第5話 変身
梨沙ママのお店で二人で飲んでいる。
イケメン人外をホストクラブに入店させようと梨沙ママが口説いているところだ。
「そういえば、名前聞いてなかったわね」
梨沙ママは、イケメン人外に尋ねた。
「アロン・ドラクレシュティ」
「アロンさんか……」
ママは、繰り返した。
あたしは、夢で聞いた名前と同じ、と思った。
彼が次に口にしたことで空気が変わった。
「日本名は、《田口権三》」
「ぶっ」
あたしは、つい吹いてしまった。イメージが違いすぎる……
ママも興味を持ったようだ。
「随分個性的な名前ね」
「昔お世話になった日本人がつけてくれたんだ」
と彼は言った。
彼の話によると、明治時代、舟で日本に一度来ていたそうだが、その時に知り合った貿易商の《伊藤忠兵衛》という人に気に入られ、日本語が上手いから日本名があったほうがいいと言われ、その人がつけてくれたそうだ。
「じゃあ、ゴンちゃんでいいか。名前」
ママが明るく言った。
「ゴンちゃんか――」
あたしも口に出してみた。
「源氏名もいるわね」
ママは、ノリノリで言った。そして、しばらく考え込んだ後、
「《黒咲 ユウ》なんてどう? 黒い服着てるから黒がつく苗字、ユウは……あたしの元彼の名前からだけど」
ママはクスッと笑いながら言った。
あたしは、彼の横顔を見ながら思っていた。
(この人、ホストクラブで働けるんだろうか)
「あとは、そのボロボロの服をなんとかしなくちゃだわね。当分の間、住むところはあたしのアトリエ貸すわ」
「ママ、それいいの?」
「だって、マリアと一緒に住ませるのはまだ心配だもの。大丈夫なの?」
あたしはしばらく考えて、
「やっぱりママにお願いする」
というと、ママは、彼を見ながらこう言った。
「ちゃんと働けるまでは、一緒に住むのはお預けね!」
彼を見るとしょんぼりしていた。
「明日、服を買いに行きましょうかね」
と、あたしが言うと、彼は、
「うん!」
嬉しそうに返事した。
それから、ママのアトリエに行くのにあたしもついて行った。
梨沙ママは、油絵に関しては個展を開くほどの腕前で、アトリエを持っていた。あたしも何度か個展を見に行ったことがある。絵のことはわからないが、色が綺麗で心に残る絵が多かったのを記憶している。
歩いて十分ほどのマンションの一室で、三部屋ある広さだ。簡易布団があるらしく、寝泊まりは可能だ。
あたしは彼に迎えにくることを伝えた。
「明日、十時ごろ迎えにくるわ」
「わかった」
彼はママにこう言った。
「感謝しています。早く働けるように頑張ります」
「応援してるわ」
そして三人別れ、それぞれ帰った。
◇
次の日。
あたしは約束通り、彼を十時に迎えに行った。
彼は、出かける身支度はできていた。
「行きましょう」
「行こう」
あたしは紳士服店に向かう。
「やっぱり買うならスーツがいいよね」
「かな?」
お店はお客さんは少なかった。すぐ店員さんが来た。
「いらっしゃいませ。今日は何をお探しでしょう?」
「男物のスーツを」
あたしがいうと、店員さんは彼を見ながらこう聞いてきた。
「それは、旦那様のスーツで?」
「ま、まあ」
めんどくさいから適当に答えた。すると彼は、
「夫婦ではありません」
……また余計なことを言う。
店員は、少し考えたが、彼の方を向き、言い直した。
「お客様のスーツですね。かしこまりました」
店員さんは、尋ねた。
「フォーマルでしょうか。それとも、ビジネス用でしょうか。それとも普段使いの?」
「カジュアルで」とあたしが答えた。
「何色がいいの? やっぱり黒?」
と、あたしが聞くと、彼は少し考えて、
「うん。黒にする」
と言った。
試着後、店員さんが
「お客様は手直しいりませんねえ。スタイル良いですね」
と彼を褒めた。
早速着替えると、だいぶ印象が変わった。
インナー、靴下、靴も購入して、店を出た。
このまま美容院にも寄った。予約が要らないお店を探した。
なかなか手がかかる。子供を持った気分……
――一時間後、出来上がった彼を見て驚いた。
「別人……」
店員さんも、やりがいがあったと言った。
口や顎の周りの髭もなくなり、なんと言ってもベタついていた長い茶色の髪の毛は、短くふわふわになっている。
ハリウッド俳優のようなイケメン――
ホリの深い顔に、強い意志を感じさせる眉と鳶色の優しい目。整った鼻と、色気を帯びた口元が印象的だった。
(まるでどこかの彫刻像みたい……)
街を歩いていると、みんな振り返る。外見だけでなく、オーラもあるんだろうか?
正午をかなり過ぎていた。
「お腹空かない? どこかでなんか食べよう」
「僕も空いたよ」
近くの目立たない喫茶店に入った。
二人でそれぞれクラブハウスサンドを頼んだ。
「マリアって、本名もマリアなの?」
唐突に彼が聞いてきた。
「ううん。まだ言ってなかったっけ。本名は《高木優子》」
「優子か……。いい名だ」
彼がそう言って微笑んだ。
「ありがとう」
あたしは、胸がキュッとなった。
あたしは話を逸らして言った。
「本当にホストクラブでいいの? 働き口なら他にも探せるとは思うけど……」
「まあ、梨沙ママがせっかく紹介してくれるんだし、ひとまず行ってくるよ」
彼は微笑んで言った。
あたしは気になることをぶつけてみた。少し声をひそめながら聞いた。
「変なこと聞くけど、いわゆる吸血鬼って血を吸ったりするじゃない? あと今日みたいに日中歩くとか大丈夫なの? 私も聞くの遅かったけど……」
「ああ、血は好きだけど、それだけじゃ栄養にならないから普通に食べるよ。あと、今日は曇りだからいいけど、直射日光は、皮膚にあざができる」
「そ、そうなのか……。なんかごめんなさい」
「気にしないで。僕が言ってなかったのが悪い」
彼は美味しそうにサンドイッチを頬張った。
「他になんか聞きたいことある?」
「あと、ヤクザが自白したのと、警察官がいないって言ったのは?」
「……言いにくいけど、僕は人の記憶の操作ができる」
続けて彼は言った。
「記憶を消したり、追加したりできるんだけど……。セシル……君の前世の僕の妻は、絶対使うなと怒ったから、ほとんど使ってない」
「はぁ……」
頭が痛くなってきた。理解の許容範囲を超えている感じ。
「誰にでも使えるわけじゃないんだけどね。相性があるみたい」
彼はペロリとサンドイッチを平らげた。あたしは、食欲がなくなり、残ったサンドイッチを彼にあげた。
今日の夕方四時にホストクラブの面接の予約を梨沙ママがしてくれていたので、面接会場に向かう。
電車に乗っている間も彼は人目を浴びていた。
二人の女子高生は、こう喋っていた。
「あの人、俳優に似てない?」
「なんかみたことあるかもしれない」
都内だと芸能人が歩いていてもそれほど注目を浴びる感じはしないのだけど、なんでだろう?
最寄駅に着いたので、二人で降りた。
あたしは店の入り口まで付き合った。帰り道の心配をしたが、
「アトリエまでの道はわかる」
と言った。
「じゃあ、頑張ってね」
あたしが手を振ると、彼は笑顔を返した。
――彼の笑顔とは裏腹に、あたしは一抹の不安を抱えていた。




