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半日常っ!!  作者: カオス
17/19

文化祭超会議

 あの花火大会から早二週間。

 九月になり、ありがた迷惑なことに夏が残していってくれた肌に気持ちの悪い暑さも、繁忙期を終了した太陽様と共に勢いを失っていき、今や秋特有の涼しさが若干勢力を拡大しつつあるそんな時期。学校は再開され、それはつまり俺の放課後部活ライフの復活も意味している。


「今日の議題――文化祭での求人部のライブについて!」


 バンッ、と文化祭超会議と赤いチョークで書かれた黒板を叩きながら声を張るのは我が求人部部長、野坂翼だ。

 またいつも通り、突発性放課後会議症を発症した野坂によってホームルーム終了早々に部室に連行された俺達は、今議題を初めて聞かされた訳なのだが……ライブだと!?

 いつもの如く、急に何を言っているんだ、こいつは!


「ということで、ライブでなにやりたいか意見ある者いるか?」


「おい、ちょっと止まれ、野坂!」


 左手を開いて前に突きだし、待てのポーズ。ついでに右手で額を押さえるなんてこともやってみる。

 ったく、本当にこいつは……。


「んっ!? なんだ、ユッキー? 意見か?」


「違うわ! お前はいつも話が唐突過ぎなんだよ! いきなり会議やるからと招集されて、議題は求人部の文化祭でのライブについてです。はいじゃあ、意見出して、じゃ話飛びすぎだろ! まず何故ライブなのか教えろ」

 他の皆もうんうんと頷いて、俺に共感してくれている。


「まあ、そうだな。じゃあ、まずそこから説明しようか」


 そう言うと黒板に何かを書き出す野坂。……高校最初の学園祭? そこから=で繋いで、チャンス=ライブやる=求人部の知名度が上がる=有名=俺、モテると書かれている。

 ……、


「はっ?」


「はあっ!? ユッキー、まさかこれ見てまだ分かんねえの?」


「ああ、まあ確かに、お前の頭がどれだけ常人とかけ離れているかは未だに推し測ることは出来んが……特に、何故ライブなのかと何故俺らがお前の好感度の為にライブなんかに付き合わなきゃいかんのか、それが分からん」


 他にも有名=俺、モテるはジェット機もびっくりのぶっ飛び具合なのが気になったが、まあ今はそれは良いだろう。


「……まあ、色々言いたいことはあるがしょうがなく置いといてやろう。――で、ライブにしたのは、まあ簡単に言えば俺がやりたいからと一番かっこよさそうだからってとこだな。でもまあ、良いじゃねえか。これってお前らも有名になれるチャンスなんだぜ?」


 ピクッと反応してしまった。

 ――有名になるチャンス、だと……? ふむ、それは悪くないかもしれん。


「それに高校生活最初の特別な学園祭。やっぱり思い出の残るものにしたいじゃねえか」


 その気持ちも分からなくもない。でもな……。


「野坂、ライブって文化祭一日目のパフォーマンス大会ででしょ?」


「んっ、ああ。そうだぜ、山中」


 何故か必要の無い挙手をしながら山中さんが口を開く。山中さんの言うパフォーマンス大会――この学校の文化祭は十月の始めに二日に渡って行われ、外部の人を呼んで主に模擬店を開くのが二日目、初日は生徒向けのものとなっている。まあ要は、本番は二日目で初日はその前日祭と言ったところだ。で、その前日祭の方で開かれる最ビッグイベント。それがパフォーマンス大会だ。

 出場は何人でも、何をやっても良いことになっていて、一週間前までに職員室前に置いてある紙に参加メンバーとやるパフォーマンスを書いて出せば、基本的にクラス・部活・友人グループ、なんでも参加可能。

 しかし、それに求人部で参加、しかもライブをしようとはな。

 確かに出て有名になりたい気持ちはあるが、実際問題なかなかの無謀っぷりは相変わらずだ。


「でも野坂君。これからクラスの方の準備も始まっていくので、ライブをやると言ってもなかなか練習の時間を取れないんじゃないでしょうか」


 だから、何故か必要もないのに挙手をしながら言う麦野さん。麦野さんの言ったことは全くもってその通りだ。

 我がクラス一-Fは二日目にフライドポテトの模擬店を開くことになっている。それに関する準備でただでさえ忙しくなるというのに、ライブなんてやることになったら、時間もそうだが労力も想像以上になるだろう。しかも、学園祭まで残り約三週間。仮に練習したとしてもろくなものは出来ない気がする。ただ恥書くだけってんなら、俺は御免だね。


「まあ、大丈夫だろう。これからの放課後、休日全て練習に注ぎ込んでいけば。何より、俺は既にベースの練習を始めてたぜ」


 お前は、ベースで決定なんだな。しかも気が早すぎる。

 それに……休み返上か。本当に休める時間無しか。


「まあでも、よく考えたら全部俺が勝手に考えたことだ。人に強制させるのもあれだな。それに強制されてやってもどうせ上手くいく筈がない。だから――本当にやっても良い、やりたいという者だけでやろうと思う。ってことで――今までの踏まえて、やりたくない、出来る訳がないと思っている奴は誰かいるか?」


 ……出来る訳がない。と思う反面、このメンバーなら必ず成功させる、そうも思えてくる。

 やりたくないか? 最初はいきなりライブと聞かされて驚いた。でも有名になる云々を抜きにしても、そう聞かれたら俺は答えるだろう――そんな訳が無いと。気持ちは全く野坂と同じだ。


「……そうか。誰も手を挙げない、か。――よっしゃー、よくぞ、着いてきてくれることにしたな、お前ら! 全員でやれるようで、嬉しいぜ!」


 ほらな、やっぱり全く一緒だ。

 日向の、泣くな部長ーという冷やかしに「はっ、泣いてねえし」と対応する野坂を見て日向も含め皆が微笑む。勿論俺も。


「とっ、ともかく話を戻すぞ! お前ら、何かやりたい曲あるか?」


「――部長、はいっ、はいっ!」


 野坂が言い終わるや否や、反射並のスピードで手を挙げたのは日向だ。例の如く、キーボードに対して物理攻撃を与え続けているサドスティック少女の神経は二分されているのだろうか。


「却下! 他に誰か意見はあるか?」


「ちょっと待って、部長! 何で!? 私まだ意見も言ってないんだけど!」


「いやだって、お前のことだから、どうせアニソンだろ?」


「いやまあ、そうですけど……」


「俺アニソンあんま知らねえし、アニソンよりロックの方が良いだろう」


 お前の希望はロックか。まあ、妥当ではあるな。


「ハァ……。これだからど素人は……。ロックなんかより断然アニソンの方がマシですから」


 日向は両手を開いて肩を竦め、やれやれのポーズ。溜め息を吐きながら頭も左右に軽く振っている。なんか俺が言われた訳じゃないのに見てると腹立つ行動だな。

 それに、アニソンね……。俺もよく知らんし、日向とアニソンの話になんてなったら色々面倒だからな。個人的には野坂推ししたいところだが……。


「誰がど素人だ! お前の方がロックの良さも分かんないって、おいおい、あんた本当に人間ですか、って感じだわ! アニソンなんかカラオケで一人で歌ってろ!」


「なっ、アニソンの名曲、いや神曲(かみきょく)を語らせたら一日喋り続けられる私に向かってど素人だと……! 言ってくれるな小僧!」


「ちょっと自分が誕生日早くて歳上だからって小僧とか言うな!」


 そんな意図は日向にも無かったと思うんだが。

 ていうか遂には、


「アニソンにはあまり知られていない、隠れた名曲が多数ある。それらを大舞台に導くのが私の生まれてきた理由なんだ」


「ロックで客の魂にビートを刻み込むのが俺達なんだよ!」


なんて個人色が濃厚クリームより濃すぎる意見をぶつけ出し始めてきた。なに、この不毛な争い。これは終わる訳がない。ただでさえ時間無いのに――


「あー、もう! だからアニソンの方が明らかに心に刻めるんだって! ――ねえ、そうだよね、しょうたん?」


 更に無駄な時間が――って、ハァッ!?

 なにっ、急に、俺!? 何で今の流れで俺になんだよ!?


「えっ、いやっ、まあそうだな……」


 日向の奴、何巻き込んでくれてんだよ! くそっ、俺にはこう答えるしか無えじゃねえか!


「ほらっ、部長!」


「おいっ、お前救援呼ぶなよー! ずるいぞー! 正々堂々、一対一で勝負しろよー!」


 ガキかっ!


「良いじゃん、しょうたんは同志なんだから!」


 ここまで言われて嬉しくない同志は初めてだ。というか同志になった記憶が脳内をくまなく探しても全く無いんだが。

 大体そんなこと言われても困るんだよ……。

 こうなったら――


「いや、でも、今回は野坂のロックでも良い気も――」


「ハァッ!?」


 ビクッと体が強ばってしまう。

 なに、今の声!? 静けさの中にとんでもない迫力があったぞ! もしかして……怒ってらっしゃる?


「……しょうたん。……あんた、それでも本当にアニメファンなの……?」


 なにっ、この噴火寸前の活火山並の恐怖! こっ、怖い……。

 アニメファン? 俺、違うんですけど――なんて言えねえ……。


「すんません。俺間違ってました。やっぱアニソンっすね」


 屈してしまった。我ながら情けない。


「ほらっ、部長! これで二対一だ!」


 くっ! 俺をその二に入れられてしまってるのが不本意だ……。


「クソ……って、待て、日向! まだ麦野と山中がいるじゃねえか。二人の意見も聞かないとだめだろ」


「えっ、僕!?」


「私もやっぱり選ばなきゃだめですか……」


 咄嗟の野坂の閃きに二者各々の反応を見せる山中さんと麦野さん。

 よし、よくやったぞ、野坂! これで逆転の可能性も出てきた。


「そっ、そう来たか……!」


 日向も野坂の予期せぬ反撃に戸惑っているようだ。


「ふっ。ってことで、どうだ、二人共。ロックやりたくないか?」


「あっ、部長! それ誘導尋問じゃないですか!」


 お前が言うな! ワンレベル高い誘導しやがって。圧力的な意味で。


「決して誘導尋問じゃない! なら、まず麦野。ロックかアニソンでも、違うのでも良い。なんでも良いから、何やりたい?」


「うーん、そうですね……」


 麦野さんは大分苦慮しているようだ。しばらくシンキングタイムに入ったが、再び野坂と日向が言い合いを始めたところで遂に口を開く。


「クラシック、なんてどうでしょうか?」


 他の者の顔を見る。絶賛、放心中。ポカンとした顔をしている。多分、俺もだ。開いた口が塞がらないとはこのことか。

 麦野さんはせっかく来て頂いたお客様に睡眠サービスを提供してあげたいのだろうか。


「えっと……麦野、気使ってくれてありがとうな」


「えっ、なんのことですか?」


 本当に意味が分かっていないようで、首を傾げる麦野さん。


「あたしたちが言い合ってたから和ませてくれようとしたんでしょ? ……なんか、ごめんね」


「…………?」


 ごめん、ごめん。どっちになっても悔いなしでいこう、と熱い握手を交わす野坂と日向。

 結果的に麦野さんの冗談は成功だったようだ。


「クラシックじゃダメでしたか……」


 冗談、だよな?


「えっと、じゃあ、最後に山中!」


「よしっ、僕ね。んーと僕はね……」


 左手人差し指を下唇に当てながら考え込む山中さん。男がそんなことしていても気持ち悪いだけなのに、男の娘の山中さんがやると、そこら辺の女子よりは魅力的に見える。それに、唇も指も綺麗だな。


「――ロックに一票かな」


「山中ー!」


「アースー!」


 二人はどちらも等しく山中さんの名前を叫んでいるのに、雰囲気は全然違う。


「なんでロックなの、アース!?」


「まあ、気分かな」


 なんて単純な理由なんだ。だが、そこさ良い。

 ということで、これで二対二だ。


「まさかの同数票か……」


 ポツリと呟く野坂。すまん、野坂よ。本来なら三対一だったというのに……。


「こうなったら、もう麦野にどちらかに選んでもらうしかないか」


「えっ、だからクラシック――」


「――さて、麦野さん、どっちにします!?」


 麦野さん、まだクラシック諦めてなかったのか!?

 というか、俺の正面の日向と黒板前の野坂が麦野さんに向ける期待の眼差しが凄すぎる!


「……そうですね。んー、……私はどちらも聞かないのでどっちが良いとかよく分からないんですが……」


 まあ、ライブでやる曲でクラシックを推薦した時点でなんとなく分かっていたが、やはり麦野さんはあまり曲を聞かないようだ。となると興味の無い二つから択一しなければいけないというのは酷か。


「なあ、野坂、日向。麦野さん、よく分からないみたいだしさ、明日お前らがそれぞれ自慢の曲を聞かせて選んでもらうって形で良いんじゃないか?」


 間に割り込む形で提案をしてみる。さて、どうかな。


「おおっ、なるほど! そりゃ、良い。これで他の奴にもロックの良さを教えてやれるぜ」


「その台詞は私のもんですよ。神曲アニソン聞かせて、全員号泣させてやりますよ」


 どちらも賛成してくれたのは良かったが、バチバチという擬音語が聴こえてきそうな程、睨み合う野坂と日向。


「麦野さんも良いですよね?」


「はっ、はい。それなら大丈夫です」


 麦野さんも安堵の表情に変わりつつ了承してくれたことだし、これで問題は――


「ちょっと待って、皆。その方法でやろうにも、うちの部室には音楽機器なんて無いけどどうすんの? そういうの持ち込み禁止されてるし、音楽教師に借りるにしても、もう既に他に出場するチームに借りられている可能性が高いと思うけど……」


 少し憂い顔でそう言う山中さん。

 えっと、音楽教師に借りれないというのは確かにそうだろう。

 聞いた話しよると、どうやら毎年パフォーマンス大会には約十数チームが参加する。明日もどれかの班がCDプレイヤーを使うのはおそらくもう決定しているだろうから普通なら俺らに音楽を聞く手段がない。だが、一つあることを忘れているようだ。その点に問題は無いんだけどな。


「いやいや、山中。その点に問題は無いぜ」


「えっ、何で?」


 さっきの麦野さんのように小首を傾げる山中さん。


「だって、私のパソコンがあるじゃないですか!」


「ああっ! なるほど」


「だから、その点に抜かりは無し! 流石、私!」


 そうそう。普段から何気なく使っているから忘れやすいが、こいつがパソコンを持ってこれているのは特例だ。部活時のみ使用可能という条件で持ち込みが許可されているからな。


「ナイスだ、日向! イェーイ!」


「イェーイ!」


 掲げた野坂の手に立ち上がった日向が手をぶつける。バチンと、良いを通り越して凄い音の鳴ったハイタッチだ。少し日向が涙目になっているのは気付かなかったことにしてやろう。

 というかこいつらはさっきから、いがみ合ったり喜びあったり情緒不安定なのだろうか。どんな打ち切りマンガにも、ここまで共闘と裏切りを繰り返すキャラはいないだろう。


「まあ、ってな感じで麦野には明日ロックの良さを知ってもらうとして――」


「アニソンだ!」


 もうしつこいな、こいつら!


「……じゃあ、麦野には明日ロックかアニソンか決めてもらうことにして、まだ決めたいことがある。各パートの担当をについてなんだが――」


 結局その日は、曲は明日麦野さんに決めてもらうということだけ決まって、終了した。


  ☆★☆★☆★☆


 はっきり言って何も決定することの無かった会議から一日開けた今日。

 ようやく授業という呪縛から解き放たれ、俺は本日も部室に向かって一直進。着いてみると誰もいず、俺が一番乗りっぽい。もう約半年程通っているのに、案外こういうのは滅多に無かった気がする。

 なんてことを自分の指定席に座りながら考えていたのも束の間。孤独な空間にすぐに新たな仲間が加わった。――日向がいつも通りの白のエナメルバッグを掛けながらやってきたのだ。


「あれっ、しょうたん一人? てか、一番乗り?」


 同じく自分の席に座った日向が、物珍しいものを見るような目を俺に向けてくる。

 まあ確かに、俺が一番乗り、かつその上で日向と二人きりというのは初めてのシチュエーションだからな。


「ああ、まあ、今のところはな」


「ふーん……」


「…………?」


 言いつつ、日向は何故か嬉しそうな顔に変化していったのが気になった。

 なんだ、この感じ。嫌な予感しかしてこない。何故だ? 日向と二人だから緊張しているのか? 

 ……んっ? 日向と二人……?

 ――これはやばくねえ!? いや、マジでやばい! はっ、早めにぼっちと野坂のお供、トイレに逃げ込まなくては!


「ねえ、しょうたん。丁度二人だし、アニメの話しよう」


 どぅあー! 遅かったか……。立ち上がろうとした瞬間に先手を打たれてしまった。……最早、付き合うしかないのか。


「……アニメってなんの話するんだ?」


「今回は私がアニソンの神曲を選んできた訳だけどさ、しょうたんにも勿論個人的神曲っていうのはある訳でしょ?」


 いやそんな、あって当たり前みたいな、感じで言われても。携帯あるっしょ的な感覚で言ってるが、それに関しては全く持ち合わせた記憶がない。

 まあ、もう既にないと言うには時間が過ぎてしまったのだが……。


「……ああ、まあな」


 ああ、ここから、それって何? って話になるのだろうか。そしたら完全アウト――


「ちなみに今回私が選んできた曲はね、ネット上では国歌と呼ばれている――」


 語りだした。日向お得意のマシンガントークだ。これはたま切れがともかく遅い。正直聞いているとこっちの脳の情報処理能力が追い付かなくて疲れるのだが、今回はありがたい。

 頼む! この間に誰か来てくれ!


「――で、三年前だったかな。この曲を初めて聞いた時に――」


 日向への脳内攻撃はまだ続く。というか、なんか回想に入り出した。

 くっ! まだか? 早く誰か来い!


「――で、あるからして――」


 まだ続くのかよ! しかも誰も来ねえ! どうなってやがんだ!?


「――――って、感じなんだ! どう思う?」


「……うん、良いんじゃないかな」


 おっ……終わった……。長かった……。


「ふあ~あ……」


 話終わった日向は、右手首を左手で掴みつつ上に大きな伸びを伴ったあくびをしている。

 あくびが出そうだったのは俺の方がだっつうの。

 とは言っても、これはチャンス。この機を逃してなるものか。


「あれっ、日向、どうしたんだ? 大きいあくびしちゃって?」


「えっ、あっ、うん。ちょっと寝不足でさ……ふあ~あ!」


 もう一度大きいあくび。よしよし、狙い通り。これで話の主導権は俺がゲットした。


「寝不足って、いつも夜何してんだ? ああ、前聞いたアニメ以外な」


「むぅ……アニメ以外か。なら、ネットで知り合った友人と会話したりするかな」


「へえ……あの、前言ってたBBSとかいう奴か?」


「それもあるけど、SNSとか今はネット上のサービスが充実してるんだよね」


「へえ……そうなのか」


 全く知らなかった。それにSNSって何だ? どっかで似たようなのを聞いたことがある気がするんだが。――世界を何気に盛り上げる為のサービス? まあ、いいや。


「で、友達って、お前結構いるのか?」


「結構いるか? ハァ……しょうたん。誰に向かって言ってんのさ」


「クソニートオタクの日向葵」


「オタクはともかく誰がクソニートだ! ……っていうのはまあ置いといて、ネト充である私に向かってよくそんなこと言えたね」


「はいっ!? ネト充?」


「そう。ネット生活が充実したもの、ネト充」


 寧ろ悲しくないか、それ。


「で、そいつらと、えっと……世界を何気に盛り上げる為のサービスだから……SNMSで話あってると?」


「はっ!? 世界を何気に盛り上げる?  SNMS? ――ごめん、何言ってんの?」


「あれ、違った?」


 なんか恥ずかしい。


「全然じゃないけど違う。私が言ったのは、SNSね。ソーシャルネットワーキングサービス。コミュニティ型の会員サービスのことね」


「はあ……」


 説明されても今一分からない。これがネト充との差か。


「じゃあ、しょうたん今期アニメ何か見た?」


 じゃあの使い方がおかしくないか!?

 何で今の流れからその話になる訳!?


「私はね、色々見てるよ。もう少しで終わるものばかりだったけど、今期は名作ばっかりだったよ。で、しょうたんはどう?」


 ニコッとした笑顔を傾げて聞いてくる日向。

 ――くっ! 眩しい! 出たな。日向のアニメトーク用フェイス。アニメトークになると何度見ても日向は嬉々とした笑顔で話している。そんな顔を見てると、騙しているという罪悪感が湧いてくる。俺は、いつまでこんな純粋な少女を騙し続けなければいけないのだろうか。


「……しょうたん?」


「……あっ、ああ、すまん」


「どうかした?」


「いや……」


 もうどうせなら言ってしまうべきだろうか。本当はアニメには興味なんて無いって。

 ただタイミングは完全に逃したし、あの楽しそうな顔を奪ってしまうかもと考えると、やはり躊躇ってしまう。今までだってそうやって言えずに来た。

 ……言ったらどういう反応するのだろうか。怒るだろうか。落ち込むだろうか。いや、日向のことだから、なら本当にこっち側に引きずりこんでやるー、とか言って俺を引き込もうとするかな。笑って済ますなんてのも想像出来る。


「あのさ、日向……」


「…………」


 んっ!? 予想外に日向は、俺の改めた呼び掛けに無言だ。

 雰囲気を察したのだろうか? モジモジとし出したし、緊張が伝わったか。


「実は俺……」


「しょうたん、ごめん……」


 えっ!? 急に口を開いたと思ったら……ごめん? 何を謝って――


「ずっと我慢してたんだけど、私もう我慢出来ない!」


 そう言って、急いだ様子で俺の方に向かってくる日向。

 何だ、どうした!? なんて考えていたら俺の前に来ても止まらず通り過ぎて、ドアに向かって掛けていく。


「ごめん、しょうたん。トイレしたいから、話はまた後で!」


 一気に気が抜ける。なっ、なんだ。変な雰囲気出すから、妙に緊張したら、ただのトイレかよ。ったく、紛らわしい。

 

「あれっ、部長! 何やってんの!?」


 溜め息を一回吐いた後にその声が聞こえたので見てみると、開いたドアの先に逃げ腰になっている野坂が見えた。


「えっと、これはだな……」


「とっ、ともかく今はいいや! 本当、急いでるから!」


 そのまま日向はトイレに向かって走り去っていく。


「……で、お前は何やってたんだ?」


「いや、ハハ! 大したことじゃねえよ」


 笑顔を浮かべながら部屋に入ってきた野坂は、そのまま黒板前に置いてある椅子に向かって座る。


「……何やってたんだ?」


「いや、だからちょっと夢という名の希望探しを――」


「……何をやってたんだ?」


「……君達の話を盗み聞きしていました」


 やっぱりか。やたらと誰も来ないのが気になってたが、こいつは既に来てたんじゃねえか。


「何でさっさと入ってこないんだよ!? お陰で俺は、特に興味もない話で十分も脳内攻撃されて、校長の話が特に長い集会並に疲れたよ」


「だからだろ。お前を困惑させるのは俺の一番の快楽だからな」


「野坂、てめー!」


 こいつ、絶対ヤル! 生かしておくものか!


「まっ、待てユッキー! 明らかに殺意の込めた目で俺を見るな! だっ、大体、日向の奴声からして楽しそうだったし、入りづらかったんだよ」


 入りづらかっただと!? ……確かにそれなら気持ちは分からなくはないが……。


「しかも、話終わって入ろうとしたら、急に告白イベント始まる気がしたもんだからうっかり聞き耳を……ってことで、結果を言うと、お前らが悪い!」


「…………」


「おいっ、ユッキー! 筆入れから出したハサミを俺の方に向けるな! 何する気だ!?」


「何って、お前ヤルんだけど?」


「こいつ何当然のこと聞いてんだ、的な感じで言うな! 人間としてはかなりの誤答だからな! ――それから盗み聞きに関してはすんませんっした!」


素直に謝る野坂に正直驚いてしまう。


「まっ、まあ、許してやるよ。で、さっき言った告白イベントって?」


 そんな寧ろ出会ってみたいイベントには、全く見に覚えがない。


「ほら、お前らさっき、実はとか、我慢してきたけど、とか言ってただろ。俺も興奮して聞いていたら、ごめんとか言うからお前振られたかと思ったら、まさかトイレのことだったとは……残念だ」


「ああ、そのことね」


 なるほど。確かに言われてみれば、勘違いされてもおかしくない会話だったな。……なんか少し恥ずかしい。


「にしても、ユッキー! お前、まだ言ってなかったんだな」


「言ってなかったって?」


「部活勧誘の時のあのアニメファンって言うのは嘘だってこと」


 野坂が喋り終えたその時、野坂が確かに閉めていた筈のドアからキュッとドアノブが回るような音が聞こえた……気がした。しかし、誰も入ってこない。小さかったし、気のせいだったのだろうか?


「あっ、ああ、まあ……色々あってな……って、あれっ。よく考えたら、こうなったのも全部お前のせいじゃね?」


「おおっ、確かに!」


「野坂、てめー! 確かに、じゃねえよ!」


「いや、すまんユッキー。これも確かに俺が悪いが、ああしないと日向入ってくれそうになかったからさ。これはしょうがない!」


「いや、しょうがないって……お陰でこっちは大して興味も無い話に付き合わされるんだよ! ……まあ、本当のこと言わない俺も悪いんだが……」


「そうだ、お前が悪い!」


「お前は、黙れ!」


 ヤバい。こいつと話しても疲れと怒りしか溜まってこない。


「……しかし、ユッキー。お前本当はアニメに興味ないということは、昨日の話、実はロック派か?」


 昨日の話って、会議でのロックかアニソンかって話か。


「ああ、まあ実は俺もロックが良いと思っていたんだが……」


「日向に強引にって訳ね……」


「ああ」


「――あれっ、日向、何やってんの? って、日向! まさか、な――」


 この声は――山中さん! そして声の後に聞こえてくる、廊下を擦るシューズの音。

 何だ? 何があった? そんな疑問より先に頭に浮かんだ疑問。今、山中さんは日向と言った。

 ――日向に今の話を聞かれてしまった?

 俺はすぐに扉を開いていた。


「山中さん!」


「山中、日向がどうしたって!?」


 野坂もすぐに向かってくる。

 扉が開いた先、そこには山中さんが呆然と廊下の向こうを見ながら立っていた。その視線の先を見ると、背を向けて走り去っていく日向の姿があった。

 

「……何かあったの?」


 状況を掴めない困惑、しかし真剣味も帯びた顔で質問してくる山中さん。

 俺と野坂、どちらも答えられない。俺も、おそらく野坂も状況、そしてその山中さんの質問の意図も分かっている筈なのに。


「……日向、泣いてたみたいだけど」


 残っていた罪悪感は急に大きさを増し、胸を締め付ける。

 日向なら、笑って済ます? 何、ふざけてんだ、俺。何を勘違いしていたんだ!

 ――ふと、花火大会の時に見せた日向の儚げな笑顔が思い浮かぶ。

 俺はあいつを裏切っていたんだ。あんな儚い顔する奴が友達だと思っていた奴に裏切られて笑っていられる訳が無い筈なのに。

 いや、誰でも傷付くし、大体笑って済ましてくれても、それじゃ俺は自分を許せない。


「……軽率だった……。日向が傷付いたのは俺の所為だ」


 必死に悔しさを耐えている。そんな顔と声で野坂が言う。

 野坂――その顔は俺が一番しなきゃいけない顔だよ。


「……俺、日向追いかけてくる」


「あっ、幸村!」


 走り出した俺を呼ぶ山中さん。俺は顔だけ後ろに向ける。


「日向は下に行ったー!」


 ありがとう、山中さん。そう呟いて前を向く。

 ひたすら走る。階段の登り降りを繰り返し足が鈍くなっていく。肺が痛んでいく。でも、俺は走らなくてはいけない。走りたい。

 俺はお前に、謝りたい、話したい、そして聞きたい。

 ――自分のことを擁護する気は微塵も無い。だが、お前ならあんなことされても決して弱味を見せない筈だ。そう思っていた

 確かに俺は日向を傷付けてしまっただろう。俺のしたことは許されることではない。でもお前なら、決して涙を見せることはないと思ってたんだ。

 それはただの俺の勘違いだったのか、それとも俺は耐えられないぐらいの傷をあいつに与えてしまったのか……何か他の原因があったのか。

 ――どこだ、日向……。


 結局、日向を見つけることは出来なかった。


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