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第六話 給料日より、早い

夜の駅前。


人影のないロータリーの隅で、黒江直也はゆっくりと目を開けた。


視界が現実の色に戻る。

……ログアウト、されたらしい。


アスファルトの冷たさが頬に刺さる。

鳩尾に残る痛みが、現実へのリマインダーだった。


……生きてる。


鴉森狂夜の大剣の衝撃。

その余韻が、まだ体の芯に残っている。


ふらつく足でアパートまで帰り着き、靴を脱ぐ間もなくベッドに倒れた。

まぶたの裏で、狂夜の赤い髪が燃え続けている。


(……次は、負けない)


そう呟いた瞬間、眠気に飲まれた。



翌朝。


アパートの天井の黒いシミが、やけに濃く見える。


う、ああああっ!!!


跳ね起きる黒江。

汗でTシャツが張りつき、昨日の映像が脳内で再生される。


赤髪。大剣。そして自分の口から出た——


ヒャ……パ……。


やめろぉぉぉぉぉぉ!!!


布団に顔を埋めて転げ回る。

羞恥と屈辱で体が燃える。


カレンダーを見る。土曜日。

会社は休み。


助かった。今日は誰にも会わない。


……と思ったら、机の上のスマホが震えた。


ECHOアプリの通知が止まらない。

フォロワー数が、バグのように跳ね上がっていく。


《フォロワー:5 → 500 → 672》


……は?


画面を開くと、コメント欄が嵐。


『カエル兄貴www』

『フォロワー5の限界突破!』

『狂夜様の弟子入りおめw』


やめろやめろやめろぉ!!


頭を抱える黒江。羞恥で顔が沸騰する。


けれどその瞬間、胸の奥がドクンと跳ねた。


笑われてるのに、快感があった。

体の芯がじんわり熱い。

昨日よりも、視界がくっきりしている。

音が遠くまで届く。


……なんだ、これ。


立ち上がる。足が軽い。

鏡を見る。目の焦点が妙に鋭い。


ECHOのWikiで読んだ言葉が、脳裏をよぎる。

フォロワー1000で、肉体は人外一歩手前。


……嘘だろ。


拳を握る。

空気が鳴る。

力が、前より入る。


心臓の鼓動と一緒に、フォロワー数が跳ねている気がした。


スマホの通知欄に鴉森狂夜のアイコンが光った。

『鴉森狂夜 フォロワー700万』


黒江は、ためらいながらもフォローをタップした。


(……社会人として礼は言っとくか)


DM欄を開く。指がわずかに震える。


おはようございます。

昨日は危ないところを助けていただき、ありがとうございました。

ご迷惑をおかけしました。

(ヒャパ)


送信。


一秒後、「既読」。


……は、早っ。


そしてもう一秒後——


『ゴミが』


……ですよねー。


スマホを伏せる。


なのに、胸の鼓動は止まらない。

鴉森狂夜に見られたという事実が、麻薬のように甘い。


ECHOの通知が再び鳴った。

リザルト画面が現れる。


《ノイズ討伐リワード:10,000円》

《合計獲得金額:25,000円》


……マジか。


換金ボタンを押す。

数秒後、銀行アプリの残高が跳ねた。


その瞬間、頭がジンッと痺れた。

心拍が早くなる。

脳の奥が光る。


……給料より、早い。

……給料より、多い。


笑いが漏れた。


昨日の恥が、金に変わった。

承認が現金になる。


それは、背徳的な快感だった。



コンビニのATM。

残高の数字が、冷たい機械音とともに増える。


……悪くねぇ。


そのまま駅前のファミレスへ。


休日の昼、家族連れに混じって一人席。

ハンバーグステーキを注文。


鉄板の上でジュウジュウと音がする。

フォークを持つ手が、また震えた。


……うまっ。


味覚が濃い。

香りが深い。

昨日より、世界が立体的に見える。


これが、異界の後遺症か。

……いや、違う。

フォロワーの力だ。


スマホを取り出し、ECHOのWikiを開く。

中級レブナント討伐には、フォロワー1000以上が最低ライン。


……なるほどな。


今の俺、672。

目標は、決まった。


1000フォロワー。

……そこまで行けば、見える景色も変わる。


コーヒーを飲み干し、静かに笑った。



夜。


ネットショップを開く。


壊れた半仮面の買い直し。

次に、動きやすい服。


黒地に赤のラインのスカジャン。

背中には虎の刺繍。


鏡界で映えるための装備。


最後に、合金製のメリケンサック。

合法の範囲ギリギリ。


商品画像を見ただけで、鼓動が上がる。


やっば……カッコよ。これ絶対バズるやつだろ。


指先が勝手にクリックしていた。

購入ボタンを押す。


画面に「注文完了」の文字が浮かぶ。


……あっ、これ届くまで仕事できねぇ。


黒江は一人でニヤけながらベッドに倒れ込んだ。


天井を見上げる。

瞼の裏に、狂夜の笑みが浮かぶ。


次は……1000フォロワーだ。


その瞬間、スマホの通知が鳴る。


《フォロワー:673》


一人増えた。

それだけで、心臓が熱くなる。


……見てるんだろ。いいぞ……。


目が、ほんの一瞬、光を帯びた。

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