第33話 誕生
――五ヶ月後。
テレビのニュースでは、振り込め詐欺の犯罪組織の一斉摘発が報道された。
組織は、海外数カ所に点在しており、逮捕者は五十五名にも及んだ。
日本国内でも、二十八名の逮捕者が出た。
あたしは心配になり、梨沙ママに電話した。
「ママ? テレビで見たよ。大丈夫?」
『久しぶり! 二人とも大丈夫よ。今は二人とも引っ越してる。店も畳んだわよ。話せなくてごめんね』
「ううん。無事ならいいのよ」
声を聞いて、ホッとした。
「誉さんもいるの?」
『いるわよ。代わるわね』
『誉です。あの時はすまなかった……』
「もういいのよ。それより無事でよかった。今後も大丈夫?」
『しばらくは警察のお世話になるけど、転居して名前も変えるつもり』
「そっか。大変かもしれないけど、頑張ってね。落ち着いたら連絡ください」
『了解。梨沙に代わる』
『……二人とも元気よ。そのうちお祝い送るわ。アロンくんにもよろしくね』
「気を使わなくていいのよー。アロンも心配してたから。ちょっと代わる」
スマホをアロンに渡した。
「無事を聞いてホッとしました。とにかく良かった」
『ありがとう。今度はアロンくんの番ね。優子は芯の強い子だからきっと大丈夫。アロンくん流に言うと、《愛は勝つ》よ。頑張ってね』
「ありがとうございます。そうですね。愛は強いですね。優子に代わります」
スマホを受け取る。
「じゃあ、そろそろ切るね」
『アロンくんと自分信じて』
「ありがとう。またね」
『幸運を祈るわ。またね』
電話を切ると、あたしは一息ついた。
「二人とも、無事で良かったー」
あたしはソファーに寝転がり、大きくなったお腹をさする。アロンは床に片膝を立て、あたしのお腹の下の方に手を当てている。
しばらくの間、アロンは目をつぶって手を当てたままだ。
すると、手が当たっているところが熱くなってきた。
「アロン、何してるの? 熱い」
「……」
やけどしそうなくらい熱くなってきた。あたしはアロンの手をどけようとするが、びくともしない。
「ちょっとやめて」
ついにあたしはアロンの頭を手で叩いた。
「ごめん……」
やっと手を離した。
「何してるのー?」
あたしはお腹をさする。まだ少し熱を持っている。
「元気に生まれてくるおまじないだよ」
「赤ちゃんが焼けたらどうすんのよ」
アロンは笑って言う。
「それはない」
「あ、そうだ。赤ちゃんの名前だけど……。本も買って考えてたけどさ、やっぱり《セシル》はダメ?」
「優子がそれでいいならいいけど、気を遣って言ってるならやめてほしい」
「違うよ。ずっと前にアロンがあたしのわがままで、血を吸ってくれた時にセシルを受け入れることができたんだ」
「わがままじゃないよ」
「あたしとセシルは同じ気持ちだった」
アロンはあたしの額にキスをした。
するとアロンは、ベッド脇の引き出しから小さなノートを取り出した。
「これ、もしもの時のために」
「なにそれ?」
「大丈夫だって信じてる。でも……どうしても渡しておきたい」
表紙には、小さな金色の羽の模様。
ページをめくると、最初に丁寧な字でこう書かれていた。
失いたくないから。優子との大切な日々。大切な想いをここに綴っておく。
五百年待ったのに、ようやく触れられた温もりだから。
でも、君が生きるためなら、僕はどうなってもいい。……
優子は、ページを閉じて、そっとアロンを抱きしめた。
「そんなこと言わないでよ」
「言葉にしないと、優子との思いがどこかへ行ってしまいそうだから」
あたしはアロンにキスした。アロンの目を見ると寂しそうだった。
アロンは笑ってこう言った。
「もし僕が忘れちゃったりしたら、読ませて思い出させてよ」
「もう……」
あたしはアロンの胸におでこをくっつけた。
(そう言えば、アロンずっと我慢してくれてるんだな……)
あたしは顔を上げてアロンに呟く。
「してみる?」
「大丈夫なの?」
「無理な時は言う」
「じゃあ、優しく……」
あたしは、アロンの背中に手を回すと、ベッドに連れて行かれた。
◇
――一ヶ月後。
今日は、予定日の十月十七日。
(本当に産まれるのかなあ)
順調過ぎて不安になってくる。
あたしは、ずっと仕事を続けていた。アロンのマネージャー兼個人事業主。
今日も一件仕事が入っていた。アロンはそろそろ自分だけで仕事をすると言っていたが、あたしが《やる》とわがまま言っていたのだ。
消防庁のポスター撮影があった。
アロンと消防庁に向かう。撮影会場は、ビルの中だった。
「よろしくお願いしますー」
「広報の田中です」
名刺交換をすると、早速撮影会場に行くこととなった。
あたしはトイレに行きたくなり、行くと少し出血していた。アロンにそう言うと、すごく心配した。
「大丈夫なの? 帰ったほうがいいんじゃない?」
(さすがに予定日は家にいたほうが良かったのかな……)
少し後悔していた。
案の定、消防庁のポスターなのにアロンが終始心配顔だったので、撮影は延期することとなった。
「申し訳ございません」
アロンとあたしは謝ると、先方も理解してもらえた。
「ここで出産されても困るし、万全な時に来てね。元気な赤ちゃん産まれるといいね」
「ありがとうございます!」
家に帰ってゆっくりしていると、腹痛がやってきた。
「お腹痛い……」
アロンが腰をさすってくれる。
痛い時は、痛みをこらえるのに必死だが、波がさるとケロッとなる。陣痛だ。
「十分間隔になったら、タクシー呼んで」
「わかった」
――なかなか間隔が狭まらない。
夜になっても間隔は十分にならなかった。
「アロンなんか食べる物買ってきて食べてていいよ」
「あたしは飲み物あれば、あ、やっぱりバナナかなんか食べたい」
「わかった。急いで買ってくる。すぐ戻る」
本当にあっという間に戻ってきた。
(飛んだんだろうか……)
「ちょっとトイレ……」
あたしもだんだん慣れてきて、動ける時に病院の入院準備もしておいた。
痛む都度、アロンが腰をさすってくれるのでありがたかった。
「ありがとう」
「当然だよ。代わってあげたいくらいだ」
あたしは、笑って咳き込んだ。
そのうち、間隔が十分おき、痛みも強くなってきた。
「陣痛が十分おきになってから一時間したら病院に行くみたい」
「無理しないでね」
(真剣に痛みに向き合わないとどうにかなりそう……)
あたしは、ラマーズ法だかの呼吸法を試す。
アロンも合わせてやってくれる。
「アロン、そろそろタクシー呼んで」
十五分くらいするとタクシーが来た。
病院までは、車で十分程度の距離だった。
病院に着くと、あたしは陣痛室に車椅子で運ばれた。アロンも一緒に来てくれた。
この病院は、家族も分娩室に入れる病院だ。
ここからさらに痛みと向き合うこととなった。
アロンが痛む都度さすってくれるのがすごくありがたかった。
子宮口が十センチになったところで、アロンに支えられて分娩台に移動した。
看護師がいろいろ処置をしてくれる。
あたしは痛みが数分間隔になり、いきみを我慢できなくなった。
「もう少しだ、頑張って」
アロンが声をかけてくれる。
あたしは、力を入れていきむ。
「ちょっと麻酔するよ」
パチンと音がした。
横を見るとアロンの顔がすぐ近くにあった。
数回いきんだ。
「頭出たよー」
それからすぐ産まれた。
甲高い泣き声が響く。
アロンがあたしの手を握りながら言った。
「女の子だ。お疲れ様。よく頑張ったよ」
あたしはホッとすると同時に、アロンが心配になった。
「アロン、大丈夫?」
「平気だよ。僕は大丈夫」
◇
処置も終わり、個室に移った。
アロンは、スマホであたしと赤ちゃんの写真を撮った。
「あたしの分も撮って」
あたしのスマホにも撮ってくれた。
赤ちゃんは、すやすや眠っている。
アロンは慣れない手つきで抱っこした。
おでこにキスしようとしたので、あたしは慌てて、止めた。
「雑菌あるからやめてー」
アロンは残念そうにした。
「病気になったり、下手すると死ぬこともあるんだって」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう」
アロンは代わりに? あたしにキスした。
「……普通の人間の子よね?」
「そう見える」
「何も起こらない。大丈夫だ」
「あたしも抱っこしたい」
アロンから受け取ると、顔をずっと眺めた。
鼻が高い。髪が茶色に見える。アロンに似た子だった。
「アロンにそっくりだわ」
「そう?」
アロンはすごく嬉しそうだ。
赤ちゃんをベッドに寝かせると、アロンはこう言った。
「疲れたろ、ゆっくり休んだら?」
「そう言えば寝てないや。アロンもだね」
思えば一晩中、陣痛で苦しんでいた。
「これからなかなか寝られないと思うし。僕も一旦帰るよ」
「うん。わかった。なんかあれば電話する」
「家、片付けとくよ」
「じゃね」
「また」
いつもアロンとずっと一緒だったから、離れるのは慣れてない。
安堵感と疲れとで、あたしはすぐ寝てしまった。
――あんなことになるとはこの時は考えられなかった。




