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長い彼方から  作者: 天笠唐衣


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第24話 フニャディ・ヤーノシュ

 午後三時。あたしとアロンは港区の駐日ルーマニア大使館に向かう。

 

「行政書士にたのんだほうがよかったかなあ?」

「難しかったら、そうするよ」

 アロンは微笑んで言った。

 

 建物に入ると、案内板があった。アロンは受付の人に挨拶すると、少し待たされた。


 しばらくすると名前を呼ばれた。アロンが一人で部屋に入っていく。

 あたしは椅子に座り待つことにした。


 十五分ほどして、アロンが部屋から出てきた。書類の入ってそうな封筒を持っている。

 

「もう終わったの?」

「うん」

 

 あたしの隣の席に座ると書類を見せてくれた。

「パスポートの代わりになるやつもらってきた。帰国のための渡航書」

「もしかしてアレ使ったの? 手続き簡単すぎない?」

「……まあ、ね」

 アロンの笑顔が少し引きつっていた。あたしは苦笑した。


「あっちに行ったら、ちゃんとパスポート申請する」

 (なんかヒヤヒヤするなあ。あ、読まれる?)

「ごめん。危ない橋は渡らないようにするよ」

 あたしは笑った。

 

 あたしたちは、大使館をあとにした。

 帰りはまた買い物することにした。引っ越してから物が足りなさすぎる。


「家電量販店にまた寄りたい」

「いいよ」

 

 スマホであたしのパスポート申請について調べると、オンライン申請できることを知った。

 

「あたしのパスポートは、発行されるまで数週間かかるって。帰ったら早速申請する。あたし、海外初めてだから、すごく楽しみだな」

 あたしは遠足前の小学生のようにワクワクしていた。

 

「僕は早く働けるようになりたい。優子のお金ばかり使わせてしまって。貯金だいぶ減っただろう?」

「まあ、色々重なったからねえ。アロンのせいじゃないし。責任感じることはないけども。火災保険もおりるとおもうし」


 二人連れの男性が声をかけてきた。

「すいません……。写真撮ってもらってもいいですか?」

 スマホを渡されると、あたしは気前よくこう答える。

「いいですよ。どこ背景にしますか?」


 男性たちはアロンの両脇に立って、ピースサインをした。

「え?」

「お願いします!」

 アロンは困惑した表情を浮かべる。あたしはようやく状況を理解して、

「はい、チーズ」

 と言って写真を撮った。

 (いいのか? これで)


「すっかり有名人ね」

 あたしはクスクス笑ってしまった。


 アロンは少し顔を赤くした。


「買い物終わったらさ、ママのとこで飲みたいな」

「いいね」

 

 家電量販店で洗濯機と冷蔵庫を買った。後日設置してもらう予定だ。それと、ドライヤーとノートパソコンを買った。


 帰りの足のまま、『クラブ ローズ』に来た。久しぶりだ。

 カラン、カラン。ドアベルの音。

 

「いらっしゃ……マリアー!」

 ママの声が店いっぱいに響いた。

 あたしは思わず笑って、ママと抱き合った。 


「元気そうで良かったわ。今どこに住んでるんだっけ?」

「亡くなった母が住んでたところに住んでる」

「そっかあ。じゃあ、ちょうど良かったわね」

 あたしはママの変わりなさに笑った。


 あたしとアロンにビールを注いでくれた。

「ねえ、アロンくん……誰もゴンちゃんて呼んでないからアロンくんて呼んでもいい? 連日テレビでやってるわよ」

 

「あ、テレビ買い忘れた。テレビ見てないのよ」

 

「丁度、七時のニュースでやるかもしれないわ」

 そう言ってママはテレビをつけた。


 『先週の日曜日のスーパーで車が横倒しになった件で、長田市長は表彰をしたいので探しているということです』

 

「警察は把握してるはずだけどね。あんまり騒がせたくないのかな?」

 あたしは枝豆を食べながら言った。

「さっき、知らない男の子がアロンと写真撮りたがってて笑っちゃった」

「そんなことあったの? 有名人ね。芸能人?」

 あたしたちはケラケラ笑った。

 アロンは恥ずかしさを紛らわすようにビールを一気飲みした。


 あたしがママに切り出した。

「あたしのパスポートを申請しようと思ってて、交付されたらアロンとルーマニアにいくことにしたの。アロンのパスポート申請するのにね」

 

「おー! いいわね! 新婚旅行にしちゃったら?」

 ママはクスクス笑う。

 

「まだ、そこまでは……。考えられないかなあ」

「あら、そうなの? お似合いよ。でもまあ、アロンくんの故郷なんでしょ? 楽しんでらっしゃいな」

「ありがとう、ママ」

 

「あっちこっち案内するつもりです」

 アロンは優しく微笑む。


「ママは新しいパートナー居ないの?」

「そうねえ……まだ、募集中かな」

「優子、失礼では」

 

「いいのよ。まだ少し誉のこと気になっててね……。あいつ、大和組に入ったらしいのよ」

「そうなんだ……」

 

「また悪いことしてんのかなー。とか考えちゃったりね」

 ママは、水割りのグラスをあけた。


「午前中、橋本弁護士から連絡あって、あたしの家放火したの、大和組の息のかかった半グレ集団の子らしい」


 みんなしばらく沈黙した。

 

「……暗い話はやめて、二人の惚気話でも聞かせてよ」

 そう言って、ママはあたしたちのビールを継ぎ足し、自分の水割りも作り直す。


「惚気になるかわからないけど……。人間の子供が生まれるとアロンの呪いが解けるらしいの……。それでか、あんまり避妊してくれない……」

「ちょ……」

 アロンが慌てる。

「それは問題ね!」

 ママは面白がって続ける。

「アロンくんはどっちなの? 妊娠させたいの? させたくないの?」

「……」

 アロンは顔を真っ赤にして黙ってしまった。


「でもさ、真面目な話、呪いが解けたらどうなるの? アロンくん」

「僕もわからない……。何も起こらないのか、記憶がなくなるのか、僕は死ぬのか」

 

「あたしは、それはやだな」

 あたしはボソッと呟く。

 

「でも優子だけ死んで、僕が生き残るのもいやだ」

 あたしは、アロンの方を見た。辛そうな顔をしていた。


 ママが呟く。

「アロンくんの気持ちもわかる気はするわ。ずっと一人であてもなく、生だけ与えられて生きるのも辛いわよね」


 あたしは一つ思いついた。

「あ、アロンの守護霊に聞いてみようか」

「ん? 誰なの?」

「名前聞いてなかったわ」

 (守護霊のお爺さん。お名前は?)

 『Hunyadi János』

「発音が良すぎて聞き取れてないかもだけど、フニャディ・ヤーノシュって聞こえた」


「マジ? 母方の祖父だ。すごい人だよ」

「そうなんだ。でもこの前、すごい愚痴ってたけど……。今や住所不定無職って」

 アロンは苦笑した。

 

 (なんでアロンの守護霊しているの? すごい人らしいけど)

 『贖罪じゃよ。わしのせいで貴族同士が争い事をするようになってしまっての』

 

「貴族同士の争いの発端になってしまったので、贖罪でアロンについてるらしい」

 

「……功績は素晴らしいと思うけど。そう思ってるんだね」

 アロンは感慨深げに言った。


「大事なこと聞いてないや」

 (アロンの呪いが解けるとどうなるのか、わかりますか?)

 『わしも、わかっておらぬ。人間になるだけなのか、記憶もなくすのか。ただ、呪いが解けることによって死ぬことはない気がするけどのう。なぜなら呪いが解けてるのに死ぬのは解けてないことにはならんかのう』

 (ありがとうございます)

 

「守護霊さんもわからないらしいけど、死ぬことはないんじゃないかなー? って言ってるよ」


「ありがとう。優子」

「いいよ」

 

 静かにしていたママが話し始めた。

「今、《フニャディ・ヤーノシュ》調べてたけど、何度もオスマン帝国の攻撃からハンガリーを守ったとあるわ」

「そう」

 珍しくアロンが感情を表に出している。

「僕はいつもその武勇伝を聞いては興奮していた」

 アロンは拳を作り、力を込めていた。


「すごい人がいつも見守ってくれるのは、いいわね」

 ママは微笑む。

 

「さて、なんかご飯ものでも食べる?」

 ママが聞いたのであたしは、

「おにぎり!」

 と答えた。

「僕も」とアロン。


「アロンくんは、おにぎり何個食べる? 一個じゃ足りないわよね」

「ん……五個!」

 アロンは、片手を広げて元気よく答えると、ママは苦笑した。

「ご飯足りるかしら……」


 食べ終わると、あたしたちはお店をあとにした。

 

「楽しかった!」

 あたしは腕を伸ばしながら言った。

「だね」


 家に帰ると早速パスポートの申請をした。

「これで、あとは行くだけね」


 ノートパソコンを閉じると、後ろからアロンが抱きついてくる。


「ルーマニアに行ったら、美味しいものをたくさん食べて、いろんなところを見よう」

 アロンが耳元で囁く。

「うん。楽しみ」

 あたしはその言葉の響きを胸の奥で噛みしめた。

 

 二人の静かな夜は、ゆっくりと更けていった。

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