第十一話『核と再生』
ブザーが鳴り響くと同時、あのギャル――キララ☆がネコ耳パーカーをなびかせて飛び出した。
「みんなー! キララの独壇場、始まるよっ☆」
カメラ目線でウインクまでしやがる。
ピンクの光粒が視界に散り、レンズが勝手に寄る。
途端、彼女のコメント欄が『カワイイ!』『キララ☆親衛隊、参上!』という賞賛で爆発し、その体が淡いピンク色のオーラに包まれた。
「チッ、調子乗りやがって……!」
俺もDQNナックルを構え、廃墟モールの暗闇へ突っ込む。他のガチ装備ルーキーたちも一斉に散開した。
ノイズ混じりの声がした。「グ……」――いた。
エスカレーターの影から、カクカクと不気味な動きで現れるレブナントの群れ。前に見たのと同じ、顔が「逆さいいねマーク」になったのっぺらぼうだ。
「オラァ!」
俺は一番近いヤツにDQNナックルを叩き込む。ブーツが床を鳴らし、肩から腰へと捻りを通す。
ゴシャッ!
鈍い音と共に、逆さGoodマークがノイズになって消し飛んだ。よし、まずは一体!
俺が泥臭い物理攻撃で一体仕留めた、まさにその横を――。
「おっそーい!」
ピンクのオーラをまとったキララ☆が、チアリーダーみたいなステップで駆け抜けていく。よく見ると、彼女の《肉球ナックル》がゲージみたいにピンク色に発光している。
「キララ、必殺スキル、いっちゃうよー!」
『カワイイ!』『待ってました!』
賞賛コメントが最高潮に達したのを確かめ、彼女は叫んだ。
「《スキル:キュン☆とどめ肉球》!」
手首のスナップ一つ、ピンクの円環が重なる。肉球ナックルから、デカいハート型のピンク色の衝撃波が放たれた。
ドキュン!
軽い音と共に、俺の目の前にいたザコ5体が、まとめてノイズに還っていく。
「なっ……!」
俺は呆然と、ハートの残滓が消えていくのを見ていた。「……スキルだと!?」
「分析」
E.C.O.が冷静に俺の視界へウィンドウを差し込む。
「対象:キララ☆。賞賛の感情エネルギーを指向性攻撃に変換を確認。高効率です」
「高効率……」
俺のコメント欄と、E.C.O.越しに見えるキララ☆のコメント欄が、一気に騒がしくなる。
『キララ☆スキルきたー!』『今のカワイイ! 1位確定!』
『てか、あっちのDQNダサすぎw まだ手で殴ってんの?w』
『うわ、キララ☆の信者きたw』『兄貴負けんな! あのギャル殴れw』
『DQNナックル(笑)vs 肉球(本物)』
うるせえ!
俺はコメント欄のケンカを振り切るように、次のザコ集団へ突っ込んだ。
「分析:スコアボードを表示します」
E.C.O.が無慈悲にランキングを叩きつけてきた。
1位:キララ☆
2位:SFアーマーのヤツ
3位:魔術師ローブのヤツ
……
……
10位:HYAPA
「はぁ!? なんで俺が10位なんだよ! あいつばっかズルしやがって!」
「分析。あなたはスキル未取得のため、一体ずつの処理となり、スコア効率が絶望的に悪いです」
「ぐっ……!」
E.C.O.の分析を肯定するように、俺のコメント欄が、キララ☆信者の煽りも混ざって嘲笑の嵐になる。
『www』『ダサ効率www』『カエル兄貴スキル無いの?w』
『DQN(笑)』『肉球に負けてやんのw』
カチン。
俺は、逆さGoodマークの顔面にDQNナックルをめり込ませながら、キレた。
「うるせえ! スキルが無くても勝てんだよ!」
その瞬間。
俺の視聴者からの嘲笑と、キララ☆の視聴者からの嘲笑が、同時に脳天をブチ抜いた。
……ああ。焼ける。最高に、焼ける。
「そうかよ。見てんだろ、お前ら!」
DQNナックルが、嘲笑の熱でギラギラと光を放つ。
「もっと笑え! 俺の虎が火を噴くぜオラァ!」
嘲笑を力に変え、俺がブーストする。呼気が白い尾を引き、モールの蛍光灯が流星に変わる。世界が、遅くなる。
「おせぇんだよ!」
DQNナックルが、ザコ・レブナントを壁ごと殴り飛ばした。
『うおお!』『兄貴ヒャパってきた!』『スキル無くてもはええwww』『DQN無Gwww』
スコアボードの順位が「10位」から「5位」、そして「3位」へと猛烈に上がっていく。
「ハッ! どうだコラ!」
2位のSFアーマーの背中が見えた。あいつを抜けば、次はあのクソギャルだ!
俺が吹き抜けのフロアに飛び出した、その瞬間――。
ズンッ。空気が重くなった。
モールの巨大な吹き抜けの天井を突き破り、中型レブナントが出現した。体長3メートル。黒い『返せ』『クソ』『なんで』などの怨嗟テキストで構成された、あのバケモンだ。
だが、前に倒したゴーストノイズとは何かが違う。怨嗟テキストの中心、胸のあたりが、黒く硬い「核」のように脈打っている。
「警告。高レベルのレブナント反応。《ゴーストノイズ・ヘイトコア》と仮称します」
「うわ、デカいの来た!」
1位を独走していたキララ☆も、中ボスに気づいて足を止める。
「あれ倒せばスコア総取りじゃん!」
中ボスの出現に、他のルーキーたちがビビって近づけない。
「おいギャル!」
俺はDQNナックルを構える。
「そいつは俺の獲物だ!」
「はぁ? スキル無いDQNは黙ってな!」
キララ☆が俺より先に動いた。
「いっくよー! 《スキル:キュン☆とどめ肉球》!」
最大のハート衝撃波が、ヘイトコアに直撃する。外側の怨嗟テキストが派手に吹き飛んだ!
「よっしゃ!」
――だが、テキストが晴れた奥で、黒い「核」は無傷。
黒核がドクンと膨張し、文字列が泡のように再生を始める。次の瞬間、核から再び怨嗟テキストが噴き出し、吹き飛んだ部分が元通りに再生した。
「嘘!? なんで!? 再生したんだけど!」
「ハッ、ダセェな! 見てろ、俺がやる!」
俺はブーストした勢いのまま突撃し、渾身のDQNナックルを叩き込んだ。
ゴシャアア! 手応えはある! エコーアームズは効いてる! 怨嗟テキストが砕け散る。
――だが!
「……チッ!」
核は無傷。傷つけたそばから、テキストがブワッと再生していく。
「なんでだよ! キリがねえ!」
「分析」
E.C.O.が冷たく告げる。
「対象、高レベルの自己修復機能を確認。現在あなたのDPS――そう、あなたのDQN Per Secondでは、討伐より再生が上回っています」
「DQN Per Second!? うるせえ!」
俺とキララ☆が焦っている一瞬の隙。再生を終えたヘイトコアの巨腕が、無防備な俺を殴り潰そうと振り下ろされる。影が床を覆い、風圧が肺を奪う。ヤベェ!
『兄貴逃げろ!』『再生とか無理ゲーだろ!』『あ、死んだw』
視聴者のコメントがパニックになる。
その、刹那。
コメント欄の濁流に、場違いな[Ranker]マークがついた、たった一つのコメントが流れた。E.C.O.が、ご丁寧にもそれを俺の視界のど真ん中に表示する。
《コメント:鴉森 狂夜: 塵も積もりゃ……燃えるゴミくらいにはなるんじゃねぇのか》
巨腕が迫るスローモーションの中、視聴者コメントが一斉に止まった。
『!?』『え』『狂夜様!?』『なんでここに!?』『燃えるゴミ? どういう意味?』
俺は紙一重で地面を転がり、巨腕の直撃を避ける。だが、衝撃波で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「グッ……!」
霞む視界の中、俺はあのコメントを睨みつけた。
「……あ? 塵もつもりゃ……だと?」




