第9話 囚われの少女5
あたしは死ぬのだろう。
あれだけ軋んでいた、心と身体が何も感じない。
何日経ったのだろうか。時間の感覚が曖昧だ。
シンラは無事だろうか。無茶してないといいが。アイツ、頭いいのにバカだから。
エルフの人族嫌いは相当なものだ。顔を見るのも嫌、頼るなんて以ての外。なのにシンラは聖域の異変には人族も呼んで、一緒に真相をキュウメイすべき、とか。案の定、長老達には散々否定されて……エルフはハイタ的だとグチってた。
あたしと一緒に育ったからか。
シンラの考え方は少しオカシイ。
だから、心配なのだ。
あたしを助けに来そうで。
だって、来るとしたらシンラだけ。
忌み子を助けるのに手を貸すエルフはいない。
賢ければ来ない。
だが、アイツは――思考にノイズが走った。
蹴られたのか。殴られたのか。
「おい、殺すなよ」
「死んでねぇよ。俺の感覚だと後三発はイケる」
「ハァ? てめぇの感覚がアテになっかよ」
「そうとも言い切れないぜ。【拷問】スキル覚えたんじゃね?」
「おい、回復薬ねーぞ。誰か持ってこい」
「あんの? 【拷問】スキル」
「ある。生かさず殺さず、だが、痛てぇんだと。試すんなら《ダリオ》に逆らえ」
「うへぇ。逆らう気なくなったわ。や、なかったけどね、最初から」
「回復薬ッ」
「うるせぇ、てめぇが行け、クズッ」
男が四人言い争っている。
リーダーは輪に加わらず冷やかに微笑んでいた。
彼が拷問を行ったのは最初の一回だけ。後は何も言わず男達に任せている。
粗野な男達ではあった。
だが、弱者を嬲る事を楽しんではいなかったと思う。
どこかでたがが外れた。
外したのはリーダーだ。
「チッ。行って来る。トドメさすなよ」
渋々部屋を出ようとする男を、残った者達がにやにやと見ていた。
だから、全員がその光景を目撃していた事になる。
「――――は?」
ドアノブを握った男が、不思議そうな声を上げた。首を巡らせ背中を見る。視線の先には――突き刺さった炎の矢があった。うぐっ、と男はドアにもたれかかる。だが、ドアは男を支える事無く、彼を廊下へと吐き出した。
「なんだッ!? ナニが起きたッ!?」
「来たのか、エルフ! どこだッ!」
「あっ、アイツ死んだか。平気だよな?」
「ほっとけ! 一発で死にゃァしねェ!」
男達が得物を手に取る。
ショートソード、ダガー、ウォーアックス、ダガー。
あたしは息巻く男達を他人事のように見ていた。
男の背中に刺さっていたのは、【火魔法1】――《ファイアアロー》だ。
魔法使いがいる。
火の矢は窓から飛んで来た。
ここは二階だ。
空でも飛ばない限りムリだ。
「誰か。窓を確認しなさい」
すん、とリーダーが鼻を鳴らす。何か嗅ぎ取ったのだろうか。
廊下から何かが飛び込んで来た。
射られた男か? いや、違った。少年だった。不思議な格好をした。
エルフ?
一瞬、そう思った。作り物めいた美しい顔立ちだったからだ。中性的な雰囲気が第一印象を裏付ける。カリスマ性と言えばいいのか。圧倒的な存在感を放っていて目を離せない。
怒っている?
でも、何に?
少年は両手にナイフを持ち、一方のナイフは血で濡れている。廊下に出た男はこの騒ぎにも戻って来ない。二度と戻っては来ないのだろう。
リーダーの首にナイフが付きたてられる。勢いよく噴き出た血が少年を濡らす。
「ぐッ、ガァァァァァァァア!」
「ユニ! やれ!」
注意が少年に向いた間隙をつき、再び《ファイアアロー》が放たれた。
窓を確認しに行こうとしてた男に当たり吹き飛ぶ。
「貴様ァァァァ!?」
リーダーが血走った目で少年を睨む。
少年は煩わしげに眉根を寄せ、
「煩いな、死ね」
逆手に持った両のナイフを一閃させる。
ポタ、ポタッ――ナイフを伝い、血が垂れる。ナイフがリーダーの首に食い込んでいた。だが、トドメをさすには至らず、リーダーは益々怒りを燃やしていた。
リーダーの反撃が始まる――そう思った瞬間だった。
「《双牙絶咬》」
それは技の名か。
少年は一旦、ナイフを手放し、左右を持ち替えた。力を入れやすくする為だ。
そして牙と化したナイフが、リーダーの首を嚙み千切る。
憤怒に塗れた首が宙を舞う。
「ユニ! もう一発撃って退避!」
返事とばかりに《ファイアアロー》が飛ぶ。
ウォーアックスで防がれる。
「【クラック】――セット、アリス。【バックスタブ3】リリース。【咆哮2】ロード」
「引きます、ご武運を、マスター!」
「後は任せて」
気安く答える少年に男達が激昂する。
「クソがッ! 《ダリオ》にケンカ売って生きて帰れると思うな!」
「アァ、アァ、アァ!! 痛てぇなァ! 魔法の借りはッ。お前ぇに返しときゃいいのかッ。アアッ!?」
「不意さえ衝かれなきゃなァ! てめェ如きにやられたりはしねぇんだよッ!」
少年が不敵に笑う。
「分が悪い? なに、いつも通り。来いよ、殺してやる」
一体、何が少年の自信の源なのか。奇襲は終わった。窓の外の魔法使いも引き揚げた様子。三対一だ。不利なのは少年の方だと思えた。
だが、少年は戦う気らしい。
まさか。
あたしの……ため、なのか?
助けて欲しいと願っていた。同時に叶わないと知っていた。
だから、この状況がうまく飲み込めない。
だって、ある筈がない。
あたしはエルフの忌み子で。
助けられる価値は無い。
少年と目があう。慈愛の眼差し。
死にかけていた心が息を吹き返す。
「…………に……げ……」
少年が苦笑する。
「……参ったな。これじゃ立場が逆だ。優しい子だ、イシュ」
――また、胸が軋みだす。
「心配しないでいいよ」
――でも、おかしいんだ。
「君を悲しませたりしない」
――イヤな痛みじゃないんだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!」
スキルなのか。少年が叫ぶと男達の顔色が悪くなった。
少年が卓上のランプを破壊する。
部屋に暗闇が訪れた。
「さあ、やろうか」




