第5話 嫌だと気づいた時点で、もう遅かった
幼なじみの存在は、
会話の中に出てこなくても、
不思議と影を落とす。
説明しなくても通じる距離。
長い時間を共有してきた関係。
千尋がそれを「楽」と言った時から、
悠太の中で、
些細なことが気になり始めていた。
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駅前を歩く。
話題は、
最近見返しているという
少し古いアニメに移った。
人の形をした機械が戦う話。
派手な戦闘よりも、
人の心の内側ばかりを掘り下げていく作品。
千尋は、
その作品を「分かりにくい」と言った。
理由も、はっきりしている。
登場人物が、
何を考えているのか。
どうなりたいのか。
それをはっきり言わないまま、
話が進んでいくのが、
どうしても苦手らしい。
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千尋の考察は、
一貫していた。
あの作品は、
もっと分かりやすくできたはずだということ。
気持ちは言葉にするべきで、
伝わらなければ意味がない。
分からないまま終わるのは、
逃げに見える。
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悠太の考えは、
真逆だった。
分からないまま描くからこそ、
本音が滲む。
言葉にできない感情もあるし、
説明しないことで、
見る側に委ねている。
あの作品は、
分かりにくさそのものが
テーマだと思っていた。
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ほんの少し、
言い方が強くなった。
「……全部説明されたら、
それはそれで嘘だろ」
自分でも、
踏み込みすぎたと分かった。
千尋は、
すぐに言い返さなかった。
それが、
逆に悠太を焦らせた。
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「私は」
千尋は、
少し間を置いてから言う。
「分かる人だけ分かればいい、
みたいなのが嫌なんだと思う」
責める口調ではない。
でも、
はっきりと線を引く言い方だった。
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その瞬間、
悠太の中で、
幼なじみの影が重なった。
説明しなくても分かる関係。
最初から共有されている前提。
(……ああ)
(だから、俺の考え方は
合わないんだ)
そう思った途端、
胸の奥が、ひどくざらついた。
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悠太は、
反論しかけて、やめた。
ここで言い合っても、
作品の正解が決まるわけじゃない。
でも、
問題はそこじゃなかった。
考察の違いじゃない。
「分からなくてもいい」と思える側と、
「分からないのが不安な側」
その違いが、
はっきり浮き彫りになっただけだ。
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駅裏の坂道。
カーブが多く、
考えすぎると足が止まる場所。
でも、
何も考えずに進めば、
危険な場所。
悠太は、
そこを見ながら思う。
今の自分は、
考えすぎて止まっているのか。
それとも、
分かりにくさに甘えているのか。
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二人の間に、
沈黙が落ちる。
喧嘩と呼ぶには、
あまりに静かだった。
でも、
この静けさの方が、
後を引く。
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帰り道。
胸に残ったのは、
はっきりした感情だった。
幼なじみへの嫉妬でも、
噂への不安でもない。
自分の考え方が、
千尋を不安にさせているかもしれない、
という事実。
それが、
どうしようもなく嫌だった。
嫌だと気づいた時点で、
もう戻れない。
このまま何も言わなければ、
千尋はきっと、
「分からない側」を選ぶ。
そう確信してしまった。




