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恋愛小説のはずでした

本日の婚約破棄確率は98%です

作者: 堀吉 蔵人
掲載日:2026/07/18

 

「本日の婚約破棄確率は九十八パーセントです」


 朝食の席でそう告げると、侍女のリナは紅茶を注ぐ手を止めた。


「ずいぶん高いですね」


「夕刻、王宮の夜会場で、王太子殿下による一方的な破棄宣言が予想されます」


「残りの二パーセントは?」


「殿下が土壇場で思いとどまる確率です」


 私は焼きたてのパンへバターを塗った。


「持参金として王宮へ運び込んだ品を回収して。私物も日没までに公爵邸へ戻します」


「かしこまりました」


「それから、この帳簿を国王陛下へ」


 机の端に置いていた封筒を差し出す。


 王太子殿下が男爵令嬢へ贈った宝石。夜会へ招かれた顔ぶれ。王宮法務官の不在。王家の帳簿から消えた金貨。


 雲行きは、十分すぎるほど読めていた。


 夕刻。


 王宮の夜会場には、予想どおりの面々が集まっていた。


 王太子殿下の隣には、淡い桃色のドレスをまとった男爵令嬢がいる。


 殿下は私を見つけると、会場の中央へ進み出た。


「クラリッサ!」


 私は懐中時計を開いた。


 午後七時十一分。


 予報時刻だった。


「私は君との婚約を――」


 殿下の言葉が止まった。


 男爵令嬢が不安そうに袖を引く。


「殿下?」


 午後七時十二分。


 残りの二パーセントが、まだ粘っているらしい。


 殿下は息を吸い込み、私を指差した。


「私は君との婚約を破棄する!」


 私は時計を閉じた。


 午後七時十三分。


「予報より二分遅れですわね」


「何?」


「こちらの話です」


 殿下は顔をしかめた。


「君は嫉妬から彼女へ嫌がらせを繰り返した。王太子妃に相応しくない!」


 周囲から、控えめなどよめきが起こる。


「証拠はございますか」


「彼女がそう言っている!」


「では、ございませんのね」


「黙れ! 君の言い訳など――」


 私はもう一度、懐中時計を開いた。


「なお、殿下の周辺では、これより非常に強い叱責が発生する見込みです」


「何を言っている」


 夜会場の扉が開いた。


「何をしている!」


 国王陛下の怒声が響く。


 殿下の肩が跳ねた。


「父上?」


 陛下は封筒から取り出した帳簿を、殿下の足元へ投げた。


「この支出について説明しろ」


 殿下の顔色が変わる。


 帳簿には、王家の公金で購入された宝石や衣装の記録が並んでいた。受取人は、すべて殿下の隣にいる男爵令嬢である。


「これは、その……」


「王太子妃教育費を削りながら、何をしていた!」


 叱責は予報どおり、局地的かつ猛烈だった。


 男爵令嬢は殿下からそっと距離を取ろうとしたが、陛下の視線に射抜かれて動きを止めた。


「二人とも別室へ連れていけ。詳しく調べる」


 衛兵が進み出る。


「待ってください、父上!」


「廃嫡も覚悟しておけ!」


 殿下は衛兵に囲まれながら、私を振り返った。


「クラリッサ! 君が仕組んだのか!」


「いいえ」


 私は微笑んだ。


「観測して、備えただけですわ」


 翌朝。


 リナがカーテンを開けた。


 澄んだ朝日が部屋いっぱいに差し込む。


「お嬢様。本日の予報はいかがでしょう」


 私は窓を開けた。


 昨夜まで王宮の方角に垂れ込めていた雲は、跡形もなく消えている。


「快晴ですわ」


「降水確率は?」


「ゼロパーセント」


 私は朝の風を吸い込んだ。


「長く居座っていた低気圧が、ようやく消えましたもの」


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