第6話 噂は、静かに形を作る
噂は、
誰かが断言した瞬間に完成するわけじゃない。
祝福の形を取ったとき、
それは疑われなくなる。
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昼休み。
教室の隅。
悠太が席に着くより先に、
視線が集まっていた。
はっきりした言葉はない。
ただ、
分かっている前提の空気。
「――おめでとう」
一人が言った。
冗談めいた声。
でも、
否定を待っている響きじゃない。
「おめでとう」
別の声が重なる。
「よかったじゃん」
「ついに、って感じだな」
誰も、
「本当なのか」とは聞かない。
もう、
本当になっているからだ。
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笑い声の中で、
「おめでとう」が、
妙に揃って聞こえた。
タイミングも、
温度も。
まるで、
最初から用意されていた
合唱みたいに。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
祝福の言葉が重なるたび、
選択肢は減っていく。
違う、と言えば空気を壊す。
否定すれば、
理由を求められる。
悠太は、
何も言わなかった。
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その沈黙は、
肯定として受け取られた。
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一方、千尋の学校でも、
似たような光景があった。
放課後の廊下。
「最近、楽しそうだよね」
「例の人でしょ?」
「おめでとう」
軽い声。
悪意はない。
でも、
確認はない。
「おめでとう」
「おめでとう」
言葉が重なるほど、
訂正のタイミングは失われていく。
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千尋は、
笑って受け流した。
否定すれば、
説明が必要になる。
説明すれば、
はっきりさせなければならない。
それが、
今は怖かった。
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祝福は、
優しい形をしている。
だから、
拒みにくい。
気づいたときには、
噂はもう
「みんなが知っている事実」になっていた。
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その日の帰り道。
駅前で会った二人は、
少しだけ距離を取って立った。
目は合う。
でも、
言葉が出ない。
昼間に浴びた
「おめでとう」が、
まだ耳の奥に残っている。
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悠太は思う。
否定しなかったのは、
楽だったからじゃない。
選ぶ覚悟が、
まだなかったからだ。
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千尋も思う。
祝われたからといって、
選ばれたわけじゃない。
それなのに、
周りはもう、
終わった顔をしている。
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「おめでとう」という言葉が、
静かに、
二人の逃げ道を塞いでいく。
そのことに、
どちらも気づいていた。
気づいていながら、
まだ、
何も言えずにいた。




