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半日常っ!!  作者: カオス
14/19

Over The Mountain


 さっきから見えてくるのは木・木・木。そんな周囲の景色。もう何度目か分からない目測四十六度の心臓破りの坂。照りつける太陽。身体中のありとあらゆる箇所から脱出をやめない汗。

 俺もある程度の予測はしていた。なるべく現実へのショックを和らげる為に、悪い方向に見積もってもいたんだが、まさかここまでとは。


「もっ、もう無理ー! 限界ー! 部長ー! 一旦休憩しましょうよー!」


 その叫びに近い声のする方に振り返る。

 すると随分後方で日向が、一応カテゴリーとしては美少女に属する程の顔を歪めながら、必死に自転車を進ませている。更にそれと同時進行で、彼此十分程前から、二酸化炭素と現状へのクレームを口から同時排出なんていう作業も器用にこなしている訳だが、これがまたなかなか、母親の小言並に耳障りだ。でも、まあ気持ちは分かるがな。

 入学当初は忌々しかったが不思議なことに今ではすっかり慣れてしまったあのトレーニングコース。あれに毎日鍛えられていた俺ですら、足が重く、息の乱れが止まらないんだ。野球をやっていた、今俺の隣にいる野坂はともかく、女性、特に四六時中パソコンをいじっていて、唯一やるスポーツがネットサーフィン等と周囲を悲しませるようなギャグを言う日向には、思い荷物を抱えながらこの坂を登るのはきついだろうのはしょうがないだろう。

 それはしょうがないのだろうが、


「もう、無理ー! てか、この服、動きづらいー!」


 流石にさっきから騒がし過ぎる。頼むから誰かあいつを騒音防止法で訴えてくれ。

 てか、疲れてるのは皆同じだっつうの。

 それに第一、その格好でも余裕って言ったのはどこの誰だよ。


「さて、野坂。日向はああ言ってるがどうする? 俺も皆疲れてるだろうし、休んだ方が良い気はするが」


「んー。でもとりあえず、山抜ければキャンプ場あるかもしれないから、さっさと抜けたいんだよな。山に泊まるとか怖えーし」


 お互いに息絶え絶えで喋る俺と野坂。

 キャンプ場がある気がするって……。何、その博打キャンプ。無かったら終わりじゃねえか。

 それにそうは言いながらも、お先に失礼とか言って山の序盤で興奮しながら、全力疾走もとい全力疾漕していった野坂も結構限界が来てる感じはする。俺も含めて皆もそうだろうし、休憩しないと誰か倒れるなんていう旅どころじゃなくなる事態にも墜ちかねないからな。やっぱり、休憩するべきだろう。

 それに、第一――


俺は、後ろに向けていた顔を再び前に向け、人の手によって整備されたであろうこの急な坂道を有する山道の先を見る。

 この山に入ってからもう軽く三時間は経っている。なのに、全く終わりは見えてこない。屈伸運動を続けているこの山の坂道はまだ延々と続いている。まずここがどの辺りなのかも分からない。一応予想では、山の大きさは小さいとも大きいとも言えない程度だから、ちょうど中間に達したくらいかもう少しで中間に入る辺りだとは思うんだが。

 まあどっちにしろ、この山を抜けたら夜になってるのは間違い無いだろうし、それまで皆の体力が持つ訳ないからな。


「少し休憩したぐらいじゃ、何も変わんねえよ。それにこのままじゃ、誰か倒れっちまうって」


「うーん……。まあ、それもそうだな。そういえば俺も疲れたし、じゃあ、一旦休憩すっか」


 いやいや、そういえばって、


「まさか、お前自分が疲れてるのに気付いてなかったとか、訳分からんこと言う気か?」


「いや、ハハ。まあ」


 照れ臭そうに笑う野坂。

 何で照れてんだ?

 っと、まあそれは良いとしても、まさかこの症状はクライマーズハイってやつじゃねえだろうな。

 いや、あれは普通はこの程度の山でなるわけ無い筈なんだがな。この男は、バントのサインを出されたらヒッティングを、前の塁に戻れと言われたら次の塁を狙うような奴だ。性格と同じで体も捻くれているんだろう。

 いや。別にテンションは普段と変わらないし、単に何かに集中してただけか。


「おっ、丁度あの坂を登りきったところ、なんか寝転がれそうだし、あそこにすっか」


 そうこう言いながらも確実に自転車を進ませていたら、坂の最高地点が見えてきた。

 その周囲は、それまで所狭しと並んでいた木々は一旦途切れ、中々広い面積を有している、ところどころに俺の体の半分ぐらいの大きさの石が設置されている平地が存在している。草も生い茂っていて草原という表現が合う、そんな場所だ。

 確かに、あの草の上で空を見ながら寝たら、気持ち良さそうだ。


「良いんじゃないか。木陰になってる部分もあるし、そこら辺なら涼めもするだろうし」


「よしっ、じゃあ、――皆、あの坂のてっぺん辺りの草むらで休憩しようぜー!」


 野坂は後ろに顔を向け、必要以上余分過ぎる声で他の三人に休憩の旨を伝える。

 ていうかこいつ、声でかすぎ。耳いてー。


「休憩! 分かったー!」


 五メートル程後方から山中さんが返事をする。


「よっしゃー! 休憩キター! 待ってましたよ、その言葉!」


 クレームタイムを終了したのにも係わらず相変わらず騒がしい日向に、再び後ろに顔を向け、視線を向ける。


「行くぜ! 秘技リミッター解除!」


 おおっ! 発言は小学生レベルなのに、スピードはしっかり高校生レベルに加速してきやがった。しかも、地味に速えー。さっきまで時速五百メートルだったのに今時速八キロだ。


「ただし三十秒しかもたないうえ、疲労蓄積が著しい為、その後はスピード低下ー!」


 なんか聞いてもいないのに勝手に解説してきたー! そして、本当に遅くなったー! てか、持続時間短かっ! そして、リスクでかっ! 実用性低いな、秘技! 


「あー、もう無理ー! 疲れたー!」


 で、最終的に元に戻ったー!


 俺はそんな普段通りの日向を見て、二酸化炭素排出とは違う息を吐いた後、視線を移動させる。

 その視線の到着地点には、上はキャミソールとその上にパーカー、下は膝丈のショートパンツというなかなか魅力的な服装をした(まあ、この人なら何着ても平均より上だろうが)麦野さんがいる。

 山中さんの隣を自転車で走っていて、その自転車の籠には他の者のより明らかにミニサイズの鞄が入れられている。普通、三~四日の旅にあれだけの荷物で足りるとは思えない。用意する時間が無かったということか……。


「……麦野ー、お前も良いよなー?」


 話し掛けようとふと隣を見ると、何かを考えた後相変わらず俺の耳を攻撃しつつ、中々反応を返してこない麦野さんに個別で確認する野坂。

 その後何故かやたらと長く感じた三秒程の間を置き、麦野さんが首を縦に振る。


 麦野さんが遅れながらも待ち合わせ場所に来た時、遅れたことをひたすら謝る麦野さんに少々戸惑いながらも、俺らはそれを制止して歓迎した。てっきり俺が責められると思っていた。俺が謝らないといけないと思っていたから拍子が抜けた。

 そしてそれ以降麦野さんとはちゃんと話せないでいた。


「よしっ、んじゃ俺も加速行っきまーす!」


「なっ! ちょっ、待――」


 本当に加速して先に行く野坂。

 そんな野坂を見て俺の中のよく分からんプライドみたいなものが働き、俺も負けじと残った力を使いきってそれに着いていくが、僅差で二位だった。

 そのまま、俺と野坂はリュックから飲料水を取り出し、きれいなゴクンを鳴らすようにひたすら喉を運動させて失った水分を取り戻していく。そして二人同時に、「生き返る~」という発言をしてからペットボトルをリュックにしまいそれをそのまま籠に入れ、自転車から降りて、草の上に仰向けで寝る。


 はあ……。なんかすっげえ――気持ち良い。

 俺は四肢を一斉に思いっきり伸ばす。ミシミシいう音が鳴る。

 見えるのは雲をところどころに散りばめた青い空。そして眩しいが今はこの草原の草を揺らしながら爽やかに吹き抜けていく風と相まってその熱が心地よい太陽。

 そういえば空とこんなにじっくり対面するのは久しぶりな気がする。

 小さい頃なら、家の前の道路中央に寝そべって雲の動きを観察なんて今考えたら非常にスリリングでホワッツエンジョイなこともしょっちゅうやっていたんだがな。まあ勿論見つかる度に母親にどやされたんだが、それでも何度もやったのは何故だったのだろうか。っと考えたが、すぐに答えに気付く。

 今改めて空を見てみて、俺は何だか言い知れぬ心地好さを感じていた。それは草の上に寝そべっているとか心地よい光や風を浴びているからというのも勿論ある。だが一番大きい理由はなんというか、自分が空にいるような、この広大な青の一部になった感じがするのだ。

 それを俺は子供ながらに楽しんでいたのだろうか。全く、ませたガキだ。でも、純粋で……あのまま行ったら俺はどうなっていたのだろうか……。こんな性格にはなっていなかっただろうか。

 空は昔と何も変わっていない。あの青も、従えてる太陽と雲も、あの広さも。でも、俺は変わった。あの頃から変わった……。


 俺ははあっ、と溜め息を一回吐く。


 今の無し無し。何面倒くさいこと考えてんだか。これは旅だ。楽しんでいかなくては。よし、今のは忘れよう。


 ――それにしても、いや~、本当に気持ち良い。

 そして何か……凄え瞼が重い。目、瞑りたい。


「ハアハア……疲れたー」


 キーという自転車のブレーキ音の後に声が聞こえてきた。


「おー、お疲れ、山中、麦野」


 起き上がった音がした後に野坂の声が聞こえた。

 なるほど。さっきの声は山中さんか。麦野さんと同時に到着したみたいだな。

 ……そういえばいつ麦野さんに伝えるかな。

 これは麦野さんの為というより自分が言いたいから言うだけ。だから、俺が言った上で万が一麦野さんが元気になってくれれば万々歳だし、その可能性がある以上、やっぱ早くまたあの笑顔を見たいから、なるべく早めに実行した方が良いよな。

 さて、隙を見てそれで……えっと――


 俺は瞼を閉じた。


   ☆★☆★☆★☆


「――きて」


 んっ、何だ? きて? 来て? 着て? 意味分からん。


「――く、――きて」


 誰かが俺の体を揺すりながら、何かを喋っている。

 だから、きてって何? さっきから主語が無――


「早く起きろー!」


 その声が聞こえた後に何かが頬に当たったっと思ったら、急にジワーっと痛みが広がっていくような感覚が――って、


「痛ってー!」


「あっ、やっと起きた!」


 何っ、急に!? てか、今のビンタ!? 意味分からん! 何で叩かれてんの、俺!?

 とりあえず状況を理解する為に、先程から寝転がっている俺の頭上で聞こえる声の発信元を目をいっぱいに上に挙げて見る。

 そこには正体不明の金属の棒を持ちながらにやりとたちの悪い微笑みを浮かべている日向がいた。


「あー、えっと……とりあえずな、日向」


「んっ、何?」


「スカートの中、見えそうだぞ」


「えっ!  ちょっ! なっ!」


 スカートの裾を下に引っ張りながら、驚きの声を上げて一歩後ずさる日向。

 後一歩前に出ていたら確実に見えていただろうな。

 でも、なんだろう。日向だったからか。見れなかったのにそこまで悔しくない。というのは強がりで実際は、良心が働いたから指摘してやったが、少し残念な気はする。流石に俺でもそこまで男を捨てたつもりは無い。


「ちょっ、本当は見たでしょっ!?」


 いつになく赤面する日向。

 もしかして、日向の奴照れてんのか? あんな自己紹介も平気でやるような奴だし、今まで照れた仕草なんて見せたこと無いから、正直こいつには恥という感情は無いと思っていたんだが。正直意外だ。


「見えてねーよ。第一わざわざ見えそうなこと教えてやっただろ。見えてんなら、指摘なんかしねえよ」


「……見えてたら指摘しないっていう発言もなかなか問題ものだと思うけど、えー、じゃあ、今日の柄は?」


 柄!? んなもん本当に見えてなかったんだから知るか。面倒だし、とりあえず適当に間違えて済ませるか。


「……水玉」


「やっぱ見えてたんじゃねえかー!」


「ぐはっ!」


 当ってたのかよ!

 日向は後ずさったかと思ったら今度は俺の隣に移動して、昔の学園ドラマさながらグーで右頬を殴ってきた。


「痛ってー!」


 俺は素早く起き上がる。


「ちょっ、待て待てっ! 当たったのは偶然で本当に見てないんだって! 第一本当に見えてたら、まんま言うわけ無えだろ!」


「……まあ確かに言われてみればそうだけど……」


 でも、と続けたそうな感じで不服そうな顔をする日向。

 俺は急いで話題転換をする。


「まあ、とりあえずそれはそういうことで置いといてだ。日向、何故俺は急にビンタ――」


 そこで俺は気付く。先程まで青かった筈の空が赤く染まっていることに。太陽もオレンジになっている。


「んっ!? しょうたんどうしたの?」


「いや、空が赤くなってるなって。さっきまでまだ青かった筈なのに」


 その空を眺めていたのは覚えているんだが……。


「さっきまでって、そりゃしょうたん寝てたからね」


「えっ!?」


 俺、寝てた?

 ……ああっ、そういえば空見てたら麦野さんと山中さん一緒に来て、んで、眠くなって……。俺、あのまま寝ちまったのか。


「まあ、部長氏も三十分ぐらい前までは寝てたんだけどね、しょうたんは全然起きないから起こしに来たって訳」


 そうか。なるほどな。まあ、最終手段がビンタっていうのはどうかとも思うが、こいつはわざわざ寝てる俺を起こしに来てくれたのか。


「まさか、どこかのアニメキャラ気取って、草の上に寝るなんてね」


「気取ってねーよ」


 誰がそんな、後で振り返ったら恥ずかしさで悶え死にそうなことやるか。


「まあそれはともかく、どうもな、日向。――で、その件は分かったが、お前が持ってるその金属の棒、それは何なんだ?」


「あっ、これ? これね、テントの骨組み」


「テント……って、まさかここで野宿すんか?」


「うん、そうらしいよ。だから、今から皆でテント立てるって訳。ってことで、さあ、君も僕を手伝ってキャンプマスターになってよ」


「何その、現実世界での伝説の勇者並に実用性の低い称号。んなもんいらねえよ」


「じゃあ、セクハラマスター?」


「それ、ただ社会的地位を失うだけの損しか無え称号じゃねえか!」


「じゃあ、変態」


「最早ただの罵倒!」


 さっきからまともな称号無えー。

 てか、しつこいな。さっきから、見えなかったって言ってんじゃねえか。


「てかそれより、野坂は何て言ってんだ!? あいつがここに泊まんの認めたのか!?」


 あいつが山の中泊まるの嫌だって言ってたのに、どうなってんだ。


「うん。てか、部長から言ってきた」


「なっ!? マジかよ!」


 何その、上京したての若者も憧れる急な心境変化っぷり。自分で言っといて何なんだ、あいつは。


「しょうたん、そんなに悲しまなくても。まあ、確かに私もテントよりサトシ達一向みたいに火を囲んで外で寝てみたいけど、それだと色々問題があるし」


「そんなの別に気にしてねえよ。それより何で、野坂自身が嫌がってたのに山で野宿になったんだ? 何かあったのか?」


「どっかの誰かさん達が熟睡してた所為で、山越えたら多分もう夜遅いのは確実なんだけど、その周辺にキャンプ先無いんだよね。他にも民家に泊めさせてもらうっていう案も出たけど、私達五人じゃ流石に多くて迷惑掛けちゃうだろうしってことになったしね」


 ああ、なるほどな。まあ確かに、それ聞いたら今丁度テントが立てられそうなスペースがあるこの場所に泊まるのがベストだろうな。

 それに……そうか。俺が原因でもあるのか。それは悪いことをしたな。それならまあ、今日は我慢するしか無えよな。


「よし、分かった。じゃあ行きますか」


「――おーい、ユッキー、日向ー、早く手伝ってくれ」


 俺が手伝う為に移動しようとしたタイミングで丁度呼び掛けてくる野坂。

 さて、三人じゃ大変そうだし、さっさと行って手伝ってやるか。


「そういえば、山越えた所にキャンプ先無いってなんで分かったんだ?」


 移動しながら俺は隣を走る日向に質問する。


「私が調べたからだよ、ワトソン君」


「誰がワトソンだ。でも、お前凄いな。流石いつもパソコンいじってるだけはあるな」


「まあね。情報収集に関しては私はスペシャリストだと自負しているからね」


 ああ、そういえばこいつにそんな特技あったっけ。自己紹介以来だったからすっかり忘れてたが、まだあったんだな、そんな死に設定。

 その後俺は、嘆きながら息が上がってスピードダウンしていった日向を置いて、先に向かっていった。


   ☆★☆★☆★☆


 意外にもというべきか、野坂以外俺も含めてテントを立てるどころか触るの自体初めてだったようだ。その為、自転車で持ち運べる程度の小さなテントにしたとはいえ、作業は難航しかなりの時間を浪費してしまった。立て終わる頃には既に日は落ち始めてしまっていた。

 で、その頃には皆空腹が最大値を迎えていた為、あらかじめ待ち合わせ場所のコンビニで買った食料を、そこら辺に設置されている石に座って食べた。

 ちなみに、俺はメロンパンと六個入りのクロワッサンを選んでいた訳だが、その程度はあっという間に平らげてしまい、残ったのは多少の空腹感ともう少し買っておけば良かったという後悔だけだった。

 しかしまだ消滅を拒む俺の空腹感とは反対に、食べ終わる頃には太陽の奴はさっさと消えていってしまっていたので、今はすっかり暗くなってしまった外の代わりにテントで過ごしている。服装は、もう今日は動くことは無いということで、長袖Tシャツ、ジーパンに着替えた。

 ちなみにテントの中には、野坂がこの日の為に買ったというLED付きのランタンとそれを立てるランタンスタンドと、何故かキャンプに行ったことが無いのにも係わらず持っていた日向のサブランタンを設置している為明るさは十分。狭いこと以外には特に問題は無い。まあ、その狭いのがなかなか大きい問題かもしれないが。俺らは今五人で円を描いて座っている。

 それで今は何をしていたかというと、


「はい、じゃあ上がりねー! はあっ、また私が大富豪かー」


という訳だ。


 しかし、日向の奴、もう十回くらい連続で上がって無いか。トランプでやるゲームの中でも大富豪は特に運と実力を両立させた良ゲーム(良くも悪くも極端に偏ることもあるという面では運が若干勝っているという気もするが)な訳だが、何故こいつはこんなに強いのだ。ほとんどのゲームで、ジョーカー二枚なんてチートなことはなく、別段手札が優れて良いという訳では無かったのに。まさか修行でも積んだ訳ではあるまいな。

 いや~、あのドヤ顔はマジで腹立つけど、素直に凄えな。


「だめだ。このまま大富豪やっても勝てる気がしねえ。もう他のゲームやろうぜ」


「えー、今私連勝中なのに!」


 俺の右隣にいる野坂が不服そうな顔をしながら提案した案に、その右側にいる日向が逆に不満を見せる。

 まあ確かに俺も、このまま続けても日向無双が続くイメージしか出来ないからな。俺らは、クソゲーだと分かっているうえで興味本意で買い、マジで後悔するようなバカでは無いんだ。


「俺も野坂に賛成だ!」


 競技を変えさせてもらうぜ。


「僕も賛成! で、ババ抜きが良いと思う!」


 ここで俺の左隣にいる山中さんが、こちらに加勢してババ抜きを提案してくる。


「ババ抜きか。まあ、良いんじゃねえか。なっ、ユッキー?」


「ああ。運要素がほとんどだから、これなら日向も連勝は無理だろ」


 お互いにニヤニヤと他意のある顔で見合う野坂と俺。

 これでようやく俺が一位を取れる。


「ちょっ、何その私が最強みたいな感じ。なんか、メッチャ良いねんけど」


 目を輝かせてそう言う日向。

 なんで急に関西弁?


「いやいや、ブルー大佐よ。もうお前の時代は終わりさ。これからは俺がトップになるからな」


 ふっ、と軽く嘲笑した後に、左手人差し指を相手に突きつける野坂。

 どこぞのマンガにいそうでやっぱり存在しないような主人公を熱演し始めやがった。

 てか、ブルー大佐って誰だよ。

 それに、最強のくせに大佐って、階級低いな。


「ふっふっふ。何を血迷いごとを。まあ、やれるもんならやってみれば良いじゃないか。ただし、貴様ごときが私に勝てるとは思わないがな」


 侮蔑の視線を引き下げて嘲笑を返す日向。大袈裟な身振り手振りなんかも一々使ってキャラを完全に演じきっている。

 お前もノリノリだな。喋る度に過去の過ちになるようなイタイポーズとってるし。

 てか、何この茶番。トランプでどんな戦いが広げられようとしてんだよ。


「その強気な物言いもここまでだぜ! 今にお前の伝説は終わりだ! 行くぜ、ブルー上級大佐!」


 あっ、ちょっと階級上がった。


「さあっ、来い! ウイング元帥よ!」


 おいっ、それ最強のお前より遥かに階級上になっちゃってんじゃねえか。


「あの……ノリノリのところ悪いけど、もう始めて良いかな?」


 何とはなしに最初からディーラーを買って出た山中さんは、今回も準備してくれるのだろう。絶賛茶番中の二人に割り込んでいく。


「「こうして少年の戦いは始まった!」」


「「まだ続くの!」かよっ!」


 どうやら新連載だったらしい。の割にはいきなり少年、元帥で最強キャラと戦うことになってるけどな。

 その後すぐに第二話を開始した二人を俺と山中さんは黙殺し、山中さんは集めたカードをシャッフルし出す。

 そしてフリーになってしまった俺は、視線を山中さんのシャッフルシーンから移動させる。


 ……麦野さんが俯いていた。

 今日一日麦野さんの元気が無いのは気付いていた。暗い表情の中に時々見せる笑顔がただの強がりだということも。そしてそんなの、皆も気付いていただろう。だから皆必死に麦野さんを励まそうとしたし、本当に笑わせようとした。

 多分、今あいつらがあんな打ち切り臭しかしないマンガの茶番をやっているのも、あいつらなりに麦野さんを笑わせようとしているんだろう。二人共逐一麦野さんを見ていることからも間違いは無いと思う。

 しかし、やはりその顔は笑顔なのにどこか作り物めいていて、やはりあのいつもの安心感は無い。そしてそれは俺の所為でもある……。

 ……俺も元気づけてあげたいけど、そういえば今回の旅、まだ麦野さんとは未だにちゃんと話せていない。まあでもしょうがないか。今日は一日中移動や作業ばかりで、あんまり機会が無かったからな。

 そんな言い訳しても本当は気付いている。

 自分は逃げている。話す機会が無かったわけが無い。充分あった。電話で一方的に切ったことも謝れたし、励ましの言葉をかけてあげることも出来た。

 でも俺は、自分が嫌いだった麦野さんの優しい部分を利用した。あんな一方的な発言をして、麦野さんに強制させたのだ。ここに来ることを。来る気なんて無かった筈なのに。麦野さんを助ける為なんて、今と同じ言い訳で自分を納得させて。

 だから、嫌われることから。もしくは何か言われることから逃げていた。

 でも、麦野さんは来た時もそれ以降も何も言ってこなかった……。ただ、遅れたことを謝るだけ……。


「すいません。私、少し外に出てきます」


 呟いたというには大きすぎるが、それでも小さい声でそう言い立ち上がる麦野さん。


 しかし、誰も何も言わない。その声は震えていたから。


 すぐに後ろに振り返って出口に向かっていった為、こちらを向いて顔を上げていたのは一瞬だった。

 でも、俺にははっきり見えた。しかしおそらく麦野さんが立ち上がる以前から彼女を見ていたのは俺だけだ。だから、おそらく俺しか見えていなかった。


 瞳から雫が垂れていた。


「今、泣いてた……」


 自分も含めて全員が呆然としていた中で俺が最初に呟いた。


「えっ!? ユッキーお前、今泣いてたって言ったか?」


「麦野が、泣いてたの?」


 いつの間にか茶番を終了させていた野坂と山中さんがすぐに俺の言葉に反応する。


「確かに、泣いてた……」


「……そういえば、ことみん結局今日ずっと元気無かったもんね」


 日向が出会ってから今まで見せたことの無い暗い面持ちで口を開く。

 そして更に続ける。


「やっぱり、まだ悲しみが癒えてる訳無いよね。それに、やっぱりことみん、皆に気を使わせてる感じがして嫌、だったのかな……」


 心が痛む。日向にはそんな気は勿論無かったのだろうが、その言葉全部が俺の心に痛みを誘導させてくる。

 そうだ。多分、その通りだろう。

 あの優しい麦野さんのことだ。今日ずっと皆に気を使わせてるような感じがして居づらかっただろう。ただでさえ傷が癒えていないのに、それはかなり辛いことのはずだ。

 それは全部俺の所為なんだ。俺が麦野さんに来ることを強いたから。

 麦野さんを元気づけようとしたが、結果的にそれは全て裏目になってしまった。麦野さんを傷付けてしまった。そして、そんな自分は逃げてばかり。自分は傷付くことから逃げていた。――今すぐに自分を殴ってやりたい。いや、誰でも良い殴ってほしい。本当に自分に腹が立つ。

 テント内は静かだ。喋る者はいない。その明るさとは裏腹に暗い雰囲気が漂う。

 しかし、その沈黙は三十秒で終わる。あいつが、喋り出したから。


「あー、面倒くせえなあ、もー。考えるの面倒だし、皆ももう考えるな。今暗くなってもしょうがない。ずっと考えていても仕方ねえだろうが。――特にユッキー。お前、顔ヤバすぎ」


 ヤバい顔だと? 俺は今どんな顔をしているんだ? それすら分からない。怖い顔、なんてしてしまっているのだろうか。


「だって……だってな、野坂。麦野さんを連れてこさせたのは俺なんだ。でも、その所為で麦野さんは傷付いたんだぞ。全部俺の所為じゃないか」


「はあ……マジで面倒だな、お前。確かに、この状況お前の所為だ。それは間違いない。――でも、お前の所為だけってのは間違ってる。責任は俺にもあるしな」


 責任? 野坂は何を言っているんだ。俺は寧ろお前に感謝してるぐらいなのに。

 もしや、俺に気を使っているのか? そんなのより今は罵倒してもらった方が楽なんだが。


「それなら、僕も、日向にもある」


 山中さんが手を胸に叩き付ける。


「何故か私も巻き込まれた訳だけど、異議は無いよ。私達もどこか気を使い過ぎていたかもしれないと思うし。違う接し方も有ったと思うんだよね」


 皆、俺に気を使わなくて良いのに……。


「ユッキー、俺が前に電話で行ったこと覚えてるか?」


 不意に質問をしてくる野坂。しかし俺の答えを求めてはいなかったようで、解答を待たずして続ける。


「いつまでもクヨクヨ考えんな。自分の所為で傷付けたと思うなら、その傷を埋めてくれば良い。ついでに他の傷も埋めてやれ。今が絶好のチャンス何じゃねえのか」


 絶好の、チャンス、か……。

 怒りの中に少しだけ湧いてくる高揚感。

 確かにそうだ。俺が、俺の所為で傷付いた麦野さんを今なら救い出すことが出来る。それで罪をチャラにすれば良い。

 クヨクヨしたら駄目。逆に無闇に行動したら、傷付けてしまった。だから、俺はもうどうすれば良いのか分からなくなっていた。でも、大袈裟かもしれないがたった今救われた。いや、今までだって救われてきた。だから、俺も救う。自分でも意味の分からない理屈だと思う。でも、救う。自分が救いたいから救う。

 自分が傷付けた分も元から負っていた傷も全て俺が埋める。

 いや、全て埋めるとまではいかなくても、少しでも埋めて補完していきたい。


「はあ……そうだな。また考えすぎた。俺の悪い癖だ。じゃあ、俺行くわ」


「よしっ! じゃあ、僕はトランプ配って待ってるよ。――五人分ね」


「頑張ってきてね、しょうたん。絶対に一人で戻ってこないでよね」


「ユッキー、やっぱ戻ってきた時が旅の始まりってことで」


「ああっ。皆、ありがとうな」


 俺は既にチャックが空いている出口から外に出る。

 そして、深い闇へ向かっていった。




次話でこの話は終わる予定ですが、多分誰にも予想出来ない終わりになると思います。


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