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半日常っ!!  作者: カオス
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Mission Complete


 六月中旬になった今日、今まで猫を被り暑さを抑えていた太陽も、遂に最近本性を表し始め、それが今年も夏が近付きつつあることを感じさせる。

 そして、そんな熱と光をご苦労なことに必要以上に運んでくれる太陽が鬱陶しいというのもあるが、何より昨日受けた先川の仮の彼氏になってという依頼、これがどうも今日の俺の身体・精神に疲労を蓄積させてくる。

 というのも、今日はその依頼の所為で、緊張して朝の目覚めは最悪、学校に着く前も着いてからもずっと緊張しっぱなしだったのだ。

 その所為かは知らないが、もう慣れ始めてきていた為、大して苦にもならなくなってきていた通学路という名のトレーニングコースも入学当初並に疲れた気がする。

 まあ、先川が明らかに緊張している俺を気使ってくれたのかは分からないが、「私の彼氏役を演じるのは私が一人になる時だけで良いよ」と、言ってくれたため、緊張した割には大して、いや、全く彼氏らしいことはやらなかったんだがな。

 なんせ、あいつは明るくて友達も多いタイプだから、一人になることなんて滅多に無いしな。機会を見つけて告れたその変態男は尊敬に値してしまうぐらい、本当にほとんど周りには人がいるのだ。

 はあ……ともかくそんな訳で今日は疲れた。

 ていうか、最早六時間目からの記憶は全く無い。

 どうやら俺は、六時間目開始時からHRが終了した現在に至るまでずっと寝てしまっていたようだ。

 まあともかく放課後になったことだし、今日もさっさと部室に行きますかな。


「幸村君!」


 そう思い立って、重い腰を上げた俺を呼ぶ女子の声がすぐ左側から聞こえてきた。つまり、俺の隣の席に在住している先川が俺を呼んだのでそっちに体を向ける。

 えーと……本日は既に予定された授業日程も全て終え、皆各々自分、もしくは部活に時間を使う時なのだが、もしや……


「えーと……何?」


「今から、依頼実行してもらって良いかな?」


 やっぱりかー! 遂に来たか。


「えっと……依頼って、何をすれば……」


「私が所属している部活ってさ、ソフトボール部なんだけどね、その部室ってグラウンドの端っ子くらいに小屋あるでしょ。あれなの」


 ああ、正直グラウンドで体育やる時にちょくちょく邪魔になるあの小屋か。

 あれ、存在意義が謎だったが、ソフトボール部部室として使われてたんだな。

 ていうか、それが一体……


「で、そこまで着いて来てもらえないかな?」


 うおっ、まじかよ!

 つまりそれって、そこまでの道程を先川と二人で歩かなきゃ駄目ってことじゃねえか!

 そうなると、また、あの気まずい空間に入り込まなくてはいけないのか……。

 正直断れるもんなら断りたいが、特に理由も無いしな……。


「えーと……まあ、良いよ」


「ありがとう。それじゃ、行こっ!」


 そう言って先川は俺の手を握ってきた。

 おっ、積極的だな、先川。これじゃ、カップルがよくやると言われている手を繋ぐという行為をしているみたいじゃないか。

 ……、


「えっ!?」


しているみたいじゃなくて、これ完全に手繋いでるじゃねえか!


「あっ!」


 が、それは突発的にやってしまっただけのようで、バッとすぐに離す。


「ごごご、ごめんね。あっ、あの、ほらっ、私に着いてきて!」


 かなり慌てた感じで急に俺に背を向けてそう言う先川。


 びっ、びっくりしたあ!

 女子と手を繋いだ、というか女子に触れたのなんか小学生の時に体育でフォークダンスをやった時以来だったから、実に四年ぶりだ。久し過ぎて感覚も忘れてだが、柔かかったな……先川の手。

 正直もう少し触っていたかったが……残念だ。


「幸村君、何やってるの! 早く来てっ!」


今度は急にこっちに体を向けて、早く来るよう促す先川。

 おっと、如何、如何。物思いに耽ってしまっていた。

 ってか、おおっ! もう先川十メートルぐらい先にいるよ!

 速いね~。これが運動部やってるものの実力ってやつなのかね。

 とまあ、そんなことを考えながら、俺は小走りで先川の元に向かう。


「ねえ、幸村君」


 俺が少し後ろに着いた辺りで、先川が話しかけてくる。

 一体何だろうか?


「何?」


「急にこんな話してごめんね。でも個人的にこれは言っておきたいから言わせてもらうけど、日向さんってさ、幸村君のこと好きなんじゃないかな」


「ああ、それは無いよ」


「えっ、早っ!」


「いやっ、だって……」


 アニオタでただの人間には興味が無いあいつが、所詮一般人である俺に興味を示す訳がないからな。

 というのは冗談としても、あいつが俺のことを気になってる素振りなんて、全く見たことも感じたこともないのは事実だ。

 寧ろ、


「昨日散々に言われたぐらいだし……それは多分、先川の気のせいかと……」


「いや、だから、それは愛情の裏返しで……私の彼氏役に幸村君が選ばれるのが嫌だったから、ああ言ったんじゃない?」


「いや、それは……」


「まあでも確かに、好きっていうのは言い過ぎたかもね。でも、幸村君のことが好きとまでは行かなくても、気になっているのはおそらく間違いないと思うよ」


「えっと……何で?」


「だから、昨日の幸村君に対する日向さんの接し方を見てたら分かるよ」


 うーん……これは女の勘ってやつか? だとしたら、神は女にのみ何て都合の良い能力を与えてんだか。

 ていうか、日向が俺のことが気になってるなんて話に比べたら、まだ突如目の前に現れた「僕は宇宙人です」なんていう少年の発言の方を俺は信じるぞ。


「麻耶ー!」


 そんな話をしながら歩いていたら、あっという間に玄関に着いてしまった俺達に向かって、一人の女子が外から先川の名前を呼びながら、手を振っている。それに応えて先川も手を振り返す。

 一体誰だろうか? 先川のこと、下の名前で呼んでるし、結構親しいんだろうが……。顔見たこと無いから、他のクラスの子だとは思うんだが。


「ああっ、あの人Cクラスの子でね、同じソフトボール部なの!」


 振り終わって手を降ろした先川が言う。

 ああ、なるほど。そういうこと。


「じゃあ、私あの子と行くから、ここまでで良いや。ありがとうね、幸村君。それじゃ」


「あっ! えっと……気を付けて」


「うん、ありがとう」


 俺に背を向けて、走り去っていく、先川。

 さて、じゃっ、俺も部室に行くか。と思ったところで、何故か突如先川がUターン。俺のところに戻ってきた。


「一つ言い忘れたんだけど、部活後も私に付き合ってくれない? 六時くらいになると思うんだけど……」


 なっ、なにー!? まだ今日の仕事があるというのか!

 しかも、部活後って……。

 六時くらいならその変態男ももうとっくに帰ってるだろうし、俺必要無くないか?


「良いんだけど……俺って必要? 六時ならとっくにその男も帰ってるんじゃあ……」


 そう俺が言った途端、先川は目をキッとさせて、少し険しい表情になった……気がする。少し。


「それがその変態野郎……あっ、そういえば言ってなかったけど、名前は小野田って言うんだけどね、キモったらしいことにそいつが私に近付いてくるのは毎回、部室に向かってる途中の道と部活後の帰り道で私が一人になってる時なの」


 なるほど。それで、部活の前後に護衛と彼氏(仮)見せ付けを兼ねて俺を同行させてる訳か。

 いつも、部活前後の一人の時を狙って来るということは、偶然一人の時に見つけたというより先川を常にマークしている、まあはっきり言えばストーキングして機を狙っていた可能性が明らかに高いからな。今も見てるかもしれない訳だ。


「分かった。じゃあ六時に……」


「小屋の周りにいて」


「えっと……了解!」


「本当にありがとう、幸村君。それじゃ、今度こそ。また後でね」


「じゃっ、じゃあ」


 そう言って先川は、今度は戻ってこずに、走ってソフト部の仲間の元に向かっていった。

 それを確認した後、俺は求人部部室に向かい、普段通り自由に過ごしながら時間になるのを待ち、六時になってからソフトボール部部室に行き、部活の終わった先川のSP兼見せ付け役をこなし本日の任務終了。

 というのが一週間程続き、といっても、その内三日程はソフトボール部員に会わず、俺が責任もって部室まで着いていったという一ミクロン程の誤差はあったものの、まあ大体こんな感じで進み、今日も無事先川を部室まで送り届けるという任務を終えた後、求人部部室に向かった。


  ☆★☆★☆★☆


 部室に到着したので、ドアを開ける。


 中にはいつもの聞き慣れた光速タッチの音を出す代わりに、イヤホンを耳にかけてパソコンのディスプレイ画面に目が釘付けになっている日向がいた。

 他の人は……いないな。

 三人も来てないなんて珍しいな。今日は一体どうしたのだろうか?

 とそこで、日向はドアが空いたのに気付いたようで、こっちを見て、俺がいるのを確認すると、ワンクリックした後、イヤホンを外して机の上に置いた。


「よっ、しょうたん!」


「あっ、ああ! よっ! で、日向。一つ聞きたいんだが、他のお三方は来てないみたいだが、どうしたんだ?」


「あっ、なんかことみんが急遽用事出来たとかで帰って、アースが先生の雑用頼まれたから駆り出されてたよ。部長殿はちょっと分からないな」


 随分規模が大きくなった山中さんのニックネームはスルーするとして、気になったのは今日も麦野さんが部活に参加しなかったことだ。

 というのも、ここ一週間ぐらい麦野さんはちょくちょく用事といって部活を休むのだ。来た日も早く帰っていったし。それに何処と無く元気が無いような。そんな感じもしていた。

 でもまあ、麦野さんに限って嘘をついてサボってるというのはあり得ないから、何かあったのか気になった野坂が前に聞いてみたが、その時は家庭の事情とかでぼやされていた。

 その際、別に心配しないでくださいって言ってたし、大丈夫だとは思うからあんまり気にしない方が良いと思うんだが……。

 それに正直言うと少しほっとしてしまった。一週間前に先川に変なこと言われてからやたらと麦野さんと話す時に意識するようになってしまったからな。もしここにいたら、気まずくてしょうがないだろうし。


「そうか。じゃあ、お前は何をやってたんだ?」


 まあ、凄い気になるという訳でも無いが、他に特に話すことがある訳でも無いので聞いてみる。


「そんなのあんたに関係ないじゃない!」


 日向が何かのアニメキャラ(おそらく某団長)の真似をしながら頬杖を突いて言う。


「いや、確かにそうだけどな……」


「まあ、しょうがないから教えてあげるわよっ! 感謝しなさいよね! って言っても、ただやることないし、久しぶりに昔見たアニメを見直してただけだけどね」


 いや、別に言いたくないなら言わなくて良かったんだがな。何となく聞いただけだし。

 まあ、感謝してほしいならしょうがないから俺を鍛え上げてくれた通学路の坂道の次くらいに感謝してやるよ。


「相変わらず、アニメ業務、ご苦労だな」


「そっちも、今日も彼氏業務、やってきたんでしょ? 毎日、大変だよねぇ」


「いや、まあそりゃあ、初めの内は緊張もしたけどな、先川も良い奴だし、一週間経つと案外慣れるもんでな。今はまあまあ楽しい……気もするよ」


 これは本心だ。

 この世が終わりを告げても何とも思わないどころか、寧ろ喜んでいたであろう程緊張していた一週間前に比べれば、今は大分マシだ。

 まあ、とはいえまだ多少は緊張するが、それでも先川が部活や今日あったことについてなどの話を振ってエスコートしてくれるから、やりやすいし、それに何より、仮とはいえ、これがTHE・青春、って感じがして近頃は楽しいとも思い始めていた。

 まあ、正直に言うのも気恥ずかしいし、ぼやかして言うんだがな。


「はいはい、そうですか。僕はラブラブですよアピールですか。それは良かったですね。はあ、暑い、暑い。どうせ、一時だけなのにねぇ」


 日向は急に、マンガに出てくるキャラがするようなアヒル口を見事にこの現実世界で再現しながら、不満そうに言う。

 そこで、さっきの先川の言葉がフラッシュバック。

 ――日向が間違いなく俺のこと気になってるね……。


 むぅ……今でもやっぱりそんなことは無いだろうという考えの方が強いし、あれは先川の勘違いだと思うが……。でも、今の俺の先川といるのが楽しいという言葉に反応してそんなことを言ったなら、あるいは……


「まあそりゃ、しょうたんなんてこんな機会でしか女性と付き合うとか無いだろうから、楽しいか。いや、楽しまなきゃいけないよね。最初で最後なんだし。偽だけど。まあ、偽とはいえ、今の内に楽しんでおけば。……はあ、可哀想な人だ」


無いな。やっぱ考えられない。


 てか、どんだけ偽を強調してんだよ! こっちもそんなの分かってるんだよ! ・・・分かってるが、一時の夢ぐらい吟味したいじゃねえか!


「おいっ、悲しいことに全部事実だから何一つ否定出来ないが、いくら何でも言い過ぎじゃ――」


「うるさい、ゴミ!」


「ひでー!」


 なんだこいつ! さっきから精神攻撃が半端ねえぞ! それに、なんかいつにも増して、毒舌だし。しかも言うだけ言ったあと、さっさとイヤホンしてエスケープしやがった!


 あー、てか、暇だ。他の人はいないし、何もやることが無え!

 とまあ、特にやることも思い付かないが、立ちぱなしもあれだから、俺専の椅子に座りたい気持ちは山々なんだが、生憎そこには毒舌アニオタ少女が座っているため、俺は仕方なく俺の椅子の向かいにある、普段は日向が座ってる椅子に座ることにした。

 で、結局というか当然、座ってもやりたいことは特に思い付かないため、しばらく椅子に背中をかけ天井を見つめながらぼーっとするという荒業を選択することにした。

 てな訳で五分程そんなことを続けてみたが、これがまた特に暇潰しにもならないどころかかけていた背中がただ痛くなるという、一石二鳥どころではない、二石無鳥にしかならないためやめて正面を向き直すと、イヤホンを外してこっちを見ていた日向と目が合い、予想もしなかった急な事態にどう対応すればよいのか分からないのか、おろおろし出した。


「えっと、何か?」


「あっ! えっと……さっ、さっきちょっと言い過ぎちゃったかもなんて全く思ってないんだからね!」


 あっ、そうですか。


「あの、その……ごめんね」


「えっ!?」


 日向が、謝った!?


「あっ、勘違いしないでよね! 今のは、前に見たアニメでは、似たような場面で謝らないで、結局そのままギクシャクしたままになるなんてのもあったから、私はそれが嫌で謝っただけ! 全く悪いなんて思ってないんだからね!」


 アニメで似たような場面って。

 そんなアニメがあるなら今度それについてじっくり教えて欲しいね。まあ、多分何も説明出来ないだろうがな。

 ……ったく、素直じゃねえな。

 でも、そんな日向を見て俺は自分の頬が緩んでいるのに気付いていた。


「はいはい、分かった、分かった」


「何さっきからにやにやしてんのよ!? 気持ち悪いわねぇ。てかあんた、さっきの信じてないでしょ!」


「いやいや、ちゃんと分かってるって。あと、別にもうそのキャラはいいぞ」


「おっと失礼。キャラにはまりこんじゃったわ。私、一度アニメキャラになりきって、それにはまりこむと中々抜け出せなくなるんだよねえ」


 いや、そんな、私実は、的な感じで話されても……。今まで何度もそんなことあったから、周知の事実なんだが。


「それにしても、日向お前と二人きりで話すのってさ――」

 ふと思い付いたので口に出してみたが……あれっ!? 今までの脳内データに記録が無い。もしや、これが初めてか!

 てか、よく考えたら、日向とはいえ、今女子と同じ部屋の中に二人きりなんだよな。

 ……なんかそう考えると日向とは言え、少し緊張してくるもんだな。


「んっ、どうしたの、しょうたん? トイレしたくなったの?」


「それは野坂だけで充分だ」


 ていうか、何の躊躇いもなくトイレって言える美少女ってのは、どうなんだ。


「……いや、ほら、お前と二人きりで話すのってさ……初めてだよな、って思って」


「えーと……ああっ、言われてみればそうだね。でも、それがどうかした?」


「いや、別に。ただ思っただけだ」


「ふーん」


 そこで会話終了。

 日向もまたアニメを見始め、部室が沈黙に支配される。

 ……これ、ガチで何もやることねえし、もう帰って良いかな、俺!?

 ああ、先川の依頼があるんだった。


「ああっ、そういえば、しょうたん!」


 五分程、この部室に張り巡らされていた静寂フィールドが、アニメを見ていた日向が三度イヤホンを外して、俺に話しかけてくれたお陰でようやく破壊された。

 しかし、一体今度は何だ?

 まさかまた俺の罵倒なんてのは無いだろうな。


「何?」


「最近のアニメ何か見た?」


「! ……あ、アニメか! えーとだな……」


 しまった! そっちの話に持ってかれたか!

 そういえば、部活創設の日、俺が野坂に合わせて言ったアニメ好きって言うの、まだこいつは信じてるんだったっけ!

 あれは嘘だった、なんてもうとっくに言うタイミングを逃してるし、何より俺にアニメについて話す時の、こいつのあの普段からは想像出来ないような生き生きした顔を見るとな……どうも言い辛い。

 でも、アニオタの体で行くにしても、俺はアニメはあんま見ないし、見る気も起きん!

 だから、最近のアニメなんて何も知らねえよ!

 

「えーと……そういえば何でそんなこと聞くんだ?」


 よし、ここはとりあえず徐々に話を逸らして、アニメの話から引き離すことにしよう。


「ほら、普段は部活で忙しいし他にも人がいるから、私達オタ友なのにあんまりそういう話しないじゃん。だから、この機会にアニメの話をたっぷりしようと思ってさ。で、どうなの? 最近のアニメ見たの?」


 お前とオタ友関係を結んだ記憶なんかねえよ!

 ていうか、やべえー! 出ちゃったよ、こいつの生き生きとした笑顔! なんか滅茶話変え辛えじゃねえか!


「えーとだな……」


 見てないっていう選択肢もあるけど、アニオタなら今やってるアニメを見るなんて普通っつうか当たり前だよな。どう考えても何も見てないってのはおかしいか。 ここはやっぱ、答えるしか無えよな……。


 よし、しょうがない! 頭をフル活用しろ、俺! 何かを思い出すんだ、俺!

 ……はっ! そういえば近頃見た新聞のテレビ欄に明らかにアニメらしかった名前があったような……。あの特徴的な……あっ、そうだ!


「あっ、そうそう! そういえば『ゆるゆる』見たぞ!」


 ふう~。危なかった。なんとかギリギリで思い出せたぜ!


「『ゆるゆる』~? しょうたん、それ見てみて面白いと思ったの?」


 面白いかだと!? 普通面白いから見てるに決まってんだろ! なんたってそんな質問するんだ!

 いや、俺は見てないけどさ。

 ていうか、ここは、なんて答えれば良いんだ!?

 ここで、仮に面白かったって答えて、「えっ、どこら辺が?」的な感じに持ってかれたら流石にやばいぞ……。

 くっ! どうする……。


「しょうたん?」


「あっ、ああ、まあ、個人的には面白かったと思うぞ!」


 やべっ! 促されたから、つい答えっちまった!


「しょうたん、あんた……」


 んっ!? 何だ!? なんか変だったか!?


「やるね~。女性の私からしてもあれ、面白いもんね! 私も好きだよ」


「そっ、そうか……。それは良かった」


 マジで良かった! どうやら当たりを引いたようだ!

 それにしても、アニメについて話してる時のこいつは、マジで楽しそうにしてんな。良い笑顔してやがる。

 人間、好きなことをやってる時に一番良い顔するってよく言うが、本当だな。まあ、要するに、楽しんでる時の笑顔が一番ってことなんだろうが。


「でも、まさかしょうたんがああいうアニメが好きとはね……」


「えっ!? ああいうアニメって?」


「いや、だから百合系アニメってことさ」


 百合系アニメ?

 確か百合って……女子同士の恋愛やもしくはそれを匂わせた感じの作品だっけ!? 百合系アニメってことはそんな感じのアニメってことか……。

 って、それ一体どんなアニメなんだよ!? まさか、女性同士の恋愛を描いたドロドロしたようなアニメじゃないだろうな?

 だとしたら、今そういうアニメが流行ってたりするのかっ!?

 ……今一、現代の若者の嗜好が分からん。


「ああっ、まあ、別に俺は『ゆるゆる』という作品自体が面白いと思ってるだけであってな、別に百合系作品が好きという訳では無いぞ。とは言っても、嫌いという訳でも無いんだがな」


 我ながらよくここまで虚言を述べれたもんだ。


「おおっ、言うね! ゆるゆるへの愛がちゃんと伝わってくるよ」


 全く存在しないはずの愛とやらが、どこから伝わってくるってんだ。


「じゃあさ、今度は今期アニメで一番気に入ってるキャラについて話しますか!」


 なっ! キャ、キャラだと!

 やばい! こればっかりはどうしようも無いぞ!


「よし、じゃあ、今度はしょうたんから教えてもらおうかな」


 しかも俺からかよっ!


「えーと……えーとだな……俺はやっぱり『ゆるゆる』の――」


「『ゆるゆる』の?」


 くっ、ゲームエンドか――


 ガチャッ!


「うぃーす! 皆、遅くなって悪かった。腹壊してな。……って、あれ!? お前ら二人だけかっ!? 麦野は休みって聞いてたが、山中は?」


 の、野坂~! 超ナイスベストタイミング!

 マジで今回はお前に感謝だわ!

 

「……アースは教師に雑用頼まれて、どっか行ったよ」


 んっ!? 日向のやつ急にムスッとし出したぞ!

 こちらとしてはありがたかったけど、日向にとっては滅多に出来ないアニメ話の邪魔されて嫌だったのかねえ。


「そうか。じゃあ、まあ、今日も依頼は無いっぽいし、とりあえずはいつも通り駄弁りながら過ごしますか!」


 てな感じで今日の部活も、三人(途中から四人)で駄弁りながら、時間を過ごして終了した。アニメについてはもう話さなかった。


  ★☆★☆★☆★


 部活が終わった俺は急いでソフトボール部部室に向かった。

 時間は、五時五十五分。良い感じの時間に着いたのだが、俺が着いたのと同じくらいにソフト部の練習が終わってたので、今は部室の中で着替えている。

 その為、俺は扉の着いている方を正面として、左側の壁に背中を着けて立ちながら、先川が来るのを待っていた。

 しかし、特にやることも無くて暇だな……。

 さっさと帰りたいし、早く先川来てくんねーかな。


「おい、お前!」


 そんなことを考えていた俺の方に向かって突然、右側から怒りを滲ませたような感じの声がしたのでそっちを向く。すると十メートル程先に行ったぐらいに、いつの間に来たのか、こっちを見ている一人の男がいた。

 その男から一旦目を離し、周りを見渡してみるが、遠くの方でまだ練習している野球部とサッカー部くらいしかいない。つまり、俺の周りには人がいない。

 ……ってことは……


「えっ、俺っ!?」


 もう一度、男を見る。

 背は俺より少し高めだから、百七十五ってところか。顔は……まあまあ良いじゃねえか。若干、イケメンってところだな。でも、腕は細いしあんまり体は強そうじゃねえな。

 ……じゃねえよ! 一体この状況は何なんだ!?

 あいつの顔は見たことないし、恨み買うようなことした記憶も無いんですが!

 って、うわっ、なんか近付いてきたよ! 何っ!? 俺に何する気よ!?


「お前、先川と一体どういう関係なんだ?」


 俺の半径五メートル以内に入り込んできたそいつが、言う。

 ……って、んっ? 先川……?

 何故先川の名前が――なるほど・・・。


「えっと……まず、君は誰?」


「俺はD組の小野田だ! で、先川とは一体どんな関係なんだ?」


 やっぱりな。予想通り、こいつが先川の悩みの原因って訳か。

 おそらく、最近やけに近くにいる俺のことを彼氏と勘違いして、嫉妬してる、そんなとこか。

 いや、まあ正確には、勘違いしてもらうためにやってたから、それで良いんだが、まさかあきらめるどころか、こちらに押し掛けてくるとはな……。本当に話に聞いてた通りのやつだ。

 それにしても、はあ……怖え~! 今すぐにでも逃げてえ~。これは俺が今まで味わってきた中で一番怖え状況かもな。

 でも、


「……俺は、先川と付き合っている!」


 俺は求人部だ! 受けた依頼は最後まで成し遂げる! ……なんて言えれば、最高だろうな。でも、今はまだ初めてだ。だから、そんな大層なことは言えない。

でも……何だろう。……こいつ、陰でこそこそ、男としてムカつくんだよ!


「てめー! ふざけんなよ! 俺はお前なんかより先に先川のこと意識してたんだ! なのに何で、てめーみたいなクソダセー男があいつと付き合ってるんだよ! お前、さっさと別れろや!」


 なっ! こいつガキかっ!

 ……ていうか、俺の方が先だとかどうとか以前にまだ俺は先川のこと意識した記憶は無いしな。


「それは……嫌だね!」


「なっ!?」


 一呼吸置いて、


「ていうか……今のことと言い、先川に聞いてた話といい、お前は全く先川のことを考えてねえ! 全部自分のことばっかじゃねえか! 少しはあいつのこと考えてやれよ!」


 自分で言っといてなんだが、俺もまさかここまで言えるとは思わなかった! 我ながらビックリだ。

 恐怖心もあるのにな。……どうやら、恐怖心よりも怒りの感情の方が完全に勝っているらしい。

 しばらく感情的になったって経験が無かったから今一分からなかった、というより忘れていたみたいだが、俺は意外と感情に流されやすいタイプだったのかもな。


「はあっ!? 俺はただ告っただけだろ! ってか、ただちょっと告った回数多かっただけでどうこう言うあいつの方が悪りいだろ!」


 告った回数が多いだけね……。

 相手に断られてもしつこく迫ったり、ストーキングすることが告っただけになるとこいつは本気で思ってるのかねえ。

 てか、最初見た時は先川は惚れる要素なんか何も無さそうだからって言ってた割には顔はまあまあじゃねえかとも思ったんだがな……これで別に顔も好みじゃなかったら確かに惚れる要素ゼロだわ。

 はあ……野坂も結構残念なイケメンだと思ってたが、こいつの場合は残念のベクトルっていうか、度合いが桁違いだ。

 野坂の場合は人によってはプラス、まあ普通はマイナスにはならない要素だが、こいつの場合は九割型マイナスにしかならない性格してやがる。

 いや、まず比べるのもおかしいな。


「はっきり言って、先川はお前に良い印象なんて全く持ってない! だから、もうあきらめろっ! 先川に近付くな!」


 ここで、暫しの沈黙。

 ふっ。やべーな。足が震えてきやがった。なんか、言うだけ言ったら俺の単純な頭は少し冷却してきちまったみたいだ。その所為で、怒りに抑えられていた恐怖心が復活してきやがった!

 あー、もうこれ逃亡しようかな。俺が反抗してもどうにもなんねえしな。

 ……なんて今まで、いや、中学の頃の俺なら言ってたんだろうし、実際逃げてたかもな。

 でも……今逃げてもこいつはきっと今までの行動をやめないだろうし、何より俺は……そんな自分を変える為にここに来たんだ!

 ここまで来たら行けるところまで行ってやろうじゃねえか!


「ふっ。……ふざけた忠告ありがとうよ。――このクソ野郎が!」


 って、えー! そこで暴力! 待て待て! それは反則だろー!


「待って、幸村君!」


 マジで殴られる零・一秒前、急遽聞こえてきたその声に小野田は殴る為に俺に向けて進めていた腕を止め、その声のした方を見る。俺も見る。

 おおっ! 先川か! ナイスタイミング! マジで今のは助かった!

 ……でも、待つのは俺じゃなくて、小野田の方だと思うんだが。


「幸村君、色々ありがとうね」


 そう言って、ニコッと俺に向かって笑顔を送ってくれる先川。

 しかしその直後視線を移して小野田を見る先川の笑顔が、なかなか怖い。顔は笑顔と呼べるものなのに、それからは怒りしか感じ取れない。全く目が笑ってないしな。しかも、俺にあの笑顔を向けた後だから、威力は倍にはなっている。


「小野田君、あなた何で私がいない時狙って関係ない人まで巻き込んでるの?」


「えっ、えっと……」


 うわっ……さっきまで俺に滅茶強気で殴りかかろうとまでしてたあの小野田が、完全に腰引けちゃってるよ。

 っと言ってもこの雰囲気、あの今にも爆発しそうな怒りを凝縮した笑顔を見りゃ、誰でもそうなるとは思うがな。


「それから、あなたさ、私に何回断らせる気なのかな? いい加減私も怒りを押さえ切れなくなってるのよ! それに私さ、何回告白されようと、あなたみたいなウザ男と付き合う気なんか微塵も無いから」


 先川の罵倒は止まらない。


「あと、何で部活の前後に毎回着いて来るのかな? あれ、最早ストーカーだよね。あれはどうかなって思うよ。うん。正直キモイ。てか、もしかして、気付いてないとでも思ってた? それは無いから。なんか毎回変なオーラを後ろから感じてたから、バレバレ」


 先川の罵倒は止まらない。


「あと、これはずっと言いいたかったんだけどさ、もしかしてあなた、自分は顔は良いとか勘違いしてない? 勘違いしてたら可哀想だから教えといてあげるけど、別にその程度普通だから。で、中身は最悪って、ねえ、あなたの魅力って本当、何? 教えてよ」


 うおー、これはきつい! 流石にこれはしたか無いけど、小野田に同情しちまうな。

 こんだけ、自分のこと罵倒されたうえ、トドメに「あなたの魅力って何?」はかなり来るだろう。

 とは言っても、まあこれは全部本心とは言え、小野田に諦めさせる為に心を鬼にして言ったことなんだろうけどな。

 ……まさかこれが本性ってことは無い……よな?


「くっ、クソ! まさかお前がこんな性悪女だったとは知らなかったぜ。てか、お前の方が顔だけじゃねえか! 中身は最悪だな!」


 そう言って、走り去っていく敵キャラAもとい小野田。

 ここまで言われたら流石にあいつももう諦めるというか、関わるのが嫌になると思うんだが……。


「大丈夫だった、幸村君? さっき殴られそうになってたけど!」


「ああ、うん。大丈夫。それよりも先川の方こそ……さっきあんなに言っちゃったけど大丈夫?」


「うん、大丈夫。あんなやつの言葉で評価が落ちる程、私の人間関係はやわじゃないから」


 主語を付け忘れた俺の問いもちゃんと理解してくれたようで、先川が心配しないでと言わんばかりの優しい声で答えてくれる。

 その後、少々の沈黙を挟んで先川がまた話し出す。


「……本当にありがとね、幸村君。さっきあいつに、少しは私のこと考えてやれよ、って言ってた時かっこよかったよ!」


 ……本当に小野田の行動や心理はほとんど共感出来るものでは無いが、二つ理解出来ることがある。

 それはさっき先川に罵倒された時の悲しみと……先川に惚れたということだ。

 確かにこんな笑顔を見たら、普通惚れるわな。そのぐらい本当に万人を魅了する笑顔なのだ。

 この顔でかっこ良いなんて言われて全く喜ばない男がいるとしたら、そいつは同姓にしか興味がないやつか精神疾患者ぐらいだろう。

 俺も例外ではなく、照れ臭いが普通に嬉しかった。

 それにしても、まさかそんな恥ずかしい台詞を吐いてるところを聞かれるとはな……って、んっ!?


「……あれっ!? ということは、一体先川はいつから俺達の話を聞いてたんだ?」


「『俺は先川と付き合っている』って辺りからだけど?」


「それってほとんど聞いてたってことじゃん!?」


「うん、そうだね」


 ぎゃあ! 恥ずっ! 嘘で言った彼氏ってところも聞かれたのかよっ! もうやばい、死にたい!


「あれっ!? てか、えっと……それならもう少し早く助けれた気も……」


「まあそうなんだけど、なんか私を取り合って二人の男が喧嘩するって面白かったからさ。まあ、流石に殴られるのはやばいから止めたけど」


 何だそれ! 別に取り合って無えしな。

 てか、やっぱりこの人はブラックな一面も持ってるようだ。

 さっきの小野田への台詞も多少は本性で言ってたに違いないな。


「まあ、それに……嬉しかったしね」


「えっ!? 嬉しかったしって何が?」


「ううん、何でも無い。それよりさ、さっさと行こう。……これが最後だからさ」


「ああっ、ちょっと待って!」


 そうして途中まで一緒に帰って、俺達が別れるT字路が近付いてきた。

 これで一週間に渡った幸村照太及び求人部の初任務も終わりか――


「そう言えば、幸村君」


「んっ、何?」


「一週間前に私が依頼してから、日向さんの様子に何か変化あった?」


「えっと……別に。……いや、そういえば今日かなり嫌み言われたな。一時だけとはいえ偽の彼女と楽しみな、的な感じで」


「怒ってた感じだった?」


「ああ。何故か怒ってたな」


「ふーん。……やっぱりね」



 一週間ぐらいぶりに見た悪意を込めた笑みを浮かべながら、意味深めいてそう言われたので理由を聞いたら、先川は、「私は間違って無かったってこと」とじゃあね、とだけ言った後、さっさと走り去ってしまった。

 それにしても、最後があっさりだったな、俺の一週間。少し虚しい。

 それに間違って無かったって……。


  ☆★☆★☆★☆


 次の日、昨日のことには特に触れずに先川と話して授業中は過ごし、放課後は校長が大事にしてる花壇の整備という雑用を山中さんと二人でこなして部室に戻ると、所定の席に座っている野坂が俺のことを呼ぶので仕方なく俺からおもむく。


「ユッキー! ついさっきな、先川がお礼に来たぞ。幸村君のお陰で無事、悩みは解決出来ましたってな」


「おっ。マジで!」


 そうか。求人部にもちゃんとお礼と報告に来たんだな。律儀だな、あいつ。

 俺は完全に報告忘れてたけどな。


「聞いた話によると先川を奪おうと襲ってきた小野田ってやつを、お前が説教しながら殴って追い返したらしいじゃねえか。いやー、見た目に反して意外とやるね」


 いや、どこの幻想殺しだよ!

 何か、事実が間違えて伝えられてやがるぞ!

 ……先川のやつ、自分が致死性の猛毒を吐いて逃がしたことは言わない気か!


「まあ、ともかくお前はよくやってくれたよ。今回は素直に認めてやる。お前はこの部の『埃』だよ!」


「そうか。そう思ってくれるのは嬉しいが、字が違う気がするぞ」


 ここは普通に誇りと言って欲しかったな。

 発音は同じなのにあら不思議! 全く真逆の意味になってしまいました。

 ……それじゃ俺、ただの邪魔者じゃねえか。


「あっ、言い間違えた!」


「いや、明らかに強調してただろ」


 ったく、素直じゃないやつだな、全く。


「いや、本当に誇りだよ。ありがとうな、ユッキー!」


「お疲れ様でした、幸村君」


「ありがとうございます!」


 まあ、今回の依頼では色々なことがあったし、そこいらの心霊番組なんかよりよっぽど怖い体験もしたが、意外と楽しめたかもな。


 何より、人の役に立てるっていうのは予想以上に良いもんだな。そう思えた!



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