第1話 ぶつかった朝は、ただの偶然じゃなかった
ぶつかった朝は、ただの偶然じゃなかった
遅刻しそう、という焦りは、
判断を驚くほど雑にする。
それでも――
あの朝の出来事を、
ただの偶然だと思えなかったのは、
たぶん最初から間違っていた。
⸻
「やば……!」
湯原千尋は、住宅街の角を全力で曲がった。
次の瞬間、
視界が揺れる。
鈍い衝撃。
肩と肩がぶつかり、
手に持っていたスマホが宙を舞った。
乾いた音。
心臓が、ぎゅっと縮む。
「……っ」
慌てて顔を上げる。
目の前にいたのは、
見知らぬ男子だった。
黒髪。
背は高く、体つきは細いのに引き締まっている。
そして――赤みがかった目。
感情が読めない視線。
(……怖)
それが、第一印象だった。
「す、すみません!」
反射的に頭を下げる。
言い訳する暇もない。
時計を見ると、完全にアウトな時間だった。
拾い上げたスマホを鞄に突っ込み、
千尋は走り出す。
背中に視線を感じた気がしたけれど、
振り返らなかった。
その時は、
手にしているスマホが
自分のものではないことにも気づかずに。
⸻
一方。
相川悠太は、
地面に落ちていたスマホを見下ろしていた。
拾い上げる。
画面をつけた瞬間、違和感。
「……俺のじゃねぇ」
ケースも、傷の位置も違う。
舌打ちが漏れる。
朝から女にぶつかられるだけでも最悪なのに、
その上スマホを間違えられるとか、
運が悪すぎた。
(女)
女は嫌いだ。
距離が近くて、
感情的で、
面倒なことしか起こさない。
そう思っているはずなのに。
頭の片隅に、
さっきの顔が引っかかっていた。
必死そうで、
少し抜けていて、
逃げるみたいに走り去った後ろ姿。
(……どうでもいい)
どうでもいいと思った。
そう思おうとした、の方が正しい。
ポケットにスマホを突っ込み、
学校へ向かう。
この出会いが、
ただ面倒で終わるのか。
それとも、
そうじゃない何かになるのか。
この時の俺は、
まだ知らなかった。




