼の頭を踏み潰す。

 足元からさらさらと灰が流れて行った。

 足を上げる。何も残っていなかった。何も。

 屋敷に戻ろうとすると、ユニが僕の前に出てきた。

 真剣な顔だ。


「先程の答えです」

「うん」

「マスターは傲慢で構いません。心の赴くまま行動してください。他人を顧みる必要はありません。マスターが死ねと命じるのであれば私は死んでも構いません」

「いい答えだ。でも、満点じゃないな」

「……はい」


 ユニはしゅん、とする。

 間違えた、と思っているのだろう。だから、僕はユニに微笑む。


「僕はお前に死ねと命じたりはしないよ。決して」


+――――――――――――――――――――――――――+

《名前》アリス

《種族》人

《状態》正常

《スキルポイント》10→85

《ステータス》

 LV:7→12

 HP:118→47/170

 MP:160→15/210

 STR:24→32

 INT:38→53

 VIT:29→35

 MND:30→43

 DEX:40→57

 AGI:30→39

《スキル》【UNI:クラック3:50/75】、【UNI:ウィンドウ:0/0】、【R:カリスマ2:25/50】、【C:以心伝心3:54/75】、【C:危機感知2:29/50】、【CR:短剣4:0/0】、【CR:暗殺3:0/0】、【CR:決闘3:0/0】、【CR:火魔法1:0/0】

+――――――――――――――――――――――――――+

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