夏祭り憂鬱注意報
ケータイが震えた。
その音で目覚める。
時間は十時五十分。
昨日は、ゲームで魔王撃破を目標に徹夜をしてしまった為、普段より二時間程遅い起床だ。
まだ頭がスッキリしない。ボーっとしている。
なのにケータイの奴は、五回目の振動後も休むことなく振動を続けやがった。
「電話か……」
寝起きの為、嗄れ声になってしまったが、そう呟いて溜息を吐く。
正直こんな頭で電話に出たら、声もそうだが、中学英語の教科書ばりの電波会話をしていまいそうで怖いが……出ない訳にもいかないんだよな。
俺はベッドから起き上がると、机に置いてあったケータイを手に取る。
開くとディスプレイには麦野さんの名前。
ここでまた逡巡してしまうが、意を決してボタンを押す。
「はい。もしもし」
やはり嗄れ声になってしまった。
「あっ、幸村君! おはようございます。ひょっとして寝てましたか?」
俺とは対称的に明るい声を発する麦野さん。
もうすっかり元気になったようで良かった。思わずニヤけてしまう。
「ええっ、まあ……。昨日は、遅くまで世界を救う為に魔王と戦っていたんで、寝るの遅かったんですよ」
「えっ!? 世界を救う? 魔王を倒す? ……幸村君、昨日はしっかり寝れたようですね」
あれ、会話が噛み合っていないぞ。
「あの……魔王ってゲームの話ですよ? つまり遅くまでゲームやって、あんまり寝てないんです」
「あっ、そういうことですか! びっくりしたー! てっきり、夢でも見ていたのか、もしくはまだ寝惚けてるのかと思いましたよ」
寝惚けていたとしても、そんな発言する奴は脳外科への通院が必要だと思うがな。
って、言ったの俺なんだ。
「ってことは、私が起こしてしまったんですね。すいませんでした。後で掛け直しますか?」
「いえ、大丈夫です。で、用件は何でしょうか?」
「あっ、そうですね。じゃあ、単刀直入に言います。――今日、夏祭りに行きませんか?」
……えっ!? 今なんて!? ……夏祭り?
「夏、祭り……ですか?」
「? ……はい、そうですけど、どうかしたんですか?」
「いや……」
どうかしましたか……か。そりゃ、どうかしてしまう。
夏祭り……夏祭りだと!?
――夏祭り。
それは単なるカップルの見せ付けの場。
リア充、つまり彼女がいる者は優越感とイッツエンジョイを味わえるのに対し、俺達非リア充、まあつまりは彼女がいない者同士が集まって行っても、ほんのちょっとの楽しみと本当に大きな敗北感しか得れない。そんな残酷な代物だと思っていた。
実際、中学の頃に友達に誘われて行ったが、目に入ったカップルには憎しみしか抱けなかった。
だから、もう祭りに等行くことはないと思っていた。思っていたのに……まさか、まさかの女子と祭りだと! しかも、麦野さんと! 全くもって、こんなチャンスは今世紀最大とも言えるぞ!
これで断るを選択するような奴はまず男であるかを疑わなくてはいけないだろう。
「何でも無いです。というか、夏祭り!? ああ、大歓迎ですよ! 寧ろ行きたいです!」
もう目なんかすっかり覚めて、声は生気を取り戻していた。
「えっ!? あっ、そうですか。嬉しいですけど、なんかテンションの上がり具合が凄すぎますね」
そりゃ、上がるのはしょうがない。俺にとって女子と祭りに行くなんて最早不可能なことだと思っていたんだ。
とは言っても、流石にみっともないか。少し落ち着こう。
「……すいません。祭りなんて久しぶりなもんで。……えっと、それって二人でってことですかね?」
「そうですね。私は二人で行きたいと思っています」
逆に驚いた。麦野さんなら皆で行こうと言うと思ったんだが。まあ、俺的には寧ろ二人で行きたいと言ってくれたのは嬉しいんだが。
「分かりました。良いですよ! ちなみにそれってどこでやるんですかね?」
逆に驚いた。麦野さんなら皆で行こうとか言うと思ったんだが。まあ、寧ろ二人で行きたいと言ってくれたのは嬉しいんだが。
「この辺からなら三十分ぐらいで着く、あの神社です。それじゃあ、幸村君の家に五時半に集合で良いですか?」
「はい。全然オッケーです。じゃあ、その時間まで楽しみに待っていますね」
「私もですよ。じゃあ、また後で会いましょう」
「はい、じゃあ」
電話を切る。
ヤバい。ニヤニヤが止まらない。真顔が作れない。
なんか利用しているようで少し罪悪感も湧いてくるが、あの麦野さんと一緒に歩くんだ。俺も勝ち組の仲間入りどころか、勝ち組の中の勝ち組になれる。そう思うと優越感でニヤけてしまう。
というのも勿論あるが、それだけだと俺は単なる自己顕示欲の強い嫌味な奴になってしまうので弁解させてもらうと、麦野さんと祭りに行ける。そのこと自体も勿論嬉しい。というより、そっちの方が大きい。
しかも、おそらく麦野さんの浴衣姿まで見れるんだ。ここまで、幸せなことも無いだろう。今から楽しみでしょうがない。
それに……麦野さん、家に来るのか。初めて、だな。
つい一週間前までは、そんなことはあり得なかっただろうに。まさかのハピネス展開突入だったからな。あの時は本当に驚いた。
「……もう一週間経つのか」
俺はふと、一週間前のことを思い出す。
☆★☆★☆★☆
「あれっ、幸村君!?」
買い物からの帰り道、痛めた筋肉を気遣ってのんびりと自転車を漕いでいたら、誰かに名前を呼ばれた。
聞こえたのはそれだけ。しかし確かにその声は俺のよく知っている物だった。
「麦野……さん……?」
俺の予想は違わず、止まって振り向くとそこには鉄製の家の門から上半身だけ乗り出した麦野さんがいた。顔はいつもの癒しの笑顔ではなく、驚きが滲み出ている。
「どうして、幸村君がここに……?」
そこにあるはずのない物がその場にあるような、そんな顔で尋ねてくる麦野さん。だが、おそらく、その顔は俺も同じだろう。
俺は麦野さんがいる家の門前まで戻り、そこで自転車を止める。
「どうしてって、俺の家、近いので……」
その俺の言葉を聞いて、より一層驚きの顔を強める麦野さん。
聞きながら、もう俺は答えに辿り着いていた。というより最初からその可能性が一番高いことには気付いていた。でも、信じられなかった。
――それが今、確実になった。
「私の新しい家、ここです……」
なんてことはない、白を基調とした普通の一軒家だ。そしてその家は、この近くに長年住んでる俺はもう何度と見てきたが幸村家とは別段関係の無い、他多数の家と何も変わらないものだった。――しかし、そこには今麦野さんがいる。それだけで、その認識は覆された。
……ここが麦野さんの家? ……まさか現実にこんなことが起こりうるとは! ハピネス展開突入じゃないか!
「ここが麦野さんの親戚の家だったんですか!?」
「……はい」
門に着いている表札には、「園村」の文字。そりゃ、分からない。
しばらく二人で呆然とした後、麦野さんが急に笑い出した。あの上品なクスクス笑いだ。
……なんだか久しぶりに聞いた気がする。
「こんなことってあるんですね……。――さっき偶然外に出たら幸村君が通ったのが見えたんですけど、最初は見間違いだと思いましたよ」
「俺も、麦野さんの声が聞こえた時は聞き間違いじゃないかと思いましたよ」
その後俺も釣られて、二人でアハハハと思いっきり笑い合う。
「――知り合いが……幸村君がいてくれて良かったです」
しばらく笑い続け、それが治まった後に偽りの無いと分かる笑顔と声で麦野さんが囁いた。
「俺も嬉しいですよ」
ここら辺に同い年の知り合いっていうのがいなかったが、まさか突然出来て、しかもそれが麦野さんとは。嬉しい限りだ。
「あっ、それじゃ、私買い物に行かなければいけないので、もう行きますね」
「あっ、そうなんですか。じゃあ、また」
「はい、じゃあまた……すぐに会いましょう」
んっ!? すぐ?
気にはなったが、家も近いしまたすぐに会うということだろうと自己解決して、再び自転車に乗る。そして漕ぎ始めようとしたところで、
「幸村君!」
力強く麦野さんに引き留められた。
俺は間をわずかに振り返る。
「改めて……よろしくお願いしますね!」
可憐な花の如き笑顔だった。
☆★☆★☆★☆
てなことがあった訳だが、あの時は本気で何かの夢だと思った。学校に通うのは困難って……確かにあの道を毎日通うのは普通は、特に女子にはきついかもしれないが、まさかそれが俺と同じ道の話だったとは誰が思うまいか。もしそれを予想出来た奴がいたとしたら、そいつは競馬でもやって一生過ごした方が得策だ。
しかしなら、毎日、しかも通うことに既に慣れてしまった俺は何なんだ。
等と自分の存在について深く考え始めていたら、また携帯が震えだす。急いで開きディスプレイを確認すると――日向……? まさか、またアニメについてか?
今まで日向とは何度か電話してきたがその全てがアニメ談義だった(といってもほとんど日向一人のマシンガントークだったが)。その時はなんとかやり過ごしてきた訳だが、さて、今回はどうやり過ごすか。いっそのこと忙しいとか言って切るか……。でも、それも悪いしな……。まっ、とりあえず無視もあれだし、出るしかないか。
「はい?」
「あっ、もしもし、ユッキー! 今日夜、暇?」
早口で話された。アニメの話じゃない……? なんだ、一体? 暇かって……今日は特別暇じゃないんだな、これが。
ということで、それを伝えようとしたら、
「って、用事ある訳無いよね! じゃあ、学校から少し離れたところに神社あるじゃん。そこに六時半までに来て! 金は結構持ってきた方が良いよ。ってことでバーイ!」
拒否権どころか交渉権すらもらえなかった。その上勝手に切られた。
なんだ。あいつは、発声練習でもしていたのか? 俺は一言も喋ってないぞ。最早言葉の投げ付けだ。
大体、何だ神社って。何で俺とあいつが神社なんかで待ち合わせせなあかんのだ。第一、六時ってもう既に麦野さんと約束が――んっ!? 待てよ……。六時に、神社……?
気付くと俺は、携帯のアドレス帳からコールを始めていた。
ガチャ
開始から約一秒。相手が出る。って、早っ!
「あっ、もしもし日向――」
「現在私の耳はクレームを受け付けておりません。ピーという音の後に、さっさと切りやがってください、このヤロー。……はい、ヒュー」
「はいはい。クレームじゃないから、失敗した口笛を鳴らすな、切るな」
「……何?」
急に面倒くさげな声に変わる日向。
自分は話すだけ話して、俺の話を聞くのは適当か。
「さっきの六時に神社って、もしかして夏祭りのお誘いか?」
「あっ、なんだ。しょうたん、知ってたんだ……。行ってみたら、実はお祭りでしたっ的な感じで驚かせようと思ったのに……。――そうだよ。どうせ今まで女子と一緒に行ったこともないであろうしょうたんが哀れでね、つい誘っちゃった訳ですよ。てへっ」
何がてへっだ。人の内なる傷を抉りやがって。
大体それは去年までの話だ。今年の俺は最早違う。
「それが……悪い、日向! もう先客がいるんだ。だから、お前とは行けない」
「えっ、嘘っ! それって女子!?」
断られたからか、日向の口調が少し強くなった。というか、俺が女子と行くのにそんなに驚かなくても……。
「ああ、女子だ。ていうか、麦野さん」
「ああ、ことみんね。はいはい……って、はあー!? ことみんと二人で行くの!?」
「えっ、まあ、どうやらそうなりそうで」
「……それって、ことみんから誘ってきた訳?」
「そうだが……」
「ぐぬぬ――やりおるな、ことみん」
先手を打たれたのがそんなに悔しかったのだろうか? 日向の口調からは、随分と遺憾な感じが伝わってくる。
それからどうでも良いが、女子が、というか誰でもだが、現実でぐぬぬとか言うの初めて聞いた。
「ということだ。今日は悪いひな――」
「――それなら、私も行く!」
「た……さん、何言ってんすか!?」
「私も行くの~!」
なんか駄々こね始めた。
にしても、一緒に行くだと……!? それってつまり簡単に言うと、私も勝手に着いていくけど良いよねという、図々しさも甚だしい発言と同じじゃないか。
大体それじゃ、男子一人に対して可愛い女子が二人になって、両手に華咲いて……って、あれっ、俺にメリットしか無くね?
……いやいや、麦野さんは二人で行くのを望んでたからな。
いや、でも……
「日向、お前そんなに行きたいのか?」
「うん、行きたい!」
即答か。
「……分かった。じゃあ、麦野さんに聞いてみるよ」
「分かってる~! 流石! それがしょうたんだよね!」
俺の何を知ってるってんだ。
「ってことで一旦切るぞ。後でメールするわ」
「うん。よろしゅうな」
何で、京都弁?
「まあいいや。ってことで、んじゃあな」
「はいよ」
相手が切るのを確認してからボタンを押して電源を切る。その流れでアドレス帳のま行へ、そのまま麦野さんへかける。
一秒で出た、なんてことは無かったが、十秒程コールが続いた後に聞こえてきた、もしもしという少し疑問気味の麦野さんの声。
「どうかしたんですか、幸村君?」
「それがですね……たった今日向から電話がかかってきましてね……」
「えっ……葵ちゃんから!?」
「はい……それで同じく祭りに誘われたんですが、先に麦野さんと約束してるからと言ったら、とてつもなく図々しいことに自分も行きたいとか言い出して……どうしましょうか?」
「そう、ですか……」
麦野さんはかなり思案しているようだ。間が空く。
「うーん……分かりました。葵ちゃんもいた方が楽しいでしょうし、三人で行きましょうか」
「えっと、良いんですか? 嫌なら別に……」
「いえ、大丈夫です。……まあ、少し残念ですが……」
「……? すいません。よく聞こえなかったんですが、何か言いましたか?」
「いえ、何でも無いです。――じゃあ、また後で会いましょう」
「はい。それじゃ。――日向にはしっかり伝えときます」
「はい。よろしくお願いしますね」
ピッ
電源ボタンを押した後に新規作成から日向にメールを送信した。すると、三秒でまさかのバイブレーション。ハッカーもびっくりの返信速度だが、見て打って送るの一連の流れをどうやったらそんなに短縮出来るのだろうか。甚だ疑問である。
それにしても――はぁ……まさか、まさか……美少女、しかも二人と行くことになるとは! こんな幸福があって良いのだろうか。人生の幸運パワーを全て使いきってしまわないかが心配になってくるぞ。
さてじゃあ、今年の祭りは今までの分を取り戻すくらい楽しんでやるか。
☆★☆★☆★☆
周囲に家が並んでいる道を抜けると今度は畑が広がり出す。そこを今、俺と麦野さん、二人で駆け抜けていた。まあ、二人でと言っても……
「なんか、すいません――後ろに乗せてもらっちゃって」
「いえいえ、しょうがないですよ――その格好じゃ」
白の中に所々赤い花が咲いている麦野さんの衣服。
夏と言えば祭り。祭りと言えば勿論――浴衣!
例に漏れず、全く以て男の無言の要望を叶えてくれた麦野さんの服装を見ての第一印象。普段とは違う雰囲気を放つその格好は、麦野さんを新しい境地へと導いている。オールラウンダーの麦野さんは和服も勿論範囲内だったらしい。大和撫子とはこの人の為にある言葉ではないかと本気で疑ってしまう程、気品とおしとやかさが重厚装備されている。
っと話が逸れたがそんな訳で、そんな格好をしている麦野さんが自転車に乗れる訳もなく、かと言って平気に歩いていける距離では無い為、二学期からの予行練習も兼ねて俺の自転車の荷台に乗っているという訳だ。しかも横向きに、俺の腰上に抱き着く形で。
勿論緊張した。なんせそんなの初めてだ。しかも女性に触れられるなんて滅多に無いことが長時間続いていて、尚且つ――密着しているんだからな。背中に柔らかい感触まであるのも後押しして、最初は精神的疲労の蓄積が止まらなかった。――のだが、いつの間にやら途中からは、肉体的疲労しか感じられなくなっていた。まあ、どちらにしろ疲弊度が半端ないのに変わりはないのだが。
「疲れたなら休みますか? 時間はまだ少しなら余裕ある程度ですよ」
履いてきたジーパンのポケットから急いで携帯を取りだし、時間を確認してすぐ戻す。
――時間は五時三十七分。集合時間は六時。確かにこれなら、少しぐらい休んでも支障はない。
だが――
「いえ、遠慮しておきます。この程度の道をノンストップで行けないようじゃ、二人でこの先の道を越えて学校に着くなんてまず無理ですから」
自分への試練と言うのだろうか。それに練習でもある。辛いがもう少しだ。耐えろ、俺。
「……そういえば幸村君は、私が困難だと思った道を毎日通って、学校に行ってるんですよね……」
その言葉が出るまでには少し間が空いた。
「そうですけど……どうかしたんですか、麦野さん?」
さっき麦野さんが喋った時の声が少しネクラだった気がしたのが引っ掛かったので尋ねる。
「幸村君は凄いですね。……でも、幸村君が行けるということは、私も一人で行けない筈が無いということですよね……。……私、あんなに悩んでバカみたいですね……」
あはは、という自嘲気味の笑いが聞こえてきそうな言い方だった。
「別にそんなことは……」
無いと思う。
あの道を女子が毎朝通うのは普通に考えて酷なんてレベルではないからな。
ただ、絶対に不可能かと言われると、そうとは言い切れない。かなりの時間を要するだろうが、休憩を挟みながら行くことだって出来るからな。
つまりは……。
「つまり登校時、幸村君が私を乗せてくれる必要は無いということですね」
まあ、そういうことだ。
しかし、それは結局麦野さんにとって辛いこと、というのに変わりはない。だから、俺は――と俺が声を掛けようとしたところで麦野さんが先に言葉を継いだ。
「――だからこそ、二人で自転車を漕ぎましょうね、幸村君。最初は朝早くなると思いますけど」
ふぅ……やれやれ、俺の番か。
「それでも辛くなったら言ってください。俺の自転車の後ろは麦野さんの為に空いていますから」
「……はい」
体に感じる圧迫感がより一層強くなった。
☆★☆★☆★☆
広い神社の境内も埋め尽くす程の人の塊。そんな人集の期待に応えようと設置されている屋台の数は、とてもじゃないが数えきれない。だが数はあるのに、見たままと香ばしい匂いから得た情報で言えば、たこ焼き、焼きそば、かき氷エトセトラ、定番ものしか無い。まあ、それでもそれを食べている人達の顔を見る限り、味は保証出来そうだから別に気にはならないのだが。食するもの全員絶賛スマイル中だ。
……もう買いに行っても良いだろうか? こちらとしたらそんなスマイル見せられても食欲が刺激されるだけだ。しかも、この人の群れが作り出す熱は、夕方になり日中よりは快適になってきた今でさえ、不快感と共に鳥居を潜ってすぐにあるベンチに座っている俺の元まで襲来してきやがる。このまま立ち止まっていたら、気が狂いそうだ。
もう先に買いに行きませんか。そう麦野さんに提案しようとしたところで、諸悪の根源が人塊から姿を表した。
「やあ、悪いね諸君!」
「やあ! ――じゃねえよ! 三十分遅れとはどういう了見だ、日向?」
時間は既に六時半を回っている。俺と麦野さんは、三十分もベンチで空腹と熱気に耐えていた訳だ。行きたいにも勝手に二人で始めるのも悪いし、かと言って電話しても出ないという遅刻の中でも最悪な部類のタイプだ。しかも第一声がイラっとくる。前もこんなことあったしな。
「いやあ、本当ごめんごめん。浴衣の着付けとアニメ観賞に時間を取られちゃってさ」
言われて改めて見てみると、黒地の随所に花が咲いているのは麦野さんと同じだが、日向の場合は一つ一つが大きい桃色の花になっている。他にも、白の帯にミニ黒猫が数匹描かれていること――それから、普段後ろに居座っている日向のポニーテールが浴衣仕様の今回は左肩を通って先端が胸辺りまで来ているのが気になった。なんというか、これもまた……たまには良いんじゃないか。こいつは本当に自分のトレードマークを生かす点で言えば世界級だな。
……っと、それはともかく、そんな手の込んだ着込み具合からして片方の理由は納得出来るんだが、もう一つの方は言い訳にすらなっていない。中断出来るといった意味でもまだ寝坊の方がマシなくらいだ。
まっ、だがそれも謝罪があったことだし不問にしよう。でももう一つ。
「電話に、掛けたんだが」
「電話……って、あっ!? 急いでたから忘れてきた! この私が……! クソッ、あり得ない!」
「はぁ……」
何故か日向の方が本気で悔しがっているのを見て溜め息が溢れてしまった。
「それから、ことみんもごめんね――急に私が参加することになったことも含めてさ」
「……いえ、大丈夫ですよ、葵ちゃん。もうそれは気にせず楽しんで行きましょう」
ベンチから立ち上がりながら言う麦野さん。
凄いな、この人。三十分も待たされて、全く怒る素振りが無い。堪忍袋、何枚体制なんだ。
「ただ、今後は気を付けてくださいね(ニコッ)」
あれっ!? 気のせいか。今の笑顔、なんかいつもと違って妙な迫力あったような……。
……ひょっとして、怒ってる?
「……うっ、うん。分かったよ、ことみん。いえ、琴実さん」
あっ、日向も感じとったようだ。珍しくたじろいでいる。ニックネームさえまともに呼べていないのがその証拠だ。
「さて、じゃあ本当にもう行きましょうか、幸村君、葵ちゃん」
そう言いつつ、俺の右腕に自分の腕を絡めつけて誘導しようとする麦野さん。
「あっ……」
そう呟いた日向の方を見ると呆然とした顔から少し悔しそうな顔になったのが確認出来た。
どうしたんだ、日向の奴。っと思ったのも束の間。急いで追い付いてきたかと思うと、日向の奴まで俺の腕に絡まってきた。でも――
「痛い、痛い! 日向、タンマ、タンマ! 力入れすぎだって。痛いから!」
「あっ……ごめん」
そう言って弱める日向。
でも、腕は離さないのな。二人にしがみつかれると歩きづらいんだが。
だが、何だろう。こっちをちらちら見てくる人を度々見かける。特に男。それが何故だか心地いい。優越感を感じる。
――流石にこの二人は注目を集めるな。
「じゃあまず、お腹空きましたし、あの店から行きませんか?」
そんな俺の気持ち等露知らないであろう麦野さんが俺の腕から右腕のみ離し、人差し指と共にどこかへ向けて伸ばす。その先へ視線を移すと、半袖Tシャツを着た、若い筋肉質の二十代くらいの男性が千枚通しを使って球体を素早くかつリズミカルにひっくり返している。まあ、つまりはこういう祭りの定番、たこ焼き屋だ。
「ほおっ――たこ焼きですか。まあ、良い線行ってるとは思いますよ」
「なんでお前そんな上から目線なの? という疑問は置いといて……いいんじゃないですか、たこ焼き! 俺は賛成です」
しかし――
「結構込んでるな……。――よし、それじゃ、俺が三人分買ってくるから二人共ここで待っててよ」
即よろしくね~と頼ってきた日向に反して遠慮がちだった麦野さんを説得して、最安のビッグたこ焼きという自作のキャッチフレーズを看板に掲げたその店に向かう。
しばらく並んだ後に店の前に着いてまず最初、幻滅から始まった。近付いてみてもどこがビッグたこ焼きなのかさっぱり分かりやしない。今まで見てきたたこ焼きと何の違いも感じない。
まさか、一般のより一立方ミリメートル大きいからビッグたこ焼きなんて、職人限定の定義じゃあるまいな。だとしたら一流詐欺師もビックリの手口だぞ、これ。値段は四百円とこっちは一見合っているが、大体後でより安い店が見つかるもんだ。
「へい、らっしゃい!」
神業詐欺師もとい筋肉店員が声を張り上げて俺に向かって挨拶してくる。その後のたこ焼き何パックという質問に三パックという回答をしてからしばらく待つ――と思ったが、たこ焼きをひっくり返していた店員が口を開いてきた。
「君、さっき女子二人といたよね? えらい可愛かったけど、まさか二人共彼女?」
突然のことだった為困惑してしまう。下を向いて仕事に集中していたようだったから、全く予想していなかったので尚更だ。流石職人。口と手の両用とはなかなか器用だ。
――じゃなくて、はあ……彼女!?
「いや、まさか! 違いますよ! しかも二人って……」
「どっちも?」
「……勿論ですよ。ただの友人です」
「へえ、友人ね……二人共あんな可愛いのに勿体無い。どっちか好きとかも無いの?」
「はい……まあ、そうですね……」
「ふぅーん……やるね、モテ男!」
「は、はあ……どうも」
ていうか、聞き出してくるな、この人。こっちは知らない人との会話で緊張してるってのに。返事もどう返せばいいか今一よく分からない。
「おっと、出来たぜ! ほらよ。ちゃんと、彼女達に渡せよ、彼氏!」
話し込んでいる内にいつの間にか、三つのパックに六個ずつたこ焼きを詰め終えていた筋肉店員が俺に重ねたパックを手渡してくる。
「あっ……ありがとうございます」
はっ、早いな……。手際と宣伝文句でいえば本当に一流だな、この店もといこの人。これならあんな詐欺じみた宣伝文句より最速のたこ焼き店の方が更に評判アップしてたんじゃないだろうか。
目的を果たした俺は、後ろがつかえている為急いで店を離れ二人の元に向かう。俺が近づいてきたのを確認した二人は、話していたのを止めこちらに向かってきた。
「すいませんでした、幸村君」
「お疲れ、しょうたん!」
「ああ。じゃあ、ほいよ」
笑顔で出迎えてくれた二人に一つずつパックを渡す。
「あっ、ありがとうございます。美味しそうですね、これ」
「あっつ! うん、おいひいひょ。あひぃひゃひょね、あっつ! ――しょうたん」
あひぃひゃひょね……? ああ、ありがとね、か。……って、もう一個食べ終わってるし。早いな。どんだけ腹減っていたんだ。
という俺も空腹値は限界なのだが。ってことだし、さっさと食べるとするか。
「んじゃ、俺も食べますかな」
「私も頂きます」
俺と麦野さんも食べ始める。
――あっつ! 勢いで丸々掻き込んでしまったが、やはり出来たてのたこ焼きは熱い。口の中の球体を冷まそうと必死にハフハフと息をする。その際に周りを見てみると他の二人もハフハフしている。どちらもその姿は可愛らしいものだ。
ハフハフタイムを続け、ある程度冷めたところで一気に噛み砕く。その際に球体に包まれている一つの異質な感触も噛み砕いたが、それには少し違和感があった。
これはタコなのは間違いない。しかし普通のタコじゃない。何故なら――大きすぎる。
「これ、タコ大きくないか?」
「あっ、やっぱりしょうたんも思った? 私も思ってたんだ」
「ビッグタコ焼き、だからじゃないですか」
「はっ!?」
麦野さんに言われて気付く。なるほどな。ビッグたこ焼きって、「ビッグ、たこ焼き」ではなく「ビッグたこ、焼き」だったのか。ならあの詐欺文句にも納得だ。
それは納得なのだが――でもやっぱり、たこ焼きのタコは普通で良い。
☆★☆★☆★☆
「んむー、…………これだ!」
「はい、五番!」
「だー、惜しい!」
「葵ちゃん、惜しいって狙いのものと全く逆の方向なんですけど……」
「次だ! 次こそ当てて見せる!」
「その台詞十回目ですね……」
苦笑しながら麦野さんが言う。
日向が今挑戦しているのは紐くじだ。店の前を通った時にふと好きなアニメキャラのフィギュアを見つけたようで、通算十回挑戦し、見事に全て真逆の位置を引き当てている。逆に凄い。
「ていうか、もう良くないか、日向。少し疲れたし休もうぜ」
辺りは電灯効果でそこまで暗くは無いが、陽なんかとっくに落ちている。かれこれ一時間半以上は歩き続けただろうか。
たこ焼き以降、かき氷、綿菓子等の食品もさることながら、金魚すくい、射的なんかもやっていたらあっという間だった。でも、射的において、オンラインゲームで鍛えた我が実力を見よ等と、二次元と三次元の区別も着いていない見事な失敗フラグ発言を残しつつ挑戦した日向が、全く逆らわずに全部外すなんてこともあったのも含めてなかなか楽しい時間を過ごせた。まあその分、楽しみの反動も大きかった訳だが。それに大体、この神社に来るまでの過程で既にギブアップ寸前だったからな。少し休みたい。
「そうですね……休みましょうか。もう少しで花火も始まりますしね」
「えー! 次で当たるのにー! ……まあ、しょうがないから良いけど」
頬を膨らませながら言う日向。
何その根拠の無い自信。今まで神憑り的な外し方しといてよく言えたな。
「それじゃ、さっきのベンチに座らないか?」
「良いですよ」
「うん、行こう」
二人の同意を得て、最初に日向を待っていた時に座ったベンチに移動する。
そして俺達が着くと同時。轟音と共に夜空に一輪の巨大な華が咲いた。綺麗で美しい、そんな華は一瞬の夢のように儚い命を散らして消えていった。
「丁度始まりましたね、花火大会」
「――はい。綺麗ですね」
「たーまーやー!」
人目も憚らずに叫ぶ日向に一瞬唖然とするが、俺と麦野さんは顔を見合わせて笑い出す。気付けば、俺も、麦野さんまでも叫んでいた。
叫んでから訪れる沈黙。三人で顔を見合わせてから――
「プッ……」
俺が軽く吹いたのを引き金に、アハハと皆で笑いあう。
三人が存在している空間。そこだけが世界から隔離され独立しているような、そんな奇妙な感覚に陥る。それが――心地良い。
だが、突如その特殊な空間に祭りの喧騒が蘇る。麦野さんの携帯が意識を現実に戻したからだ。
「あっ、すいません……えっと、家からですね。ちょっと私出てきます」
「あっ、はい、分かりました」
俺の返事を聞いた麦野さんは、そのまま人集から少し離れた場所に向かっていった。
「さて、座るか、日向」
左隣にいる日向に呼び掛けつつ、そちらを見る。
「…………」
「……日向?」
「あっ、ごめん! 何?」
珍しいな。さっきまで笑っていた日向は夜空を見ながら呆けていた。空に咲く花に見惚れていたのだろうか。
「あれっ、ことみんは!?」
おいおい、そこからかよ。随分、時間差なこってな。
「家から電話来たらしいから、あっちで話してるぜ」
麦野さんが向かっていった方に親指を振りながら答える。
「ふーん……」
何か考えているのだろうか。再び黙りこくる日向。
「……あのさ、しょうたん」
やけに長く感じた数秒の沈黙の後に、日向は口を開いた。
「んっ、何だ?」
「――今日楽しかったね」
「ああ、そうだな」
いつもと雰囲気の違う日向の口調に多少戸惑いながらも相槌を打つ。
「祭りってこんなに楽しいものだったなんて知らなかった」
「それは俺もだよ」
えっ、と驚いた顔をする日向。
「しょうたんも祭り初めてなの?」
「いや。俺は行ったことあるけど、色々あってあまり楽しめなかったんだよ。……ていうか、お前は初めてなんだな」
「……うん、そう。実は私、友達と祭りに行くの今日が初めてなんだ」
「そうなのか……」
「あっ、勿論、誘われたことはあったよ。……でも、断ってきた。理由は色々だけど、何より一人でアニメ見ていた方が楽しかったからね」
「おいおい、アニメってお前、――」
「でも高校入って皆で遊んでさ、ああっ、こういうのも良いなって思ったんだ。一人でアニメ見るのも悪くないけど、皆でカラオケ行ったり、山登ったりするのも楽しかった」
声だけじゃない。顔にもいつものおどけた雰囲気は無く、真剣そのものだ。普段見ない顔に多少当惑するが、俺も真剣になる。
「今日も、楽しかった。ことみんと、それに何よりしょうたんと行けて。――こんなに楽しいって教えてくれてありがとね」
満面の笑みを浮かべる日向。今地上にも一輪の華が咲いた、なんてくさいだろうか。でも、そのぐらい魅力的な笑顔だと思った。
「日向、お前……」
ピロリロリー、ピロリロリー♪
「…………」
「……すまん。電話出て良いか……?」
「……どうぞ」
何、このタイミングの悪さ。badの最上級だ。この狙ったようなバッドタイミングは、熱井かもしくはあと一人しかいない。
俺はボタンを押して電話に出る。
「いえーい、一週間ぶりだな、ユッキー!」
「ただいま幸村照太君はあなたとの話の拒絶を望んでいます。ピーという音の後に、さっさと切らせて頂きます。一、二、はい――」
「待て待てっ、ユッキー! 頼むから待って!」
日向の真似をしながら切ろうとしたら、野坂が必死に止めてくるので電源ボタンに向かっていた指を止める。
ったく、これで大した用件じゃなかったら、勧誘メールばりにしつこい文句メールを一時間食らわしてやる。
「お前、今何してんだ? それに他の奴も何で皆メール返信してこねえんだよ。来たの山中だけって、薄情すぎないか!?」
ドキッと心臓が跳ね上がる。何してるって……二人と一緒に祭りに行っていると素直に話すのはなんだか照れくさい。だからそっちは軽く流し、他に気になった点に焦点を合わせる。
「はっ!? メール? 何で……って、皆に送ってるということはどうせまたお前が何か変なこと思い付いたんだろうが、こんな夜にか。別に明日でも良いだろ」
大体タイミングが悪すぎだ。日向と少しの間気まずくなっちまったじゃねえか。
「それがそうも行かねえんだよ。今日、今だからこそのもんだからな」
今だからこそ? 余計分からん。
「まさか、天体観測とか言わないだろうな。今空見ても、出てくる感想は多分、花火綺麗だけだぞ」
「いやいや、違う、違う。もう言っちゃうけど、今からすぐに花火やろうぜ! ちなみに、山中はOKだとさ」
ああ、なるほどな。花火ね。この祭りに便乗して俺達も打ち上げようってか。
「へえー、面白えな」
野坂にしては珍しくまともなアイディアだ。俺も正直やりたいとは思う。でも、今は祭りの最中だからな。他の二人との兼ね合いもあるし、相談してみなきゃなんとも言えない。
それに、
「今から準備してたらかなり遅くなると思うが」
「ああ、大丈夫。今俺、既に買ってるところだから」
おおっ、決定する前に動く、その余分すぎる行動力!
「なるほどな……んじゃ、ちょっと(二人)と相談してみるわ」
「えっ、誰と相談するって? というかユッキー、お前今どこに――」
ドーン
「……ユッキー、お前、まさか――」
「あっ、やばい。電池少ないやー。ということで、相談したら折り返しメールするから待っててくれ!」
「おい、ユッキー――」
電話を切った。そのままディスプレイを見ると、なるほど、確かに新着メールのアイコンが出ている。それを押して見てみると到着時間は七時十四分。丁度歩き回っていた時間だ。祭りの喧騒の真っ只中だったからな。そりゃ、気付かない訳だ。
「しょうたん、電話部長でしょ? 今回はどんなバカなこと思い付いたの?」
「いや、それが日向。今回はまともなんだ。なんと、花火らしい」
「花火!? って、おおっ、あの部長にしては珍しく良い案だ!」
「だろ?」
「うん! 面白そう!」
さて、日向はどうやらオッケーらしい。後は――
「すいません、少し遅くなりました」
流石、麦野さん。野坂とは真逆の、図ったようなナイスタイミングだ。
「幸村君、野坂君からのメール見ました?」
「ええ、見ましたよ。それで、麦野さんはどうしますか?」
「葵ちゃんと幸村君は?」
「勿論行くさー」
お前はどこの街のもんだよ。
「俺も面白そうですし、行きたいと思ってます。ちなみに山中さんも行くらしいですよ」
「皆勢揃いなんですね! ――なら、私も行きます」
俺と麦野さんは野坂に行く旨をメールで伝えたところ、今からここの近くにある公園に集合というメールが届いた。
俺達は頷きあってから闇に打ち上がる轟音の花を背に、夜の公園に向かって歩き出した。
☆★☆★☆★☆
「よおっ、皆! 先に来てたんだな」
「ああ、まあな。――ていうか、ユッキー。お前は遅すぎだ。三十分は経ってるぞ」
「ああ、すまん、すまん」
辺りは街灯が照らしている、ブランコ、滑り台、砂場ぐらいしか無い、ごく普通の狭い公園。そこに俺達は集まっている。のだが、到着したのは俺で最後らしい。いや、当然なんだが。
お陰でグレーのTシャツにデニムパンツの格好をした野坂に、まさかの指導をされてしまった。
「しょうたん、遅いよ!」
なんだ、あいつ。腹立つなー。事情知ってるくせに。
実は俺達三人は、十分前にはこの公園前に着いていた。だが、一緒に入っていくと三人で祭りに行っていたことが二人にバレてしまう為、俺が頼んで麦野さんと日向、二人で祭りに行っていたという体で先に行って貰ったという訳だ。
というかよく考えたら、俺と麦野さんの場合本来家からここまで三十分以上はかかるから妥当な上に急すぎる野坂の方が悪くないか。
「それにユッキー! 結局、電話の最後に聞こえた花火の音と相談の件は何だったんだ! しっかり説明をしてもらおうか」
くっ! やっぱ忘れて無かったか……。あわよくば忘れて頂いてて欲しかったのだが。
まあ一応その質問への対策は練ってある。だてに待っていた十分間を無駄に過ごしていた訳ではない。
「ああ、まあ……ちょっとコンビニに買いに外出てたら丁度花火なってさ。あと、相談ってのは親にだよ。遅くなっても大丈夫かってのをな」
「ふーん……あっそ」
なんだ、そのつまらなそうな顔は。こいつは何を期待していたんだ。
「ぷっ! 何言ってんだ、しょうたん」
お前に至っては笑ってんじゃねえよ!
「まあ、ユッキーのことはしょうがないからもう許してやる。それよりそう言えばなんだが、日向」
俺多分今、メッチャ不服そうな顔しているという自覚はある。
「んっ?」
「なんでお前、メール返してこなかったんだよ?」
「あっ、ああ、まあ携帯忘れたんで」
「へえー、珍しい! んで、一緒に行った麦野に教えて貰ったと?」
「まあ、そんなとこ」
「ふーん……」
「まっ、まあ……それより、花火さっさとやっちゃおう!」
日向が慌てて提案する。よしっ、それで良い。下手に相手のペースに巻き込まれたらボロが出る。
女二人だけで祭りに行ったということ、俺の携帯から大きい花火の打ち上げ音が聞こえたということから、どうも野坂は俺達に疑念を持っているらしい。
「そうだね。皆揃ったし、あんまり遅くなるとヤバイからさっさと始めちゃおう!」
「……アース」
「えっ、何、日向? 僕がどうかした?」
「何で? ――何で浴衣じゃないのさ!? せっかく花火やるんだから、浴衣姿ぐらい見せてよ! 気利かないな、もう」
「何故か怒られた! ていうか大体、何で僕がしなきゃ行けないのさ!? 男はあまり着ないでしょ!」
「今は男の話とかどうでも良いから!」
「いや、僕の第一条件なんだけど!」
日向の言ってることはよく分かる。今の白いロゴTにチノパンを履いている山中さんもこれはこれで良い。良いのだが、やはり浴衣姿も見たかった。さぞ、見栄えが良かっただろうに。
なんて日向と山中さんの浴衣議論をBGMに山中さんの浴衣について考えていたところ、突如耳に届く爆音。
ヒュルルルルー、ドーン!
上からだ。勿論これは、
「イエーイ! 花火、先に打ち上げっちまったぜ!」
「おおっ、ロケット花火なんて初めてですけど、凄いです!」
隣で驚きと悦楽の表情を合わせた表情をする麦野さん。
「……すっ、凄い!」
驚いたのは麦野さんだけじゃない。俺も初めて見るわけなのだが、なかなかの上昇距離、音に驚いた。空高くで発生したその音は距離の壁を越えて、俺の鼓膜にダメージを与えてきやがった。つーといった変な耳鳴りのような音と共に変な感じも残る。市販されてる物なんてもっとしょぼいと思っていたんだが、なかなかの迫力だ。
「あれなら、花火大会の花火にも負けていないんじゃないでしょうか!?」
「いや、それは流石に無いかと……」
「――日向、行っきまーす! はい、ドーン!」
俺と麦野さんが話している間にも、日向による自作の効果音と共に第二撃が打ち上がった。
「僕も行くよー! そりゃー!」
第三撃は山中さん。相変わらずの音が響き渡る。
俺と麦野さんは、二人でそんな打ち上がっていく花火を眺めている。
「ふふっ」
その内にふと麦野さんが軽く笑う声が聞こえてきた。
「……? どうしたんですか、麦野さん? 急に笑い出して」
「いえ……本当に楽しくて」
俺は無言で言葉の続きを聞く。
「今まで色々あって、皆とちゃんと遊べなかったから……楽しいですね、本当に」
そう言う麦野さんの顔は心からの笑顔で、しかしどこか儚げだ。色々か……本当に色々だったんだろうな。麦野さんには。
「……これも幸村君のお陰かなって。……本当に感謝してるんですよ」
「ハハハ……少し照れますね。まあでも俺は手助けしただけ。結局決めたのは麦野さんなんですよ」
「……はい。でも、改めて――本当にありがとうございました」
その眩しさを増した笑顔は今まで見たことのないものだった。
「おい、麦野、ユッキー、お前らもやるか?」
「――だ、そうですよ、麦野さん。さて、じゃあ、」
「ええ、そうですね」
「「――俺(私)もやる(ります)!」」
「ならいっそのこと、皆で一斉に上げようよ!」
「おっ、良い案だな、山中。んじゃ、皆準備して――」
「「「「「せーの!」」」」」
打ち上がったロケット花火。この特別な年の夏の夜に咲いた花は、まだ飽きずに俺達の耳に響く。でも耳より何より一番に心に響いたかもな。なんて、くさすぎただろうか。