猫又の年賀状
――良いことを聞いた。
三毛の身体をしなやかに走らせて、ユキは風のように通りを行き過ぎた。交差点を曲がり、山に入り込んでからスピードを落として止まる。土の上に座り込み、前脚を舐めながら二つに割れた尻尾を揺らした。
つい先ほど、商店街を歩いていた人間が言っていたのだ。もうすぐ年末だから、そろそろ年賀状を用意しないと、と。その〝年賀状〟という響きに惹かれて話を聴いてみると、どうやらそれは新年の挨拶の為のものらしい。
それならば自分もやってみようと思ったところで、はたと気づく。年賀状とは、一体どんなものなのだろうか。その形も色も、ユキは何も知らなかった。
妖怪の猫又であるユキは、人間の世界をよく知らない。時々山を下りて散策をしているが、見るもの触れるものがいつも新鮮で、人間がどういう風に生活をしているのか、まだよく分かっていないのだ。
そこで、ユキは山の妖怪達に年賀状について訊いてみることにした。
「ねんがじょう? 聞いたことないねぇ」
「アタシは人間なんて、嫌いだよ。そんなもの、知っているわけがないだろう」
「その年賀状って美味しいのかな」
一日かけて山を駆け回ってみたが、誰も年賀状について知っているモノはいなかった。ひとりくらい知っているだろうと思ったのに、結局何も分からなかった。
「人間のことについて調べてるんだって?」
どうしようかと悩んでいると、不意に上から声がかかった。木の枝に夜雀が留まって、ユキを見下ろしている。
年賀状について訊いてみたが、夜雀は「知らん」と素っ気なく返事をした。
「でもそれ、新年の挨拶なんだろう? だったら、そんなに難しく考えなくても良いんじゃないの?」
そう言われて、ユキはぱっと目の前が明るくなるような感じがした。
「ありがとう、夜雀! ボクなりの年賀状を探してみるよ!」
ユキは遠くから響いてくる鐘の音を聞きながら、再び山を巡って歩いた。そして、大きな木の下でそれを見つけた。
朝陽が昇るのを待って、山を下りる。一目散に一軒の家へ向かうと、玄関の前に一人の少女が立っていた。
「あれ、猫ちゃん。どうしたの? 怪我は良くなった?」
しゃがみ込んだ彼女の足許に、咥えて持ってきた黄色の花弁を咲かせた福寿草を置く。
「私にくれるの?」
「にゃーん」
新年の挨拶に、自分が一番好きな花を贈ることにした。これがユキの年賀状だ。
少女の嬉しそうな顔を見て、ユキは満足げに尻尾を揺らした。




