第11話 カミングアウト
あたしとアロンは『クラブ ローズ』へ向かった。
カラン、カラン──ドアベルが鳴る。
店内にはすでに数人の客がいた。
「いらっしゃーい!」
ママと柿崎の声が重なる。
あたしたちはカウンターに腰を下ろした。
梨沙ママは別の客と談笑していたので、あたしは柿崎に声をかける。
「ママと誉さんに話したいことがあるの。……それまで飲んでる」
「わかった。何にする?」
「いつもので」
「オッケー」
グラスが置かれ、アロンと並んでビールを口にする。
一口目の喉ごしは、やっぱり格別だ。
お通しの枝豆をつまみながら、ふとアロンに聞いた。
「アロンってさ、好きな食べ物とかあるの? 血以外で。……それとも血だけ?」
「ふふ。好きなのはチーズとトマトだな。血は飲むと興奮する。僕はアルコールでは酔えないけど、血には酔うんだ」
「へえ……ちょっと見てみたいかも、その酔っ払いアロン」
思わずにやけながら彼を見つめると、アロンも冗談めかして返す。
「そんなこと言ってると、今すぐ吸っちゃうぞ」
そのタイミングで、カウンターに戻ってきたママがニヤリとした。
「はーん。なんかあったわね、あんたたち」
「な、何もないってば」
言いながらも、頬がじんわり熱くなるのがわかった。
「照れてる〜。やっぱり怪しいわ」
ママは楽しそうにクスクス笑い、アロンにはチーズの盛り合わせと冷やしトマトを出してくれた。
「ありがとう。……美味しそうだ」
アロンがさっそく手を伸ばすので、あたしも急いで一つずつもらっておく。
「ねえ、アロン」
「ん?」
「さっきの……母親の話。やっぱり、まだ実感わかないんだよね」
「優子自身は、親についてどう思ってる?」
「……正直、ずっと軽蔑してた。貧しさを理由に捨てたんだろうって。でも今は、事情があったんだろうし、仕方なかったのかもって思う。……ただ、『寂しかった』とか、そういう気持ちをぶつけていいのか迷う」
「気持ちはわかる。でも一つだけ言えるのは──優子にも僕にも、何の罪もないってことだ」
アロンの手が、優しくあたしの手に触れる。
胸の奥に、じんわりと温かさが広がった。
一組の客が帰っていき、ママが玄関で見送っていた。
その隙に、柿崎があたしへ声をかける。
「横から悪いけど……お母さん、見つかったの?」
「うん。今日のお客の女性が母親だってわかったの。例の能力でね。番号は教わったけど、まだ電話はしてない」
「そうか……でも、見つかっただけでも大きいよな」
柿崎は次のビールを注ぎながら、穏やかに微笑んだ。
ママが戻ってきて、会話に加わる。あたしはかいつまんで説明した。
「ただ本人曰く、末期がんで余命があまり無さそうなの」
「あらまあ……。せっかく見つかったのにね。近くに住んでるのかしら?」
「まだそこまでは知らないから、明日聞いてみる」
「それがいいわ。後悔しないようにね」
そうしているうちに、もう一組の客も帰り、店内はあたしたちだけになった。
「……アロン、大和組の話。みんなに説明してもらってもいい?」
「わかった」
アロンは静かに語り出す。
最近、尾行されていたこと。
家に侵入され、電話番号の情報が盗まれていたこと。
呼び出され、ヤクザ五人を返り討ちにしたこと。
──そして、その背後に「大和組」という名前が浮かび上がったこと。
「大和組……聞いたことないな」
ママも柿崎も首をかしげる。
「ていうかさ、発砲されて生きてるって、どういう身体なんだよ……」
柿崎が半ば呆れたように言う。
あたしは思いきってアロンに頼んだ。
「ねえ、変身……見せてあげられない?」
「今ここで?」
「うん。二人にも信じてもらいたいし」
「……やだなあ。また『キモっ』て言うんでしょ?」
「あれはほんとゴメン! まだ根に持ってるの?」
「トラウマになってるし。──じゃあ、違うバージョンで」
そう言ってアロンは上着を脱ぎ、拳を握って力を込めた。
バサッ──。
背中から、漆黒の翼が弾けるように広がる。
コウモリを思わせる巨大な羽が空気を裂き、低く重い羽音が響き、店内の空気を震わせた。
「そんなこともできるん? アロン」
あたしはまじまじと見入った。
横を見ると、ママと柿崎はぽかんと口を開けて固まっていた。
「これだと目立つし、長距離は疲れるけどね」
当たり前のように言うアロンに、柿崎が吹き出した。
「ははっ……すげえ! すごすぎる!」
ママは真剣な顔で、ぽつりと呟いた。
「……ゴンちゃん、かっこいい」
「もう、しまっていいよ」
あたしは照れながら言った。
それから改めて口を開く。
「大和組って、アロンを捕まえようとしてるのかな……」
「変身できることは知らないはず。想像してるかは知らないけど」
アロンが淡々と答える。
「だとしたら……復讐か、金目当てか」
柿崎が腕を組み、考え込んだ。
あたしはママに向き直る。
「今日話したのは、ママたちに知っておいてほしかったから」
「……そっか。勇気を出して打ち明けてくれてありがと。力になれることがあれば、何でも言ってね」
「ママ、ありがとう。ほんとに」
「大好きなマリアのためだもの」
そうしてお会計を済ませ、店を出た。
柿崎が、半分冗談めかしてつぶやいた。
「……梨沙のカミングアウトより、ゴンちゃんの羽の方が驚いたわ」
◇
「さっきの羽、かっこよかったよ」
あたしがそう言うと、アロンは照れくさそうに目をそらして、ふっと笑った。
「そんなに気に入ってくれるなんて思わなかった。それなら……もっと早く見せればよかったな」
胸の奥が熱くなり、思わず言葉が零れた。
「あたし、もっとアロンのこと知りたい」
その言葉に答えるように、アロンはそっと唇を重ねてきた。
深夜の街はひっそりと静まり返り、二人だけを包んでいる。
「今日は、無理言って変身させてごめんね」
「いいよ。信頼できる人たちだし」
「……ありがとう。今日はずっと一緒にいて」
あたしは母のことを思い出していた。
「もちろん」
家に戻ると、二人は同じ湯気に包まれ、そのまま一つの布団に身を沈めた。
外は深い闇に閉ざされていたが、心の中は温かく、静かな夜が流れていた。




