祖霊と面
初の短編です。霊魂とか書いてありますが、実際は全く恐くありません。色々と未熟な部分がありますが、楽しんでいただけたら幸いです。
空も茜色から群青色に移り変わった時刻。俺はヒグラシの寂しげな鳴き声を聞きながら、ぼんやりと部屋で過ごしていた。今週からお盆に入ったため、俺は両親と一緒に父の実家に来ていた。毎年お盆はここで過ごし、墓参りをして帰るというのが恒例となっている。
少し前に墓参りを終え、部屋に帰って来た俺は、特にやることもなくこうしている。窓を開けているため、時折風に乗って、線香の匂いがやって来る。お寺が近いという理由もあるのだろう。その匂いを嗅ぎながら、俺はゴロンと畳みの上に寝転がり、このまま少し眠ろうかと思った時だった。
「おい」
突然誰かに呼ばれた俺は、反射的にバッと畳みから飛び起きてしまった。
「!」
すると目の前に白い着物を来た人間が立っていて、俺を見下ろしていた。しかも顔に白い狐のお面を付けている。
おかしい。さっきまでこの部屋には自分しかいなかった。それに誰か入って来ても出入口は一つしかないので、気付く筈だ。
俺は怪訝な表情でその人間をまじまじと見つめた。背は俺より少し高いくらいで、髪は短い。歳は同い年か、少し上くらい。おまけに素足である。先ほどの声と外見からして男だろう。
「…驚かないのか?」
ややあってそいつが喋り出した。確かにこんな状況に置かれたら驚くのが普通だろうけど、俺は不思議と冷静だった。
「面白い奴だ」
お面のせいで表情は見えなかったけど、そいつが笑っているのは声でわかった。
「…お前何者だ?」
「俺か?俺は霊魂だ」
あっけらかんとした口調でそいつは言った。まあ突然部屋の中に現れて、その服装と来たらそういう類のものだろうとは思っていたけど。
「…なんで霊魂なのに視えるんだ?俺、今まで一度も視たことないのに……」
「盆の時期は霊力が強まるからな。時間と気候が合えばこうやって視える時がある」
ごく稀なことだけどな、とそいつは言った。
「お前、いつまで“ここ”にいるんだ?」
「日付が変わるまでだ。それ以上いると“お迎え”がやって来て、強制的にあっちに連れて行かれるんだ」
その説明を聞いて霊魂も中々大変だな、と言うとそうでもないさと返事が返って来た。
「まあそんなわけだ。時間まで俺の話し相手になってほしい」
そいつは畳みの上に座るとあぐらをかいた。俺は柱にかけてある古い時計に視線を向けた。時間はだいぶある。これからやることもないので、俺はそいつの話し相手になることにした。
それからそいつとずっと喋り続けた。喋り相手になってもらおうと言っていた割に、喋っていたのはもっぱら俺だった。学校生活、進路のこと、友達のことなど他愛ないことを喋った。あいつは時折相槌を打ちつつ、俺の話しを聞いていた。表情はわからないが、楽しげに聞いているのだと雰囲気で感じた。
「そういえばさ」
俺の話しも無くなりかけた時、俺は疑問に思っていることを聞いた。
「なんで狐のお面を付けてるんだ?」
あぁ、とそいつは片手でそれに触れた。
「少々訳があってな。お前の前でコレを外すことは出来ないんだ」
くぐもった声でそいつは言った。
「なんだ?俺の顔が見てみたいのか?」
「ん、まあな。でも見せれないなら仕方ないさ」
「……無理矢理この面を取るという手段もあるぞ?」
「生きてる人間が霊魂に触れられるのかよ」
「無理だな」
「……」
その話しはそこで途切れた。それからは、俺がそいつのことを聞き始めた。流石に“あっち”のことを聞くと
「死ねばわかる」
の一言のみで教えてくれなかったが、生前のことは大体教えてくれた。この地に生まれ育って、同郷の人と結婚し、子供が生まれたこと。そしてその子供も結婚して、孫が生まれたこと。
「孫ってのは子供とは別で可愛いもんさ」
饒舌にそいつは語る。なんでもその孫の名前は自分が付けたそうだ。けど孫が生まれて半年もしない内に、自分は死んだと語った。
「成人まで見届けたかったよ。いや、いっそのこと孫が結婚して、その子供の顔も見たかったな」
流石に欲張り過ぎか、とそいつは笑った。
「さて、そろそろ時間か」
「えっ?」
俺は柱の時計に視線を向ける。いつの間にか長針と短針が後少しで重なる時刻になっていた。
「楽しかった。あっちのいい土産になったよ」
立ち上がり、軽い伸びをしながらそいつは言った。俺は何だか無性に別れるのが惜しくなった。
「なあ」
「ん?」
「やっぱりそのお面の下、見せてくれ。来年会えるかなんて保証はないわけだし……。ほんの少しでいい」
そんなことを言ってもきっと断られるだろうと思った。
「ああ。いいぜ」
意外な答えに、俺は少し驚いた。そんな俺に構うことなくそいつはお面に手をかけると、躊躇いなくそれを外した。
「!!」
驚愕した。生きて来た中で一番といいほどの衝撃だった。
そこには――俺とそっくりの顔があった。
「……、」
呆然とする俺にあいつは笑みを浮かべた。
「このままの姿で行くと、すぐに正体がわかってつまらないからな。だから面をしていたんだよ――佑一」
名前を教えた筈はないのに、そいつは俺の名を呟いた。
「お前が元気に過ごしてることがわかってよかったよ。これからも達者でな」
それだけ言うと、あいつはフッと消えた。それと同時に、カチッと長針が動く音が俺の耳に響いた。
気が付くと、俺は畳みに寝転がっていた。あの後の記憶は全くない。俺は寝惚け眼のまま、そこから起き上がった。
コト――
何かが畳みに落ちる音がした。俺は無意識に音がした方に視線を向ける。
「!」
なんとそこにあったのは白い狐のお面だった。それの登場で一気に目が冴えた俺は慌ててそれを手に取った。
本物だ。木の感覚とお面に塗られた塗料のそれもちゃんと感じる。間違いなく“ここ”に存在している。俺は穴があくほどそれを眺めた。多分、店で売っていれば中々に高い値段がつくと思う。 なんでこれがここに?という疑問が浮かんだが、すぐに解決した。多分あいつが――祖父が置いて行ったのだろう。名乗ってもないのに俺の名を知っていたり、あの口ぶりから俺が赤ん坊の頃に亡くなった祖父で間違いないと思う。祖父は俺の名付け親であり、俺を非常に可愛がっていたと祖母から聞いたことがある。
俺はお面を片手に持つと立ち上がった。下に祖母が居る筈だから、祖父のことを詳しく聞こうと思う。それが終わったらもう一度墓参りに行こう。
頭の中で今日の予定を組み立てる。それが終わった俺は出入口となる襖を開け、部屋から出ていった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
本当はもう少し早く投稿する予定でしたが、手直しなどをしていたら思いの外、時間がかかってしまいました……。
このお話しを読んでくださった全ての方に感謝申し上げます。




