第七話
何となく、進む度に外界から遮断されていくような怖さがある。空気が重いような、むしろ軽くて何もないような。どちらにしろ、余りいい気分とは言えない。
「静かですね」
知らず眉をひそめていた私に、ロサくんが声をかけてきた。優しい声色が心をほぐしてくれ、ふっと力が抜ける。
「そうですね。宇宙に居るみたいです。行ったことないですけど」
真っ暗闇の宇宙は憧れでもあるし恐ろしさもある、神秘的な存在だ。宇宙は広すぎるほど広いから、もしかしたらこの世界とも地続きだったりするのかもしれない、なんてことが頭を過ぎる。
「ふふ。色斗さんのそういう発想、凄く好きです」
そんな会話をしているうちにまた、広い場所に到着した。さっきの広間との違いは、中央に祭壇があることである。いかにも何かありそうな雰囲気で、私は小さく身震いした。
「皆、止まれ。何か居る」
「祭壇に……雲?」
チタくんの声に足を止めて顔を上げると、祭壇の上に雲のような霧のような、銀色のモヤモヤしたものが浮かんでいる。じっと様子を窺っていたら、それはスーッと人の形に変わった。
『…よく来た。理を守る者よ』
喋った!! と思ったが、その声は耳を通った気がしない。頭の中に直接響いているみたいで、皆も怪訝な顔をしている。ただ、その音はとても重く、圧し掛かるような威厳を携えていた。
人型の雲は、次第に光を帯びていく。
『我は理の化身。世界の調和を司る、古き守護者』
「……貴方が、ミノ・コアを砕いたんですか?」
『否』
違うのか。
厳かな雰囲気の割に黒幕っぽい不気味さがあるから、もしかしてと思ったんだけど。しかし続く理の化身の言葉に、私たちは驚愕する。
『ミノ・コアは、自ら砕け散った』
「は?」
「どういうことだ」
「誰かに砕かれたんじゃ…?」
「何でそんなことを…」
私以外は真っ当に会話をしているのが、コミュニケーション能力の差か。いや、今はそれどころじゃない。
『世界を覆う争いと魔力の衝突は、我の力だけでは抑えきれぬ。故にコアは己を分散させ、地脈を支える楔となった。しかし我もまた、コアの散逸により均衡を保てなくなった』
…やばいな、話が分からない。どうしよう。
おろおろと三人を見回すと、ロサくんがいち早く気づいて身を寄せてきた。ふわふわの髪が、柔らかく揺れる。
「分かりやすく言うと…」
・世界を調和するはずの理の化身は、世界の魔力の暴走を抑えきれなくなった
・世界の魔力の源であるミノ・コアがそれを察し、己の力を分散させる為に自らバラバラになった
・しかし理の化身自身の安定もミノ・コアの巨大な力を支えとしていた為、バランスが崩れた
「なるほど…!」
小声で耳打ちしてくれたロサくんの説明は、本当に分かりやすかった。
理の化身は全然言葉が足りてないな。ロサくんを見習ってくれ。
自分の理解能力の低さを棚上げし、私は理の化身に心の中で八つ当たりする。
「あれ…? じゃあ、さっきの魔獣は?」
『不安定な我の影響が伝わった結果だ。我が直接関与したのではない』
要するに、アンタのせいだろ。
と、恐らく全員が思ったはずだが、誰も口にできなかった。
というか、何もしてないのに勝手に悪影響を与えるなんて、そっちのほうが危ない。
「俺たちが砕かれた時に感じた、世界の歪みの原因が分かったな」
「何か大きな力が働いているとは思いましたけど…」
「詳しくは分からなかったからね」
三人は得心したように、心なしか清々しい表情をしている。
「で、どうすれば貴方は安定するのかな?」
チタくんがいつもの余裕の笑みで、理の化身に尋ねた。
『ミノ・コアを復元し、世界の魔力が異常な増幅をする以前の状態となればよい』
「ミノ・コアの欠片がどこにあるか、分かりますか?」
『お前たちが持っている欠片の残りは、この奥に在る』
つまりミノ・コアは、ずっと遺跡に居たということになる。ギルド総裁から預かった欠片だって、この遺跡で見つかったのだから。
『異界の者、お前を呼んだのはミノ・コアだ。行くがよい』
「!」
私を異世界に呼んだもの。レインボートラウトを守る原初のリトスアーム。言わばこの世界の主として、助けを求めてきた存在。
私は、応えることができるだろうか。
「行こう、色斗」
チタくんの声が聞こえて、はっと我に返る。振り返れば、皆が微笑んでくれていた。
そうだ、私には彼らがいる。
「うん」
少し迷ったけれど、私は敬語を使わずに返事をした。




