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長い彼方から  作者: 天笠唐衣


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第31話 CM撮影

 高野梨沙は、柿崎誉に電話をかけた。

 

 トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル――。

 

 窓の外では、まだ冬の冷たい風が吹いている。

それでも、陽の光は少しずつ柔らかくなっていた。

 

 しばらく待っても出ない。諦めかけたその時、柿崎が電話に出た。

 

『梨沙?』

 久しぶりに聞く、落ち着いた声。

「誉……。元気?」

『ああ。梨沙こそ、どうだ?』

「まあ、相変わらずよ。今何してるの?」

『何もしてない。家にいるだけだ』

「マリア……優子ちゃんから聞いたの。空港で会ったんだって?」

『ああ、空港のことか。あれは組の仕事で海外に行ってた』

「やっぱり、大和組に入ったのね」

『ああ。良くしてもらってる。……今度会って話したいんだ』

「何の話?」

『今は言えない。……時間と場所は、また連絡する。じゃあ、また今度』

 

 通話が切れた。


 梨沙はしばらく、スマホを握ったまま動けなかった。

 一抹の不安が胸をかすめたが、それよりも、彼の声を聞けたことにホッとしている自分に気づく。


 (……やっぱり、まだ好きなのかな)

 (もう終わったはずなのに)


 ◇


 いつものように、アロンが朝食を作ってくれた。

 (いつも王子様に朝食作らせてる私って、一体……)

 わかってる。でも、つい甘えてしまう。

 

 朝食後、あたしはセキュリティ会社に電話した。

 担当者から広報の人につながり、面接の日程が決まった。話の感じでは、ほぼ契約確定のようだった。


「今週の金曜に来てほしいって」

「早く働きたいな」

「そう焦らなくてもいいよ」

 あたしは笑った。


「じゃあ、その間に開業準備するかな」

「ついて行くよ」

「アロンは、あたしのガードマンだもんね」

 アロンが優しく微笑んだ。


 あたしは労基署、ハローワーク、税務署での手続きも済ませ、顧問税理士との契約も終えた。

 準備は万端だった。


 ◇

 

 ――金曜日。


 都内某ビル。

 ホームセキュリティ会社『ワールド・ガード』の本社。

 

「営業の笠井と申します」

「高木優子です。こちら、アロン・ドラクレシュティです」

 差し出された名刺には《部長》の肩書。

 (あ、名刺作っとかないとな……)


「契約していただけるということで、よろしいですか?」

「はい、そのつもりです」


「実はもう、コンセプトは出来てるんですよ」

 そう言って笠井は絵コンテを差し出した。


 あたしは見て、思わず苦笑した。

 冷や汗をかきながらも、なんとか笑顔を保つ。

 

「いいですね」

 アロンがそう言うので、あたしは笑ってしまった。

 

「さっそく、明日撮影してもいいですか?」

「明日ですか!?」

「難しいですか?」

「い、いえ……思ったより早かっただけで。大丈夫です」


「では、契約書にサインをお願いします」

 あたしは目を通して、息をのむ。

 ――出演料、一千万。


 震える手でサインをした。

 

「では、明日よろしくお願いします」

 笠井は深々と頭を下げた。


 帰り道、アロンに話した。

「年契約で、一千万だって」


「いいね! やる気出てきたよ」

 アロンは楽しそうに笑った。

 

 ◇


 次の日の撮影日。都内某スタジオ。


 アロンは、少し緊張した面持ちだ。

 すでに衣装に着替えてあり、セキュリティ会社の格好をしている。

 紺色のジャケット、腕と胸にはWORLD GUARDと書いてあるエンブレム。手袋をはめ、帽子もかぶっている。

 ジャケットの背中には穴が空いており、そこから羽を出していた。

 

 あたしはその格好を見るとボソッと呟いた。

「かっこいい……」


 撮影は、アロンはスタントやワイヤー撮影なしでやるそうだ。

 

 アップを撮ったり、ポーズをつけて撮ったり、アロンが飛びながら撮影したり、敬礼しているのを撮ったりしていた。


 夜遅くやっと撮影が終わった。丸一日かかっていた。

「お疲れ様」

 あたしは、アロンに声をかけた。

 

「ありがとう。疲れてないけどね」

 アロンはそう言って笑った。

 

「出来上がりが楽しみだね」

 あたしがそう言うと、アロンは微笑んだ。


「夜遅いけど、ママの店行っても良い?」

「いいよ」


 店に着いたが、『クラブ ローズ』は休みだった。

 

「定休日じゃないはずだけどな」

「電話してみる」

 気になったので、梨沙ママに電話した。


「ママ? 今日お休みなの? 具合悪いの?」

『急用ができて、休みにしたのよ。元気よ。もしかして今、店?』

「うん。元気ならいいよ。また来るね」

『悪いことしたわね、ごめんね。また来て。じゃあね』

 

 電話を切ると、アロンに伝える。

「ママは元気らしいけど、急用できたみたいで、急いでそうな雰囲気だった」

「どうしたんだろうね」

 

 あたしは真っ暗な空を見ながら思った。

 (場所も言わず、ママらしくないな)

 

 ◇

 

 ――都内のホテルの一室。

 

 高野梨沙は、柿崎誉と一緒にいた。

 

「優子ちゃんからの電話よ。店に行ったらしい。心配してくれてた」

 梨沙は、椅子に座ってタバコに火をつけ、煙を吐いた。

 柿崎は、ベッドに腰を下ろしている。


「それで、話って?」

「俺さ……組員だけど、サツのチンコロやってるんだ」

「……チンコロ?」

「犯罪の密告だよ」


 梨沙の顔色が変わる。立ち上がり、柿崎の隣に座った。


「危ないことしてるの?」

「ああ。でも、ヤマが終わったら組は抜ける」

「そんな簡単に辞められるの?」

「警察が安全確保してくれるってさ」

「……本当に?」


 柿崎は梨沙を抱きしめた。

「俺、お前と別れたくない」

「……」

「お前のこと考えてるつもりで、結局、自分のことしか考えてなかった」

「ちょっとズレてるけど……でも、わかった。

 ――あたしも、まだ好きみたい」

 

「梨沙……」

 柿崎は唇を重ねた。

 やがて二人は、静かに求め合った。


 夜は深く、星も見えなかった。


 ◇


 ――一ヶ月後。


 アロンとあたしは、『ワールド・ガード』本社に呼ばれた。


「お世話になります。よろしくお願いします」

「いやあ、いいのができましたよ!」

 笠井が笑顔で迎える。


 会議室のモニターに、完成したCMが映し出された。

 

 夕日をバックにした、アロンの横顔から始まる。

 『あなたの生活を、幸せを守りたい――』


 羽を生やして、セキュリティ会社の制服を着たアロンが画面左から右に敬礼しながら飛ぶ。

 

 両手を広げて守るアピール。

 

 『守ります。大切なもの。大切な人』

 『ワールド・ガード株式会社』


 ほんの短い間だが、かなりインパクトがあった。


「別バージョンを撮るかもしれません。その時はまた連絡させていただきます」

 

「はい、その時は宜しくお願い致します」

 あたしは深々とお辞儀をした。アロンも続く。


 あたしたちは、本社を後にした。

「CMは、来月から公開されるって」

「まあ、楽しみだな」

「反響がどうなるか気になるね」

 あたしはそう言って笑った。

 アロンが手をつないでくる。


 春の風が、頬を優しく撫でていった。

 あたしはそっとお腹に手を当てる。

 ――予定日は、十月十七日。

 

 出産のことを考えていた。

 アロンの未来も、あたしのこれからも、何一つ見えない。

 ただ――この子だけは、無事に産まれてほしい。

 そのことだけを願っていた。

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