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長い彼方から  作者: 天笠唐衣


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第19話 密輸船(後編)

 あたしは、部屋の時計を見ながらソワソワしていた。

 

 ――あと三十分

 ――あと十五分

 ――あと五分

 

 アロンの酔いが覚める時刻が、ジリジリと近づいてくる。


 『優子。アロンは真っ暗なコンテナの中だ。時間がわからぬから合図しに行ってくる』

 (お願いします)

 あたしは頭を下げた。


 『アロンや』

 アロンが上を向く。


 『一時間経ったぞ。行けそうか?』

 (……やってみる)

 『頼んだぞ』


 児玉が姿を消すと、アロンは蝙蝠に変身した。

 手錠と首輪が落ち、ゴトンと鈍い音を立てる。

 アロンは素早く下だけ着替え、コンテナの壁を叩いて音を出した。

 

 外にいた青木がその物音に気付き、武装してコンテナを開けた――。

 

 アロンは右の扉の影に潜んでいた。

 懐中電灯を灯した青木が左側から入ってきた瞬間、アロンは素早く動いた。左手で青木の右手を押さえつけ、右腕の肘窩(ちゅうか)に青木の首を挟む。

 

 ゴリッ。骨の砕ける音が響いた。

 

 青木は崩れ落ちた。手加減する余裕はなかった。

 児玉のおかげか、外はまだ真っ暗だった。

 

 アロンは階段を駆け上がり、三階へ向かう途中で船員と鉢合わせた。殴りかかってきた男の腹に一発叩き込み、もう一人はアロンが頭を蹴ると壁に吹っ飛んだ。


 三階に上がると、廊下には高畑新次が立っていた。

 懐中電灯に照らされたアロンの姿を見て、驚愕の表情を浮かべる。

 

 高畑が部屋に入ろうとしたので、急いで引き摺り出し、背中を蹴ると、地面に突っ伏した。高畑は向き直し、拳銃を撃とうとしたが、それより早くアロンは首を絞めて首の骨を折って息の根を止めた。


 周囲が騒がしくなってきた。

 逃げたのがばれたのだろう。

 電気が復旧し、明かりが灯る。


 アロンは優子のもとへ駆けつけ、手錠の鎖を引きちぎった。

 優子の手を取って外へ出ようとしたとき、長い剣を持った佐々木が立ちはだかった。


 ――今までのやつとは違う。


 佐々木は長剣で突いてくる。刺された傷は、すぐには治らない。

 

 アロンは覚悟を決めて突っ込んだ。

 左手で剣を掴むと血が噴き出す。右足で蹴り飛ばし、佐々木は倒れた。

 その剣を奪い取り、心臓に突き刺した。

 

 アロンは優子の手を引き、階段へ走った。

 幸い、周囲に敵はいない。

 アロンは羽を広げ、優子を抱きかかえて飛び上がる。


 階段の下では、龍田吾郎と高橋尚輝が迫ってきていた。

 二人は飛び去ろうとするアロンに向かって銃を乱射した。


 パン、パン、パン、パン、パン――!


 アロンはよろけながらも、なんとか岸壁の上に着地した。

 優子の顔を見ると、意識がない。太腿に銃弾を受けていた。


「優子!!」


 一台の車が近づき、ヘッドライトが二人を照らす。

 運転席から降りてきたのは――梨沙ママだった。


 ママは、血だらけのアロンと優子を見て青ざめた。

 すぐに救急車と警察へ連絡し、二人を車に乗せて安全な場所へ移動する。


 アロンが名前を呼ぶ。手で優子の頬を撫でると頬が真っ赤に染まった。

「優子……ゆうこ……」


「落ち着いて。止血しましょう」

 ママは紐で優子の腿をきつく縛る。


「脈も呼吸もあるわ。ゴンちゃんは大丈夫なの? 血だらけよ」


「こっちは、そのうち治る」

「わかったわ……すごい生命力ね。止血だけしておきましょう」


 ママは、アロンの手も包帯で巻いた。

 やがて、救急車とパトカーのサイレンが近づいてくる。


 アロンは俯いたまま呟いた。

「三人殺してしまった……」

「正当防衛だし……。身売りさせられそうになったと言うしか。それとも逃げる?」

「優子の判断に任せたい」

「なるほど。わかったわ」


 ママは外に出て救急隊員を呼んだ。

 優子は担架に乗せられ救急車へ。アロンも付き添う。


「ゴンちゃん付き添いで行ったけど、あれ絶対ゴンちゃんの方が重症よね」

 警察が来る前に、ママは静かにその場を離れた。


 ◇


 ――都内救急病院。


 二人とも緊急手術となった。

 アロンは隣のベッドのあたしを気にしていた。

「優子……」


 看護師がアロンに言う。

「高木さんは命に別状はないそうです。意識が戻らないので検査しますが……それより、あなたのほうが意識あるのが驚きですよ」


 ――あたしは意識を取り戻した。


「優子!」

 アロンが手を握り、涙を浮かべる。

「アロン……。終わったんだね。良かった」

「終わったよ」


 看護師が口を挟む。

「いいえ、手術はこれからです! 二人とも準備して!」


 二人は検査へ回され、手術は重症のアロンからになった。アロンは抗議していた。

「決まりです!」と看護師。


 ――手術後、二人は同じ病室に戻された。

「しばらく安静に」と看護師に念を押される。


「アロン、麻酔効いたの?」

「効きが悪かったけど、我慢した」

「我慢できるの、すごい……」

「先生が何か言ってたけど、成功らしい」

「ならよかった」


 あたしが微笑むと、アロンがあたしのベッドに潜り込もうとしたので止めた。

「手術後は安静にしなさい」

 あたしは笑って言った。


 その日は痛みに耐えながら眠りについた。


 ◇


 翌日、あたしは梨沙ママに電話し、感謝と無事を伝えた。

『ニュースで大変なことになってるわよ』とママ。


 テレビをつける。

 ニュースが流れていた。

 『警察の発表によりますと、一昨日発見された密輸船から麻薬や武器など大量に押収されました。

 また、三人の男性の遺体が見つかり、暴力団関係者とみられています。

 船員の証言によれば、身売り目的で監禁された人物もいたとのことです』


「これから、どうなっちゃうんだろうね」

「優子が意識戻る前、ママに聞かれたんだ。僕は正当防衛として出頭した方がいいのか、それとも……でも、優子と離れたくない」

「あたし……」

「ん?」

「アロンが望むなら、……結婚してもいいよ。だから正当防衛、勝ち取りたい」


「優子……」

 アロンはあたしにキスをした。


「ありがとう。僕も、普通に働けるようになりたい」

 二人は微笑み合った。


「そろそろ先生の回診だよ」

「来たら戻るよ」

「また怒られるよ」

「あ、きた」

 アロンは慌てて自分のベッドに戻った。


「ドラクルさん、傷の具合は……おお、もう退院できるな! 回復早い!」

 あたしはつい覗き込んでしまった。


「高木さんも順調だね」

「いつ退院できますか?」

「あと三週間ってところかな」

「わかりました」


「アロンは?」

「もう退院していいくらいだね。いやあ、異様な回復力だ。はっはっは!」


 先生は笑いながら出て行った。

「いいなぁアロン。退院できるって」

「毎日来るよ。優子の世話もできるし」

「何かあったらすぐ電話してね」

「わかった」


 ――そして、アロンの入院・手術費の請求書を見た瞬間、あたしの目玉は飛び出そうになった。

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