表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/15

第四話 半仮面とアルミバット

会社から定時ダッシュでアパートに帰り着くと、

昨日ネット通販でポチったブツが届いていた。


薄っぺらいダンボール。

中身は——『白い半仮面』。


鏡の前に立つ。

ゆっくりと、顔の右半分を隠すように装着する。


……。


鏡に映っているのは、知らない男だ。


いや、半分は知っている。

左半分は、いつもの「空気」な黒江直也。


だが、仮面で隠された右半分は、得体が知れない。


……悪くない。

むしろ、スイッチが入る感覚だ。


クローゼットの奥から、ホコリをかぶったアルミバットを取り出す。

学生時代、護身用という名目で買ったが、一度も使わなかったやつ。


この前の配信、ブーストしていない素手の俺は、

ザコ相手に逃げ回るのが精一杯だった。


戦闘評価Dゴミ


D評価のままじゃ、あのクソAI(E.C.O.)に「気休め」と笑われるだろうが、

それでも——


素手よりはマシだ。


スマホを起動し、ECHOアプリを開く。

マイページに表示される、俺の新しい名前。


HN:『HYAPA』(ヒャパ)


転移ボタンを、強く押した。


——行こうぜ、E.C.O.。二度目の観測だ。



視界がブラックアウトし、次の瞬間、俺は鏡界に立っていた。


だが、そこはいつもの駅前じゃない。


……ここ、俺の部屋か。


セピア色になった、俺のボロアパートの一室。


そうか。

転移って、押した場所に出るのか。

前回は駅前で押したから、駅前だったんだ。


E.C.O.! いるんだろ!


ウィィン、と静かな起動音。

観測ドローンがどこからともなく出現した。


観測を開始します。……ふむ。


E.C.O.のレンズが、俺の顔(仮面)にグイッと寄る。

次に、手の中のバットをスキャン。


分析:顔面隠蔽。現実での顔バレを恐れた行動ですね。合理的ですが、半分見えてます。


うるせえ! これでいいんだよ!

HNも変えたぞ! 『ヒャパ』だ!


HN:『ヒャパ』。自身の奇声を登録。……理解不能です。


クソ、この前は「壊れてて良いですね」って言ってたクセに。


武器を携帯。素材:アルミニウム。

……確かに、ブースト無しのあなたの素手では、ザコ相手でも危険ですからね。

気休めですが合理的です。


いちいちムカつくな、お前!

それより『いいね』だ!


E.C.O.に要求する。


この前稼いだ『いいね:3』、今すぐお前に捧げる!

機能を解放しろ!


了解。アンロック可能な機能リストを表示します。


視界にウィンドウが開く。


《BGM追加:消費 3》

《簡易エフェクト機能:消費 5》

《カメラワーク(強):消費 10》


……足りねえ!


3じゃ“強カメラ”は無理。


BGMだ!

戦闘(C評価)がダサくても、音で盛り上げりゃHYPEは稼げるんだろ!


《いいね:3》を消費。BGM追加をアンロックしました。


よし。残り『いいね:0』だが、

いかしたBGMでぶち上げよう。


よし、外に出るぞ!

レブナントは駅前が多いんだろ!


セピア色の自室のドアを開け、灰色の街へ駆け出す。



鏡界の駅前。


ここが一番、レブナントの“溜まり場”らしい。


アルミバットを肩に担ぎ、E.C.O.に告げる。


E.C.O.! 配信開始だ!


《LIVE:ON AIR》


ウィンドウが開く。

すぐに数字が動く。


《視聴者:5》


俺の数少ないフォロワー5人が全員来てくれた。

ありがたい。


コメントが、早速ポツポツ流れる。


『お、おとといの変態だw』

変態言うな!

『仮面www』『顔半分出てるぞw』『隠す気ねぇだろw』『承認欲求の固まりだな』


グッ……!


うるせえ! 見てろよお前ら!


前方のビルの影から、カクカクと3体のレブナントが出現。

パーカー姿のバグ人型。


だが今日はハッキリ見えた。

顔は「いいねマーク」が逆さになったのっぺらぼう。


来たな! E.C.O.! BGM! 一番アガるやつ流せ!


選曲します。


静寂がひび割れ、空気が膨らむ。——が、次の瞬間。


シーン……。


……ピロピロピロ……♪


ダセェ! なんだこの音!


ファミコンの8bitみたいな、気の抜けるテクノが鏡界に鳴り響く。

なんだこれ!


あなたの累計『いいね』総数『3』では、これが限界性能です。


クソが!


コメント欄が「www」で埋まる。


『BGMダサすぎwww』『変態仮面にダサBGM、完璧かよ』


——胸骨の裏で鼓動がカチ上がる。

ダサ音でも、リズムは刃になる。


ああもう、うるせえ! オラァ!


クソダサBGMに合わせて、アルミバットをフルスイング。

ザコの頭(逆さGoodマーク)を狙う。


ヒュン——ガギン!


鈍い手応え。

骨ではない、金属と砂利の中間みたいな嫌な抵抗。


前回の素手じゃ避けるだけで精一杯だったが、

バットのリーチと硬さがレブナントを確実に削る!


(いける!)


オラオラオラァ!


足裏で路面を刻み、肩から腰へと捻りを通す。

ブン、ブン、ブン!


無心で振り回す。

ザコ・レブナントは数発でノイズになって崩壊。


『おお、倒した』『バットwww 普通に物理w』『C評価なりに考えてきたなw』


どうだ! あと二体!


残りのザコに突撃。


仮面のおかげで「顔バレ」の恐怖がない。

現実の「空気」の殻が、いつもより早く割れる。


——そうだ、俺はもう黒江直也じゃない。


『ヒャパ』だ!


動きも、ほんの少しだけマシ。

B評価くらいはあるはず!


オラァ!


ダサBGMの中、バットを振り回し、残りも殲滅。


はぁ……はぁ……どうだ!


『おおー』『まあ、うん』『ザコ相手だしな』


コメントが微妙。HYPEも伸びない。


HYPE低下中。戦闘評価:Cまあまあ

バットはザコには有効ですが、ダサいです。


クソっ、前回と同じかよ! 快感が……『いいね』が欲しい!


E.C.O.に「スベってます」と分析されるのが怖くて、前みたいな要求ができない。


俺が焦った、その時——


……警告。前方より高HYPE反応。

中型レブナントを検知。


え?


駅前ロータリー。


中心から、アスファルトが「黒いコメント」をブワッと噴き出しながら盛り上がる。


それが集まり、人型へ。体長3メートル。


ザコとは違う。


そいつの体はバグったノイズではなく、

黒い『返せ』『クソ』『なんで』などの怨嗟テキストで構成されている。


なんだ……こいつ!? 密度が違う!


……ゴーストノイズ。炎上し理性を失った元配信者の成れの果て。

危険度が違います。


元配信者!? Wikiで見たやつ……!


『うわ、デカいの来た』『C評価が勝てる相手じゃねえだろw』『逃げろ変態仮面』


C評価だ! バットがあればイケる!


アルミバットを構え直し、突っ込む。


おおおおおお!!


渾身のフルスイングを、どてっ腹へ——


カァン!


甲高い金属音。

だが、ゴーストノイズはビクともしない。


なっ!?


ビクともしないどころか、

ゴーストノイズのノイズまみれの手が、

腹にめり込んだままのバットを掴んだ。


しまっ——


ミシミシ……嫌な音。


ブチッ!


アルミバットが、紙粘土みたいに握り潰され、へし折れた。


ぐ……!


腕に伝わった衝撃で、安物の半仮面にもピシッとヒビが入る。


物理的衝撃、無効。……だから言いました。気休めだと。


ヤベェ、死ぬ! クソ! 見てるんだろ!


絶望のまま、視聴者カメラに向かって叫ぶ。


『いいね』じゃねえ! 何か——武器を! 助けろ! 俺に武器をよこせ!


『は?』『こいつ、ついに視聴者に武器要求しだしたぞwww』


……要求を検知。

しかし武器エコーアームズの生成条件は視聴者からの応援と願い、

あなたの状況では——


クソAIの無機質な声。


霞む視界の中、ゴーストノイズの拳が、

無防備な俺へ、ゆっくりと——


(ここまで、か……)


——落ちてくる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ