チャイムと俺と変態野郎
学校中に鳴り響くチャイム。
学生にとってこの六時間目終了を告げるチャイムは、授業という地獄から解き放たれる歓喜の瞬間を告げる、どんな良曲にも勝るとも劣らない最高のBGMだ。
まあ、俺も一般の学生。普段通りならそれを聞いた瞬間俺の内心も解放感に満たされるだろう。
……しかし、今日は違う。そんな明るい気分になれるはずがない。
何故なら……今日は……今日は人によって天国とも地獄ともなりえる、カオスな儀式、席替えをしたからだ。
席替えをするにあたってする側、つまり生徒には二種類のタイプがいる。
一つは、席の位置、周囲の人間環境に納得がいっていない、もしくは一般的な席替えの方法くじ引きで学校生活を大きく左右する席が決まるというあのスリル感を単純に楽しむやつが属する席替え歓喜型。
もう一つは、上とは逆で、席、周囲の人間環境に納得がいっている、もしくは完全には納得はいってないがその席は必要最低限の基準は満たしているので、それ以上の悪化はしたくないという考えによる席替え不要型だ。
そして俺はといえば……勿論後者のタイプだった。
席の位置は窓側一番後ろというベストポジション、周囲には麦野さんや山中さんという友人が集まっていて結構楽しかった最高の席だったというのに……熱井のやつめ! 急に席替えなんて言い出しやがって!
しかも俺の席替えした結果は、見事に真ん中の右側の前から三番目という微妙な位置を確保し、そして何より……周りはあんまり話したことないやつばかりときたもんだ! しかも左隣に至っては女子だし!
つか、熱井のやつ、何が「席も変わったし心機一転勉学に励めよ!」だ! この状況で集中なんか出来るかっつうの! 勉学に励んで欲しいなら席を元に戻せ! いや、マジ戻してください。
……あー、マジでブルーだ。明日からこの席でやっていかなきゃいけないのか……。本当にうまくやっていけるのか?
とまあ、こんな感じで早くも現段階では今年最大の心配事が出来てしまった訳だ。
だが、しかし……じゃあ希望は全く無いのか、と言われるとそんなこともなく、俺にもわずかな希望がある。
というのも、我が部『求人部』の創立当初、生徒によって作られてしかも人を助けるという珍しい活動内容が注目され、その結果その部員の一人である俺も求人部について等で結構話しかけてもらえたのだ。
その名残で今も俺に話しかけてきてくれる人も多数いるし、野坂や山中さん、麦野さんを通じて女子も含めたクラスのほとんどの人と話してきた。
その為、俺のクラス内での存在はまださほど大きいという訳では無いが、少なくとも中学の時の「あれっ!? お前いたんだ! 気付かなかったわ」的な位置よりは良くなっているはずだ。だからまあ、何とかならなくも無い気もする。
とは言っても相変わらずまだ大して話したことのない奴に自分から話しかけるスキルは持ち合わせてないし、相手に話かけてもらうのを待ってるだけっていうことになるのだが……。
「おう、お前ら! どうやら新しい席でもちゃんと楽しくやってるようだな!」
そんなことを考えていたら、熱井がそう言って教室に入ってきた。
そうか、そうか。楽しそうか。
……まあ、他は知らないが、少なくとも俺はそれには含まれないがな。
「んじゃっ、さっさとHR始めるか!」
そんな俺の気分とは対照的に熱井はいつもの明るくて暑苦しい感じでHRを進めていく。
あ~、暑い、暑い。
最近は夏が近付いてきて暑くなってきた。っていうのに、何が好きでこいつのこんな暑苦しい声を聞かなきゃいけないんだ。
俺らも席替えしたことだし、担任替えというのもした方が良いのではないだろうか。
それが駄目でも、せめて夏が終わるまではこの人間暖房機を取り替えてくれたりしてくれないかな、マジで。
「よし、それじゃこれでHRを終わるぞ! 田中、挨拶頼む!」
おっ、全然話聞いてなかったが、もう終わりか。
ということで、熱井に委員長っぽい顔だから、という理不尽な理由で学級委員長に任命されたのにも係わらず快く引き受けるような優しい田中の挨拶でHRは終了した。
さて、それじゃあ、今日も部室に行きますかな。
こういう時は麦野さんと話でもして早く心を癒してもらいたいし、急いで行こ――
「おうっ! 幸村。今日も部活か?」
部室に向かおうと動き出そうとした瞬間、突然背後から誰かに話かけられたので振り替える。
するとそこには、我が一-Fクラスメイトで、席替えの結果俺のすぐ後ろに配備された早水深汰がいた。
早水にはやはり部活の件で結構話かけてもらった。そのため、もしこのクラスで俺と話した回数ランキングなんてのが存在したら、間違いなく上位にはランクインする男だ。そんな訳で俺と早水の関係は、友達とまではいかないが、多少仲の良い……言うなれば、腐れ縁? といった感じだろうか。
いや、これは少し違うか。
「まっ、まあ……」
「そうか。今日こそ依頼人来ると良いな!それじゃあな」
「じゃっ……じゃあな」
そう言って、早水が走り去っていく。
この早水の言葉からも分かる通り、創立からもう少しで二ヶ月経つ求人部な訳だが、こんな新設の部活に頼る程困ってる人もそうそういるわけがなく未だに一人の依頼者も来ていない。
創る際に日向が言っていた通りになっている訳だ。
……いや、正式には生徒の、か。
というのも、一応依頼者は来るには来るのだが、ハゲや中年オッサ……教師ばかりなのだ。しかも依頼は大抵雑用。
雑用以外にあるとしたら教師の愚痴を聞かされるくらいで、先週に至っては校長に愚痴を一時間聞かされるという依頼という名の拷問まで受けた始末だ。
これは最早、雑用部に改名するべきなのだろうか?
……っと、やばい! 何、俺一人でボーッとしてるんだ!
そんな場合じゃない。早く部室に言って麦野さんに癒してもらわなくては。
「あの、幸村君、ちょっと頼みたいことがあるんだけど良い?」
急いで部室に行きたいので、走りだそうとした瞬間、今度は左側からまた声をかけられた。
一体今度は誰だろうか。
話しかけてくれるのはありがたいことだけど、今は早く部室に行きたいんだよな。
ていうかまず、俺に頼みごとって誰だ? 何をだ?
なんて少し混乱気味に考えながら、顔を声のした方にやるとそこには……女子がいた。って、女子!!
ビックリした!こんな放課後に、しかもまさか女子から話かけられるとは。 しかもその女子とは、今回の席替えで俺の隣になった、ウェーブのかかった髪に長い睫毛。顔は麦野さんが美人タイプならこの子は可愛いといった方が合う、相変わらずこのクラスの例に漏れずレベルの高い顔立ちの先川麻耶だ。
こんな可愛い子が俺に頼みごとって、すっ、少し期待してしまうが、一体何だ?
「……幸村君?」
「あっ、ご、ご、ごごごめん!」
しまった! またボーッとしていた。変に思われたか?
「えーと、で……あっ、頼みごと……だっけ?」
「そう。頼みごと。良い?」
良いっ、て言われてもね……。
「まあ、内容次第では……」
「あっ、えっとね。頼みごとっていうのはね、求人部である幸村君に求人部の部室まで連れていって欲しい、って感じなんだけど……」
あっ、……そう。
まあ、そうだな、うん。まあ、そんなもんだよな。そうそう告白なんてあるわけないよな、うん。まあ、別に期待していた訳じゃないけどな。マジで。毛穴程も……あっ、間違えた。毛程も期待なんかしてなかったけどな。
うん、そうだそうだ。こんな容姿端麗な先川様から所詮平凡の域を出ない俺への依頼という名の命令なんて、そんなもんだとは思ってたよ。だから、全然あっ、そうって感じだね。
……って、んっ? ちょっと待てよ。求人部部室まで連れていけ……?
求人部部室まで連れていけ!
おいおい、それってまさか、
「あの……えっと、その……何の御用で求人部まで……」
「あっ、えっとね、内容は後で話すつもりだったんだけど、実は求人部に頼みたいことがあるの!」
キタ~! いや、遂に来てしまった、か! まさかこんな日が本当に来ようとは。
いや、確かに求人部の作られた理由の九割は休みの多い部活を目指して、つまり元々人助けなんて玩具目当てで買った食玩について着たラムネ程度の付属品でしか無かった。
だがそれでも、やはり求人部という部活を作った以上は多少でも人の役に立つことはしたいと部員全員思っていたはずだ。おそらく、あの野坂や日向も。
だが部室に来るのはオッサン、オッサン、ハゲ、オッサン。依頼は、雑用、雑用、拷問、雑用。
そんな現実に俺は、いや俺達はいつの間にか生徒からの依頼など来るはず無いとどこかで思い込んでいたのだ。錯覚に陥っていたのだ!
しかし、所詮は錯覚。存在する以上はやはり頼る人もいるということだったのだ。
「えっと……もしかして今、忙しかったりする、かな?」
「……いや、大丈夫だけど……」
困った……。
もし、仮に俺がこの頼みを聞いて彼女を部室まで連れていくことになったとする。その場合、必然的に俺は部室までの道のりを女子と二人きりで過ごさないといけないことになる。それを想像してみる。
……うん、無理だ。間が持つわけがない。何百通り考えても沈黙が続くイメージしか出来ない。
よし! ここは野坂に押し付けよう!
「そういうことなら、野坂に頼んだ方が良いんじゃない? えっと……あいつ部長だし」
「えっ、野坂君!? えーと……もういないみたいだけど」
先川が教室全体を見渡して確認して言う。
俺もつられて見渡してみるが、確かにいない。
くっ、……あの野郎! 相変わらず行動早すぎだろっ。お前の好きな、可愛い女子と二人きりで話すチャンスをせっかく与えてやったっつうのに、人の善意を踏みにじりやがって!
それにしても、さて、これはマジでどうするか……。大丈夫と言ってしまった手前断りづらいし、仮に断ったら隣の席なのに明日からなんか気まずくなってしまうかもしれない。それは嫌だ。
こうなったら、しょうがない。使いたくは無かったが、もうこれで行くしかない!
「でも……今俺トイレ行きたいし、長くなると思うけど……」
これが最終手段だ。恥を忍んで言ったんだ。これなら諦めてくれるだろう。
「えっと、じゃあここで待ってて良い?」
なにぃー! マジか!
「お願い幸村君。まだこの学校よく覚えてないから、一人じゃ行けないの。だから、連れてって」
くっ、ここまで頼まれたら……もう断れない……。ていうか、まずもう打つ手段が無い!
「じゃあ、えっと……待ってて」
「うん。ありがとう、幸村君。よろしくね」
上半身を四十五度程倒して、そう言う先川。
まあ特に考えもなく受け入れてしまったが、よく考えてみたら気まずいと言っても所詮三階までの少しの道のりだけだし、なんとかなるだろ!
という安易な考えをもってしまった俺は、別に用も無いトイレの個室に、特に何もすることなく五分程居座り続けた後教室に戻り、先川と合流。そして今教室を少し出て部室に向かってたところな訳なのだが……これは、やばい。気まず過ぎる。想像以上だ。
何を喋れば良いか、俺の脳は全く答えを導き出してくれないし、あっちも全く喋りかけてくれない。
俺が見た感じでは先川はおとなしいどころか寧ろ明るい方だと思ってたんだが、何で教室を出る際の「部室って何階にあるの?」以来、一言も喋らないんだ!
もう俺だけ走って行っちゃって良いかな?
「……あのさ、幸村君」
丁度階段の踊り場に着いたところでようやく先川が口を開く。
ふうっ! とりあえずこれでようやく、気まずいサイレントワールドからは抜け出せた! 少し、いや、かなり安心だ。
「えーと……何?」
「これは皆が、っていうか私も気になってたことなんだけどさ……ぶっちゃけ、幸村君って求人部の女子陣とはどうなの?」
「……えっと、どうなのって……」
「ほら、求人部の女子陣って麦野さんに日向さんに飛鳥っていう、女の私から見ても美少女な娘ばっかりだし、誰かと付き合ってたりしないのかなって」
ああっ、なるほど。そういうことね。
でも悪いけど、俺には全く、
「いや、そういうのは……無いかな……」
ていうか、その内一人は一応男だし。
「えっ、そうなの!? なんだ、残念。幸村君って前の席で結構麦野さんと話してるところ見たことあるし、てっきり付き合ってると思ってたのに。でもせめて、良い感じになってたりはしないの?」
「そういうのも……無いね」
ははっ、自分でもびっくりするくらいな。
現実にはフラグなんてもんは存在しないというのをかなり実感させてもらってるよ。
「じゃあ、正直に答えてね。幸村君は、麦野さんのことどう思ってるの?」
! ……そう来たかっ!
俺が麦野さんのことをどう思ってるか、か。今までそんなことは考えたことも無かったな……。
というより、今までまともに女子と接して来なかったから、まともな恋というものをしたことが無いうえ、今一そういうものが分からないのだ。
正直麦野さんは顔は綺麗だし、一々動作も可愛らしい。それに優しくて気が利くところは良いと思っていた。
でも、恋愛対象として好きかって言われると……どうなのだろうか。
やっぱり良く分からない。
「おーい、ユッキー!」
俺が歩きながら必死に解答を模索していたら突然、百メートル先の人に話しかけてんのかってぐらいの大声で俺を呼ぶ声がしたので振り返る。
すると、約五メートル先に野坂がいて、俺が振り返ったのを確認すると、もう手を伸ばせば部室のドアに手が届くところまで来ている俺たち側に向かって走ってきた。
「俺が言うのもなんだが、遅かったな、ユッキー。一体何やってた……って、おい、ユッキー! お前の後ろにいるの先川じゃねえか! なっ、ななな、なんでお前が先川と一緒にいるんだよ!?」
俺の前に到着した野坂が俺の後ろにいる先川に気付いて驚いている。
っていうか、驚きすぎだろ。そんな変か? 俺が女子といるのは。
「いや、その……先川が何か求人部に頼みごとあるから、部室まで案内してって頼まれただけだよ」
「あっ、何だ! そういうことか。まあ、それなら許してやろう!」
えっ!? 何で俺が女子と歩くのにいちいち、お前の許し得なきゃなんないの!?
「……って、なにー!? たっ、頼みごとだと!?」
いやっ、反応遅すぎだろっ。
「つっ、遂に我が求人部に依頼人が! もっ、最早来ないものだと思い込んでいたが……。まさかこんな日が本当に来ようとは……」
コピペかっ! 俺とほとんど同じことを言ってんじゃねえ!
「そっ、そういうことなんだけど、良いかな? 野坂君。忙しかったらいいんだけど」
先川が不安そうに言う。
「ああっ、良いよ、良いよ! どうせやること無かったしな! 今日もどう時間を潰そうか、なんて考えてたぐらいだ」
「そっ、そうなんだ……」
おいっ、やめろ! 何か悲しくなるじゃねえか!
てか、先川も苦笑してんじゃねえか!
「ていうか、野坂。お前は何で遅かったんだ? 俺が教室にいた時には既にいなかったから、もうとっくに行ったもんだとばかり思ってたんだが」
「んっ! 俺はただ、腹壊したからトイレ行ってただけだぞ。いやー、無茶苦茶痛くてなー。HR終了と共にダッシュ開始でトイレ直行だ」
なるほど。さっき俺がトイレに行った際に、隣の個室でうぉーと断末魔の如き叫びをあげてたのはお前だったのか。
……何て言うか、前から思ってたが、本当に残念なイケメンだ。
「まあ、ともかくこんなところで立ち話もあれだし、部室入って話そうぜ。あっ、先川は俺が合図するまでここで待っててくれ」
「えっ!? うん、分かった」
んっ!? 何故先川は待機なんだ? という疑問も浮かんだが、質問する前に野坂が部室のドアを開け先に入っていったので、とりあえず俺も続いて入る。
部屋に入ると、既に来ていた求人部の女子陣三人組が俺らに気付き、ほぼ一斉に俺らに視線を向けてくる。
「おっ! お二人さん!」
「おっ! 珍しく遅かったね、野坂……って幸村も一緒! どっちもいつもは早く来るのに今日はどうしたの?」
「何かあったんですか?」
特に何も考えずそう声のした方を見ると、麦野さんと目が合う。
入学仕立てでとまどっていたあの頃とは違い、もう麦野さんと目が合うのには慣れていた。慣れていたはずなのに……何だろう。何故か緊張する。
「幸村君、どうかしたんですか?」
俺の様子が変なのを察したのか、心配そうに麦野さんが言う。
くっ、やばい! さっき、先川に変なこと言われた所為で麦野さんを変に意識してしまっているんだな、これは。
とりあえず落ち着け、俺。いつも通りだ、いつも通り。平常心だ。
って、あれ? いつも通りってどんな感じだったっけ!?
「えっと……大丈夫です」
目を合わせておくのはもう限界なので、そう答えて机の上に目を逸らす。
その机の上には、教科書が二冊並べて置かれていて、その前に麦野さんと山中さんが並んで座っているため、おそらく二人で今日出された宿題をやっていたと見て間違いないだろう。
ちなみに日向は、いつも通り画面と対面しながら高速もとい光速でキーボードを叩いている。
どうやら各々自由に過ごしていたようだな。
うん。相変わらず、人助けする部らしからぬ活動で、安心だ。
「麦野、勿論遅れたのにはちゃんと理由はあるぞ。ちなみに二つ、な。一つ目はまあ、単純にトイレだ」
「トイレって……まさか二人で?」
「おい日向、そのこいつらやべえ、みたいな顔で変なことを言うな! んな訳ねえだろっ! トイレに行ったのは俺一人だけだよ」
まあ、厳密に言えば俺もお前の入ってた個室の隣にいたから、あながち日向も間違ってはいないわけだがな。
「じゃあ、もう一つの理由は?」
「おっ! 山中、良くぞ聞いてくれた! その二つ目の理由ってのが、俺とユッキーが遅れた共通の理由。そしてこれが二つ目の理由だ。お前ら、驚くなよ! さあ、入って良いぞ!」
その声に反応するようにドアが徐々に、ゆっくり開き、そして先川の姿が現れる。
「お邪魔します」
そう言って部屋に入ってきた先川を見ている三人は、全員正にキョトンと驚愕と疑問を秤にかけてバランス良く融合したような顔をしている。
まあ、今までこの部室に来た人なんてムサいおっさんばっかで、生徒が来ることなんて隣が部室の麻雀部の子が間違えて入ってくるぐらいだったから、気持ちは分かるんだが、それにしても全員もれなく同じような顔をするもんかねえ。
「えっ、先川さん!? ……何でここに? それに二つ目の理由って……」
「あっ、麦野、それなんだけどな……どうやら先川が第一号らしいぜ。……生徒依頼者のな! それで先川をここまで連れてくる為に遅れたって訳よ」
「そっ、そんな……マジでありますか、部長殿! 最早来ないものだと思い込んでいたのに……。まさか、こんな日が本当に来ようとは」
コピペかっ! ……って、もうそれはいいわっ!
「そうなんですか! ようやく人助けが出来るんですね!」
「やっ、やっと教師の雑用以外の依頼が……!」
まあ、おそらくマニュアル通りの台詞を発してくれた日向も含めて、やっぱり皆、人助け出来ることが嬉しいようだな。
「えっと……」
「ああっ、すまん、先川。お前が初めての生徒の依頼人だから皆興奮してるんだ。騒がしくて悪いな」
「ううん。別に良いよ! それに、騒がしいっていうか賑やかで良い部じゃん」
「ああっ、賑やかっていうのはともかく、良い部ってのは否定しないな。何だかんだで楽しいからな! っと、話が逸れたがそろそろ依頼の話に行こうか」
おっ! ようやく話し合いが始まるのか!
さて、皆座ってるし俺も椅子に座るか!
ちなみに席の配置は第一回の部活会議以来変わっていない。だから今日も皆決められた自分の席に座っている。
……って、あっ! そうだった! この部屋には椅子は部員分しか無いんだった!
俺が座るとなると先川が立たなきゃいけないのか。……流石に依頼人を立たせる訳にはいかないよな。しょうがない。ここは俺が――
「あっ、一個椅子足りねえじゃん! うわっ! こりゃ、誰かに立ってもらわねえとだめだなぁ。こうなると、そうだな……ユッキーとか立ってくれないかな? ユッキーとか立ってくれるとありがてえな。いや、ユッキーなら立ってくれるよな」
「うん、大丈夫。しょうたんなら立ってくれる」
うわっ、こいつらマジうぜえー! どんだけ遠回しに俺になすりつけようとしてんのよ! これならまだストレートに立て、とか命令された方がマシだわっ!
ていうか、お前らに言われなくても立つ気だったっつうの!
「ああ、まあ分かった。俺が立つよ」
まあ、何で俺なんだとかお前が立てやとか思うし、いつもの俺なら拒否ったりもするが、今回は先川の為だから仕方ない。従ってやるか。
はあ……思いやりのない部長を持つと大変だぜ、全く。
「はあ……人に言われないとそんなことも出来ないような思いやりの無い部下を持った俺は大変だな。マジで……」
もうこいつ、いつかマジでヤッテイイカナ?
「あの……幸村君、本当に座ちゃって良いの?」
「ああっ……えっと、別にいいよ。お客を立たせる訳にもいかないし」
「それじゃあ、座らせてもらうね。ありがとっ!」
「さて、それじゃ皆落ち着いたところで本格的に議題に入るか。えーと、それじゃ、まず先川、依頼っていうのは何だ?」
「ああ、うん。私が頼みたいことっていうのはね……」
暫しの間。
「誰かに私の仮の彼氏になってほしいの」
「「「「「……えっ!?」」」」」
かっ、仮の彼氏だと!?
おいおい。一発目からなんつう依頼なんだよ!
「えっと、彼氏って……どういうことだ? というか何故?」
野坂がおそらく皆思ってるであろうことを代表して質問する。
勿論俺もだ。
「あっ、ごめん。いきなり言ってもびっくりするよね。私がなんでこんな頼みごとをするかというとね、私一週間前にあるクラスの子に告白されたの」
「何、告白ですと!?」
それまでパソコンと対面してキーボードをカチカチ打っていた日向が異様に告白という言葉に反応して急に話に入ってくる。
ていうか、日向もそうなんだが他の女子陣も、
「でっ、告白されてどうしたんですか?」
「受け入れたの!? それとも振ったの!?」
告白というワードを聞いた途端テンションを上げて、恋バナモードに突入し出した。
まあ、あれだな。やっぱり女子はこうい恋愛事が好きなんだな。
「うん。まあ、私は彼のこと全然知らないし、正直全く惹かれる要素が無さそうだったかったから、丁重にお断りしたんだ」
先川が髪をクルクル指に巻くなんて仕草をしながら話す。
てか、今さりげなく言ってたけど、全く惹かれる要素無いって、結構酷いよな。俺が言われたら一週間あっても立ち直れる気がしねえよ。
「でも、彼はしつこく理由を聞いてきて、まだよくあなたのことを知らないからって言っても、『じゃあこれから知っていこうよ』とか言い出すの!」
うわっ、うざっ!
「そっ、それはちょっと嫌ですね……」
「きもっ!」
「それは嫌だね。僕なら絶対に友達にしたくないタイプだわ」
「うん。だから私、もう早く解放されたかったから、つい彼氏がいるって嘘ついちゃったの。それで諦めてくれると思ったから。でも……」
「「「「「でも?」」」」」
「私のことよく見てるけど、彼氏っぽい男と歩いてるとこ見たことないから嘘だろっ、とか言い出した訳! もうしつこ過ぎて殺意を覚えたわ」
先川は、さっきからちょくちょくしかもさらっと酷いこと言うな。
とは言ってもまあ、話を聞いてるとしょうがないとは思うがな。男の俺からしても気持ち悪すぎだわ、そいつ。
「まあ、その時は何とか巻くことが出来たんだけど、その後もことあるごとに交際を迫ってきて本当に嫌なの」
「なるほどな。それで誰かに偽の彼氏を短期間演じてもらって、それをそいつに見せつけて諦めさせようってことだな」
なるほど……そういうことか。
まあ、事情は分かったし力になりたいとも思わなくは無いんだが。彼氏役か……。
「うん。そういうこと! ……なんだけど、こんな依頼引き受けてくれる?」
「ああっ! 良いぜっ! その役は俺が引き受けよう」
って、おおっ! お前がやるのか!ナイスだ、野坂。
俺はそんな役、ごめんだからな。さっきのような空気をあと何回も味わうなんて、正常に精神を保てる訳が無い。
「ちょっと待って、野坂! そういうのは、普通こっちが決めるもんじゃないと思うんだけど。先川に決めてもらうべきじゃない!?」
ちょっ、山中さん! 確かに言ってることは分かるけど、ここは空気読んでくれ!
ここはやっぱり、やりたがってる人にやらせるべきだろう。
「うーん。お前の言ってることも一理あるな。確かにこういうのは依頼者に決めさせるべきか。よし、ということで、先川。俺にする?」
「いや、野坂。そこは普通誰にする、じゃない? それじゃ、選択肢野坂しか無いから大して聞く意味無いじゃん!」
「てか、お前どんだけやりたいんだよ」
マジで今一気持ちが分からねえぞ。
「はあ……ったく、冗談だろっ、冗談。お前らは冗談も通じないのか?」
それは悪かったな。さっきのお前の発言からは、冗談っぽさが全く感じれなかったもんでな。
「で、先川。俺とユッキーどっちにする?」
「いや、ちょっと待ってよ! なんで、僕という選択肢が無いの!?」
「お前ちゃんと依頼聞いてなかったのか? 先川は仮の彼氏になってくれる人を求めてるんだぞ。だから、男の俺とユッキーしか選択肢はないだろ!」
「いや、全く僕の質問の答えになってないんだけど……」
山中さんはさっきから何を言っているんだ?
今回は明らかに野坂の言い分の方が正しいだろ。
「うーん、そうだな。どっちにしようかな……」
「求人部以外にもこの扱いっ!?」
「ちなみに、少しアドバイスしておくけど、断然私は部長殿の方が良いと思うよ。しょうたんは女子に免疫無いから、彼氏役なんか勤まるわけないし。それにしょうたんといるより、部長といた方がそいつも諦めてくれるだろうからね」
「なっ!」
えー! 何で、俺いきなりすごい罵倒されてんの!
いや、まあ確かに事実だから否定は出来ないけど、そこまで言うか!?
……って、自分で言っといてなんだが、悲しくなってくるな、これ。
まあ、とは言っても野坂を推してくれたということだけについてはありがたいけどな。
「うわっ、言われ放題だね、幸村! まあ、全部事実だからしょうがないけど」
山中さーん! あんたもさらりと酷いこと言ってるよ!
「まあっ、確かにユッキーなんかよりは俺の方が良いのは間違いないな」
なにっ、俺って嫌われてんの!?
なんで、こんな集中放火くらわされなきゃいけない訳!?
「うーん、そうだな……。あっ、麦野さん。あなたはどっちにしたら良いと思う?」
なっ!? 麦野さんに聞くのか!
まあ、麦野さんなら空気を読んで野坂を推してくれると思うが……。
「えっ!? 私ですか!? 私は……どちらでも良いと思いますけど。二人とも優しいですし」
あっ、どっちでも良いんですか。
まあ、日向は野坂推しで麦野さんがどっちでも良いなら、これで俺という線はまず無いだろう。
とりあえずは安心というところか。
とまあ、確かに安心は安心なんだが……つまり麦野さんにとっては俺が他人の彼氏役なんてやっても特に気にもしないってことなんだよな……。
……何だろう、これ。複雑な気持ちだ。
「なるほどね……」
先川がよく分からない笑みを浮かべて言う。
「えーと、それじゃあ……」
まあともかく、頑張って来いよ、野坂! 俺は心の隅っこ一平方センチぐらいで応援し――
「幸村君、頼んで良い?」
ようと思った矢先のまさかの俺っ!?
「「「「「えっ!?」」」」俺!」
完全に野坂ムードだったはずではなかったのか!
「なっ、なんでユッキーなんどぅあ!?」
野坂の奴、普通ではあり得ない噛み方してやがる。どうやら動揺が隠せないようだ。
勿論俺も動揺指数百分の百だ。
「そうだよ、先川さん。何でしょうたんなんかと!?」
なんか、とは何だ! と言いたいところだが、正直俺もそう思うからスルーだ。
「理由は、まあ色々面白そうだから、かな」
何かのアニメの悪役が良い作戦を思い付いた時にするようなな悪意が籠ったような笑みと、色々っていうのが気になるが、まあ面白そうって言われたのは素直に嬉しい。
良かった。どうやら、さっきのでつまらない男という最低のレッテルは貼られなかったらしい。
でも……
「えーと、俺は……ちょっと……」
「お願い、幸村君!」
いや、お願いされてもなぁ……。
「頼まれてる訳だし良いんじゃない、幸村? まあ、なんとかなるでしょっ」
「いや、無理ですって」
それに山中さん、あんた、さっき日向の罵倒を肯定してなかったか?
「あんたになんか絶対無理よ。……でも、決まったなら頑張りなさいよね!」
「ここでツンデレかよっ!」
てか、まだ決まってねえよ!
「まあ、しょうがない。不本意だが、依頼人はお前を選んだ。だから、譲ってやるよ、ユッキー!」
いや、マジいいです。遠慮します。
「幸村君なら大丈夫ですよ。安心してください、先川さん」
「…………」
もう無理だ。完全に俺がやる空気だ……。
くそー! 嫌だがこうなったらもうしょうがない!
「はあ……分かった。その依頼受けるよ」
空気読みすぎだろっ、俺。
「えっ、本当!? ありがとう、幸村君! じゃあ少しの間だけどよろしくね!」
はあ……どうやら俺の憂鬱はまだ続きそうだ。
初の続編?です。
次回はこれの続きになるので、またお願いします。