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半日常っ!!  作者: カオス
13/19

Starting Trips


「よし。オッケーだ」


 昨日の内から必要なものは大体リュックに詰めておき、ギリギリまで冷やしておく気だった飲料水や食料も今詰めた。

 必要なものは全部用意した。確認は何度もした。

 後は――、


 俺は机の前に置かれている回転式の椅子に座り、そのまま両手を横に精一杯広げながら息を大きく吸った後それを小さく吐き出す。その後ケータイを開き、アドレス帳から番号を選択し、強くボタンを押す――。


 夏休みは名前に反して自分は休むことを知らず一週間なんてとっくに過ぎ去って、今日は八月三日。遂に約束されていた旅に行く日を迎えた。

 もう準備は全部済んでいる。でも、俺には最後にまだやり残していたことが一つだけあった。


 ――頼む、出てくれ。これがラストチャンスだ。

 コールは続く。十回目辺りまではコール数を数えていたが面倒になったのでもう数えていない。でも、もう三十秒は鳴らしている気がする。しかし出ない。


 あの麦野さんから電話がかかってきた日。あの次の日すぐに俺は麦野さんに電話を掛けた。だが、何回コールさせても出なかった。その後、毎日のように何度も、本当に何度も掛けてみたがその後も出ることは無かった。

 勿論メールも何度も送ってみた。だが、こちらも返信は無い。

 そんな感じで日は過ぎていき、遂に当日になってしまった。


 もし出なかったら、どうすっかな……。

 そんなことを半ば諦めも含めて考え始めていた。

 そしてそれにほとんどの意識を使ってしまっていた俺には、既にコールの音も周囲の音も届いていなかった。

 だから本当に、コールが途切れたのにも全く気付いていなかった俺の耳に突如その音声は入ってきた。


「はい、もしもし」


「! ……麦野さん! ……良かった」


 返答と共に思わず心の声も漏らしてしまう。

 よっしゃー。ようやく、そして何とか出てくれた。良かった……。本当に良かった。もう諦めかけていたから尚更嬉しい。

 ……という気持ちは勿論ある。あるのだが……。


「あの……」


 おそらく急に黙り込んだ俺への呼び掛けも含めて話を切り出したが、言い淀んでしまう麦野さん。

 さっきのもそうだが今聞こえたのは、いつも俺を癒してくれる心地よさは面影を無くし、平坦で多少暗さの混じった、それでも無理矢理明るさを合成しようとした。そんな感じの声だった。

 だから、あんなに意気込んだのに、決意したのに、実際にその声をまた聞いて気持ちが揺らいでしまった。

 少しとはいえ時間が経っているのに麦野さんの声や雰囲気はあの日と何も変わらないままだ。

 だから麦野さんのことを考えたら、本当に誘うべきなのだろうか。それに仮に誘ってもどうせ来ないだろう。いや、来ても俺達が麦野さんの為にやることは全て無駄なことかもしれない。そんな考えが波のように次々と押し寄せてきて、俺の発言を喉元で抑止してくる。


「――この前は変な電話を掛けてしまってすいませんでした」


 言い淀んでいた麦野さんがようやく言葉を紡ぐ。

 

「それから、電話やメール、全て無視するような形になってすいませんでした。やっぱり気持ち的に出れる状況では無かったので……」


 本当に申し訳なさそうにか細い声で喋る麦野さん。

 まあ、分かってたことだがやっぱり、そういう理由か。とりあえず何度もしつこく掛けてしまったから、俺が嫌になってというのは無くて良かった。その点は良かったんだけど……。


「あと、今のこと野坂君にも謝っといてください」


「えっ、野坂! ですか?」


 予期せぬ人物の名前に、思わず反射的に驚いてしまう。


「何で野坂に何ですか?」


 野坂も俺とは別ルートで動いていたのだろうか。


「実は幸村君にあの電話をした次の日に……野坂君からも一通だけメールが届きました。でも、結局そちらにも返信することは出来なくて、それで……。自分からは後で言っておくのでお願いします」


 徐々に小さくなりながらもそう話す麦野さんの声は、震えていた。本当に悪いと思っているのに、本来自分がやるべきことを、今の自分ではまだ無理だから他の人に任せてしまうのに苛立ちを覚えているのだろうか。

 俺は改めて、麦野さんの優しさを実感する。

 そうして麦野さんの場合、そんな優しさは良い点にもなりえるが逆にもなりえる。他人のことを進んで喜ばせるのは良いが、代わりに他人を悲しませるようなこととなると自分を犠牲にしてまでそれを回避しようとする。そして他人に迷惑をかけるのを必要以上に嫌って気を使い過ぎる。そんなことばかりしていたら普通は体がもたない。今のような自分自身の心が弱っている時には特にだ。

 でもそんな麦野さんがあの時、俺に頼ってくれた。初めて弱味を見せてくれたから。だから俺はどうしても助けたいと思ったんだ。


「――そのメールの内容、聞いても良いですか?」


「……内容ですか。えっと確か……意味はよく分からなかったんですが、『ユッキーの想いにちゃんと考えて答え出してくれ』だった気がします」


 ケータイは電話で使っているので、おそらく必死に思い出しながら喋る麦野さん。

 ったく、あの野郎。俺に任せるって言ったのによ。てか、それだけ聞いたら俺こんな状況で麦野さんに告白する超空気読めない奴みたいじゃねえか。


「そうですか。分かりました」


 でも、まっ、そうだったな。ともかく行動。そう決めたんだ。なに、またくよくよ考えてんだか。

 まさかまた、野坂に助けられるとはな。


「……そういえば、さっきから自分のことばかりになってしまってすいませんでした。幸村君は、何か用があって電話をかけて来たんですよね?」


「はい。ありますよ。麦野さん、」


 それから一呼吸置き、


「俺はあなたと一緒に、そして皆で旅に行きたいです! だから行きましょう!」


 気付けば怒声ともとれなくもない程の大声を出していた。

 あっ、危ねぇ……。家に誰もいなくて助かった。もし親がいたら、一人で発狂している変人息子と捉えられていたかもしれない。


「なるほど。そういうことですか」


 そのように俺が自分の家族的地位キープの成功と言うべきことを言えた達成感で内心を満たしていたら、麦野さんがそう呟いた。

 そういうこと、というのは野坂のメールの内容が俺がたった今旅に誘うことを言っていた、と理解したのだろう。


 そしてまた、もう何度目かの沈黙が支配する。多分メールのことも考慮して、必死に考えてくれているのだろう。

 その間、落ち着かなくてじっとしていられない為、座っている椅子を足で回して机の正面に戻すなんてことを繰り返しやっていたら、遂に答えを導き出した麦野さんの声が沈黙を破った。


「すいません。私は遠慮させてもらいます」


その言葉は、一番聞きたくなくてそして一番可能性が高いと思っていた答えだった。


「やっぱり、皆に迷惑掛けてしまうと思うので」


 相変わらず暗いトーンで喋る麦野さん。

 何だろう、この気持ち。いや、違う。分かっている。こんな感情になったことは今まで何度もあった。初めてでは無い。

 でも、麦野さんに対して感じたのは初めてだ。


 ――俺は少し怒っているのか?


「そんなのいいんです。どうか来てください。皆麦野さんが来るのを望んでいます」


 少し言い方がきつくなってしまったかもしれない。


「……もう皆、私の状況知ってるんですよね?」


「……はい。多分、野坂が伝えたと思うので」


「なら、やっぱり四人で行ってきてください。私がいたら皆に気を使わせてしまうだけですから」


 その言葉を聞いた途端、俺の心で渦巻いていたものが爆発した気がした。

 なるほどな。俺が、何故麦野さんに腹を立てているのか、今ので分かった。

 自分が今一番辛い時なのに。一番助けが必要な時なのに、人のことばかり気にしている。こんな時でも自分より他人。そんな麦野さんに腹が立っているんだ。


「すいません。麦野さん。はっきり言いますけど――嫌です!」


「えっ!?」


 ようやく感情のこもった麦野さんの声が聞けた。

 まさか、ここまでキッパリ断られるとは思ってなかったのだろうか。いやそれもあるけど、俺は今まで麦野さんに強く出たことが無かったからな。多分、そっちの方が大きいかもな。


「麦野さんが来ないなら俺らは行きません。中止します」


「そんな……」


 先程のように再び弱くなった麦野さんの声を聞いて罪悪感が再び俺の行動の抑止にかかってくる。

 しかし、今俺が止めたら旅は確実に中止になるだろう。だから止まれない。止まるわけにはいかない。ノンストップゴーだ。

 そう考えて、自分を鼓舞する。


「勝手とは分かっています。でも、一人でも欠けた旅なんて俺も嫌だし、何よりあの部長が認める訳無い」


「待たないでください……。本当に行きませんよ」


「それでも待っています。だから、」


俺は今座っている椅子を一回転させて、


「絶対来てください!」


俺はそのまま一方的に電話を切った。


   ☆★☆★☆★☆


 約束の時間に間に合うように考えて家を出た俺は今、家から三十分くらいのところにある待ち合わせ場所に向かって、身体中の水分を根こそぎ奪おうとしている灼熱の太陽の熱を一身に受けながらも、自転車を走らせていた。

 俺が今通っている道の周りには高層ビル等都会チックな建物は無いが、代わりに住宅やファミレス等の店が隙間を埋めるように並んでいる。

 そしてその道は、俺が学校に辿り着くためには通らざるを得ない為平日は毎朝通っている道でもうすっかり見慣れていた。見慣れていたはずなのに、その景色は今日は違って見える。

 それは、この道を通る理由が違うからというのもあるが、何より今の自分の心境が今まで感じたものでは無いからだろう。


 今俺の気持ちの中に充満しているもの。その中に旅への期待感、高揚感。それらは確かにある。しかし、それ以上に――


 俺はその普段とは違う見慣れた景色を眺めながら、家を出る前に掛けた麦野さんへの電話のことを思い出していた。


 ――嫌です! か……。


 ハアっと溜め息が出る。

 何であんなこと言っちゃったかな、俺。

 今やまだ残されている達成感よりも、時間が経つ毎に勢力が拡大していった罪悪感と後悔の方が勝っていた。


 思い返してみたら相手のことを全く考えていない、利己的な発言しかしてなかった気がする。しかもそのうえ、一方的に電話を切るなんていう愚行までしてしまった。やっぱ嫌われちゃったかな、俺……。正直それぐらいのことはやってしまったと思う。

 そんなことを考えながら走っていたら、待ち合わせ場所である青いコンビニのトレードマーク、ミルク缶が描かれている看板が見えてきた。更に近付いていくと入口の横にセットされているゴミ箱の付近に三つの人影が見えた。

 俺は更にスピードを上げてその人影の元に向かう。



「よう、ユッキー。なんかいきなり疲れてんな」


「お疲れ、幸村」


「お疲れ、職業スライムハンターの幸村君」


 到着し、自転車を降りた俺に対して、若干一名皮肉を混ぜながらも笑顔で迎えてくれる野坂、山中さん、日向の三人。

 それに応えたいところだが、今まで一心不乱に俺の肩を潰そうとしてくるリュックを背負いながら全力でサドルの回転運動を助長させてやっていた俺の喉からは二酸化炭素しか排出出来ない為、膝に着いていた手の内右手を挙げて無言の挨拶を返した。


「ところでなんだが、もしかして皆――」


 五分ぐらい経ちようやく酸素が満ち足りてきたところで、俺はここに来た時から思ってたことを口にする。


「もしかして今回の旅、なめてないか?」


「はあっ!? 何がなめてるって? 必要なもんは全部持ってきたし、寧ろ何も心配無えよ」


「ああ、確かにその面は大丈夫だ。普通だ」


 その点は皆、異常に太ったリュックや鞄を自転車に積んでいるのが見えるから問題は無い。野坂に至っては、テント用具も持ってきたからリュック背負っているのに特大の鞄まで持ってきているしな。


「でもな……でも――その格好は無いだろ」


「はあっ、何がだよ!? 万全な格好じゃねえか!」


 野坂が反論してくる。

 そうか……。こいつにとっては――


「制服が万全の格好なのか」


 俺の一般常識が特殊常識で無ければ、山越えに制服は万全とは言わないと思うんだが。


「そうだよ。問題あるかよ」


「問題しかねえよ」


 俺はまだブツブツ文句を言っている野坂から一旦視線を外し、他の二人も見回す。


 なるほど。上はTシャツなのは良いとして、何故か下が動きづらいジーパンという惜しい格好をした山中さんに、日向はノースリーブの白ワンピか。

 山中さんはまあ、まだ良いとしても、


「日向、お前やっぱなめてるだろ?」


 格好としては、葬式に、紅白に大物歌手が着ていくような豪華すぎる衣装で出るぐらい間違えている。


「なっ、なめてないです~。ただ、単に団長さん風なの来てみたかっただけです~」


 一々語尾を伸ばして否定してくる日向。なんかイラッとくるな、この喋り方。


「いや、でもそれじゃ自転車走らせづらくてしょうがねえだろ」


「余裕です~。なめんなよ~」


 くっ、やべー。こんなに女子を殴りたいと思ったのは、最近では一ヶ月前の日向以来だ。


「あのさ、そういう幸村もその格好はどうかと思うんだけど」


 山中さんが苦笑しながら俺の服について指摘してくる。


「えっ、変ですか!?」


 そんなバカな! 動きやすさを究極的に求めた最善の装備のはずなのに。


「うん、だって、」


「せっかくの休日の旅行に学校ジャージは無いわ」


 山中さんの発言に割り込んできた野坂にまで、あろうことか侮蔑の目を向けられながら否定されてしまった。


「お前にだけは言われたく無えよ!」


 何で俺、制服が万全の格好とか言って着てきているやつに否定されなきゃなんねえの!?

 俺の十六年間の歴史の中でここまで自分のことを棚に上げるという言葉を体現した奴は見たこと無えよ。


「ていうか、動きやすい分ジャージの方が良いじゃねえか」


「いやいや。見た目的には制服大丈夫だけど、流石に全身ジャージとかダセーって」


「いや、どっちも変わんないから。何、この低レベルな争い」


「なっ!」


 また苦笑しながら、割り込んでくる山中さん。

 ていうか、野坂と俺が大して変わんないだと! 明らかにインシャツ制服の野坂よりは俺の方がマシだろ。


「まあ、そうだな。こんなことで争っていてもしょうがない。だからこの話は、どう考えてもユッキーの方がダサいということで、置いといてだ……」


「おいっ、置いてくな。さらりと毒吐いといて逃げてんじゃねえよ」


「話が変わるがユッキー」


 俺の言葉をスルーしやがった野坂はおどけた雰囲気から一転、真顔になりシリアスムードを漂わせる。

 ……いきなり麦野さんの話か。

 と俺が覚悟したら、真顔はわずか五秒程しか維持せず、更に反転+αで元のニコニコ顔からニヤニヤした怪しい笑顔に変化しやがった。全く顔が忙しい奴だ。


「ちゃんと麦野に愛の告白してきたか?」


 やっぱり確信犯だったか。


「してねーよ。てかお前、麦野さんに聞いたが、何てメール送ってんだ。何で俺がこんな最悪のタイミングで告白しようとしてる空気読め男になってんだよ」


「お前の手助けしてやったんだよ。女性が弱っている時に男がつけこむのは常識だろ」


「常識をお前の自由で改変するな!」

 

 ていうか、告白するフラグなんか立ててねえしな。

 野坂はアッハッハと笑った後、


「まあ、それは冗談だが、でも勇気付けられただろ?」


 ニシシといった無邪気な感じの顔でそう言う。


「んっ……まっ、まあな……」


 まあ、なんかこいつに心見透かされた感じでなんか釈然としないけど、確かに野坂には感謝してもしきれない。でも、まっ、面と向かって言うとなるとやっぱ照れるな。

 でも今日俺は、野坂に会ったらちゃんと自分の口で言おうと思ってた、言わなければいけないことがある。


「で、あの……その……改めて、ありが、とうな、野坂」


 目をおぼつかせながらもそう言った後、すぐ顔を伏せる。

 うわっ、やべー。凄え、恥ずかしい。

 多分、俺今よく熟れた林檎くらい顔が真っ赤になってるんじゃないだろうか。

 地上を焼こうと努力している太陽の熱ではない、顔の内からの熱をやたらと感じる。


「えっ、ごめん。今、何て?」


「野坂、てめー!」


 そう言うのと同時進行で顔を上げる。そこで見えた野坂の顔は、さっきと変わらない無邪気な笑顔だった。


「相変わらず面白えな、ユッキー」


「ったく、お前は……」


 俺は呆れながら溜め息を吐く。

 本当にこいつは……。


「そんじゃ、俺が困った時もよろしくな」


「はいはい」


 本当に掴みどころの無い奴だ。


「ちょっと、二人共。さっきから聞いてたら、何々。野坂が幸村助けたとか、――告白とか」


「私も気になるな。しょうたんが部長殿にお礼を言ってるし――告白とか聞こえたし」


 山中さんと日向が目をダイヤモンドダスト並に輝かせて問い詰めてくる。

 はあ……出たよ。女子の告白というワードへの異常反応。何故そこまで食い付くのだろうか。


「いや、だからそれは野坂が勝手に言っただけで別に告白とか――」


「なんかな、ユッキーが麦野に告白するらしいぜ」


「野坂、てめー!」


 俺の言葉に割って入って、あろうことか面倒ごとを呼び込む虚言を述べる野坂。

 マジで何なの、こいつ。


「ちょっと幸村、このタイミングで」


「女性が弱っている時を狙うとは、なかなかやりますな、しょうたん」


「いや、だから告白なんてしな――」


「俺は絶対やってやるって意気込んでた」


「「ヒューヒュー!」」


「いい加減にしろ、野坂! そして、ヒューヒューじゃない! 告白はしないっての」


 ここで俺を抜かした一同が腹を抱えて笑い出す。俺も最初はなんとなくそれを見てつられて笑ったが、徐々にそれは本当の自分の笑いになる。


 笑いながら俺はふと考える。


 こいつらとバカやるのは楽しい。実際に今俺は楽しんでいる。家で一人でゲームやってるのも結構楽しかったが、友達と過ごすってのもなかなか楽しいもんだ。いや、こっちの方が楽しいかもしれない。それを俺は今年ようやく知った。いや、昔は知っていたのかもしれない。

 そういえば、こうやってこいつらとバカやんのは随分久しぶりな気がする。実際はまだ十日ぐらいしか経っていない。なのに、それでも会ってみて今までは感じなかった何か安心感的なものを感じている。

 それぐらいこの求人部は、俺にとって当たり前でそして何より大きい存在になってたんだ。

 でも、そんな楽しさや安心感とは裏腹に物足りなさも感じている。何が足りないか。そんなのはっきりしている。今、ここに一人いないから。一人欠けてるから。やっぱり五人いないと何か違和感がある。

 だから……。


「――そういえば、もう時間過ぎてるな」


 全員の笑いが治まったところで、ケータイだと電池切れになったら困るということで持ってきた腕時計で時間を確認してから言う。


「ああ、そうだな」


 野坂は真顔になり、普段より小さめの声で喋る。

 ここで俺は、ふとあることに気付く。

 そういえば俺はまだ、電話の内容を皆に話していない。麦野さんにずっと待つという完全に自分主義な発言をしてきた、ということをまだ皆に伝えていなかった。

 なのに、誰も時間になってももう行こうとも帰ろうとも言わない。


 ――皆俺と同じ考えって訳か。と言っても、


 何処からともなく現れた一人の若い男性が、俺らを瞥見してから店に入っていく。

 ずっと待つって言っても流石に限度があるよな……。

 よし、んじゃあ、


「俺、ちょっと麦野さんに電話してくるわ」


「えっ!? あっ、ああ。噛むなよ」


 心配所、そこ?

 俺ははいはいと返事をした後、店の右側に向かって角を曲がったところでケータイをポケットから取り出す。

 そして取り出してアドレス帳から麦野さんの番号を探す。しかし、探しす為にボタンを押していたら動きが途中で止まる。

 あれっ、動かない。何だ、これ。いや、動かないんじゃない。動かしていないんだ。

 その時、振動と共に青色のランプが点滅する。メールだ。

 俺は早速開いて見てみる。

 

『遅くなってしまいすいません。でも、もう少しで着きます。待っていてください』


 それを見て自然と緩んでしまう頬。しかし、それは望んでいた筈のことなのに、徐々に顔は強ばっていく。俺の心には嬉しさと共に違う感情がある。

 それに気付いた。


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