第14話 血の味
師走に入り、道ゆく人も早歩きに見える。夜の街のネオンもクリスマスの飾り付けがあちらこちらで輝いている。
あたしとアロンは夜の街を歩いている。これから仕事だ。
「アロンてさ、クリスマスってどうなの? 十字架とか苦手?」
気になると、つい口に出してしまう。
「……僕は神聖なものと真逆の存在だから、少し苦手かな。でも、触れたらどうこうってわけじゃないよ」
思っていたのと違う答えが飛んできて、言葉に詰まった。軽い気持ちで聞いてしまったことを後悔した。あたしはアロンの手を握ると、優しく微笑んでくれた。
通い慣れたパスタ店の軒先に着く。アロンがいつものように支度を手伝ってくれた。
「じゃ、また後で」
お互いに手を振り合う。
忙しい時期だからか、なかなか客が来ない。
あたしはタバコに火をつけた。酔っ払いが近くを通る。タバコを吹かすあたしを指さして何か言った。
酔っ払いは話が通じないから嫌いだ。
「ねーちゃん、俺を占ってよ」
酔っ払いが座った。
「前払いです」
男はおぼつかない手つきで財布から一万円を出し、「釣りはいい」と押し付けてきた。
あたしは受け取り、問いかける。
「何か悩みでも?」
「借金があんだよ、山ほどな……」
守護霊をのぞくと、アラブ系らしい男性が頭巾をかぶって立っていた。
(何で借金したの?)
『ギャンブル依存だ。パチンコ、スロット、競馬……十年以上続いている。借金は一千万以上だ』
「やめたくてもやめられねえ……」
「何度死のうと思ったか……」
「おねーさん、こんな人間になっちゃいけねえよ」
「……見てみますね」
あたしは水晶に手をかざす。
(病院行くように進めれば良いのかな?)
『宜しく頼む』
あたしは少し考えて、聞いた。
(なくなった肉親がいたら、名前を教えて)
『母は亡くなっている。名前は、友里恵』
(ありがとう)
「見えました。お母様が心配しておられるようです」
「お袋が?」
「ゆりえ……さんですね」
「そうだ! 本当に居るのか?」
「ええ。優しく見守っています。こう言っています。『あなたのせいではない……治療を受けて』と」
男はハッとしたように顔を上げ、涙をこぼした。
「他になんか言っているか?」
(何て言いましょう?)
『一からやり直せば良い。自分のやりたかった道を目指しなさい』
「生まれ変わったと思って、また一からやり直せば道はひらける。自分のやりたかった道を目指しなさいと、仰られています」
「そうか……」
男性の手が震えていた。
「ありがとう。おねーさん。追加でこれもらってくれ」
男性はもう一万円渡してきた。
「どうもありがとうございます」
あたしは、深々と頭を下げた。
「ありがとうな」
男性の表情は、来たときとは打って変わって、晴々としていた。
あたしは少しボーッと座っていた。タバコに火をつける。
(いっぱいもらっちゃったから、今日はもう良いかなあ。ママんとこ行こうかな……)
(アロンー。お店終わりにするー。きてー)
あたしが呼ぶとしばらくしてアロンが姿を現した。
「今日は店じまい早いね」
「酔っ払いのお客さんに二万円も貰っちゃったから、今日はもういいかな」
「気前がいい人だね」
「酔っ払いは何故か財布のヒモゆるいよね」
「そうなんだ?」
「統計的に多分そう」
あたしは笑った。
「ママのお店に行きたい」
あたしが言うと、アロンは微笑んだ。
紫のバラが描かれたドアを開けると、カラン、とベルが鳴る。
梨沙ママと柿崎がカウンターにいた。
「いらっしゃい」
アロンとあたしは、カウンター席に座る。
「いつものちょうだい」
そう言うと柿崎がビールを一つあたしの前に出してくれた。アロンには何やら赤い飲み物――。
アロンはじっとその飲み物を見ていた。
あたしは柿崎に質問を投げた。
「アロンのって何?」
柿崎の代わりにママが答える。
「なんかね、知り合いにもらったんだって。アロンには美味しいかもね」
あたしは、それの匂いを嗅いだ。生臭さと酸っぱい匂いが入り混じった匂いだ。
「何これー?」
「豚の血よ」
「マジ?」
あたしは変な顔をしてママを見た。
「この人がさ、ゴンちゃんが『血に酔う』と言ってたから、飲ませたいんだって」
アロンがゴクリと唾を飲む。
「好きなら、飲んでみてよ」
柿崎が笑って勧める。
アロンは素早く手に取るとあっという間に飲み込んだ。
「まだあるよ」
と柿崎が言う。
柿崎が置いた途端、アロンが一気飲みする。何度も何度も続ける。
次第にアロンの顔があからんできた。
「はい。最後の一杯!」
やはりアロンは一瞬で飲み切る。
あたしは恐る恐る聞いた。
「どんな感じ?」
「うまいよ?」
そう言って、アロンはニカっと笑った。
「ちょっとデートしてくる!」
アロンは上半身を脱いで、あたしをひょいと抱き上げた。
そして、背中に大きい黒羽が飛び出した。
そのまま外に出る。
「ちょっ……その格好でいくの?」
「大丈夫、大丈夫。記憶消すから」
そう言って宙に飛ぶと、道ゆく人が何人かびっくりしている。その直後何事もなかったかのように歩き出した。
「ほーらね。でも十人以上だと間に合わないかも」
みるみるうちに地面が遠くなっていく。それにつれ、夜景が細かく広大に広がってゆく。空には星が少しだが見えている。飛行機がいつもより近かった。
「綺麗……」
あたしはアロンの首に手を回し、落ちないようにしっかりとしがみついていた。時々ふらつくのが怖い。
「落とさないでよ」
「落ちても拾えるから大丈夫。東京タワー行こうか」
アロンは怖いことを言った。
上空は寒くて風が強い。アロンが建物を蹴って飛び上がるたび、生きた心地がしなかった。
慣れてくると、景色の綺麗さに心を奪われる。
アロンは片手であたしを抱きしめ、片手で塔に捕まっていた。下を向くと頭がクラクラする。
「そろそろ帰ろうよ」
「寒いし帰るか」
途中のタワマンのベランダに降りると、住人の男の子が驚いている。
「ママ! 変な人いる!」
「何? きゃあ!」
ベランダを離れ際、「あれ?」と言う表情に変わっていた。
――無事にママのお店に戻ってきた。
帰るとママだけだった。柿崎は用事で出ているという。
「どこまで行ってきたの?」
「東京タワー……。寒いし怖いし」
「すごーい!」
ママの目はキラキラしていた。
アロンは隣でカウンターにうつ伏せになって寝ている。
「起きるかなあ……。帰るよアロン」
寝ぼけ気味のアロンをようやく歩かせて、あたしたちはなんとか家に着いた。
家に帰るとアロンはそのまま寝てしまった。
◇
梨沙ママは、柿崎の帰りが遅いことを気にしていた。なんの用事かもはぐらかして言わなかった。
(みてくるかな)
少し離れた大型スーパーの駐車場。
(この辺に来るって言ってたんだけど……)
柿崎が知らない男と喋っている。
「どれくらい飲ませたら、潰れそうなんだ?」
「今日飲ませたのは、一リットルくらいかな。まだ足りなさそうだった」
「次は倍、いや、三倍持ってくわ」
「じゃ、今日の分」
男は柿崎に封筒を渡した。
「お前ってまだスロットやってんのか?」
「いや、最近は競馬だけ」
「ま、ギャンブルも大概にしないとな。また俺の世話になるぞ」
そう言うと男は笑っていた。
(どこかでみたことあるわ……。どこだったかしら……。あ、ネットで大和組を検索した時だ)
――組長の息子の龍田吾郎だわ。
梨沙は、ショックを受けていた。




