突然のお茶会
ある日の昼下がりだった。
リリアーナが図書室で本を読んでいると、屋敷が妙に慌ただしくなった。
「……?」
扉の外から、使用人たちの緊張した声が聞こえる。
やがて執事が現れ、深く頭を下げた。
「奥様、王女殿下がお見えです」
「……え?」
固まる。
王女?
どうして?
慌てて応接室へ向かうと、そこには美しい女性が座っていた。
セレフィーナ王女。
王家の薔薇と呼ばれるほど華やかな人物だ。
「お初にお目にかかります、公爵夫人」
優雅な笑み。
だが、その瞳はどこか鋭い。
リリアーナは慌てて礼を取る。
「本日は急なお訪ねで申し訳ありません」
王女は楽しそうに微笑んだ。
「ぜひ貴女をお茶会へお誘いしたくて」
「お茶会……?」
嫌な予感がした。
しかも“ぜひ今から”とのことらしい。
リリアーナは困ってしまう。
「旦那様へ許可を――」
「アルヴェイン公ならお仕事中でしょう?」
王女は軽やかに言う。
「少しお借りするだけですもの」
「ですが……」
「王家からのお誘いですのよ?」
にこり。
逃げ道が消えた。
リリアーナが戸惑っている間に、話はどんどん進んでいく。
その背後で、公爵家の執事は即座に旦那様宛の手紙を書かせ、使用人へ託していた。
◇◇◇
連れて行かれたお茶会は、思っていたものと少し違った。
令嬢だけではない。
令息も多い。
しかも全員、やたらと話しかけてくる。
「公爵夫人は読書がお好きだとか」
「最近人気の劇はご覧になりました?」
「今度ぜひ――」
距離が近い。
近いわ。
リリアーナは内心かなり戸惑っていた。
どうやら王女は、“友人を作る場”として用意したらしい。
「貴女、あまり社交へ出てこないでしょう?」
王女が紅茶を飲みながら言う。
「アルヴェイン公も大変ね。奥方が出不精では」
周囲から小さな笑い声。
リリアーナは笑顔を崩さなかった。
崩せなかった。
ここは王女のお茶会。
粗相は許されない。
「旦那様には大変良くしていただいております」
穏やかに返す。
「ですが、もっとお友達を作った方が良いわ」
王女は続けた。
「閉じこもってばかりでは、公爵夫人として窮屈でしょう?」
リリアーナは曖昧に微笑む。
なんとなく理解した。
このお茶会。
自分のためというより、“アルヴェインの妻として相応しくあれ”という意味合いが強いのだ。
そして王女が昔からアルヴェインへ好意を寄せていたという噂も、思い出してしまった。
「…………」
少しだけ胸が落ち着かない。
けれど令息たちは次々話しかけてくる。
本の話、領地の話、流行、政治。
リリアーナは持ち前の知識とマナーで、なんとか乗り切った。
笑顔も忘れない。
でも、やっぱり距離が近い。
「公爵夫人は本当にお綺麗ですね」
「またぜひお話したい」
近い近い。
そう思った頃だった。
「──リリアーナ」
低い声が響く。
空気が変わった。
振り返ると、旦那様が立っていた。
明らかに急いで来たのだろう。
髪も少し乱れている。
その表情は穏やかではない。
王女が目を細めた。
「まぁ、早かったのね」
アルヴェインは王女へ一礼する。
礼儀は完璧。
だが声音は冷えていた。
「妻は体が強くありません」
ぴたりと空気が止まる。
「私の知らないところで勝手をされては困る」
リリアーナが目を丸くする。
アルヴェインは続けた。
「今後このようなことはご遠慮ください。迷惑です」
はっきり言った。
相手は王女なのに。
周囲が凍る。
だがアルヴェインは気にしない。
「帰るぞ」
そのまま自然にリリアーナの手を取った。
◇◇◇
馬車の中。
アルヴェインはずっと険しい顔をしていた。
リリアーナはしゅんとする。
仕事の途中だったはずだ。
迷惑をかけてしまった。
しかも、自分で上手く切り上げられなかった。
勝手に外出してしまった。
「……申し訳ありません」
小さく謝る。
するとアルヴェインは、はっとしたように顔を上げた。
「違う」
即座に否定する。
「君は悪くない」
その声音は真剣だった。
「相手が王女では断れない」
リリアーナが目を瞬かせる。
アルヴェインは悔しそうに眉を寄せた。
「私が油断した」
本気でそう思っているらしい。
そして少し間を置いてから、慎重に尋ねてくる。
「……友達が必要だったか?」
「え?」
「君に交友関係が必要なら考える。だが」
一度言葉を切る。
「異性はやめてほしい」
真顔だった。
「あと……」
珍しく言い淀む。
「友人ができても、私との時間は減らさないでくれると助かる」
リリアーナはぽかんとしてしまう。
なんだか少し可愛いことを言っている。
「お友達は不要です」
素直に答えると、アルヴェインは露骨に安心した顔をした。
……そんなに?
「本当に?」
「はい。今の生活で十分幸せです」
アルヴェインは静かに息を吐いた。
かなり緊張していたらしい。
「今後は、私が不在の時に王家の者でも屋敷へは入れない」
「そ、そんな」
「駄目だ」
即答だった。
だがリリアーナは困ったように笑う。
「旦那様のお立場も大切にしてください」
王家を完全に拒絶するのは問題がある。
それに。
「私も、もっと上手く立ち回れるよう考えます」
いつまでも守られてばかりではいけない。
するとアルヴェインは、ますます不安そうな顔になった。
「……本当に大丈夫か?」
「大丈夫です」
「無理はしていないか?」
「してません」
「怖くなかったか?」
「少しだけです」
アルヴェインは深刻そうに黙り込む。
どうやら心配性の旦那様は、さらに悪化してしまったらしい。
リリアーナは小さく拳を握った。
もっと頼れる妻にならなくては。




