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半日常っ!!  作者: カオス
11/19

Summer Vacation


 彼は私を救ってくれた。


 入学式の日、私は彼に初めて出会った。


 何となく気になったから話しかけてみたら、面白い人で、好感を持てた。


 でも、この好感は友達としてで……。


 では、今のこの気持ちは一体なんなのだろうか。


  ☆★☆★☆★☆


 太陽も完全に本性を隠すことをやめ、夏の本番に入った七月下旬の今日。

 この学校の生徒達の服装は、既に全体が黒の冬の制服から白いワイシャツの夏服にチェンジを遂げていた。

 しかしそんな服装の変化とは裏腹に、あの先川の依頼達成から一ヶ月程立ったが、あれ以降全く生徒からの依頼は無く、学校生活も特にこれということもない、平凡な毎日を俺は過ごしていた。

 入学してからというもの、中学では味わえないような忙しくて大変で、でも良い意味で刺激的なイベントを連続的に体験してきた俺にとって、そんな平凡な毎日は少し退屈だと感じていたこともそうだが、最近は三十度を越えるのなんかザラになってきていて、この毎日のように続くセルフサウナと熱井の顔面攻撃もなかなか俺のテンションパラメーターを下げていた。

 ……だが、今の俺は違う! 自分で言うのもなんだが、今の俺はテンションが若干、いや、かなり高い!

 それは今日の集会で、秋葉原を聖地にしている男達が来ているシャツの裾ぐらい無駄に長い為いつもは耳への侵入自体を拒否する校長の話もしっかり聞いてやった程だ。

 まあ、とは言っても、普段のテンションが結構低いから、今俺テンションかなり上がってますとか誰かに言っても、「あれっ、なんかいつもと違うの?」的な返答しか来ないだろうが、確かに俺はいつもより浮かれているのは間違いない。

 それは――


「よし、それじゃ皆揃ったし、そろそろ第二回部活会議を始めますか! 議題は勿論――夏休み中の求人部の活動についてだ!」


という野坂の発言から分かる通り、明日から、待ちに待っていた夏休みが始まるからだ!

 普段、学校という、自由を制限してくるいわば呪縛に捕らえられている俺達に許された一時の完全自由。

 そんな幸せが目前に近付きつつあるというのに喜ばないやつがどこにいようか! いや、いる訳など無かろう!

 てな訳で、今年の夏はあんなゲームやこんなゲームをしながら家で自由に、ゆっくり過ごしてやるぜ! なんて考えていたのだ。考えていたのだが……

 

「野坂! 今、何て?」


「いや、だから夏休み中の求人部の活動を決めるぞって言ったんだよ!」


 また急に、昼休みにトイレで用を足してた俺に、わざわざトイレに出向いてまで「放課後、会議をやるぞ!」、なんて言い出したから何事かと思ったら……。


「野坂、二つ言いたいことがある。――まず、皆揃ったって言ってたが、麦野さんがまだ来ていないぞ」


「ああ、麦野ならなんか先生と話すから遅くなるって言ってたぞ。内容は知らないけどな」


「なるほどな。それは分かった。じゃあ、次は二つ目だ。――あのな……活動って言っても、普段から全然依頼者なんか来ないのに、夏休みになんか尚更来るわけ無えだろうが!」


 まあ、教師共なら夏休みなんか関係なく俺らが活動してる限り来るだろうが、生憎俺には夏休みにまで教師の拷問を受けたいなんてマゾ気質は無いんでな。

 それに何より、こっちにも夏休みのおおまかな計画ってもんがもう既にあるんだ! なのにもし夏休み中も活動なんてしようものなら、完全に崩れさっちまうじゃねえか! そんなことされてたまるか!


「いや、ユッキー、お前何か勘違いしてないか? 俺がそんな夏休みになってまで、学校行きたいなんて思うわけないだろっ!」


 いや、思う訳ないだろって言われても、お前のことなんか知らないし、知りたくもありません!


「じゃあ、「活動って何でありますか、部長殿?」


 ここで、俺の発言を阻害してまで野坂にごもっともな質問をぶつけた日向は、今日も相変わらずパソコンのキーボードに容赦ない攻撃を叩きこんでいる。

 しかし、こいつは、あれかね。ダイビングの世界大会でも目指しているのだろうか。

 だって、表現じゃなくマジでトレードマークのポニーテールを結構な勢いで揺らす程の力でキーボードを叩いてんだもん! キーボード叩いて体に反動起きる人間なんて、聞いたことねえもん!


「んっ!? ああっ、まあつまり活動っていうのはな、求人部全員で夏休みどっか行こうぜってことだ!」


「それ活動っつうかただの遊びのお誘いじゃねっ!?」


 またそれかよ! お前の開く会議の議題って何して遊ぶかしかねえの!?


「いやいや、待て待てっ! 遊びじゃねえよ! ちゃんと考えがあるんだよ!」


「考えー!? ……って何?」


 訝しげな顔をした後に真顔にクイックチェンジしてそう聞いたのは、男装が似合いそうな男子ナンバーワンの山中さんだ。

 今の言い方から考えると、多分山中さんも同じことを考えてるんだろうが、こいつの考えたことだ。どうせまた唐突なことだろう。

 遊びじゃないなら、スポーツジムで鍛えようとか言い出したりしてな。


「ああっ、まあそれはだな、つまり合宿だ!」


「「「…………」」」


 一瞬で部屋が沈黙に支配された。


「何コレっ!? 何故皆急に黙る!?」


 いやっ、急なのはお前だよ。

 ……本当に予想の遥か上を行く奴だ。


「ごめん、部長。意味不だわ」


「えっ!?」


「えっと、さ……ちょっと待って、野坂。合宿ってどういうこと? てか、急にどうしたの?」


「いや、だからさ、ほら、前に言ったろ。俺が高校生にとって一番大事だと思っているもの、それは時間だって」


「「「はあ……」」」


「そして、その限られた時間を楽しんでいきたいなら、何か起こるのを待ってるだけではダメだとも思っている! 楽しみは自分から掴みとりに行かなきゃダメなんだ!」


 うわー、久しぶりに出たよ、野坂理論。相変わらず熱く語るね。とは言っても今回のはまあ全く理解出来ないという訳でも無いんだが。

 楽しみは自分で行動していかなきゃ得れない。それに似たものを感じて、俺は家からクソ遠いこの学校に来た訳だからな。


「だから、急につーか、前から夏休みには求人部で何かやりたいとは考えてたんだ。で、まあ色々考えたけど、夏休みだしやっぱ合宿しか無えよなあっていう結論に至ってさ」


「なるほど……」


 ごめん。何がなるほど?

 夏休み=合宿なんて公式は少なくとも俺の常識の中には存在しねえよ。


「いやいや、待て待てっ! お前が合宿をやりたいって気持ちは分かった。分かったが、やる意義が分かんねえよ。人助けの部が何で合宿なんかやらなきゃいけねえんだよ?」


 全く結びつかん。


「うーん・・・そうだな。合宿ってのはちょっと違うか。俺の考えてるのは、皆で自転車乗って山とか越えながら何日かかけてどっか遠くまで行くって感じだからな」


「えっと、つまり皆で旅しようぜってことですか、部長殿?」


「まあ、そう言うことだ。いや、旅つーか自転車で行くからサイクリング?」


 なるほど。要するに、ただ単にお前が自転車乗って遠くに行きたいってだけね。

 ったく、何が合宿だ。


「おいっ、野坂。旅でもサイクリングでもどっちでも良い。それよりいくつか気になったことがあるから質問するぞ」


「ああっ、どうぞ」


「まず、まあ色々計画もあるからその旅行とやらは具体的にいつ行くか、それと何日間ぐらいなのかは知りたい。それから食料はどうするんだ? 更に寝床は? そして最後にお前は本当に自転車なんかで山を越えれると思ってるのか?」


「解答一、宿題終わらせて行きたいから実施するなら来週辺りかな。んで、期間は三~四日ぐらいの予定。解答二、各自用意。解答三、野宿。解答四は勿論だ! と言っておこう」


 寝床が野宿って答えになってなくね?

 てか、聞けば聞くほど無謀の二文字しか思い付かねえな。どこか遠くって時点で適当感丸出しだし。

 それに第一、毎朝の強制日課トレーニングで鍛えられてる為多少は体力に自信がある俺はともかくとして、


「三~四日の野宿ややっぱり自転車で山を越えるっていうのは女子にはきつくないか? ちなみに俺は全然余裕だけどさ」


「勿論俺も余裕なんだが、うーん……確かに言われてみるとそうだよな。やっぱり、女子にはこれはきついか。……どうだ、山中?」


「いや、どうだって聞かれてもそうなんじゃない、としか答えられないんだけど! てか、何でこのタイミングで僕に聞くの!? 今のは普通女子に聞くもんじゃないの!?」


「だから聞いたんだろ」


「また、会話おかしいんだけど!」


 山中さんはまた何訳分からないことを言ってんだ。今の会話のどこが変なんだか。


「てか、女子に聞きたいなら日向に聞けば良んじゃないの!?」


「うっ! いや、確かにそうなんだが……日向か……。ぶっちゃけ嫌と言われる未来予想図しか――」


「いや、別に良いですよ」


「えっ! マジ!?」


「マジです」


「そっか、そっか。そりゃー、良かった。いや~、お前さ、休日は家でパソコンばっかやってる引きこもりってイメージだし、見るからに体力なんてからっきしの軟弱体質っぽいから絶対嫌とか言うと思ってたぜ」


「結構、心にダイレクトアタックしてきますね、部長」


 いや、正直俺も思ってたから驚いた。そして、俯いて体が小刻みに震えている山中さんも似たようなことを思っていたんだろうな。


「じゃあ、日向。なんで行く気になったんだ?」


 マジで気になったので聞いてみる。


「まあ、サトシに憧れていたと言っておくよ」


「ああ、なるほど。その気持ちなら俺も分かるよ」


 俺も昔あれ見て仲間と旅なんていうのに憧れたからな。

 そしてやっぱりアニメなのな。


「それともう一つ、しょうたんと朝までアニメ討論会を出来るからね」


「すまん。その気持ちは理解出来ないわ」


 それを理解しろなんて、数学で習う証明の必要性を見出だすぐらい難しい。


「まあともかくだ、日向はオッケーな。で、後は麦野と山中なんだが、山中、お前はどうなんだ?」


「おいっ、俺も良いとは言ってないぞ! さりげなく決めつけるな!」


「あれっ、そうだっけ!? じゃあ、良っしょ? どうせ計画って家でゲームやって過ごそうとかだろ? 実は予定という予定は無いんだろ?」


「なっ、何故お前は俺の計画を知っているんだ!?」


誰にも話していないはずなのに!


「うわっ、合ってたよ……。なんか、可哀想だな、お前」


「なっ! 何が可哀想だ!? 何も悲しくねえよ! てか、そのスベった芸人を見るような目をやめろっ! 他の二人もだ!」


 しっ、視線が痛えー。こんなに痛感したのは初めてだ。

 何故、そんな目を向けられなきゃいけないんだ!?


「なんか、ごめん……」


「うんっ、ごめんね、暇人」


 やっ、やめろ~! そんな哀れみ百パーセントの目で俺を見るな~!

 そして素直に謝るな~!

 てか、日向に至っては、暇人って、お前も同じようなもんじゃねえか! どうせ、こいつは夏休みもパソコンばっかやるんだよ。


「夏休みに家籠ってゲームやって何が悪い! それにこれも立派な予定だろっ!」


「「「・・・・・・」」」


最早、三人の目に光彩がねえー!


「・・・はあっ。もう良いよ。分かった。参加してやる」


 まあ、夏休みは長いんだ。しょうがない。三~四日ぐらいは求人部の為に時間を割いてやるか。

 それに実は少し自転車の旅ってのも楽しそうだな、とは思ってたからな。

 やっぱり男ってのはそう言うのには燃えちまうんだよな。

 人っていうのは成長するごとに多くのものを失ってしまったり余計なものを得ちまうもんだが、そういう純粋な気持ちっていうのは変わらないもんなんだな。


「皆行くみたいだし、それに何より女の日向も行くのに男の僕が行かない訳には行かないでしょ! 僕も行くよ!」


「男の僕って……プッ」


「いや、何でそこで笑うの!? 日向も幸村も!」


「「いやいや、笑ってな――プッ!」」


「絶対笑ってるよね!?」


 いや、だって男の僕って……。山中さんが言うかって感じだわ。


「ふぅ……。まあそれはさておき」


「置いていかないで欲しいんだけど……」


「皆ありがとな。さて、これで後は麦野だけだ。だけなんだが……あいつやけに遅えな。早く来ないか――」


「ガチャ」


 そう嘆いていた野坂の言葉を遮るようにドアが開く。


「皆さん、すいません。遅くなりました」


 おおっ! なんともタイミング良く来たな、麦野さん。まさかナチュラルに空気を読めるなんて、全く凄い人だ。


「おっ、来たか!」


「待ってましたよ、麦野さん」


「はい」


 そういえば、一ヶ月前の依頼で先川に麦野さんについて変なことを言われたことについてだが、あれ以来、麦野さんについて色々考えてみたが、やっぱりどう考えても自分の気持ちはよく分からないので、今の俺にとっての麦野さんは部活仲間であり、友達。そう結論を出して今は、そこで停滞している。まあ、今後のイベントや他諸々の事情で心情変化なんてのも充分ありえるがな。

 まあでも、あれから一ヶ月経ったし、麦野さんを変に意識しないようにすることは出来るようにはなった。

 あの依頼後しばらくは随分意識して過ごしづらかったもんだぜ。


「よっ! 丁度良いところに来たね、ことみん」


「お疲れ! 意外と長かったね」


「はい。まあ、色々話していたので。で、丁度良い時に来たって、会議をするとは聞いていたんですが、皆さん一体何について話していたんでしょうか?」


「ああ、実はな――」


 野坂が麦野さんに今日の会議の概要と結果、後は麦野さんだけというのを話す。

 あとこれはどうでも良いことだが、これ、アニメやマンガで描かれたら、カクカクシカジカとかで話省略されるんだよな。

 まあ、実際に現実で使ったら「はあ、何言ってんの、お前?」という言葉しかかえって来ないだろうがな。


「なるほど。旅ですか……。そしてあとは、私だけ……」


 麦野さんは、視線を野坂からカレンダーに移す。

 どうやら、何か考え事をしているようだ。ひょっとしたら俺と同じで予定もとい計画でも既にあるのだろうか。


「で、どうだ、麦野?」


「えっと……野坂君。悪いんですけど、それ、私行けるか分からないです。というより、難しいと思います。夏休みは、その……色々忙しくて」


 そう申し訳さなそうに少し俯きながら言う、麦野さん。

 うーん……麦野さんやっぱり忙しいのか。最近、部活を結構休んでいたことと何か関係があるのかね。

 まあ、用事っていうのはやっぱり気になるが、そういうのは踏み込まない方が良いだろうし、聞くということはしないが。


「まっ、マジかよ、麦野!? じゃあ俺の野望は達成出来ないっていうのかよ!?」


 お前のそれは野望なんて大層なもんじゃねえだろ。

 ていうか、麦野さんが行けなくても、一応四人でも行けるんだよな。ただ自転車で旅するだけだし。まあ、俺はそれは嫌だし、野坂の奴も毛頭五人で行く気しか無いんだろうがな。

 全く、そういうところだけ部長らしい奴だ。


「えっ、あっ、すいません。うーん、でも……来週ですか……。厳しいですけど、なんとか……。いや、やっぱり無理……」


 凄い悩んでるな、麦野さん。

 こういう時って普通は「私は行けませんが、私抜きでも行ってください」なんて言うだろうけど、それを言わないのは、麦野さんも野坂の気持ちを理解してるからなんだろうな。

 まあ、野坂の気持ちも分からなくはないが、麦野さんのことを考えると流石にな――


「しょうがないし、今回は無しで良いんじゃないか、野坂?」


「いや、ユッキー、あのな――」


「幸村君、待ってください。えっと……そうですね。再来週なら、大丈夫かもしれません」


「おおっ! マジか、麦野! ならこれで五人全員で行けるな!」


「いや、大丈夫かもですよ! まだ分からないですからね!」


 おっ、何とか決まりそうか。さて、最初聞いた時は馬鹿げてると思った野坂のぶらり旅プランも、いよいよ現実味を帯びて――


「あの、部長殿! 逆に再来週は私がちょっと無理です」


 綺麗に九十度の角度で手を挙げてそう言う日向。

 まだ話は終わりそうにねえな、こりゃ。


「なっ、なにっー! 今度はお前か、日向! お前は一体何故だ!?」


 目を大きく見開いて、一字一句を大口で喋って驚きを体現する野坂。

 しかしまあ、さっきからいちいちリアクションでかいな、こいつ。てか、声でかすぎてうるさい。

 こいつもテンション上がってんのか?


「いや~、そこら辺はアニメイベントが多いし、何より十二日から夏コミあるから東京に行かなきゃだし、その準備とかもあるから忙しいんですよねえ」


「ちょっと、ごめん、日向。夏コミって何?」


 話の間に入って質問をする山中さん。

 何処かで聞いたことはあった気がするんだがよく覚えてないから、それは俺も気になる。


「よくぞ聞いてくれた、アース!」


 キーボードを打っていない左手の人差し指で山中さんを指しながら目をインペリアルカットのダイヤモンドの如く輝かせてそう言う日向。

 よっぽど誰かに説明したかったんだな。


「夏コミとはねえ、年に二度、夏と年末に有明で開かれるコミックマーケットの夏の方、つまり夏に開かれる大規模な同人誌展示即売会のこと!」


 ああっ、そういえばそんなのラノベで読んだな。

 妹に兄貴が振り回されるあの作品だ。夏コミ行ってたし、確かそんな説明もしてた気がする。


「そこでは好きなマンガの同人誌もあるし、欲しいアニメグッズを買ったり、他人のコスプレを見たりするわけ! 去年なんか団長の真似してた人いたけど、それがまた超似ててさ――――」


 うわっ、すげえ饒舌!

 最早、山中さん、そこまで聞いてねえよ、って言いたげな超面倒くさそうな顔しちゃってるじゃん。自分から聞いた手前、中断するのもあれなんだろうしな。

 てか、やっぱこいつ、アニメといいこれといい、好きなものを語るとなると急にテンション上がるな! まあ、そういうのって、良いことではあるんだろうが。


「――――で、毎年三日間開かれるんだけど私は……」


 じゃねえよ! いくら何でも長すぎだろっ! もう五分ぐらいノンストップトークじゃねえか!


「おい、いい加減止めろ、日向! これじゃ会議が終わらないだろうが!」


「えー! まだ、後一時間は語れるのにー!」


 文面通りに口を尖らせてそう言う日向。

 いやいや、やめた方が良いって! 最早山中さん、まだ何も終わってないのにフルマラソンを休憩無しで走りきった選手のような顔ししちゃってるし。


「もう、大丈夫だって、日向。お前の夏コミに対する病的な程の愛着は充分過ぎる程分かったしな」


 これ以上語らせたら最終的には、夏コミの歴史なんていう、この学校の校長の話並に無駄なことも語り出しそうだしな。

「そっ、そうだよ、日向。聞きたかったことは必要以上に聞けたし、もう大丈夫」


 顔に生気を取り戻した山中さんが言う。


「まあ、アースがもう良いなら良いけど」


 その言葉を聞いて、胸を撫で下ろす山中さん。

 よっぽどきつかったんだろうな。なんせ、端から聞いてた俺も疲れたからな。


「はあっ。とにかくマジ、ワクテカだわ~、夏コミ!」


「はっ!? ごめん。もう一回、ワク、何て?」


「だから、ワクテカだって!」


 いや、だからって言われても。

 十六年間生きてきたが、ワクテカなんて言葉初めて聞いたわ。


「すまん、ワクテカって何だ?」


「ググれ、カス」


「なっ! ググれ!? カス……だと!?」


 何でいきなりカス呼ばわりされてんの俺!?

 ってか、ググれって意味分かんねえよ!


「ごめん、カスは余計だった。あっ、ちなみに、ググれは、某検索サイトで調べろってことね」


 ああっ、あのグーグ……おっと、これ以上は自重しておこう。


「で、ワクテカなんだけど、これはネット用語でワクワクテカテカしてる感じのこと! てか、何でそんなのも知らないの!? これは常識でしょ!」


「すまん、余計分からん」


 ていうか、こんな常識聞いたことねえよ! 


「つまり、何かにワクワクしながら体がテカテカしてる感じ!」


 擬態語の応酬やなー。

 まあ、それでも大体分かったが。

 つまりは何かが待ち遠しくてワクワクしてる時に使う言葉ってことだろ。テカテカの方が良く分からないが、興奮で汗出てテカテカする感じか?


「なるほどな。よく分かったよ。さて、んじゃ、会議に戻りますか。ってことで、野坂。こっちは良いぞ!」


「んっ!? あっ、ああ!」


 日向が山中さんに呪文を唱えていた間、野坂は麦野さんと交渉を続けていたようだ。

 さて、結果はどうなったのやら。


「で、そっちはどうなったんだ?」


「まあ、日向のマシンガントークからして再来週は確実に無理っぽいから、麦野と交渉した結果、夏休み中にはなんとか時間を空けるように努力してくれるらしい」


「えっ、でも、麦野、ずっと忙しいんでしょ!? 無理じゃないの?」


 先程完全復活を遂げた山中さんが驚いた感じで質問する。

 まあ、確かに、さっきの様子から考えても再来週っていうのも結構無理してた気はしたんだよな……。


「そうですね……。無理な可能性が高いですね。でも頑張ってみます。それでも無理だったら、その時はすいません」


 すいませんって、こっちがすいませんですよ。

 ……でも、ここまで無理するのって、麦野さんも意外と乗り気なのだろうか?


「ああ、分かった! それと、まっ、とりあえず行けない時はその時で考えるからさ、麦野はなるべく早く答え出すように努力してくれ! んで決まったら、俺のケータイにメールか電話、よろしく!」


「はい、分かりました」


「それから、麦野。……なんか無理言って悪いな。行けないなら無理しないで行けないで良いからな」


「はい。ありがとうございます」


 そう言って、お得意の上品なクスクス笑いをする麦野さん。

 でも、なんだろう。どこか、悲し気な……。なんとなくいつもの純粋な笑顔じゃないような気がしたのは気のせいだろうか。


「俺もオッケーだ!」


「よしっ、じゃあ後は麦野の連絡待ちってことで! 決まった場合、お前ら全員にメールするからな。それから、行けなくなった場合は、またカラオケみたいにどこか近くに遊びに行こうぜ。それなら、麦野も大丈夫だろ?」


「そうですね。日中遊ぶ程度の時間なら結構確保出来ると思います」


 結局行かないにしても俺の時間は奪われるのな。


「よしっ!じゃ、ということで、これにて第二回求人部部活会議終了だ!」


 はあ~、ようやく終わったか! 今回は少し長くて疲れたぜ。

 でも、まっ、これで遂に夏休みだー!


「そういえば部長、求人部も、某美少女だらけの生徒会のように、会議終了後にポーズでも付けませんか?」


「付けねえよ!」

 という感じで一学期が終わり、それと共に俺の高校生活最初の夏休みは始まった。

 会議から一日経った夏休み初日には野坂からメールが来て、来週、八月三日に旅行に行くことが決まった。

 今まで学校に奪われてきた時間を取り戻す為に大半の時間をゲームをやって過ごしたものの、それ以外の時間は行くのが決まった旅行に向けて夏休みの課題を終わらせるように努力するなどしっかり準備を進め、五日目には全部終えたので、後は旅行を待つだけになった。

 そんな一部のイレギュラーを除いては、過去九度体験してきた夏休みと何も変わらない始まり方をしたもんだから、このまま普通に旅出て、そのまま普通に帰って、 今回も普通に終わっていく。そう思ってた。

 でも、あれだ。

今年はあの学校に入学してからは、何から何まで異例尽くしの年だったからな。

 今回もそんな普通は許されないらしい。


 ――夏休みが始まってから六日目の夜、俺のケータイは音を発して震え出した……。


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