過去
携帯を取り出し確認してみると、時間はまだ七時三十分。大抵の生徒は学校に着くどころか、今から家を出始めるのが大半であろうこんな時間から私は既に学校に来ている。
理由は単純。忘れたパソコンを取りに来たから。あっ、ついでに鞄も。
昨日は学校から走り去った後にパソコンを置いてきたことに気付いてしまった。だけど、取りに戻ることなんて出来る筈も無い。人生最大の苦渋の決断を強いられた私は結局置いてきてしまったけど、なんせ自分の命と同価値のパソコンだ。あれを一時でも目の届かない範囲に置かなければいけないなんて気が気でない。昨日の夜にも取りに行きたいぐらいだったけど、学校も閉まっているから、こんな朝早くに登校してまで取りに来た。
歩いていると、右目に少しの眩しさを感じた。窓から差し込んでいる朝の日差しだ。気のせいか、学校に到着した十分前より大分明るみが増している気がする。
それにしても、普段なら心地良い筈の朝の光。それが今の私には、ただ鬱陶しく感じる。私は顔を背けてしまった。
昨日の夜は本当に何も出来なくて、色々なことを考えて、結局早く寝た。あれ以上考えていたら、気持ちがどうにかなってしまいそうだったから。それに、そんな時に電話とメールを貰ったのにはっきり拒否してしまった。それも罪悪感になる。
暗澹とした気分に未だ変化はない。朝を迎えるのと一緒に日差しが心を晴らしてくれる。そんな淡い期待も叶わなかった。
更に五分程歩き続けると、目的の場所に到着した。もう既に百回は通った、見慣れた筈のその木製のドア。――求人部部室の前に私はたどり着いた。
理由は単純。忘れたパソコンを取りに来たから。あっ、ついでに鞄も。
それにしても、この部屋いつもとは違う……。いや、違って見える。それはこんな早朝だからという理由だけじゃない。……こんな気分で入るのは初めてだ。
さてじゃあ入ろうかな、と何故か呟いてしまってから入ろうとドアノブに手を伸ばした所であることを思い出す。その為手を引き、そのまま夏服の胸ポケットから物を取り出す。 ここに来る前に顧問である校長に、受け取ったこの部室の鍵だ。校長には大事な物を忘れたから取りに行くとだけ説明したら、特に何も聞かずに渡してくれた。なんせこんな朝早くだ。絶対少しでも疑われるだろうと予測していたから、全く何も詮索されなかったのには驚いたけど今は人と話す気分じゃない私にとっては好都合だった。と言ってもどうせ、あの校長のことだから面倒くさかっただけだろうけど。どちらにしろありがたい。
私はその鍵をドアノブに付属されている鍵穴に刺してから一回転させる。ガチャリという音と共にドアは開いたようだ。
受け取った、私の人差し指サイズをした真鍮色のその鍵はしかし見慣れた求人部の鍵とは違う。本来の鍵は、いつもと違って何故か昨日は部長から返ってこなかったということで、余ったスペアキーを受け取ったからだ。でも、心配はなさそうだ。ちゃんと開いた。
よし、行こう。これまた何故か再度呟いてしまってから勢いよくドアノブに手をかけたところで動きを止めてしまう。こんな時間。誰もいない。そう理解しているのに、何故か自然と深い呼吸まで出てしまう。
そしてそのまま勢いを復活させて、ドアを開――
あれっ!?
おかしい。もう一度試みてみる。……でもやっぱり、開かない。
さっき確かに鍵を回した。それに音も鳴った。なのに、閉まっている……?
いや、理由は分かる。答えは単純だ。――元から開いていたんだ。
開いていたのに回したんだから、そりゃ閉まる。でもそんな理由はどうでも良い。私が気になったのは、開いていた理由の方。ドアが開いていた――つまりそれは、部長が鍵をかけ忘れたか、それとも既に誰か来ている可能性が高いということ。誰か、いる?ドアに耳を当てるが音は聞こえてこない。
まっ、まさかいるわけ無いよね。私が鍵をかけた音に反応していないし、こんな時間に来る生徒なんていないだろう。いや、私は来てるんだけど、それは例外で……って、ああ、面倒くさい!
それに大体、昨日部長が鍵をかけたならそのまま職員室に返す筈だ。多分、ポケットに入れたまま鍵をかけるのも忘れて帰ってしまったんだ。きっとそうだ。
あー、バカバカしい。もうさっさと入って、パソコンを取ろう。私はもう一度鍵を回してから、開き直ってドアを押す。
……静けさが支配する室内。私以外に陽光が照らされる生物は見当たらない。とりあえず、誰はいないようだ。
まっ、まあ分かってたけど。別にいたらどうしようとか心配なんかしてなかったけどね。
「……誰かいますかー?」
一応確認してみるけど、やっぱり誰もいない。
ふぅっ、と溜め息……ただの一息を吐いてから部室にある時計を見上げると、時間は七時三十七分。まだ時間はあるし、少しパソコンをやっていこうかな。本当は取りに来ただけだけど色々確かめたいし、それに……教室にはあまりいたくないから。
そう思い立って視線を下ろし、机を見た時にあることに気付く。
私のパソコンが部長の席の前になっている。あれっ、確か昨日私はパソコンを私の席の前に置いた筈……。もしかして、勝手に覗かれた!?
私は小走りで部長の席に向かい、急いでパソコンを起動させる。
……もしかして、皆で私のアニメのフォルダを見たのだろうか……。また、陰で私を嘲笑ってたのか!
段々心臓の鼓動が早くなっていくのが分かる。それと共に、暗澹としている黒い沈んだ気分が増大していくのも感じる。
また、また皆……!
「……日向!」
ガタン。そう大きい音を鳴らしながら私の名前を呼んで、あいつは……机の下から現れた。
☆★☆★☆★☆★
「……日向!」
来ると思っていた。
あいつが命と同価値だと言っていたパソコン。それを一刻も早く手元に戻す為になるべく早く来ると思っていた。そして夜は完全に侵入不可になるこの学校なら、あいつは朝早くに登校してまで取りに来るだろう。そう思っていた。
だから、部室で待ち合わせしていた。どうせ話し掛けても無視される。だから二人きりで、確実に話を聞いてもらえる状況になるように。七時過ぎから机の下で息を潜めていた。
そしてあいつは――日向はやっぱり来た。パソコンは奥の野坂の席の前に置いた。俺は机の中心ぐらいにいる為、あれを取りにいった時点で日向はもう逃げることは出来なくなる。
日向は狙い通りパソコンに向かった。そこで俺は飛び出した。
――でもその顔は穏やかないつもの日向の顔ではなくて、怒りに満ちた、でも哀しみも必死に堪えているそんな顔だった。
「日向……」
「……何してるの?」
マウスを弄くりながら、いつもとは違う声質で話す日向。
とりあえず、良かった。こんな状況でも無視されて話もまともに出来ないんじゃないかと危惧したが憂いだったようだ。
「俺はお前と話しに……」
「……話? 話って何? こんな朝早くに学校に来てまで私をバカにしたかったの?」
「違う! 俺はお前に――」
「やっぱりね」
マウスの動きを止め顔をパソコンからこちらに向け直す日向。
やっぱり……? 何がだ?
「皆で私のアニメフォルダ、勝手に見たんでしょ?」
「そっ、それは……ああ、見た。……すまん」
履歴。再生したデータの再生時間。パソコンに全然詳しくない俺には何を見て判断したのかは分からないが、やっぱりバレたか。後で話が落ち着いてから話そうと思ってたのだが。
「また、またどうせそれを見ながら皆で私をバカにしてたんでしょ!? こんなの見てるんだあいつって……今までみたいにバカにしながら見てたんでしょ!?」
「……日向」
正直、戸惑いが隠せない。いつも見ているものとははかけ離れた日向の顔に。違う口調に。……やっぱり、何かあるんだな。
「違うんだ。日向――」
「違う? ……違うって何が!? どうせ皆変わらない! どいつもこいつもバカにするんだ! アニメだから、それを好きだからってだけでバカにするんだ! 誰も――」
「違う! 俺は……俺らは違うんだよ、日向!」
何があったかは分からない。でも聞いていると、その過去の出来事は日向の心闇、傷になっているように聞こえてくる。
俺が、抉じ開けてしまったんだ。
「だから何が違うの!? 私は確かに聞いた! アニメなんか。アニメなんか好きじゃないってあんたは、言ってた! 部長だってアニメをバカにしてる。なのに何が違うの!」
「それは……本当に悪かった……。それにアニメなんかってどこかでバカにしてたのも否定は出来ない」
「……っ!」
突如駆け出す日向。
昨日のあれは聞き間違いだったのではないか。そんな微かな希望を持っていたのかもしれない。でも、それを今俺がはっきり打ち砕いてしまった。
しかし、俺は今行かせる訳にはいかない。俺が待ち構えている方とは逆側から扉に向かった日向を、扉前に先回りして制止する。
「行くな、日向。俺はお前に話がある」
「……どけて。もう顔も見たくない」
冷淡に言い放った日向の言葉は胸に突き刺さる。だが、
「……嫌だ。俺はお前を行かせない」
ここで行かせたら、取り返しが付かない気がするから。
「……どけて」
「……嫌だ」
「どけて!」
「嫌だ!」
「どけろって言ってるでしょ!?」
「嫌だって言ってんだろ!」
互いの口調は激しくなっていく。それぞれの思惑があって、それぞれ行き違って。でもやっぱり、行かせたくない!
「……くせに。……騙してたくせに! せっかく……やっと分かりあえる人が出来たと思ったのに! あんたは裏切った!」
裏切った……。その言葉は体の奥、どこかに響いた。結果的にはそうなるのか。……何も言い返すことは出来ないな……。
「……それについて反論の余地なんて無い。全くもって俺が悪い」
それは日向の嘘でも誇張でもない、変えようのない真実なのだから。俺の罪だ。
「なら、どけてよ!」
「それは嫌だって言ってんだろ! 聞いてれば分かんだよ。……お前の過去に何かあったことくらい」
「…………!」
普段の可愛らしい顔を歪め激しい剣幕を見せていた日向に、一瞬の戸惑いが走る。
「聞かせてくれないか。……俺はお前に何があったかを知りたい……」
今後の俺達が付き合っていく中で知っておかなければいけないことであろうから。それに……
「……何で話さなきゃいけないの?」
「今後の為に、じゃあダメか? 仲間の傷ぐらい知っておきたいんだ」
やっぱり俺は、仲間が傷付いているのを知って、ただの傍観者に徹することは出来ないみたいだ。
それに俺が知ることで、他人と共有することで、日向自身何かが変わるかもしれない。
「――でも今の俺には、お前に無理矢理聞き出す権利も、いやそれどころか、聞く権利すらないかもしれない。だからお前が拒むなら、俺は諦めるしかない」
「…………」
日向から返答はこない。ただ、非常に乱れている日向の息だけが聞こえてくる。
だが、次第にその息は落ち着きを取り戻し……深く、深く一回深呼吸を完了する日向。
「……話すのは初めてになるかな」
気持ちも落ち着きを取り戻したようだ。さっきまでの憤怒だけの声を必死に抑えこんでいるのが分かる。今は普段の日向のものに近い、しかしどこか切なげな声になっている。
「私がアニメを見るようになったのは中学一年だった。って言っても、小さい時はそりゃ勿論色々な子供向けアニメ見てたんだけど、本格的に見始めたのはね中一だった。……中学に上がって出会った友達が勧めてくれたから。――見た時は衝撃的だった。小さい時に見ていたアニメとはまるで違う。その三十分の中に濃縮されたストーリーや演出に魅了された」
相変わらずの声で語る日向だが、その言葉からはアニメに対しての愛がハッキリと感じられた。
「そこから輪は広がって友達は増えていった。毎日が楽しかった。でも……」
日向の元々真剣だった顔は深刻さを増し、
「二年になって少し経ったある日。突然、アニメ友達だった子が一人不登校になったの。いや……突然じゃなかった……。原因はいじめ。進級してからずっと同じクラスの明るい系の女子にイジメにあっていたらしい……」
イジメ……。まさかの単語に正直驚きが隠せない。
それに、らしい……か。
「その子は人見知りする子だった。本来は人とあまり上手く話せないタイプだったの。でも、アニメの話になるとね。生き生きとして凄く楽しそうだった……。本当に好きだってことが伝わってきて、話してて凄く面白くい子だったんだ……。なのに、そいつらのイジメのきっかけになった原因は何だったと思う?」
イジメの原因か……。おそらくさっきの日向の発言や状況からして……。
と俺は答えに辿り着いたものの、どうやら先程の日向の発言は別段俺の回答を求めてはいなかったようだ。俺が答える前に日向が再び口を開く。
「アニメばっか見てる地味女が、アニメの話になると調子乗るのが腹立った。アニメばっか見てるオタクなんてキモかったからだって。……ふざけやがって」
静かに、だが押さえ込めていた怒りが徐々に溢れ出したように、その日向の口調にはハッキリと怒りが伝わってきた。それでも日向にとってはまだ必死に堪えているのだろう。
だが、最早限界なのは伝わってくる。
「結局その子は転校してしまった。最後まで私達に何も言わずに……」
私達……多分、日向の言うオタク友達全員のことだろう。
その全員に話さなかった……。
俺は先程から思っていた疑問を、日向に訊いてみる。
「日向。さっきからお前は、『らしい』とか『最後まで私達に何も言わずに』とか、その子はお前の友達に、お前には全く相談してこなかったのか?」
日向は一旦目を瞑りふぅっ、と大きく息を吐いてから、目を開く。
「……その子は優しかったから。心配かけない為にクラスが違う私達には何も言わずに、でもハッキリ避けられてたんだ。たまに会った時も、人目を気にしてね。アニメの話をしても前みたいに心から笑ってくれなかった。だから何度も聞いたの。どうしたのって。でも全部、『何でもないよ。大丈夫』って。何も言ってくれなかった……」
震える声。怒りだけじゃない。哀しみも感じる。今でも後悔しているのだろうか……。救えなかったことを、気付いてあげられなかったことを。
「そしてそれ以来、他のアニメ友達だった皆も突然アニメを見るのをやめ始めた。アニメの話をしなくなった。急に、アニメなんて最初から見ていなかったかのように……」
「でも私はそんなの許せなかった。あっちが間違っている。皆それぞれ好きな物があるのは当たり前で。なのにそれを否定するなんておかしい。アニメだから。そればかり見てるから気持ち悪い。――ふざけるな! 何も知らないくせに! まともに見たことも無いくせに、イメージだけでバカにするな! 差別するな! あんな素晴らしいものを侮辱するな! ……だから、私はやめなかった。昨日見たアニメについてとか、話かけてみたんだ。……なのに皆ちゃんと聞いてくれなかった。無視し出した。アニメの話をしようとした私とは距離を置くような奴まで現れて……」
弱々しく、しかしハッキリ分かる声の振動。おそらく未だにこっちを向いている。でも、日向の顔を見ることが出来ない。俺は目を逸らしていた。
その先の言葉は分かる。そしてその予想に相違点はなく、聞こえた言葉は俺の描いたイメージそのものだった。
「そして、一人になった」
一人になった――それを聞いて、胸に何かが詰まったように痛む。
いや、違う。その前からそうだった。でも、今のは特にいたんだ。そして分かった。俺はこの話を全くの他人事だと割り切れていないんだ。日向の気持ちが痛い程、分かるから……。
「私は一人になって、でもそれは覚悟していた。だからアニメがあれば平気だって。友達なんていらないって、思ってた。思ってたつもりなのに……怖くなった。皆、友達と楽しんでる。なのに、私は、私だけは一人。それが怖くなった。――私は分かっていた。アニメ友達だった子は別に私を嫌ってはいない。ただ、アニメの話をしたくないだけ。だから、アニメなんか見るのやめたって、嘘を吐いてまた仲間に入れてもらった。私は、最低の嘘を吐いたんだ。友達に。そして何より自分自身に最大で最低の嘘を吐いてしまったんだ!」
その声には迫力があって。
俺は未だに日向から目を逸らしている。でも、分かる。日向は――泣いている。
「私はアニメが大好きだった。本当に見るのやめようって思ってもやめれなかった。なのにずっと嘘を吐き続けなきゃいけなかった。ずっと私は、自分の好きなものを好きとも言えず、興味のない話を聞いて、話して、作り笑いをして。全く面白くなんかなかった。辛かった! 本当に友達で好きだった子達がただの偽物no友達になったことが!」
未だに忘れることの出来ない、夏祭りに見た日向の儚げな顔、発言。
――皆で遊ぶことが楽しいと分かった。そんな当たり前のことにお礼を言った日向の気持ち。中学時代、日向は偽物の友達と偽物の楽しみしか味わうことが出来なかったんだ。
今事情を知ったからというのが大きい。でも何故、あの時何か気付いてやれなかったんだろう。そんな後悔の念が押し寄せてくる。
「だから私は決意した。中学時代の友達が誰もいないこの高校に入って、私は私の生きたいように生きる。だから、あんな自己紹介をした……。いないならいないで希望を持たないように。……中学みたいに蔑む奴が現れるかもしれない。でも一人になるならそれでも良かった。そういう実験の意味もあったけど……やっぱり好きなことを平気で話せる友達が欲しかったんだ」
日向のあの自己紹介。ただのアニメキャラの台詞のパロディだと、自分自身のアピールだと思っていた。でも、あれは覚悟の現れ。俺と同じく誰も行かないような学校を選んで……日向にとっては全てを掛けたといってもいい発言だったんだ。そんな中、アニメが好き。そう言って俺が現れた。あいつにとって、それはどれだけありがたかったか。どれだか救われたか、想像しか出来ないが俺にも分かる。そんなの、嬉しいに決まってるじゃねえか。先川の言っていた、日向が俺に好意を寄せているというのも今なら分かる。
……なのに、俺はそれを裏切った。あいつの純水な好意を裏切ってしまった。俺の罪はより重くなった。
「……日向」
意識はしていない。自然と口から出てきてしまっていた。
「以上が質問の答え。……そういうことなんだ。結局、私の決意は無駄だったみたいだけどね」
話終わった日向は今にも涙が零れそうな哀しい顔をしている。
無駄だった……。確かに今の状況だけで言えばそうなる。
でも、
「無駄じゃねえ……お前の覚悟は無駄なんかじゃねえ。俺が無駄になんかしねえ!」
日向は哀しそうな顔を引きずりつつも、キョトンとした顔も複合させる。
「何言ってんの……? 無駄じゃないって……私はあんたの所為で――」
今度は一転怒りの様相も表す。
「確かに俺の所為でお前は傷付いた。それは事実だ。だからこれは嘘っぽく聞こえるかもしれない。でも、俺はお前のことを、アニメを見てるからってお前のことをバカにしたことなんかない。それは本当だ」
「だから、何言って――」
「俺だけじゃない、野坂も皆も、お前のことを気持ち悪いなんて思っている奴なんか誰もいねえんだよ! アニメ見てるから気持ち悪いだと!? はんっ、そんなことで人をバカにするなんてとんだ暇人だな。――でも、皆が皆、そんな暇人ばかりだと思うな! んな腐りきった考えに辿り着く程暇じゃねえんだよ、俺らは!」
言い終わってから気付く。日向の目から雫が溢れている。
よく耐えていた、と思う。お前は充分強いよ、日向。
「――なら、何で騙してたの?」
「きっかけはお前が部活に入りやすくするように野坂に促された……訳だが、そんなの言い訳だ。結局、騙してたのは俺なんだからな。……本当はずっと言いたかったんだ。でも、タイミングを逃した上に……」
「……なに?」
くっ……。正直これ以上のことを言うのは恥ずかしい。でも、俺だって苦しみを与えてしまったんだ。これでおあいこだ。ったく、やってやるよ。
「アニメの話してる時のお前の笑顔が眩しくて……その……あー、もう! メチャクチャ可愛かったからだよ!」
聞いた瞬間、再びキョトンとしていた日向が……
「なっ、ななな! なにゅをゆってるの!」
ボッ! と噛み噛みで喋りながら、湯上がりの如き赤面に突然変異する。
なっ、なにお前が照れてんだよ! こっちだって恥ずかしいのに、らしくない反応されると余計困るんだよ!
「とっ、ともかくだ! ……俺はその事を、お前に謝らなければいけない。勿論許す、許さないはお前次第だ。それでも謝るという一種のけじめを俺はつけたい。だから――ごめん、日向。お前を騙し続けていたこと、傷付けたこと。本当に反省してる」
「……本当だよ。昨日は本当に心が張り裂けそうで、今日だって気持ちが暗くて、ずっと胸の辺りに痛みを感じて気持ち悪かった。朝日を見ても心は晴れないし、絶対許すもんかって思ってたんだよ」
胸に左手を当てながら、思い出すように喋る日向。一日中苦しませていたのか……。
気丈に言う日向だが、その感情は決して軽いものではなかっただろう。
「だけどさ、私もしょうたんを追い込んでいたみたいだし、それに、しょうたんには色々教えて貰った。だから許す! 悪気はないことは分かった。それだけで充分だからさ」
「ありがとう、日向。でもな、例えお前が許してくれたって、俺がお前を騙し続けていたのは変えようのない事実だ。もうどうしようもない――だけど、その嘘をこれから本当にすることは出来る」
「えっ、それって……」
最初は意味を把握していない思案顔だったが、どうやら日向は理解してくれたようだ。驚いた顔をしている。いや、喜んでいるのかな。まあ、どちらにしろ分かっているなら皆まで言う必要はないだろう。
「あっ、あとな、日向」
「えっ!? あっ、うん。なに?」
「パソコン、勝手に見てしまった件も悪かったよ」
相手のプライベートを勝手に覗いてしまったんだ。しかも日向も一応年頃の女の子。特にそういうのは嫌だろう。
「あっ、そのことね……。それは、何で見たの? 再生時間を見たら、どうやら私が選んだ神曲ファイルばかり開かれているようだけど」
「ああ、実はな、お前いなかったんだけど……いなかったからこそ、先に選ばせてもらったよ。ライブの曲をな。でも、神に誓って言う。俺達はその音楽ファイル以外には手をつけていないし、なるべく見ないようにした」
「ふーん……そ、そうなんだ。で、結果は?」
恐る恐るといった感じで聞いてくる日向。あんなにあった自信はどこに置いてきたのやら。
「――野坂以外全員アニソンだったよ。野坂も最後はあっさり認めたしな」
「そっ、それって本当……?」
「ああ、本当だ」
「そっ、そっか……。じゃあ、皆の前でアニソン歌うことになるのか……」
おいおい、本当にこいつはあの日向なのか。なんだ、そのしょんぼりしたしおらしい様は。自信が塊になっていたあの頃の日向はどこにいったってんだ。
「……受け入れてもらえるか、不安なのか?」
俺の質問は全くもって的確だったようだ。ビクッと一瞬反応したあと、首肯してくる。
「冷めきった目を向けられるんじゃないかって、アニソンなんか聴きたくねえよって拒否されたらどうしよう……」
……ったく、本当にらしくなさ過ぎる。
「あのな、日向。俺らがアニソンを選んだ理由は、聴いた上で心に響いたものがあったからだぞ。お前の好きだった曲は、正直アニソンに興味があまり無かった俺らの心を動かすことが出来たんだよ。なのに他の奴の心を動かせない道理はない」
「……しょうたん」
「だから、皆に教えてやれよ。私の好きなものはこんなに素晴らしいんだって。いつもみたいに気持ちぶつけてこい。私はこれが好きなんだって。――悪いが、勝手にパートは決めさせてもらった。お前がボーカルだぜ、日向」
「……そっか。うん、分かった。そうだね。私、やる。ぶつけてやるよ、溜めてた鬱憤を。――ありがとう、しょうたん」
もう見ることは出来ないんじゃないか。一度はそう覚悟した笑顔を見ることが出来た。儚さ等どこにもない、純粋な笑顔を。
その笑顔に――正直見惚れてしまっていた。まあ、元々高スペックの顔にこの笑顔なんだから仕方ないと自分を肯定してやることは出来るのだが。
だから問題はそこじゃない。問題は俺が我に返った理由だ。
――突然開いたのだ。こんな朝早くに。この、求人部しか使わない筈の部室のドアが。
……誰だ?
俺と日向はほぼ同時に、その現在進行形前進中の板を見やる。
「よっ!」
完全に開かれた扉の奥からその陽気な声は聞こえてきた。
「野坂! 何でお前いんだよ!?」
野坂が開いた右手を頭の横にやりながら立っていた。
何故、野坂がいるんだ!? 何か忘れ物か。
「部長……」
野坂とは対照的に、気まずそうに野坂から目を逸らしている日向。まあ、気持ちは分かる。というより寧ろ、堂々としている野坂の方が甚だ疑問だ。
だが意を決したようだ。日向は決意を持った目で野坂の方に向き直す。
「部長! あの――」
「ごめん、日向!」
日向が喋っている途中で、突如頭を下げる野坂。
「えっ!?」
そりゃ、驚くわな。俺もそうだ。
「前にお前が聞いた通りだ。ユッキーに嘘を吐くよう指示したのは俺なんだ。だからユッキーは悪くない。全部俺が悪いんだ。本当に悪かった、日向」
野坂は頭を下げたまま、声を大にして謝罪の言葉を述べる。
「……プッ! クックック……」
野坂が謝るや否や、急に体をうずくめて肩を震えさせる日向。
「笑ってる……のか? えっ、何で!? 突然どうした、日向?」
野坂、その疑問は俺も同じだ。日向の突然の奇行? といい、状況が全く掴めん。
「いや……こんな朝早くに私の為に二人共来てさ。二人共、同じように必死に謝るもんだから、なんか面白くって」
「謝る? ……ああ、なるほど。そういうことか。……そりゃ、良かった」
野坂は今度は急に何か一人で理解したようで笑顔になる。
というか、まさか野坂……
「お前、もしかして俺らの話聞いて無かったのか?」
「話? 何のことだ? よく分からんが、俺は今来たところだぜ。そしたら……まあ、予想通りだったんだがお前ら二人の声して、話声も丁度止まったからドアを開けたって感じだぜ」
「マジで今来たのかよ……」
野坂は本当に疑問そうな顔をしている。
なんだ。また扉前にて、聞き耳を立ててていたのかと思ったが、どうやら今回は違っていたようだ。
「まあでも、日向の反応は意外だったけどな。昨日お前が俺に部室の鍵を預けてくれといった時点で何かやるとは思っていたが……やっぱりお前に任せて正解だったようだな」
そう言う野坂の顔には再び笑顔時々安堵の色もはっきり見てとれる。
いやいや、正解、だったのかは分からないが、俺の中で出来ることはやってやったつもりだぜ。
「で、日向!」
向き直す野坂。目線はしっかり日向に固定される。
「俺のことも許してくれるか?」
「……うん。もういいよ。……誰も悪気は無かったんだ。全く悪意が無かった。それが分かったのに、憎しみだけが残り続けるなんてあり得ないんだ。もし残り続けるなら、それは未だに私が過去に囚われている証拠。でも完全ではないけど、多分私は少し抜け出せた。――だから二人共許すよ。それに……私も二人に心配かけたみたいだしね。ごめん!」
「えっ、あっ、いや…」
自分が謝っても許されるかすら分からない。そんな状況で意を決して部屋に入り謝ったら、逆にあっちも謝ってきた。そりゃ、困惑するだろうな。罵られるのも覚悟だっただろうから。今の野坂の頭上には?が見えそうだ。
それに話を聞いていなかった野坂には、日向の過去については分からないだろうに。それでも何も聞こうとはしないのは、あいつにも何か察するものがあったのだろうかね。しょうがないから後で、俺から話してやろうかな。
まっ、それはともかく、
「あれだな。皆、謝った。つまり誰が悪いとか無いんだよ。だから勝手に背負いこもうとしてんじゃねえよ、野坂」
「……その台詞、お前にも分けてやるよ」
ニヤリといった笑顔を相手が向けてきたので、俺もそっくり返してやった。なんか、腹立ったしな。
「そういえば、部長。何で今部室に来たの?」
「んっ、ああ、それな――って、ああっ!」
急に大声を上げる野坂。
ったく、なんだよ。心臓に悪いな。一瞬はねあがった錯覚に陥ったじゃねえか。
っと、俺が野坂に対する不平を脳内に並べていたところで、今度は別の高音が鳴り響く。
――チャイムだ。……チャイム? …………チャイム!
チャイムだと!?
「うわっ、もうホームルーム終わりの時間じゃん!」
その日向の声に反射的に反応し、黒板上に掛けてある時計に目をやると――時間は既に八時半過ぎ。
しまった。遅刻だ! クソッ! 時間のことなんて全く考えてなかった!
「すまん、日向、ユッキー! ホームルーム始まってもお前らいないから担任に呼んでくるよう頼まれてたんだ! ここにいると思って呼びにきたのは良かったが、お前らの声聞いたら謝ることしか頭に無くなっちまってた。すっかり頭から抜けちまってたぜ」
「ったく、お前は……っつっても、時間を全く気にしてなかった俺らが結局悪いのか」
日向との話に集中し過ぎた。ホームルームの始まりのチャイムも鳴った筈なのに全く気付かないとは。
クソッ、これで皆勤賞まっしぐらだったのにおじゃんだ。
「ともかく今は急いで教室に行こう。せめて授業には間に合わないと」
「ああ、そうだな」
「よし、行くぞ、日向、ユッキー!」
野坂に促され三人で一斉に教室から飛び出す。
授業までも残り一、二分しかない。ギリギリか。
「って、あー!」
校則無視の全力ダッシュ実行中の中、一人だけ少し遅れぎみの日向が後ろで声を挙げた。
「なんだ、どうした!?」
「大変です、部長! パソコンを忘れてしまいました! 取りに戻ります!」
「あっ、おいっ、日向! お前遅れるぞ――って、あー! 俺も鞄忘れてきた!」
「ユッキー、お前もか! お前ら、悪いが付き合ってる暇が――って、あー! 鍵かけてねえ!」
――結局三人揃って、一時間目授業担当の熱井に暑苦しい説教をくらった。
エピローグ
「もうそろそろだ。――準備は完璧だな」
勢いを増していく鼓動。その、自分の生の為に必要な最低限の強さなど優に越えた、激しくハイペースなリズムを刻んでいる振動がはっきり感じられる。
練習はしてきた。休日返上、平日は放課後準備が終わってから。それこそ、休みの無いくらいやってきたんだ。お陰でお世辞にも上手いといえないレベルだった私達がお世辞でなら上手いといわれるレベルまで上がった。心配ない。大丈夫だ。……その点は。
部長は始まる前に、求人部にとってこのライブは転機になるかもなと言っていた。でもその転機の中に、私自身の転機が入っているというのも分かっている。
このライブはただのお披露目会じゃない。私が過去から抜け出す為の最終試験だ。
『では、次は求人部の皆さんによるライブパフォーマンスです! どうぞ』
確か実行委員とか言っていたっけ。司会をやっている黒縁眼鏡君が今までのが引き続いた明るい調子で求人部の名前をコールする。
ドクン。心臓が大きく跳ねる。一瞬、自分の体内に固定されている筈の心臓が、定位置からずれた気がした。
遂に、来た!
「よっ、よし、皆!」
あらかじめ決めていた部長の呼び掛けで、皆が集まり輪を作る。
「お前ら、練習の成果、全部見せ付けてやれ! んじゃ行クゾ! あっ……」
声が裏返った。なんとも締まりのない円陣だ。でも、皆の顔には笑みが浮かんでいる。
もう一度、「さて、行くぞ」。そう言い直した部長を先頭にしょうたん、私、アース、むぎのんの順に上手からステージ上に出ていく。緊張で笑顔なんか作れないけど、見える範囲にいる前の二人の、歩きがぎこちないのが面白いと思った。
「やっ、ヤア、諸君! 待たせたな!」
一番かっこいいからとベースを選んだ部長にバンドのアース、それからキーボードのむぎのんと、ギターのしょうたん。各々、所定の位置まで移動したのを確認したところで、部長が相変わらず声を裏返しながら、何故か上から目線の挨拶を済ます。
あっ、あの部長がここまで……! と思いつつも気持ちは分かる。
今までのグループはどれも、最高潮とはいえなかったがある程度の盛り上がりはみせていた。それを途絶えさせてしまわないかという不安。そしてそれに伴う緊張。心臓の奴は治まってはくれない。でも、
――大丈夫。自分の好きなものを信じて。
そんなことを言ってた奴がいた。
全く偉そうで、そんな簡単に言うなっとも思ったけど……全くその通りだ。
それにもうどう足掻こうとライブは始まってしまった。こうなったら、やれるところまでやるだけだ。当たって砕けろ精神で行ってやる! 砕けたくないけど。……いや、違う。――砕いてやるんだ。忌まわしい過去を。
「メンバーは――」
バンドメンバー全員とそれぞれのパートの説明を終えた部長はマイクを私にパスしてきた。手に届くと共に甲高いノイズが走る。
……いよいよ私が喋る番か。
その既にぬるぬるとして触り心地が不快なマイクを、力を入れて握ってしまう。
「では歌っていきたいと思いますが、その前に――」
言わなくてもライブに問題はない。どころか、寧ろ言わない方が得策だろう。
でもこれは、私が過去を乗り換える為には言わなくてはいけないこと。最低条件。
私は、マイクもしっかり拾ってしまう程、大きく息を吸い込む。
「今から私達が歌う曲は……全てアニソンです」
声が震えてしまった。途中で途切れてしまいそうになったが、必死に繋ぎ止めることは出来た。でも、そのまま矢継ぎ早に話すことは出来なかった。間を、作ってしまった。
――ヤバイ! 反応が……怖い、怖い、怖い……
『うおー!』
聞き間違い、だろうか?
期待していたのに、でも実際に聞くと信じられない声。
いつの間にか閉じてしまっていた瞼をゆっくり上げ、そのまま観衆を見渡す。
そりゃ、全員じゃない。疑問そうな顔をしている人や驚いたような顔をしているもいる。だけど――確かにいた。
手を突き上げ、笑顔で声を上げている人が。
「っ!」
目頭が熱くなる。目から何かが溢れそうになるのを感じ、私はその聴衆達から思わず目を逸らしてしまう。そしてその行為を正当化させる為、私は右回りで、私の横から後ろに半円を描くように配置されている仲間達の顔をゆっくり見ていく。
部長、ことみん、アース。全員、笑顔で私を見送ってくれる。そして最後に、私の左隣にいる――あいつが同じく笑顔で、でも左手親指を立てるなんて行為をしてきた。それに伴って、なっ、言った通りだろ、って感じのなんとなく優越感を感じているような顔をまでしているし。微妙に腹が立つ。でも、ようやく。私は頬を緩めた。
「じゃあ、一曲目――」
仲間の演奏が、私の歌声が皆の心を響かせることが出来たかは分からない。これでアニソンの良さが伝わったかは分からない。でもその後のライブは、皆一つになって、皆笑顔になってくれて、私は楽しい時間を過ごせた。今はそれだけで充分だ。
☆★☆★☆★☆
初日、そして本番の二日目と何事もなく、しかし俺に……俺達にとって特別になった文化祭は終わりを告げた。しかし、何だか……寂しいな、これは。俺がここまで行事の終わりにもの寂しさを感じたのは初めてな気がする。なんせ、今までは何があっても俺なんて影もの。際立って何をすることもなく、ただただ終わりを迎えていた。なのに今回は……本当に寂しいな。
そのぐらい今年の文化祭は今までに感じたことのない、本当の意味で自分も参加出来たという団結感と……まあ、一言で言えば楽しかった。その一言に尽きる。クラスの皆と協力して文化祭を準備したのも、ポテトフライを完売したのも。まあ、販売に関しては全然接客が上手く出来ず、全くといって良いほど貢献は出来なかったが……。
そして、それに何より求人部の皆と、生徒全員と一つになって演奏出来た、あのライブ大会。あんなに過ぎていく時間が惜しいと思ったのは初めてだった。
本当に、楽しかったよ……。
と、そんなベストメモリー文化祭から、片付け、休みを三日挟んで、今日は久しぶりの普通授業。
……なのだが人間、気持ちなんて現経済社会じゃないのだから、そうポンポン変われるもんじゃない。未だに残留している文化祭の余韻が今日という日を憂鬱にしてしょうがない。……というのが朝までの心情だった。
でも、今は違う。さっき学校に着いてこの席に座るまで今まで話したことの無いような人まで声をかけてくれた。おはようとか、ライブ良かったよとか、楽しかったぜとか一言程度なのだが、そんな些細なことが俺にとってはとても嬉しいことだった。全く文化祭はとんでもなくありがたい余韻を残していってくれたよ。多分、俺だけじゃなく、皆にもな。
――俺は、席を立って移動する。
向かう先には、先程までクラスメイトの男子と笑顔で何か話をしていた、今日も相変わらずチャームポイントのポニーテールを引き下げながら携帯を高速でタッチしている女子が一人いる。
何を話していたのかは何となく察しがつくがな。
「よっ、日向!」
「えっ、うわっ、しょうたん! 急に声かけないでよ。ビックリした」
急に声かけるなって、話掛けるなと同意義じゃないか。
「……まあ、すまん。それより日向、さっき何の話してたんだ?」
「んっ、ああ、あのね、アニメについてだよ!」
こっちまで自然と笑みが溢れるような、そんな嬉しさが滲み出た笑顔で言う日向。
やっぱりな。あのライブ以来、日向が俺以外の者とアニメトークしているのを見かけるようになった。その時日向はいつも笑顔を見せるのだが、今回もそんな笑顔で話してたからな。
「……しょうたん。あれ以来私楽しいよ。誰にでも何も迷わず、アニメの話をすることが出来るようになった。……多分過去から抜け出せた」
「そっか……」
それは良かったな、とはあえて言わない。
でも、本当に良かったな。そう思う。
「だからさ――ありがとうね、しょうたん」
「ああ……」
やっぱりその方がお前らしい良い笑顔だよ。なんて思ったが、そんなことは照れ臭いから言わないでおこう。
……さて、んじゃあ次は俺の番か。
「話変わって、そういえば日向――」
昨日見た作品の話でもしてみようかな。