異形の愛
ある朝、目覚めて鏡を見た俺は驚愕した。俺の顔が醜く変形していたのだ。
口元の部分が変形していた。皮膚は浅黒く変色し凸凹にただれていて、鋭い歯が剥き出しになっていた。これはどういうことだろう。吹き出物ができたとかいうレベルではない。まじまじと観察し、恐る恐る触ってみたが、作り物ではなかった。幸い痛みはなかったが、不気味で恐ろしく、醜い顔になってしまったことにショックを受けた。
マスクをつければなんとか隠せたので、その日は出社した。
バレないかとビクビクしながら仕事をした。
帰宅すると、部屋で彼女が待っていた。
「おかえりなさい」
一番知られたくない人がそこにいた。彼女とはかれこれ3年の付き合いで、お互いに大切な存在である。どう言い訳しよう。考えを巡らせたが言い訳のしようがない事態だと悟った。観念した俺は、屈託のない笑顔に向けて、口元を見せた。
「それ、どうしたの!?」
俺は黙ってうなだれる。彼女は驚いた表情のまま、そこをまじまじと見つめた。気まずい時間が流れた。
一呼吸あってから、彼女は言った。
「どういうことかはわからないけど、きっと元に戻れるよ。治療方法を一緒に考えよ」
意外にも冷静だった。
「明日、病院へ一緒に行こう。大丈夫、なんでもないわ」
彼女は優しく励ましてくれた。そして、どんな姿になっても俺は俺だと言ってくれた。
その言葉に俺は救われた。
俺たちは治療方法を必死で探った。
病院で精密検査をした。毒、病気や感染症を疑ったがどれも該当せず、原因不明となった。
民間療法を試してみた。鍼や灸、マッサージ、カイロプラクティックなどなんでも試した。だが即効性はなく、改善はしなかった。
その数週間、俺の体は変化を続けていた。爪は鋭くなり皮膚は硬いうろこ状になっていった。どす黒く変色した左腕は完全に人間のそれではない。これは全身が怪物になっていってるということなのか。俺は焦った。
民間療法も当てにならないと悟ったので、通うのをやめた。そもそも、腕の変化が異様すぎて、もはや他人に見せる気にはなれなかった。
段々と希望を持てなくなっていった。
彼女はいつもそばにいてくれて、献身的に尽くしてくれた。
そんな中、彼女はハーブティーを勧めてくれた。自分でいろいろ調べて探しだしてきたハーブだという。彼女はこれに希望を持っているようだ。
俺は、民間療法はもううんざりだったが、彼女を信じて飲むようにした。
そうすると、なんと症状の進行が止まった。うろこの範囲もこころなしか減ってるような気がする。
「本当だ。効いてるみたいね、よかったぁ……」
俺達は喜びあった。少し希望が見えてきた。
だが、それも束の間、数週間でハーブは尽きてしまった。
「もうあれ以上、どこにもないの……ごめんなさい」
と彼女は残念そうに言った。
いくらかかってもいいから、なんとか調達できないかと俺は懇願した。
やがて無情にも怪物化は再び進んだ。足、肌、顔全体……醜く変形し、もう隠して外出できないほどになっていた。俺は会社を退職し、部屋に引きこもるようになった。
彼女は、俺をかくまって、身の回りの世話や食事の調達をしてくれるようになった。
姿とともに、俺の食事の好みも変化していった。俺は腐った肉や野菜を好むようになり、食欲は旺盛になった。生ゴミのような悪臭を放つそれを貪り食い、おかわりを彼女にねだった。彼女は文句も言わずに調達してくれた。もはや「餌」である。怪物化は進み、どんどん体を蝕んでいった。
そして気がつくと、体は無秩序に膨れ上がり、人の形さえ保てなくなっていた。
俺は餌を貪りながら、絶望を感じていた。
ここから先はどうなる。弾け飛んでしまうのか。俺はもう終わりなのか……。
夜、彼女がいつものように俺の体を拭いてくれた。背中越しに彼女が泣いているのがわかった。
恐る恐る訊いてみた。君は、まだこんな醜くなった俺を見捨てないでいてくれるのか、なぜそこまでしてくれるのかと。
「決まってるじゃない。愛してるからよ」
俺も、愛していると返事をした。
怪物化してからというもの、以前の記憶があいまいになってきていることには薄々気づいていた。
そしてここにきて、それが顕著になっていた。
いや、彼女との思い出は残っている。付き合い始めたきっかけ、愛し合った3年間、真剣に向き合った日々のこと。それだけははっきり覚えていると断言できる。
だが、それ以外のことのすべてがわからない。子どもの頃の記憶、親の顔、人生の経歴……。一体、俺は何者なんだ? とうとう心まで怪物になってしまうのか?
俺は彼女に、その問題を話した。そしてすがる思いで、今までどうやって生きてきたのか、記憶を埋めてくれる答えを求めた。
俺の話が終わると、彼女は、観念したかのように静かに語り始めた。
彼女は昔、ある男と付き合っていた。それは素晴らしい恋であり、彼女は幸せな日々を過ごしていた。
だがある日、彼は事故で亡くなった。
深い悲しみに陥った彼女は、何年も立ち直れなかった。
そして、あることを研究しはじめた。それは「魔法」についてだった。魔法というものは、普通の人には理解できない不思議な力があるとされ、彼女はその力に魅了された。彼女は熱心に魔法の研究を始め、時間をかけて知識を深めていった。
魔法は、悪魔と契約してその力を引き出す。知識を得るうち、そのことがわかった。
そして彼女は、さらに研究を重ね、その結果、悪魔を呼び出すことに成功した。悪魔は恐ろしい形相をしていたが、彼女は何も怯まなかった。
彼女は悪魔に問うた。
「亡くなった人間を生き返らせることはできますか?」
「それはできないが、泥人形に命を与え、模した人間を造ることは可能だ」
「構いません。私には大切だった人がいます」
「では私と契約しよう」
そうしてできあがったのが俺だった。彼女が愛した男にそっくりな、それに似せて造られた存在だったのだ。
だがその人間のようなものは完璧ではなかった。段々と細胞のバランスが崩れ、徐々に怪物化していったというのが、すべての真相だった。
俺は驚き、落胆した。そうか、俺は彼女のためだけに生まれてきた、ただの人形だったのか。
怪物化してから、人生の記憶があいまいになってきたというのも、もはや怪しい。最初から、そんなものはなかったかもしれない。俺は彼女のためだけに生まれ、彼女と共に生きるだけの人形なのだから。
俺は、もはや人間の言葉を話すことができなくなっていたので、うめき声を何度もあげた。
彼女は、俺の顔だった部分に手を触れながら涙を流し、震える声で訴えかけた。
「あなたとの日々は、私を再び愛の光で満たしてくれた。それだけはわかって」
そして付け加えた。俺に命を宿すため、悪魔と契約し、自分の寿命を分け与えたことを。
実はもう彼女の命は、残り少なかった。
「あなたが不完全な人間だったのは、きっと私の愛が足らなかったせい」
俺は、彼女の涙を爪で拭いながら、この人のために生まれてきたことも悪くなかったな、そう思った。
「私もすぐに、あなたのあとを追うことになる。後悔はないわ」
彼女はキスをくれた。
俺は、彼女の腕の中で愛に包まれながら、泥人形に戻った。




