本日の婚約破棄確率は98%です
「本日の婚約破棄確率は九十八パーセントです」
朝食の席でそう告げると、侍女のリナは紅茶を注ぐ手を止めた。
「ずいぶん高いですね」
「夕刻、王宮の夜会場で、王太子殿下による一方的な破棄宣言が予想されます」
「残りの二パーセントは?」
「殿下が土壇場で思いとどまる確率です」
私は焼きたてのパンへバターを塗った。
「持参金として王宮へ運び込んだ品を回収して。私物も日没までに公爵邸へ戻します」
「かしこまりました」
「それから、この帳簿を国王陛下へ」
机の端に置いていた封筒を差し出す。
王太子殿下が男爵令嬢へ贈った宝石。夜会へ招かれた顔ぶれ。王宮法務官の不在。王家の帳簿から消えた金貨。
雲行きは、十分すぎるほど読めていた。
夕刻。
王宮の夜会場には、予想どおりの面々が集まっていた。
王太子殿下の隣には、淡い桃色のドレスをまとった男爵令嬢がいる。
殿下は私を見つけると、会場の中央へ進み出た。
「クラリッサ!」
私は懐中時計を開いた。
午後七時十一分。
予報時刻だった。
「私は君との婚約を――」
殿下の言葉が止まった。
男爵令嬢が不安そうに袖を引く。
「殿下?」
午後七時十二分。
残りの二パーセントが、まだ粘っているらしい。
殿下は息を吸い込み、私を指差した。
「私は君との婚約を破棄する!」
私は時計を閉じた。
午後七時十三分。
「予報より二分遅れですわね」
「何?」
「こちらの話です」
殿下は顔をしかめた。
「君は嫉妬から彼女へ嫌がらせを繰り返した。王太子妃に相応しくない!」
周囲から、控えめなどよめきが起こる。
「証拠はございますか」
「彼女がそう言っている!」
「では、ございませんのね」
「黙れ! 君の言い訳など――」
私はもう一度、懐中時計を開いた。
「なお、殿下の周辺では、これより非常に強い叱責が発生する見込みです」
「何を言っている」
夜会場の扉が開いた。
「何をしている!」
国王陛下の怒声が響く。
殿下の肩が跳ねた。
「父上?」
陛下は封筒から取り出した帳簿を、殿下の足元へ投げた。
「この支出について説明しろ」
殿下の顔色が変わる。
帳簿には、王家の公金で購入された宝石や衣装の記録が並んでいた。受取人は、すべて殿下の隣にいる男爵令嬢である。
「これは、その……」
「王太子妃教育費を削りながら、何をしていた!」
叱責は予報どおり、局地的かつ猛烈だった。
男爵令嬢は殿下からそっと距離を取ろうとしたが、陛下の視線に射抜かれて動きを止めた。
「二人とも別室へ連れていけ。詳しく調べる」
衛兵が進み出る。
「待ってください、父上!」
「廃嫡も覚悟しておけ!」
殿下は衛兵に囲まれながら、私を振り返った。
「クラリッサ! 君が仕組んだのか!」
「いいえ」
私は微笑んだ。
「観測して、備えただけですわ」
翌朝。
リナがカーテンを開けた。
澄んだ朝日が部屋いっぱいに差し込む。
「お嬢様。本日の予報はいかがでしょう」
私は窓を開けた。
昨夜まで王宮の方角に垂れ込めていた雲は、跡形もなく消えている。
「快晴ですわ」
「降水確率は?」
「ゼロパーセント」
私は朝の風を吸い込んだ。
「長く居座っていた低気圧が、ようやく消えましたもの」
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