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長い彼方から  作者: 天笠唐衣


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第9話 波止場

 アロンと話し合った結果、お金は欲しいので働くことにした。もちろん、アロンが監視してくれる約束をしてのことだ。


「もしもの時は、呼んでくれればすぐに行くよ。声に出さなくても大丈夫。わかるから」

「ほんとに? 考えてることまでわかるの?」

「いや、考えは読めない。でも、感情ならなんとなく伝わってくる」


「今度試してみよっかな。アロンがお風呂とかトイレの時に」

 あたしはわざと意地悪そうに言った。


 アロンは肩をすくめ、「やめてよー」と言うと、二人で笑った。


 支度をして待っていると、やがてお客様が座った。若い女性で、スーツ姿だ。

「お願い致します」

 深々と頭を下げる。

「出会いがなくて……。結婚できるかどうか、もしできるならいつ頃なのか知りたいんです」


(どうなんでしょう?)

『……』

 あれ? 守護霊から返事がない。彼は若い男の子だ。

『出会いがないなんて嘘だよ。こっちが候補を何人も会わせてやってるのに、条件が悪いと突っぱねてるんだ』

 珍しく守護霊が怒っていた。


「では、見てみましょう」

 私は水晶に手をかざした。


「……すでに出会っているようですよ」

「運命の相手にはまだ会ってません」

 

「どんなタイプが好きなんですか? お金持ちとか?」

 しまった。思わず守護霊の苛立ちが口に出てしまった。

 

「誠実な方ならどなたでもいいんです。金目当てだなんて失礼な!」

「ごめんなさい。そんなつもりで言ったわけじゃなくて……」

「もういいです。こんなところで占ってもらった私が間違いでした」

 女性は怒って立ち上がった。私は小声で「またどうぞ」とだけつぶやいた。


 アロンがどこにいるのかわからず、周囲をキョロキョロ見回したが姿は見えなかった。きっとどこかで見守ってくれているのだろう。


 次にやって来たのはカップルだった。彼女が椅子に腰掛け、私は予備の椅子を出して彼氏に勧めた。

「さんちゃん――彼氏はお笑い芸人なんです。売れるかどうか見てもらえませんか?」

「俺からも、お願いします」


「では、今後の運勢を中心に見てみますね」

 私は水晶に手をかざした。


『さんちゃんは浮気してるわよ』と、彼女の守護霊の女性が告げる。

『よりちゃん――彼女の方だな。ホストに入れあげてる。彼氏がいるのに』と、彼氏の守護霊の青年が言う。

 どうやら守護霊同士の仲も悪いらしい。


「うーん……」

 私は目を閉じ、眉間に皺を寄せた。二人は不安そうにこちらを見つめている。


(彼氏の仕事は今後増えそう?)

『増えないね』

 と二人の守護霊が声を揃える。

(改善する方法は?)

『お互い真面目さが足りない』

 そこだけは意見が一致していた。


「見えました。今のままでは未来は明るくありません。ただし、お二人が真面目な姿勢を持てば、運は開けるでしょう」


「さんちゃん、がんばろ!」

「おう!」

 二人は笑顔で去っていった。


 その後三件ほどこなして、仕事は終わった。


 帰り支度をしていると、アロンが現れた。

 私はタバコに火をつけながら言う。

「どこにいたのかわからなかったよ」

「上の方にいた」

「飛んでたの?」

「うん」

「危ないよ。見られたらどうすんの」

「気をつけてる」

 私はタバコを揉み消し、ぽつりと言った。

「……帰ろっか」


 家に着くと、鍵が開いていた。

「あれ?」

 中に入ると部屋は荒らされていた。空き巣らしい。

「何か取られた?」

 金目のものは無くなっていなかった。

「多分なさそう……」

 調べると、この前買ったアロンのスマホの契約書がなくなっていた。


「警察呼ぶから、私が連絡するまで外に出ててくれる? 被害届を出さないと」

「わかった」


 私は警察に通報した。


 一方その頃、アロンは少し離れた大通りにいた。深夜のため人通りはほとんどない。そこへ電話がかかってきた。

「もしもし」

『……旭埠頭の第四倉庫に来い。来なければ占い師の命は保証できない』

 一方的にそう告げられ、電話は切れた。


 罠だと感じたが、相手の正体を知りたい気持ちと、倒したいという欲望から、アロンは向かうことにした。


 波止場の倉庫は真っ暗だった。海面だけが月明かりにうっすらと光っている。


 広場に入ると、五人の男がアロンを囲んだ。鉄パイプ、ナイフ、木刀、日本刀、拳銃――それぞれが武器を構えている。


 合図とともに、鉄パイプの男が振り下ろした。

「おらぁ!」

 アロンはすばやく避け、腹にパンチを叩き込む。鈍い音とともに男は崩れ落ちた。


 二人目はナイフを突き立てたが、アロンは髪を掴んで頭突きを浴びせ、さらに膝で顔面を打ち砕いた。


 木刀の男は怯んで動けない。アロンは木刀を奪って頭に一撃、血飛沫を散らして倒す。


「殺しはしない」

 日本刀を構える男に歩み寄る。


「うりゃあ!」

 

 刃が振り下ろされたが、アロンの身体には通じない。日本刀は弾かれた。

 アロンは刀を掴み、バキッと折って、折れた刃を男の肩に突き刺した。


 残る一人は拳銃を構えた。

 

「化け物め!」

 

 パン!パン!乾いた銃声。弾丸は当たったが、アロンは平然としていた。男は恐怖で逃げ出す。アロンは追いつき、胸ぐらを掴んで倉庫の壁に叩きつけた。


「名前は?」

「……」

 首が締まり、男の足が宙に浮く。


 意識が遠のく直前、男がかすかに答えた。

「龍田……吾郎」


 アロンが手を離すと、男は地面に崩れ落ちた。


「もう手を出すな」

 吐き捨てるように言い、その場を去った。


 パトカーのサイレンが近づいてくる。誰かが通報したのだろう。アロンは急いで家に戻った。


 ◇


 帰宅すると、警察の姿はもうなかった。

 優子は玄関で立ち止まり、息を整えながらアロンを見る。

「血だらけじゃない……!」

「返り血だよ」

 アロンはソファに腰を下ろし、戦った相手や経緯を淡々と話した。


 でも、優子の胸の奥はざわめいていた。

 

 ――あんなに真剣に、自分のために戦ってくれた。命の危険も顧みず、ただ自分を守ろうとしてくれた。

 

 その思いに気づくと、胸の奥が熱くなる。これは……ただの感謝じゃない。


 言葉にしなくても、心の奥で静かに芽生えた想い。

 安堵と同時に、温かさが体中を巡る。思わず小さく息をつき、肩の力が抜けた。


 アロンが優しく手を回す。

「心配させてごめん」

 その声に、優子は胸の奥で何かがはじけるのを感じた。

 ――心配するのは、きっと好きなんだ。


 言葉にはまだできないけれど、目の前の人を見つめるだけで、それが確かなことだとわかる。

 胸がぎゅっと締めつけられ、思わず涙が滲む。

 アロンは優子の気持ちを受け止めた。


 二人の視線が重なり、距離がぐっと縮まる。唇が触れる瞬間、優子は心の中で小さくつぶやいた。

『帰ってきてくれて、ありがとう……』


 止められない感情が、そのまま二人を包み込む。

「止められないけど……いいの?」

「うん」


 アロンは優子を抱き上げ、ベッドへと運ぶ。

 二人は見つめ合い、唇を重ねる。

「愛してる」

「……あたしも」


 ――その夜、優子は初めて自分の気持ちの正体を、心の底から確かめた。

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