第二話
ギルドの建物の入口には、大きな水晶の看板がある。
内部も自ら光り輝く宝石の照明装置があったり、まるで宝石箱の中みたいだ。あれってまさかのパライバトルマリンなのでは。だとしたら凄すぎる。
オタク心がくすぐられて少しテンションが上がった時、広い部屋の中に大きな声が響いた。
「お待ちしておりました、虹色マスター様!! 本当にリトスアームを三体も従わせていらっしゃるとは、素晴らしい限りです!」
「え…いや、あの、そんな大層な者では……」
普段なら自分に話しかけられているなんて微塵も思わないのだが、今はどう考えても私のことを指しているのが分かる。とりあえずそのでかい声量を下げてくれと宥めようとしたものの、陽キャな受付係さんの圧倒的テンションに敵う訳がなかった。
「色斗、ひとまず簡単な依頼から始めよう。心配は要らない、俺がついている」
「ハイ……」
受付を済ませるだけで心がすり減り力尽きているが、チタくんの優しさに少し救われる。最初に感じた彼の威圧感は、大分薄くなったように感じた。
そして私は、初めての宝石採取依頼を遂行することになったのである。
ギルドで最も簡単な依頼、『フェード草の採取』を受けた私たちは、街の外を歩いていた。
フェード草とは光を浴びると葉が半透明になる不思議な植物で、薬や装飾品の材料になるらしい。
「足元に気をつけるように」
チタくんが前を歩きながら、度々こちらを振り返る。落ち着いていて冷静な彼は、とても頼りになるなと思った。
「色斗様、何かあったら遠慮なく僕をこき使って下さい!」
「え、えっと…、荷物持ってくれてありがとうございます。十分です」
そもそもイオくんは、率先して面倒を引き受けてくれている。これ以上頼るのは申し訳ないし、それじゃあお言葉に甘えて…なんてアレコレ命令できるなら、私はこんなコミュ障陰キャではないはずだ。
「疲れたら言って下さいね、色斗さん。私たちも声をかけて下さると安心しますから」
「はい。ありがとうございます」
ああ、天使。ふわりと微笑むロサくんはいつも穏やかで、心の底から癒される。よく居る『笑顔の腹黒タイプ』ではないので、彼の存在には本当に助けられていた。
そうして暫く歩いていると、草原に出る。太陽を浴びた草がキラリと光り、風に揺らめいて踊っている。
「わあ…綺麗……」
「気に入って貰えたようで何よりだ」
思わず呟いた言葉に、チタくんが満足そうに頷いた。
あれ、何か可愛いな。ちょっとツンデレみを感じる。
「フェード草は、この辺りの丘に群生している。…あそこが良さそうだな」
チタくんの案内により、無事私たちはフェード草の群生地に着いた。透明がかった葉が、風で微かに鈴のような音を響かせている。
「色斗様、こうして根元を掴んで……はい、このように抜きます!」
「わ、分かりました…」
イオくんが張り切って採取の仕方を教えてくれるけれど、正直、解説より彼のテンションが気になった。しかし、そんなことは言えない。私は教えられた通りに……できるかは不明だが、とにかく採取を試みる。要は引っこ抜けば良いのだ、草なんだし!
私はフェード草に触れ、力加減に気をつけて引き抜くと、
――シャリン。
涼やかで澄んだ音が鳴った。
「わ、軽い。綺麗な草ですね」
「色斗さんに触れられると、草も嬉しそうです」
「草が…?」
覗き込んできたロサくんに尋ねると、彼は優しく微笑む。
「ええ。フェード草は心遣いや愛情を感じると、澄んだ音を出すんですよ」
「…へえー、そうなんですね」
雑草扱いしなくて良かった……と、私は肝が冷える。聞けばこの世界に在るものは、大抵が宝石のエネルギーを少なからず宿しているらしい。だから、私の宝石愛が伝わったのだろうとのこと。
そんな折、チタくんが何かに気づいて表情を引き締めた。
「色斗、少し後ろに下がってくれないか。魔力の流れが乱れている」
「魔力」
改めてファンタジーな世界だ、なんて過ぎらせながら足元を見れば、地面がほんのり青白く光っている。地面が光っても普通な世界か。
「これは魔結晶ですね」
「魔結晶」
オウム返し以上の言葉が出ない私に、ロサくんが説明してくれた。
「鉱脈の魔力が溢れ、不安定に結晶化したものを魔結晶と呼びます。放っておくと爆ぜる場合がありますから、とても危険なんです」
「えっ、この光ってるやつですよね!?」
これが突然爆ぜるなんて、とてつもなくヤバいのでは。
異世界転移して物理的に爆死するのか、私。
「色斗、俺の後ろに居ろ」
恐れおののく私の前に、チタくんが立った。落ち着いた中に鋭さがある声は、緊迫した状況を如実に伝えている。
そして次の瞬間、地面がバリッと音を立ててひび割れ、中から結晶が隆起した。見た目だけで言えば、とても綺麗に光っている。しかし――。
「色斗様、僕たちから離れないで下さい!」
イオくんもまた、盾のように私を庇う姿勢だ。ロサくんからは何やら、温かいエネルギーのようなものを感じる。それが心地よく体に浸透して、私は妙に冷静になった。
「…ユークレースに似てるな、あれ。透明な中に青い筋が幾つか同じ方向に入ってる」
「色斗さん?」
「ロサくん。あの結晶が爆発しないようにするには、どうすればいいんですか?」
「魔結晶には様々な種類がありますが、どれも結晶を割ったり粉砕してしまえば爆ぜることはありません。外部からの衝撃によって爆発することはないので、近くにある場合は破壊するのが一番です。でも…」
「でも?」
「魔結晶は強靭ですから、闇雲に力をぶつけてもなかなか割れないんです。それぞれの弱点をつかないと。ただ、その弱点があまり解明されていなくて……運良く割れてくれればいいんですけど」
「分かりました。では、あの青い筋に沿って裂くようなイメージで力を加えて下さい。丁度あの辺りに欠けが見えますので、あそこを突くと良いと思います。青い線の通りに割ることを意識して下さい」
私が魔結晶を指差しながら伝えると、リトスアームたちから驚きの視線が集まる。その瞬間我に返ったものの、同時にチタくんが深く頷いた。
「承知した。俺が行こう」
魔結晶を見据えたチタくんは、まばゆい光を携えた剣を出現させて構える。そしてひらりと結晶の欠けた部分へ飛び上がると、輝く剣を突き刺した。
――パリンッ!!!
魔結晶が割れた衝撃音が、耳に強く木霊する。破片が勢いよく飛び散ってきたが、イオくんとロサくんがバリアみたいな膜で防いでくれた。
「怪我はないか、色斗」
「あ、えっと、無いです。チタくんは大丈夫ですか?」
「問題ない。君の助言のお陰で助かった、ありがとう」
「いえ、お役に立てて良かったです」
チタくんが無事のようでホッとする。ひとまず、爆死は免れた。
「流石です、色斗様! やはり貴方は最高のご主人様…!!」
「いやいやいやいや…。偶然、似た宝石を持っていたもので…」
「ふふ、色斗さんの宝石知識には脱帽ですね」
おうふ、ロサくんまで。魔法の力が使える君たちのほうがずっと凄いと思うよ!
「そういえばさっき、ロサくんのほうから温かいエネルギーみたいなのを感じた気がしたんですけど……」
「ああ、回復魔法を準備していたんですよ。リラックス効果もありますから、それが色斗さんに少し掛かったんですね」
なるほど、そういうことか。
それでビビりの私が、あんなに落ち着いていられたんだな。
そうして私たちは魔結晶による危機を回避し、当初の任務を再開した。
「…まあ、こんな所だろう。そろそろ帰るとしようか」
フェード草も必要分が集まり、チタくんが提案する。その言葉に、私は思わず大きな溜息を吐いた。
「こんな感じで、仕事が続いていくんですね…」
「そうだな。だが、案ずることはない。君には俺が…俺たちがついているのだから」
チタくんはちらりとイオくんたちを見つつ、ゆったりと微笑む。
「まだ始まったばかりですからね。焦らず頑張りましょう」
「ご安心下さい、色斗様。僕がどんなご命令も遂行して見せます!」
相変わらずロサくんは優しく、イオくんは…イオくんも優しい。
慣れない作業で疲れ果てた心身に、皆の温かさが染み渡る。
「はい…、ありがとうございます。これからも宜しくお願いします」
私がぺこりと頭を下げると、三人は口々に『勿論だ』と言ってくれた。
異世界での生活に少し、輝きを見いだせた気がした瞬間だった。




