第八話『DQNナックル』
新たな力に酔いしれる俺と、目の前の強敵。
視聴者数5000。
「……いいぞ」
俺はスカジャンの袖をまくり、合金製メリケンサックを構え直した。
「次はテメェだ!」
E.C.O.が冷静に告げる。
「警告。高レベルのノイズ反応を検知。ゴーストノイズ級です」
「うるせえ! クソAIが!」
快感の余韻が理性を焼く。もう止まれない。
ドンッ!
地面を蹴った瞬間、視界がひっくり返る。
体が勝手に宙を舞っていた。
ゴーストノイズの腕が地をえぐるのを、俺は後方宙返りでかわす。
ガラァァァン!
砂煙が爆ぜ、スカジャンの裾が風を裂く。
着地と同時に、足裏がアスファルトをひび割らせた。
その勢いのまま、拳を握る。
『今、宙返りした!?』
『兄貴バク宙したぞ!!』
『見た!? あの動きヤバくね!?』
E.C.O.が機械的にコメントを重ねる。
「軌道予測不能。学習結果:猿。」
「黙れっ!」
「遅えんだよ!!!」
スカジャンの虎が閃光のように揺れ、
俺は懐に滑り込みながら拳を叩き込む——
——ドガッ!!
腹に当たる衝撃。だが、手応えが……ない。
「……は?」
拳が沈む。まるでゼリーを殴っているような感触。
『効いてねえ!?』
『嘘だろ、今の速さで!?』
E.C.O.が冷たく告げた。
「分析:物理的衝撃、無効。対象は怨嗟テキストにより構成」
「は、あ?」
その瞬間、上から影が落ちた。
ゴーストノイズの巨腕。ビルを潰すような質量。
「——クソッ!!」
とっさに両腕を交差してガード。
ズガァァァン!
衝撃が骨を貫き、スカジャンの袖が裂ける。
手に握っていた合金製メリケンサックが、悲鳴のような音を立てて砕け散った。
「ぐ、あ……!」
肺の奥から砂を吐く。腕が痺れて感覚がない。
『デジャヴwww』
『カエル兄貴、また潰れたwww』
『ダッセエエエ!!』
《視聴者数:5000 → 6500》
最悪だ。万能感の頂点から嘲笑のどん底へ。
それでも、数字は上がる。笑われても、見られている。
……クソッ、見られてる。
「《エコーアーム》の生成が必要です」
E.C.O.の無機質な声。
「条件は、視聴者からの“応援”と“願い”」
『武器出せ!』『兄貴、行け!』
『トラ見せろ!』『いいね押した!』
その瞬間、脳裏に浮かぶ黒い剣。
鴉森狂夜のあの一閃。
あんなのが……俺にもあれば。
俺はカメラに顔を上げ、喉が裂けるほど叫んだ。
「見てんだろ! 俺に“武器”をよこせぇぇぇ!!!」
コメントが一斉に爆発。
『武器!』『DQNパワー見せろ!』『兄貴ヒャパれ!』
《視聴者数:8158》
《いいね:4157》
E.C.O.が応答する。
「“願い”を検知。承認します。《エコーアーム》、顕現」
コメントの粒が光の渦となり、右腕に吸い込まれていく。
ジュワァァァァ……ッ! 皮膚が焼けるような熱。
(これが……視線の力……!)
光が弾けた。
「…………は?」
剣じゃなかった。
俺の右腕には、虎の顔を模したド派手なガントレット。
砕けたメリケンサックの残骸が、金色のスタッズとして埋め込まれている。
クソダサい。
だけど、力が流れ込むのが分かる。
燃えるような“いいね”の熱が、腕の奥でうなっていた。
『ダサいのにカッケェwww!』
『トラ覚醒きたーー!!』
『兄貴、ヒャパれ!!』
E.C.O.が淡々と報告する。
「《エコーアーム》名:《DQNタイガーナックル》と仮称します」
「誰がDQNだクソAIがああああ!!」
拳を握る。
視線が集まるのを肌で感じる。
その熱が、脳髄を焼いていく。
「見ろよ……! これが、俺の武器だ!」
息が震え、快感が喉を突き上げた。
「ヒャパァァァァァァァァァァァッッ!!」
バチバチバチィィィ!!
全身から火花が散る。
タイガーナックルが光を帯び、虎の顔が咆哮を上げた。
俺は突っ込む。
地面をえぐりながら前へ。
ゴーストノイズの巨腕が再び迫る。
「おせぇんだよォォォ!!!」
右腕を振り抜く。
虎の咆哮と共に、拳が光線のような軌跡を描く。
——ドガァァァァァァァァン!!
衝撃波が周囲を吹き飛ばした。
怨嗟の文字が砕け、黒い霧が裂ける。
巨体の胸に虎の焼印が浮かび、内側から爆ぜた。
『やべえ!』『兄貴、マジで倒した!』『虎パンチ伝説!』
『DQNナックル無双www!』『ヒャパったァァ!!』
ゴーストノイズが崩れ落ち、砂のように消えていく。
息が荒い。拳が焼けるほど熱い。
だけど、気持ちいい。これが、俺だ。
スカジャンの虎が風に揺れ、画面の向こうの歓声が鳴り止まない。
「ヒャパ……最高だな」




