電波系自己紹介
「よし、これで全員回ってきたな? それじゃあ、三時間目のHRを始めるか!」
最後となる俺達の班が戻ってきたところで熱井が皆に呼びかける。
今回の学校案内で俺達が回ったのは、毎週使う美術室、たまに使う理科室や視聴覚室、使う人はとことん使い、使わない人は三年間で一回も行かない、人によっては至福の場所と化す保健室、あとは中学時代の俺が多用した、ぼっち御用達の図書室など、それこそ必要最低限の場所だけだ。
しかし、ただ案内してくれれば良いのに、普段事務の仕事しかしないだろうからこういう仕事は初めてで張り切っていたのか、はたまた熱井に時間稼ぎの依頼を受けたのか、先導の安倍さんは、ある程度決まりがある図書室の使い方はともかく、ご丁寧に行った全教室の詳細説明なんかまでしてくれた。
まあ、その説明の中に「理科室は理科の実験で使います」とか「保健室はケガをした時や体調が悪い時に使いましょう」等、明らかに高校生に言うようなものではないのもあった訳だが……あれは安倍さんなりのジョークのつもりだったのだろうか?
まあそれはともかくとして、そんな訳で全員が回るのにかなりの時間がかかり、三時間あったHRの時間はあと三十分ちょっと程しか残っていない。
そんなんで熱井は何をやるのだろうか?
いや……何となく分かる。
そしておそらくそれは俺が待っていた、新入生が最初のHRでやることといえば――、
「よし、それじゃあ皆には自己紹介をしてもらうかな!」
よし、来た! 予想通りだ。
自己紹介といえば、一番最初に迎える、自分を皆にアピール出来る場だ。
ここで、成功したものはリア充となり幸せの学校生活を……、失敗したものは友達の少ない悲しい高校生活を送ることになるといっても間違いではない、いわば学校生活の分岐点だ。(照太論)
そして、俺には確実に成功するための作戦がある。おそらく大丈夫だろう。
でも、やはりトップバッターはかなりの緊張を強いられるし、最後の方が皆の印象に残りやすいだろうから、ここは頼む熱井……普通に出席番号順にしてくれ。
「じゃあ一番の秋元から出席番号順にやってってくれ!」
ナイスっ! 熱井もたまには良い判断をするじゃないか。ただの空気読めない暑苦しいだけの教師ではなかったってことか!
「ただし、時間が無いから全員、名前と一言程度にしてくれ!」
前言撤回!
何言ってんだ、あいつ! いくらかの作戦を練ってたのに、それじゃ一つしか実行出来ないじゃねえか!
このっ、ミスターKYが!
そんな、俺が不測の事態に焦っているなか、止まることなく他人の紹介はどんどん進んでいき、もう十人程度終わってしまっていた。
まあ、とはいってもまだ三十人程度残っていて、余裕もあるので俺は一旦考えるのを放棄し、他人の紹介を聞くことにした。
……まあそんなものだろうとは思ったが、大抵の人は、名前とよろしくお願いします等の軽い挨拶程度で済ませて終わらせていく。
あれじゃ、全く印象に残らないし、意味が無い気がするんだが……。
どうせやるからには、もう少しインパクトのあることを言うべきだと思う。
だからあの、「私、実はアニオタで、趣味はアニメ観賞と情報収集、好きなアニメは涼宮ハルヒの憂鬱です。ただの人間には興味が無いのでオタク、情報通、イケメン男子がいたら、私のところに来なさい。以上!」なんて、普通の人から見たら痛いことを言ってる、実際周りの人にこいつ何言ってんだといわんばかりの冷やかな目で見られているあの電波な女子は、あくまで俺的にはかなりの高評価だ。
他にもあの女子程では無いにしろ印象に残ったものとして、有名人と一字違いの名前の人や「俺の名前は名雲大地……って、誰だそれ! 俺の本当の名前は野坂翼です」と天然なのか、ボケなのか良く分からない紹介をする人もいた。
それから、それらとは違う感じで印象に残ったのが、このクラスの約四割を占める女子の中で可愛いと思った子も結構いたということだ。
よく見たら、このクラスは全体的に女子のレベルが結構高い気がする。
といっても、結局は今紹介が終わった麦野さんが一番なんだが。
……って、やばっ!
もう既に俺の列の先頭が紹介を始めている。まだまだと油断していたが、もうここまで来てしまったか……。
あっと言う間に俺の番が近づいてきて、もう一人前の山中さんの番になる。
山中さんは俺と麦野さんにしたような挨拶をクラスの皆にもして座る。
しかし音声的リアクションは無いにしろ、やはり大抵の人は驚いたような顔をしている。そりゃ、この顔で男なんて言われたら驚くわな。
……って、悠長に考えてる場合じゃねえ! 俺の番じゃねえか!
俺は慌てて立ち上がる。その際に足を机にぶつけてしまったのは痛かった。
よしっ、とりあえず落ち着け、俺。
まずは、声が小さい奴は暗いやつだというイメージを与えやすい、というのを何かの番組で見たような見てないような気がするので、そうならないように声は大きく出さなくては。
「ぇー……、名前は幸村照太です」
うん、入りは失敗だ。
しょうがない、早速仕掛けるか。
「中学時代は、ユッキーというニックネームで呼ばれてました。……皆さんもユッキーと呼んでください」
まあ、嘘だけどね。
中学時代はニックネームで呼ばれたことはおろか、名前自体数少なかった友達ぐらいにしか言われた記憶が無い程だ。
これの意図は、まず交流を深めるには会話からだが、話しかけるのが苦手な俺は基本、話しかけられていくしか無い訳だが、普通の人からしたらニックネームがあるのと無いのとじゃ、話しかけやすさは全然違うものだ。
親しみやすいニックネームの人には、親しみを覚えて話しかけやすい……気がするからだ。(照太論)
……って、あれ? 全員まさかの無反応!? って、なにこの変な空気!? このクラスに良い反応は期待していなかったが、普通は少しでも何らかの反応は見せるものでは……?
なんか、急にとてつもなく恥ずかしくなってきた。渾身のネタがスベった時というのはこういう気分なのだろうか。まさかそれを我が身が体験することになるとわ。
やばい……ここから逃げ出したい。
「これか――お願いし――」
自分でも聞きとれないくらい早口で言って、さっさと座る。
あー、終わった……。俺の学校生活……。俺は影でポツリと寂しく過ごしていくのか……。
「そうか、幸村はユッキーって呼ばれていたのか! じゃあ、先生も読んじゃおうかな!?」
ははっ、冗談は顔だけにしてくれよ。
熱井が俺の紹介に対してコメントするが、冗談にしてはきつすぎる。
お前にユッキーとか呼ばれたくないわ! 気持ち悪い!
「ともかく皆、ご苦労さん! じゃあ、終わるか! まだ学級委員が決まってないから・・・田中、お前学級委員長って顔してるから挨拶頼む!」
熱井が言うのと同時にチャイムが鳴り、適当な理由で選ばれた田中(女)が挨拶をして長かったHRが終わった。