第2話 運び屋
今夜は、昨日とは違う場所に来た。
隣駅の北口階段下――人通りは少ないが、かえって目立たずに済む。
テーブルと椅子二脚、ランプ、看板を並べながら、昨日のことを思い返す。
(あいつ……人外? サングラスなんてしてなかった。見覚えがあるような、ないような……)
支度を終え椅子に腰掛けると、若い男がすぐに客用の椅子に座った。
今日は随分と早い。心の中でニヤリとしながら、水晶を置く。
「お悩みは?」
「悩みじゃなくてさ、ねーちゃん、儲かることしないか?」
怪しい匂いに、思わず目を細めた。
「ごめんなさい。占い以外の仕事はしないの」
「まあそう言わずに……」
男は周囲をキョロキョロと気にし、小さな安物のバッグを差し出した。
「これ、預かってくれない?」
「お断りするわ」
そう言った途端、男はパッと姿を消した。バッグだけを置いて。
「ちょ、ちょっと!」
追いかけようとした瞬間、別の男たちに囲まれる。
一人が警察手帳を開いた。
(はめられた――?)
「そのバッグ、中を見せてもらえる?」
逃げ場はない。刑事が開くと、中から白い粉の袋が現れた。
検査薬で調べると、麻薬だという。
終わった――。
「刑事さん見てたでしょ! あの男が勝手に置いてったんだって!」
「証拠は揃ってる。仕方ないね」
「やってない! 何も知らない!」
「午後九時四十七分、逮捕」
ガチャリ。
あたしは初めて逮捕された。
警察署に連れて行かれ、留置場に入れられた。
格子がついた鉄製の頑丈な扉だ。
簡易ベッド、簡易トイレが付いているだけの部屋だ。
(いつまでここにいなきゃならないんだろう……)
あたしはベッドの上で膝を抱えてうずくまった。
今後のことを考えると、一睡もできなかった――
◇
翌日。検査、家宅捜索、取り調べ――何時間も続いた。
やっていないものは説明できない。
疲れと共に意志が削られていく。
やってないのに「やった」と言ってしまうのは、こういう心理か……と場違いに冷静な考えすら浮かんだ。
すると、見知らぬ刑事が入ってきて、取調官とひそひそ話す。
「被疑者が現れたらしい。自白も証拠もある。君は無罪放免だ」
「!」
(よかった……)
涙が溢れた。
刑事が写真を机に置く。
「この男を知っているか?」
「バッグを置いてった奴よ!」
刑事はうなずいた。
「拘束して悪かった」
「ほんとよ。でも……助かった」
はめたのは、やはりあのヤクザか? 腹いせだったのかもしれない。
◇
夜、署を出ると――奴がいた。
青白い顔のイケメン、人外。
素通りしても、足音が後ろからついてくる。
人通りの多い道を選んでも、やはり近寄ってくる。
『コツ、コツ、コツ……』
怖くなり、交番に駆け込んだ。
「後ろからつけてくる人がいるんです!」
「誰もいないよ」
外を見回した警官はそう言うが、あたしにははっきり見えている。
「気のせいじゃない?」
「えっ……」
やっぱり亡霊なのか?
しばらく交番に留まったが、警官が出て行くという。
「見回りに行くから。君も一度出てくれない?」
「でも……そこにいるんです!」
「いないって」
あたしは意を決して、そいつに声をかけた。
「な、なんでついてくるの?」
「守りたいから」
「怖いんだけど……。それに、あんた何者!?」
問いには答えず、こう告げる。
「昨夜バッグを置いたのは、この前の男の弟分だ」
「……証拠は?」
「ぼくが奴を警察に連れて行った」
余計に訳がわからない。
「とにかく、もうついてこないで!」
走って帰ると、奴はついてこなかった。
途中のコンビニで夜ご飯を買い、家へ戻る。
部屋には家宅捜索の荒らされた痕が残っていた。
疲れと情けなさが混じり、しばらく泣いた。
◇
あたしは、生まれてからずっと一人だった。
親の顔は知らない。育てきれず施設に預けられたと、あとで先生に聞いた。
あたしだけが守護霊を見えると気づいてからは、そのことを誰にも言わないようにしていた。
幼い頃は気味悪がられて、いじめられたこともある。
けれど、そのたびに守護霊が謝ってくれた。守護霊との対話を通して、あたしは世の中のあり方を知るようになった。
どんな悪人にも守護霊はいる。
人にはそれぞれ運命や課題があるのだ。
親を憎んでいた時期もあったけれど、いまでは感謝している。
先生や友達にも恵まれて、楽しい時間を過ごせたと思う。
だからこそ、いつか恵まれない子どもたちのために何かをしたい――そう願いながら、お金を貯めている。まだ具体的な形は決まっていないけれど、できる限り蓄えておきたい。
虐待、いじめ、貧困……。小さな子どもたちが苦しむ話を、世間ではよく耳にする。
微力でもいい。役に立てるなら、恩返しをしたい。
そんなことを思い出すうちに、少しずつ気持ちが持ち直してきた。
空腹も思い出す。
冷蔵庫からミルクを注ぎ、コンビニのパンをかじる。
「はぁ……」
タバコをふかし、一息ついた。
明日は気晴らしに、梨沙ママの店で飲もう。
シャワーを浴び、髪を乾かし、ベッドに入る準備をしていると――あの人外の顔が浮かぶ。
亡霊? でも足音はした。じゃあ違う?
なぜ警官には見えなかった?
あの男を連れて行ったという話は本当なのか?
まさか仲間? ……でも仲間を売るだろうか。
イニシャルは……A。ただそれだけ。
わからないことだらけだ。
考える気力も尽き、あくびを一つ。
ベッドに入ると、すぐに深い眠りへ落ちていった。
◇
「アロン」
夢の中で、あたしはイケメン人外にそっくりな男と向かい合っていた。
「今日は子どもの服を買いに行こうか」
彼がそう言う。
「楽しみだわ」
そう答えると、彼は優しく唇を重ねてきた。
幸福に包まれる感覚。
胸がキュンと締めつけられる。懐かしさ、嬉しさ、そして哀しさが入り混じる。
――これは、前世の記憶?
アロン?
夢の中ですら、わからないことだらけだ。
まどろみの中で、あたしは決めた。
次にイケメン人外に会ったら、全部聞いてやる――と。




