ヒロイン系美少女(一人目)
時間は8時20分。今学校の校門前に着いた。
いやぁ~、しかし疲れた。
道のりがきついのもそうだが、初日というのもあって飛ばし過ぎたのも原因だ。
頭を上げるのに力を使うのも嫌だから、自転車を止めてハンドルに頭をのせるようにして体を倒していたが、流石に人目が気になってきたので、無理矢理顔を上げる。
顔を上げて一番最初に視線に入ったのは、全体的に白が多く、年代を感じさせる、この学校の校舎だった。当然だが、一ヶ月前に入試で来た時と全く変わっていない。
また動き出して校門を通ると、そこから右側に二十メートルほど行ったところに「自転車置き場」の看板があったので、そこに自転車を置いて、それから校門から真っ直ぐ十メートルぐらい行ったところにある入り口に向かって学校の中に入った。
入るとすぐに靴箱があったので、靴を履き替えて顔を挙げ、そこから周りを一通り見渡す。
感想は、まあ高校っていってもこんなもんかって感じだ。中学と比べて大して変わらない。とは言っても、一応自販機や食堂という中学には無かったものはあったが、それも前に一度見たから新鮮さには欠けるし……。
まあ、そんな俺の心を大して動かせなかったこの学校の一階校舎でも、この日だからこそだが気になったものが二つあった。
まず一つ目は、雰囲気からして俺と同じ新入生だろう。緊張しているのかかなりキョドってる奴や大きな欠伸をしている目がほぼ寝むったままの奴、あとは複数人で話している奴等だ。
入学初日に偶然知り合った奴等がグループを作るというのは考えづらいし、おそらくあいつらは中学時代に友人だった奴等で、「一緒にあの学校目指そうね」とか言って同じ学校を受け運良く受かった奴等か。もしくは中学は大した縁は無かったないしそこそこ程度の仲だったが、いざ受かって高校に来てみると中学の知り合いがいたもんだから興奮して、「あっ、君も受かってたんだ」とか、そんな感じのトークで盛り上がってる連中だろう。
そして、二つ目は靴箱がある玄関から右斜め前方に少し行ったところに置いてあるホワイトボードだ。それには何か貼り紙がしてあるからだ。まあ、察しはつくが。
見に行くと、案の定、それには新入生それぞれがこれから行くべきクラスと一年間を共にするクラスメイトの名前が書いてあった。新入生恒例のクラス表だ。
この学校は、全学年がA~Fまでの六クラスに分けられていて、一クラス四十人、計七百二十人の生徒が通うことになっている。
自分の名前を探して左端にあるAクラスから順に見ていくと、俺の名前は右端に書かれているFクラスにあった。
Fクラスは、俺が入試の時に使った教室だったし、まだあれから一ヶ月程度しか経ってないから、行き道は覚えている。
記憶を辿りながら、ここから右に五メートル程行ったところにある階段を登って、一年生の教室が並んでいる四階に向かう。
階段を一段登る毎に鼓動が速くなっていくのが分かる。
自分から選んできたものの、やはり知り合いがいない不安というものはある。他にも、友達がちゃんと出来るのかなど、新入生特有の不安が教室に近づく度に押し寄せてくる。足取りが重くなり、段々足を動かすのが苦痛に変わっていく。
それでも、高校デビュー達成後のハーレム生活を送っている自分を想像して奮起し、足を無理矢理動かしやっと四階に着く。そしてそのまま、右奥にあるFクラスの教室に向かう。
教室の前に着いたが、扉の前で一旦立ち止まり、どんどん強くなっていく鼓動と気持ちを落ち着かせるために深呼吸をしてみる。
まあ、実際そんなので治まる訳もなく、というかもう破裂するんじゃないかというぐらい強くなっていくだけなんだが。
それからついでに手の平に人という字を書いて飲むなんていう行為も生まれて初めて実行してみたが、こちらも勿論効果ゼロ。
……しかし前から思っていたが、これをやったら本当に緊張をせずにすんだなんて人はいるのだろうか。
少なくとも、俺はそんな話を聞いたこと無いし、直前まで明らかに緊張してた奴がこれを実行した途端顔色が変わったなんてのも見たことが無い。
もし、科学的定義も無く気休め程度でこれを考えた奴がいるなら、俺はそいつに謝って欲しいね。藁をもすがる気持ちでこれを実行した奴だっているんだからな。今の俺とか。
とまあそんなことを考えていた俺だが、ずっとこうしてる訳にもいかないので覚悟を決め、一旦扉に背を向け再び深呼吸。そしてそのまま扉の方を振り返りその勢いでドアをを開ける。
ガラッ、ドン。
勢い余って、少し力をいれすぎたため、スライド式の扉が壁に当たる音が結構教室に響いてしまった。
その瞬間目を伏せてた人や窓の外など扉とは違うところを見ていた人の視線は、一斉に俺に向けられた。パッと見、まだ十個ぐらい空いてる机があるが、今いるメンバーは全員見ている。
しかし……これがまた結構恥ずかしい。
今まで、クラスでも地味な存在に位置していた俺は、皆に一斉に注目されるという経験が無かったからだ。
それなのにまさか初日から、いやそれどころかこんな教室に着いて間もない時からもう注目されることになるとはとんだ予想外だ!
といっても注目されてたのはほんの一瞬で、皆すぐ音の正体と入学初日から教室中に響くような大きい音で扉を開ける奴の顔という二つの疑問を解決して満足したように、ほぼ一斉に元見てた場所に視線を戻した。
しかし、戻し遅れたのか、まだこっちを見てた女の子が一人いて、俺はその子と目が合ってしまった。
目が合うとその女の子はこっちにニコッと微笑みかけてきたが、中学時代に女子と会話どころか目を合わせることすらまともに出来なかった俺は条件反射で目を反らしてしまう。
しかし、一瞬だけしか見ていないその女の子の笑顔には何か惹かれるようなものを感じた。
今度はちゃんとその女の子の顔を見てみたいが、まだこっちを向いていたら目が合ってしまうがそれは避けたい。
やり場に困った俺の目は多少さまよった後、この教室で一番目立つ存在である黒板にたどり着く。
その黒板にはおそらく、俺らの担任になるであろう人が書いたであろう微妙に下手な座席表が書かれていて、俺の席は窓側の一番後ろというベストポジションになっていた。
未だに鳴り止まないどころか、皆に注目されたせいで余計に強くなった鼓動を落ち着かせようと急いで自分の席に座り、特に見たいものもないうえ気にもならない窓からの景色を眺める。
今の教室の雰囲気は、皆今日初めて見る顔ばかりでまだ友人関係が出来上がってない初日ということで、緊張と不安が混ざった静寂に包まれている。
しかしその空気は騒がしい空気が苦手な俺には都合がよく、五分も窓を見たら気持ちは落ち着いた。
そんな目的を達成したところでふとあることが気になった。
それは隣の席に座ってる奴のことで、入っていきなりパニクったのもありちゃんと見なかったが、実はさっきこの席に向かっている時にちらっと女子の制服が見えた気がした。
まあ女子にしろ男子にしろ、やっぱり顔はちゃんと見てみたいし、話しやすそうなら話しかけておいて、一番最初に話した奴として良い印象を残しておきたい。
そんな色々な期待を込めて、意を決し、隣の席の方を見る。
いきなり変わった視界にまず入ってきたのは……女子の制服だ。やはり女子だったようだ。
そのまま徐々に視線をあげていき、遂に顔にたどり着く。ようやく見れたその顔には覚えがあった。
そうそれはさっき目があった、あの印象的な微笑みをする女の子だ。
またその子と目が合ったが、驚いた俺は、やはり条件反射で目を反らしてしまう。
さっきは一瞬しか見なかったうえ動揺してたから、大体で正確な位置は分からなかったが、まさか俺の隣だったとは……くっ、一生の不覚だ。
逃げてやり場を無くした俺の目は隣を見ないように周りをさまよった後再度窓に向かう。そして少し経ってまた冷静になった俺に、二つの疑問が浮かんできた。
一つ目は、ひょっとしてずっとあの娘は俺のことをみていたんだろうか、ということ。
というのも、俺があの娘と目が合ったのは、俺の視線に気付いたあの娘が突如俺を見たからではなく、俺の視線が彼女の目にたどり着いた時には既に彼女は俺の方を見ていたからだ。
二つ目は、二度も目があったのにすぐに反らしてしまった。これは印象を悪くしてしまったか、ということだ。
印象を悪くしたなら弁解したいが、こうなるともう話し掛けづらいし、それにいざ話すとなると、何から、何を、どんな風に話せば良いのか分からない。何故なら自慢じゃないが、俺の脳内データには女子に話しかける時の秘訣なんてもんは存在しないからだ。もし有り余っている人がいたら、マジで分けて欲しいくらいだ。
とまあそんなことを考えていたら突然、トントンと割れ物を扱うかのような感じに軽く右肩を叩かれた。
その瞬間、想定外の出来事に体が思いっきりビクッとしてしまう。
……一体誰だ……?
ってそっちから叩かれたということはさっきの女の子以外ありえないじゃねえか!
……一体何の用だろうか?さっき二度も目を反らしてしまったから怒っているのか?
振り向くのは怖いが無視するわけにもいかず、恐る恐る叩かれた方を振り向くと……やはりさっきの女の子だ。しかもクスクスと笑っている。
もう目を合わせないように俺は最深の注意をしながら相手の顔を見る。
髪は黒色で腰まで伸びていて、鼻は小さめ、唇はふっくりとしていてとても柔らかそうで薄い桃色に近い色をしている。顔は左右全く均一と言っても過言では無いほど整っている。
それから、こういう目で見るのはあれかもしれないけど、体の起伏は並みの女子高生以上はある。
この万人を魅了する顔は間違いなく漫画や小説でメインヒロインを張れるタイプだ。雰囲気もどこかおしとやかな感じがあってそこもなかなか良い。それにちゃんと見ると、笑顔がさっきより五十パーセント増しに可愛く見える。
「あ~、えっと……何?」
そんなことを考えていたら遅れてしまったが、一応答える。しかし、緊張しているせいで声が思ったより出ない。
そんな俺を見て、
「あっ、すいません。えと、私っ麦野琴実っていいます。これから仲良くしてくださいね」と、女の子が笑顔を崩さない言う。
へぇ~、名前は麦野さんっていうのか。なんだか名前も可愛らしい。
しかし、こんな娘が俺なんかに一体何の用だろうか?
正直あっちから話しかけてくれたのは嬉しいけど、どう答えて良いか分からなくて困るっていうのもあるし、何よりあちらの意図が全く読めない。
そんな困惑している俺を見て麦野さんはくすくすと笑いだして、助けようとしてくれたのか俺が何か言う前に、
「あなたの名前を聞いても良いですか?」と切り出してくれた。
質問なら返すのは簡単だ。ただ聞かれたことを答えれば良いだけだ。
「俺の……いや、僕の名前は、ぇと……幸村照太です」
まあ、一人称に「俺」なんか使ったら乱暴な奴に見られると思い即座に言い直したうえに、また声が小さくなってしまったが。
「幸村照太君っていうんですか。なんか、幸村君って面白い人ですね」
「どっ、どうも。……です」
おおっ……なんだろう。凄い幸せだ。
女子と会話が成立したのも久しぶりなのに、そのうえ面白いとまで言われてしまった。
しかも、高校生活初日でこれまたこんな可愛い娘にだ。
これはかなり幸先が良い。
なんだか、このまま高校デビューもすんなり成功してしまう、そんな気もしてきた。
まあ、そんな幸せオーラは微塵も表には出さないが。というよりどんな態度で接すれば良いのかよく分からないし。
「えっとじゃあ、幸村君の出身中学はどこですか?」
また麦野さんが質問してくれたので、記憶を整理し、答える。しかし、俺の発した言葉は突如開いたドアのガラッという音に打ち消されてしまった。
「おっ、全員いるな! じゃあこれから入学式を行うから体育館に行くぞ! まずは、全員廊下に出てから番号順に並んでくれ!」
そう言って入ってきたのは、なかなか良い体つきをした、見るからに熱血教師といった感じの若い男だった。
「あの人私達の担任になる人かな? あっ、それじゃ式も始まるみたいだしまた後で」
そう言って、麦野さんは少し会釈をして廊下に出ていった。
それにしても、あの熱血教師め……来るタイミングが悪すぎる。
せっかく久しぶりに女子と話していたというのに!
ていうか、何だ、あいつ!? 何様のつもりだ!?
……まさかあいつが俺達の担任になるなんていう最悪のパターンじゃねえだろうなっ!?
それははまじて御免被るぜ。
今ので印象は良くないし、何よりただでさえ暑い夏には会いたくない感じだしな。なんせあの顔を夏に見たら、即脱水症状だぜ。ペットボトル一本なんかじゃとてもじゃないが足りないだろう。
――それにしても、はぁ……入学式か。今のでなんか白けたしぶっちゃけかなり面倒臭えな……。