第十二話 塵と虎と、燃えるゴミ
「グッ……!」
壁に叩きつけられた衝撃で肺が抜ける。
背骨に鈍い電流が走り、コンクリートにひびが走り、むき出しの鉄骨が軋む音が耳を刺した。
再生を終えたヘイトコアが、まるで「終わりだ」とでも言うように俺から視線を外し、パニくるキララ☆へゆっくり向き直る。
ヤベェ。あいつ、死ぬぞ。
霞む視界の中央で、E.C.O.が固定表示した忌々しい一文が光っていた。
《コメント:鴉森 狂夜: 塵も積もりゃ……燃えるゴミくらいにはなるんじゃねぇのか》
「……あ? 塵もつもりゃ……だと?」
ズシン。
ヘイトコアが再生を完了し、怨嗟のテキストが渦を巻く。
「うそ! 無理無理! あんなの倒せないって!」
キララ☆は今にも泣きそうだ。コメント欄も棺桶の蓋みたいな絶望で埋まっていく。
『燃えるゴミ? どういう意味?』
『狂夜様きた!』
『カエル兄貴、4万人の前で死ぬのか?w』
『詰んだなw』
『再生系は無理ゲー』
「ふざけんな! 塵だぁ? 燃えるゴミだぁ?」
ブチッ、と理性が切れた。
あの野郎、前は俺を“ゴミ”と呼んだ。今度は“塵”だと? ……格下げかよ。
俺が、塵。
その言葉を噛み砕くみたいに、視線を前へ戻す。
「もうヤダ! 再生するとか聞いてない!」
キララ☆は《キュン☆とどめ肉球》をヤケクソで連発。
ピンクの破裂音が連打で重なり、怨嗟テキストを吹き飛ばす――が、即・再生。
あいつのスキルは核に届いていない。
……あいつも、塵か。
脳内で、狂夜の言葉がリフレインする。
塵。俺と、あのギャル。積もれば――集まれば。
燃えるゴミくらいには、なれるかもしれねぇ。あのヘイトコアを燃やし尽くす、ゴミに。
「分析」
E.C.O.が俺の思考をなぞって割り込む。
「対象:キララ☆のスキルは広範囲のテキスト剥離に有効。あなたのナックルは核への一点突破に有効。……仮説:同時攻撃が――」
「うるせえ! わかってんだよ!」
そうか――塵も積もりゃ燃えるゴミ。
皮肉じゃない。最悪の助言だ。“組め”ってことだ。
クソが。プライドがズタズタになる。
俺が、あんなギャルと? 視聴者の“願い”で手に入れたこの虎の拳は、俺一人のもんだろうが。
なんで“カワイイ”で強くなる真逆タイプと、力を合わせなきゃなんねえ。
……ここで負けたら?
4万人の前で、狂夜の前で、何もできずに潰れたら?
俺は“塵”のままだ。あのクソ野郎の言う通りになるのは御免だ。
壁を背に、よろよろと立ち上がる。
靴裏が粉塵を踏み、キィと嫌な音が鳴る。
4万人の視線と嘲笑が、壁際の俺に突き刺さる。――いいぞ。もっと見ろ。
「おいギャル! 泣き言言ってんじゃねえ!」
「はぁ!? あんたのせいでしょ、このDQN!」
「テメェのそのダセェ肉球スキル、俺が殴る瞬間に核へ叩き込め!」
「はぁ!? なんでアンタに合わせないと――」
「いいからやれ!」
金色の虎が刻まれたナックルを構え直す。指の関節がギチ、と噛み合う。
「1位は俺のもんだ。だが……2位はくれてやるよ!」
キララ☆は一瞬ポカン――からの、歯噛み。
「……ムカつく! わかったよ、やればいいんでしょ!」
ピンクの肉球ナックルを構え直した。
「警告。ヘイトコア、最大出力反応」
俺とキララ☆が並んだ瞬間、ヘイトコアが両腕を振り上げる。
怨嗟のテキストが渦を巻き、ビル並みの質量を持つ二本の巨腕が、同時に叩き潰しにくる。
コメント欄が恐怖で染まる。
『うわあああ!』『デカすぎ!』『二人まとめて死ぬぞ!』
……もう遅い。俺の脳は、4万人の嘲笑で焼き切れてる。
「行くぞオラァ!」
「せーのっ!」
嘲笑ブーストで地面を蹴る。
床タイルが弾け、火花と粉塵が花びらみたいに舞う。
俺は右腕へ真正面から。キララ☆は左腕へダッシュ。
「《スキル:キュン☆とどめ肉球》!」
「オラァァァッ!」
ピンクのハートが左腕の怨嗟テキストを吹き飛ばし、動きを止める。
同時に、俺の虎ナックルが右腕を粉砕しながら駆け上がる。
『うおお!』『コンボきた!』『DQNとギャルwww』『マジでやりやがった!』
「今だ、ギャル! 核を狙え!」
「言われなくても!」
巨腕の肩に乗り上げた瞬間、キララ☆が俺の横をすり抜ける。
「最大出力! 《キュン☆とどめ肉球・MAX》!」
眩いピンクの閃光がフロア全体を染め、さっきとは桁違いのハート衝撃波が、ヘイトコアの胸――核を覆う怨嗟テキストを、再生の暇も与えず吹き飛ばす。
黒い核が、丸裸になる。
「そこだァァァ!!」
4万人の嘲笑。キララ☆への賞賛。
そして俺への《いいね》の津波。
そのすべてが、電流みたいに腕へ集束する。
「ヒャパパパパァァァァァァッッ!!」
――最高潮。
全ブーストを拳に乗せ、黒い核へ渾身の一撃。
ドガアアアアン!!
光の衝撃がモールを貫く。
天井の梁が共鳴して鳴動し、金色の虎とピンクの肉球のコンボが、再生を上回り、ヘイトコアを粉々に吹き飛ばした。
『やったあああ!』『マジで倒したwww』『スゲェ!』『まさかの共闘w』
爆風でボロボロになりながら、呆然と立ち尽くすキララ☆の横へ着地。
スカジャンの背中の虎が、チリチリと肌を炙るほど熱い。
俺の虎ナックルも、ブーストが切れたのか、いまはただの金色のガントレットに戻っていた。
「…………え?」
キララ☆が肉球ナックルを構えたまま固まっている。顔は爆発の煤で少し黒い。――ウケる。
「……な、なにアイツ……マジ……」
燃え尽きた拳を見る。まだ熱い。
嘲笑と賞賛が混じった莫大な熱狂の余韻が、指先に残っている。
粉塵の中、E.C.O.が勝手にリザルトを投影。
俺とキララ☆の間に、巨大なホログラムが浮かぶ。
《ウィークリー・ルーキーランキング:参加資格ミッション》
1位:HYAPA
2位:キララ☆
3位:SFアーマー
……
《リザルト詳細:HYAPA》
・中ボス 討伐スコア:1位
・獲得いいね:+5120
・新規フォロワー:+12050
《保有LP:9277》
点滅する「1位」と「9277」が、やけに眩しい。
前回(4157LP)から一気に5000以上増えた。
あの一撃が、それだけの「いいね」と「スコア」を稼ぎ出したってわけだ。
E.C.O.の機械音が遠のく。
視界の端で、キララ☆が何か言いかけ――唇を噛んで黙った。
2位が相当、悔しいらしい。
俺は燃え尽きた拳を見つめ、フッと笑う。
「……燃えるゴミ、悪くねぇな」
『これにて、ミッションを終了します』
運営のアナウンスが、廃墟モールに静かに響き渡った。




