第7話 スマホ
あたし達は秋葉原でスマホを探すことにした。
――しかし、朝からすごいものを見てしまった。
アロンはすっかりいつもの表情に戻り、むしろ上機嫌だ。
本当に一緒に住んで大丈夫なんだろうか。野蛮ではなさそうだけど……もし迫ってきたら?
そんなことを考えていると、二人連れの外国人が声をかけてきた。
英語で何か話しかけられたけど、わからない。返事に困っていると、隣のアロンがすぐに英語で応じた。会話の途中から、今度はフランス語のような響きに変わった。
「アリガト。チャオ」
女性が笑顔で手を振る。
「アロン、今の人なんて言ってたの?」
「近くで観光できる場所を聞かれたんだ。聞きかじりだけど、分かる範囲で答えたよ。フランス訛りがあったから、途中からフランス語で」
「多言語話せるんだね」
「言っただろ。世界中を旅してたって。君を探して」
アロンが本当にあたしを探していたんだ……そう感じた。
「でも、どうして私がここにいるってわかったの?」
「ある程度近くなら、いるかいないか分かるんだ」
「そういうものなのね。……何言語くらい話せるの?」
「二十くらい、かな。正確には分からない」
「に、二十……」
「やっぱり、ホストより他の仕事のほうがいいんじゃない?」
「なんで?」
「ホストって、女性を……食い物にするイメージがあって」
「なるほど」
「アロンが本当にやりたいならいいけど」
「梨沙ママの顔を潰さない程度にやったら、考えてみるよ」
「ありがとう」
格安スマホを扱う店に入り、いくつもの機種を見比べた。
「どれがいい?」
「高くないやつ」
「じゃあ、これ」
黒いスマホを手にすると、アロンは嬉しそうに微笑んだ。
手続きを済ませて彼に渡す。
「操作わからなかったら聞いて」
「大丈夫」
「今日は仕事、何時から?」
「まだ研修があるから、四時くらい」
「頑張ってね」
「ありがとう」
彼は本当に嬉しそうだった。
「仕事は楽しい?」
「まだ分からないけど……お給料をもらって、優子の役に立てるなら、きっと楽しいと思う」
その真っすぐさに胸を打たれた。
そろそろあたしも仕事の時間だ。
最近あまり真面目に働けていなかったから、今日は頑張らないと。
――早めに店の看板を出した。
アロンと一緒に暮らすことについて、守護霊に相談する。自分の守護霊に相談するのは、久しぶりだ。
あたしの守護霊は児玉惟行という。昔の武将で、厳しいけれど的確に指導してくれる存在だ。いざという時だけは必ず助けてくれる。
(児玉さん……アロンと一緒に住むって言っちゃったけど、不安なんです)
『何が不安なのだ? 得体が知れなくて何をされるか分からんのか、それとも、彼を受け入れるのが怖いのか?』
(……両方かな)
『わしから見ると、彼の問題というよりお前自身の問題に見えるが』
(あたしの……?)
『判断材料は揃っている。自分の目で見たものを信じればよい。それでも裏切られたなら、お前に見る目がなかっただけのこと。はっはっは!』
(そんなぁ……)
相変わらずケチなんだから。心の中でぼやいた。
一人の女性客が椅子に座る。
「お願いします」
「はい、前払いで」
「あ、はい」
代金を受け取り、水晶をテーブルに置いた。
「お悩みは?」
女性は黙り込んでいた。
その間に彼女の守護霊に尋ねる。
(どんな問題ですか?)
『不倫よ。関係は終わりかけてるのに、執着だけ残っているの』
(相手の気持ちは?)
『もう冷め切っていて、今は家族のことしか考えてないわ』
(なるほど……諦める方向で進めます)
『お願いね』
突然、女性が泣き出した。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ごめんなさい。私、妻子ある人と付き合っているんです」
「なるほど……それで?」
「彼が奥さんと別れるって言ったのに、最近は冷たくて……会う回数も減って」
「わかりました。視てみましょう」
目を閉じると、守護霊が囁いた。
『この子と彼が伊豆へ旅行したときには、奥さんはすでに第二子を妊娠していたわ』
目を開けて告げる。
「残念ですが、彼の気持ちは離れています。最後に旅行した頃には、奥様は懐妊され、夫婦仲も修復されていました。……問題は彼ではなく、あなた自身の気持ちです」
女性はハンカチで涙をぬぐい、やがて顔を上げた。
「悲しいけど、占い師さんにはっきり言ってもらえて、気持ちの整理がつきました。ありがとうございました」
深々と頭を下げる彼女に、あたしも頭を下げる。
「これから、きっとよきご縁があります。頑張ってください」
彼女は少し微笑んだ。
◇
ホストクラブ《Crow》。
アロンは今日も出勤し、初めての客に指名されてシャンパンを入れてもらっていた。
「ユウ、すげー!」と先輩ホストが声をあげる。
「姫に初めて出会ったのに、こんなに豪華な物をいただけるなんて、すごく嬉しいです」
アロンが優しく微笑むと、客の女性も笑顔で答えた。
「私もめっちゃ嬉しいー!」
場内アナウンスが響く。
「ユウ卓でシャンパン入りました!」
ホスト達が集まり、シャンパンコールが始まる。
『もっとちょうだい! もっとちょうだい!』
『姫の愛をもっとちょうだい!』
『超絶可愛い素敵な姫から、愛情いただきます!』
乾杯のあと、アロンは女性客に囁いた。
「選んでくれてありがとう。これからもよろしくね」
「ユウってば、カッコよくて、めちゃ惚れちゃう!」
マイクを握った姫の言葉に、場内は拍手と歓声に包まれた。
◇
――しばらくして。
楽屋では先輩ホスト《神木流星》と、ナンバーワン《如月刹那》が話していた。
「初客みんなユウに持ってかれる。クソッ!」
如月はゴミ箱を蹴り飛ばす。
「俺、いいこと思いついたっす」
神木が耳打ちすると、如月はにやりと笑った。
やがて神木はユウ卓に座り、姫が席を外した隙に尋ねた。
「ユウってさ、就労ビザあるの?」
「……」
アロンは黙った。
「ないんだな。社長にチクっとくわ」
◇
仕事を終えたあと、社長に呼び止められる。
「ユウ、最後ちょっと残って」
皆が帰った後、社長は給料を渡した。
「今日は本当にお疲れさま。よくやったよ。……でも、ビザなしって聞いた。うちとしてはまずいんだ」
「そうですか……わかりました」
「申し訳ないけど。梨沙ちゃんにも謝っといて。また機会があったらよろしく!」
アロンは重い足取りでアトリエに戻り、今日の出来事を優子にラインで送った。
――けれど、既読はつかない。
まだ仕事中なのか、眠ってしまったのか。
アロンはスマホを手に取り、画面をじっと見つめた。
(優子、大丈夫かな……)
小さく息をつき、指で画面を軽くこすった。




