トイレと僕ととある天然少年(三人目)
授業が終わったあと、俺はすぐにトイレに向かった。
さっきの自己紹介の失敗で、心配性な俺は誰も気にしてはいないことが分かっていても周りの目が気になってしょうがないため、クラスにいるのが嫌だったからだ。
どこでも良いから逃げ出したい、それで思い付いたのがトイレだった。
教室を出て左斜めに五メートルくらい行ったところにあるトイレに着くと、三時間ぶっ通しで授業だったのもあってかトイレには人が結構いた。
当初は個室に入ってゆっくり時間を潰そうとしたが、こんなに人がいるとなるとそれは色々嫌だし、かといって特にやることも無いのに長居すると変なやつだと思われそうなので、小便器でゆっくり、時間を潰すように用を済ますことにした。
全て出しきっても、まだしているふりをするなんてことをして時間を稼いでいたら、突然隣の便器で用を足してる人に声をかけられた。
「おい、あれ・・・お前・・・」
顔は中の上、俺の苦手な明るいやつオーラを全身に纏ったその声の主は、さっきの自己紹介でかなりの天然ぷりを披露していた・・・そうだ、野坂翼だ。
くっ! まさかわざわざ逃げ込んだトイレでクラスメイトに会ってしまうとわ。一生の不覚だ。ってあれ、俺の一生の不覚はこれで二回目か?
「お前、うちのクラスの、確か・・・ユッキー、そうだ、ユッキーだよな!?」
くっ! 気付いてやがったか。
しかもまた野坂の声が結構でかい。
そんな声でユッキーとか連呼するな。周りの人が、「おい、あいつユッキーだってよ。ダッセー」
と多少バカにした感じで見てる・・・気がするのがとても気になるから。
「なんか、ユッキーって、響きが良いよな。俺、気に入っちゃったわ」
「えっ!・・・あっ、どうも・・・。」
おっ、それは意外だ。
自分で言っといてなんだが、後から考えたら、あれ? なんかユッキーってダサくね? と思っていたところだし、何よりさっきの紹介は確実に失敗したと思っていたから、ユッキーなんてニックネームを誉められるとも、それどころか覚えてすらもらえてないと思ってたからだ。
こんなわずか十秒で思い付いた名前が功を奏すとは、・・・ラッキーだ。
よし、このビッグチャンスを逃す訳にもいくまい。ここで畳み掛けて、友達の位置を獲得しなくてわ。
・・・でも何て話かけるか?
「野坂・・・君は何でこの学校に来たの?」
考えても思い付かなかったため記憶を探り、一番最初に思い付いた、さっき山中さんにされた質問を野坂にもしてみる。
「おおっ!また随分唐突に話が変わったな」
確かに、さっきまでユッキーというニックネームについての話をしていたのにいきなり飛びすぎたか。失敗した。
「まあ、理由っていっても家が近いからなんていう単純な理由だぜ。あとは、可愛い子が多いと小耳に挟んでな。正直俺の学力ならもっと上の進学に有利な学校も狙えたから悩んだけど、結局ハッピー高校生活を選んじまったぜ。まあ、実際来てみたら、うちのクラスだけでも可愛い子多いし来て正解だったけどな」
家が近いっていうのは良いとして、もう一つの理由の方はなんとも不純だな、おい。
それに本人は可愛い子が多いからっていうのはついでっぽく言ってたが、話を聞いているとそっちの方が理由としては大きかったように聞こえたんだが・・・多分気のせいでは無いだろう。
それから小耳に挟んだってそんな不確定な理由で決めるとは、なかなかのギャンブラー精神だな、なんてのも言ってやりたかったが心の中だけに留めて、とりあえず一言。
「斬新な理由・・・だね」
「んっ、そうか?家が近いからって結構普通じゃね?」
いや、そっちじゃねえよ!
「いや、そっちじゃなくて・・・可愛い女子が多いからって方」
まあ、俺も人のこと言える程の理由じゃ無いんだが。
「そうか?そっちも結構普通だと思うんだが」
どこでだよ!
可愛い子が多いからなんて理由で高校を決めるのが普通なんていう世界を俺はまだ知らないし、あるとも思えないね。
「じゃあ、そういうユッキーは何でこの学校に来たんだよ?」
これは特に良い理由も思い付かないし、さっき山中さんに答えた理由で良いだろう。
ということで、さっきの解答をおおまかに再利用して答える。
すると、野坂は腹を抱えてブハハハと笑いだした。
「明らかにお前の方が変だろう」
野坂が笑いながら喋る。
いやいや、どう考えてもお前の方が変だからっ!変な勘違いはやめていただきたいですなー、本当。
・・・こういうのってどんぐりの背比べっていうんだよな。なんかかなり虚しくなる。
「いや・・・結構普通だと思うんだけど」
それでもやはり野坂に変と言われるのは癪なので否定はしておく。
「どこの世界でそれが普通なんだよっ!」
野坂は笑いがおさまってツッコんでまた笑っている。
まさか、ちょっと話しただけでも分かる程の天然にツッコまれるとは・・・。ちょっとショック。
しかもツッコミが結構俺のと被ってるし。
俺と野坂は意外と気が合うということなのだろうか?
「おっと、もう時間だな。さあ、急いで教室に戻ろうぜ」
「あっ、・・・了解」
話しに夢中になっていてお互いに時間を気にして無かったが、気付けば後数十秒で次の授業が始まる時間になっていた。
俺達は走って教室に向かう。
「それにしても、お前なかなか面白いやつだな。これから仲良くしていこうぜ」
これは野坂が走りながらあっさり言った一言。
でもその言葉は俺にとってはこの上なく嬉しかった。